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事前登録したら異世界に飛ばされた  作者: たろっぺ
最終章 大和共和国前進す
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第百四十話 竜殺しの威光

第百四十話 竜殺しの威光


サイド エイゲルン王国第一騎士団 リチャード・フォン・バベッジ団長



「団長!予定していた食料を運ぶ商人がまだ十七人到着いたしません!」


「……近隣の村から……いや。備蓄の食料から回す用意をしておけ」


「し、しかし。お言葉ながらそれでは長期戦になった場合……」


「構わん。元より短期決戦が狙いだ。それに、いざとなれば後方から更なる補給がくる様、手配はしてある」


「し、失礼しました!」


「よい。いけ」


「はっ!」


 本来ならまだ騎士学校に通っているだろう、若手の騎士を見送り、一人になった陣幕でため息をこぼす。


 後方からの補給など、ない。情報漏洩の対策として直前で伝えられた、『ロンディアに兵を集め、そのまま魔王軍の本丸に攻め込む』などという作戦。こんなもの、どうやって実践しろというのか。


 上策でも定石でもなければ、奇策としても成立しない。作戦と呼ぶ事すら躊躇われる、思い付きめいた無茶な指示。


 現在、エイゲルン王国第二の都市『ロンディア』の西側に、街と見まごう集団が形成されている。都市に入りきらない兵達がこうして集められているのだ。


 王都が今どうなっているか。それは陛下からお聞きした。モルドレッド王子や、自分もよく世話になったお歴々の死は、大きい。だがそれを気にする余裕もない。


 エイゲルン王国中から、集められるだけの兵士がここロンディアに集められている。その数、現時点で二万三千。ここからもう一万増える予定だ。


 当然ながら、彼らを養う備えは万全とは程遠い。チャールズ王太子殿下がある程度用意はしてくださったが、全然足りん。


 かといって自国の村落で略奪に走るのは、この状況ではまずすぎる。下手をすれば魔族とではなく自国内で戦争だ。そもそも、王都より大量の難民が発生しているのだ。奪う食料がそもそもあるのかどうか。


 なにやら、『大和共和国』とやらがどうにかしてくれると言っているが……無理だろうな、どう考えても。


 陛下も王太子殿下も、いったい何をお考えなのか。まさか、魔族とやらに操られておかしくなってしまわれたのではないだろうな。


「団長!」


「なんだ」


 慌てた様子で、また若い騎士が飛び込んできた。思わず睨みつけてしまったが、怯えた顔の彼にどうにか眉間の皺をほぐそうと指をあてる。


 どこもかしこも人手が足りないと、騎士学校から引っ張ってきた若者たち。多少の無礼は多めに見てやるつもりだったが、そもそも正規の騎士すら礼節を保てないほど忙しい。


 私も随分と歳をとった。自分の感情一つ、制御できんとは。


「落ち着け。何があったのか報告せよ」


 はたして誰に対して『落ち着け』などと言ったのか。だが、取り繕うのには慣れている。軍を指揮する立場になって、最初に覚えさせられたのがそれだ。


 怯えていたのは少し落ち着いたようで、おずおずと見習い騎士が口を開く。


「ギドー男爵とルピネウス子爵の軍が喧嘩を……剣までは抜いていませんが、それも時間の問題かと……」


「わかった。私が向かう。案内せよ」


「は、はい!」


 まったく……軍役で嫌々来たとは言え、どこの貴族も好き勝手を。


 まあ、これが普通と言われれば普通だ。どこの領主もその領土の『王』である。この様な言い方は不敬であるが、口に出さないのであれば問題ない。


 それが、こうも無茶な作戦に引っ張り出されたのだ。纏まりなどあるものか。


 そもそもの話、文字通りかき集めただけなのだ。各貴族に、それぞれ仕える武官。徴兵された農民に、雇われてきた冒険者。更に食うに困った難民あがりの傭兵達。


 これをまともに運用できるのなら、その事実だけで歴史に名を遺す名将だろう。偉業というより、神業だ。


 陛下や殿下も統制をとるよう動いてくれているが、それでも抑えが効いていない。こうしてあちらこちらで諍いは起きている。


 あっちこっちに張られた陣に、飲んだくれる兵まで転がる惨状。見るからに纏まりがないこの場には、商人さえも寄り付きたがらない。


 雑多な様子の集められた各貴族の軍隊の間を抜けていき、乱闘の起きている現場に到着。報告にあった通り、まだ武器までは使っていないようだ。そしてこちらも報告通り、剣を抜くのは時間の問題なほど血の気が上がっている様に見える。


 とりあえず大声で意識をこちらに向けさせよう。そう思って息を大きく吸い込んだ時だった。



 時間が、止まった。



 いいや、それは錯覚である。風はふき雲も動いている。止まったのは、全ての生命。


 鳥はさえずりも飛翔もやめ息を潜め、馬たちは尻尾を足の間に挟んだまま微動だにしなくなる。地を這っていた虫でさえ、精巧に出来た置物のようだ。


 そして、冷や汗をだらだらと流しながら石の様になった人間たち。その中に、自分もいる。


 誰かが、ぎこちない動きで首を動かした。それに釣られる様にして、全員の視線がある一点に向けられる。


 妖精と、それに付き従う怪物がいた。


 日の光に照らされ、黄金に輝く髪を風に遊ばせる一人の少女。一度だけ見た事がある。モルドレッド殿下のご息女、メローナ・フォン・エイゲルン様。二十を超えているとは思えない幼な気な顔立ちながら、浮世離れした印象を受けるお方。


 そして、もう一方は限られた者しか知らぬ彼女とは違い、この場にいる者は一度は見た事があるか、そうでなくとも風の噂でその『伝説』を耳にした事があるだろう存在。



 曰く、戦乙女たちと共に白き竜を討ち取った大英雄。


 曰く、リースラン王家の窮地を救いだした救国の戦士。


 曰く、たった一騎で古き伝承にある四天王を殺した、怪物。



 ショータ・フォン・ヤバーシー。最新の英雄と名高い化け物が、メローナ様の斜め後ろを歩いている。


 噂通りの人形めいた顔立ちと、黒い瞳ながら時折輝く銀の瞳孔。長身痩躯のその身には、輝ける銀の兜に金細工と思しき物がほどこされた白銀の胸甲。手足にも一目で並のそれではないとわかる籠手や具足を身に着けているが、それ以上に目を引くのは『剣』と『マント』。


 歩くたびに揺れる蒼いマントは、まるで大空を見ているかの様に時を忘れて引き込まれ、腰に提げられた剣は鞘におさめられているというのに息がつまるかのような圧迫感を与えてくる。


 ああ、なるほど。あのパレードの時も思ったが……いいや、今はそれ以上に強く思う。これは、人ではない。人であっていいはずがない。


 生物には許された領分というものがある。馬は速く走れても風にはなれず、熊は力強くとも岩を砕けず。魔物という存在でさえ、不可能というものはある。


 だが、この化け物にはたしてそれがあるのだろうか。風よりも速く走れない保証があるか。岩を砕けぬ証拠はあるか。魔物以上にこの世ありえざる存在ではないという、確信などあるのか。


 いいや、ない。この存在は、我らの理解から最も遠い位置にいる。それが、それだけがわかる。


 ただ、一点。その理解を否定するものがある。


 何故、あの怪物は……まるで『メローナ様の配下の様に歩いている』のか。


 人間が、アレを従えられるはずがない。対等に立つ事すらできない。その者の器どうこうの話ではないのだ。ただ単純に、嵐や地震を意のままにできる人間などいないというだけの事。ある種、自然の摂理とも言える。


 もしも、もしもそれが出来たとしたら。それはその者の力ではない。それは――。


「バベッジ騎士団長」


「はっ」


 咄嗟に反応できたのは、数十年の積み重ね故か。それとも生存本能が訴えかけたのか。


 いつも通り。王族の方に向ける最上級の礼でもって、メローナ様の眼前に片膝をつき首を垂れた。


「お父様と伯父様からの文、わたくしも読みました。この祖国を守る戦に、微力ながら参戦いたしましょう。お爺様は、いずこに」


「はっ。ロンディアの中央。かの城にて軍の差配を王太子殿下達とお決めになっております」


「わかりました。ありがとう。貴方にも、そして貴方の兵達にもアキラス神の加護がありますように」


「はっ、ありがたき幸せ」


 頭上からの声にそう答えると、目の前で止まっていた二つの気配が遠ざかっていく。


 ゆっくりと顔をあげ、その背中を見た。先ほどの光景は見間違いではない。やはりあの怪物はメローナ様に付き従い、歩調さえも合わせてゆっくりと歩いている。


 その時、こちらの視線に気づいたのか奴が振り返った。


 黒い瞳と、私の目が合う。ぞわりと、今まで生きてきて感じた事のない怖気が全身を駆け巡った。どの様な魔物と戦っても、取り乱した事はない。だが、今回ばかりは度が過ぎる。


 呼吸が止まりかける自分に向かって、あの怪物は軽く『会釈』をした。


 そして何事もなかった様に前を向き、歩いていく。子供の様な歩幅しかないメローナ様を追い越さない様に気を付けながら、時折目が合った騎士に会釈までして。


 私がエイゲルン王国の伯爵であり、第一騎士団の団長だから頭をさげたのか?


 違う。


 メローナ様が、エイゲルン王国の王族が偉大な存在だから従っているのか?


 違う。


 あの怪物は、実はどこにでもいる小市民の心をもち目上の人間に緊張を覚えるとでも言うのか?


 絶対に違う。


 アレにとって、人界の身分などなんの意味ももたない。人が女王アリに敬意を払うか?そんな奴がいたらかなりの変わり者だ。


 そう。あの立ち振る舞いは、『更に上の位階に立つ存在からの指示』ゆえに。


「神よ……」


 これは神意である。今まで、陽光十字教など生臭坊主の集まりでいっそ燃やしてしまった方が世の為ではないかと思っていたが、しかし今。私は思わず指を組み天に輝く太陽に祈りを捧げていた。


 私だけではない。全ての兵が、騎士が。天に向かって祈りを捧げている。


 アキラス神があの怪物を、使徒として送ってくださったのだ。この戦はただの戦にあらず。神がお認めになった『聖戦』である。


 これまでの人生、アキラス神の存在すらも懐疑的だった自分を殴り飛ばしたい。


 神は我らに味方してくださっている。これで敗北などしたら、それは全て我らの落ち度。天の国にはいけず、永劫地獄の業火に焼かれる事になるだろう。


 ああ、我らが主よ……どうか、この老兵の戦いをご照覧くだされ。


 必ずや、人類に勝利を!!



*  *  *



サイド 矢橋 翔太



 吐きそう。


 なんか、いかにも『拙者歴戦でござい』って顔のおっさんやお爺さんたちが、こっちをギラギラとした目で見てくる。


 え、なに?やっぱ俺みたいな若造が王女様の後ろをついて回るのはダメ?というか皆さん跪いてんのに、上から見ているのダメだった?


 けどメローナ様から『エイゲルン王国の人間には王家以外に膝をつかないでほしい』って、頼まれちゃったしなぁ……。


 それぐらいならいいかと、安請け合いしてしまったのがまずかったか。


 少しでも気まずさを誤魔化そうと、目が合った騎士の人達に小声で『どうも』と言いながら会釈していく。


 緊張するが、あまりそちらに意識を持っていかれるのもまずい。国中から急遽集められた混成軍という割には、かなり統制が取れている様だが……それでも軍人は荒くれ者の集まりと前にドーラム隊長が言っていた。メローナ様に何か起きないよう注意しなければ。


 アーサー陛下にお会いするにあたって、彼女についていくのが一番手っ取り早い。許可も貰ったし、こうして一緒に歩いているのだからエスコートとやらをしなければ。


 階段を上り下りする時は手を貸し、扉をあける場面があれば自分が前に出て開閉をする。


 なんだか周りの視線がより一層おかしなものになっている気がするが、無視しよう。あちらこちら無作法な点があるだろうが、どうかこんな俺でも他国の要人という事で見逃してほしい。


 そんなこんなしていると、アーサー陛下がいるという城に到着。あれよあれよと謁見が許可された。


 やっぱ王女様がいると話が早いなぁ。王城よりは小さくとも、燭台や廊下に飾られた絵画や工芸品。扉の装飾までどこか華美な印象を受ける城を歩きながら、誰にも止められず進んで行ける事に内心で感嘆の息を吐く。


 兜を外し、わきに抱えておく。そう言えば誰にも止められなかったんだけど、帯剣したままでいいの?預けようにも、どの兵士さんに渡せばいいのかわからんし……。


「翔太卿、どうか前だけを向いてください。あまり我が兵を虐めないで頂けると……」


「え?あ、はい。その、武器はどうしたものかと……」


「その剣を持つのは、普通の兵には難しいかと……どうか、お腰に提げたままで」


「わかりました」


 よくわからないが、このままでいいらしい。メローナ様の言葉を受け正面を見据える。


 それにしても、落ち着きのない自分とは違ってこの人は随分と大人びたものだ。そうなってしまった理由が理由だから、喜ばしくはないけども。


 衛兵の間でなにやら会話があった後、扉が開かれる。流石に騎士爵を頂いた時の様に仰々しいものではなく、事務的な感じで陛下がいる会議室に入った。


 だが、やはりというかアーサー陛下がいるその部屋に流れる空気は、外のそれとは明らかに異なる。


 豪奢なしつらえの長机にズラリとならんだ騎士たち。その上座に座るアーサー陛下は相変わらずの眼光でこちらを射貫いてきた。


 視線を合わせるのは不敬である。下を向いたまま片膝をつき、そのまま先ほどより深く首を垂れた。


 なにやら息をのむ音が複数聞こえる。何か失礼があっただろうか。


「陛下。メローナ・フォン・エイゲルン。ただいま参上いたしました」


「メローナ……余は、親を失い泣きわめく子をあやす暇はないぞ」


 親を失った孫にかける言葉ではない、家族の温かみを完全に取り払われた、それ。


 底冷えするような声。思わず傍で聞いていた自分すら背筋が凍りそうな、為政者の……国を動かす『機能』が発した言葉に、しかしメローナ様の気配が揺れる事はなかった。


「ご心配ありがとうございます。ですが、わたくしも王家の人間。覚悟はできております」


「……よかろう。末席に加われ」


「はっ」


 気配で使用人が新しい椅子を用意したのがわかる。元々スペースはあけてあったのか、すんなりとメローナ様がそこに座った。


「翔太・フォン・矢橋。面を上げよ」


「はい」


 アーサー陛下の声を受け、顔をあげる。たしか急いであげるのは逆に失礼だったはずだから、気持ちゆっくりと視線をあげた。


 無表情。感情の読み取れない顔で、生まれながらに国を背負っていた男と相対する。


「如月代表から話は聞いておる。その力、期待しておるぞ」


「はい。必ずや勝利を」


「お主にアキラス神の加護がある事を祈ろう。下がれ」


「はっ。ありがたき幸せ」


 ちょっとイラッとしたが、それどころではない。相変わらずこの人恐いんだよ。


 動揺が出てしまわないよう気を付けながら、視線をやや下げたまま立ち上がり、一礼をして退出する。


 扉が閉まる前にもう一度部屋にむかって一礼……あれ、これって面接の時の行動だっけ?


 やばい。陛下と謁見した場合の礼儀作法。もうほとんど忘れている。騎士爵をもらった後『まあこんな機会二度とないだろう』と、あれ以来一度も練習をしていなかったのが仇となった!


 また周囲の衛兵や騎士たちから息をのむ音が。そしてガタリと僅かに椅子から腰を浮かせた音までした。


 静かに閉じられた扉を前に、大きなため息を一つ。


 やっちまったぁ………。


 扉を閉めた後微動だにしない衛兵さん達に見守られ、一分ぐらい動く事ができなかった。





読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.騎士学校ってなに?

A.騎士になる為の学校ではなく、見習いだけど既に騎士ではある人達が礼儀や軍隊の行動を学ぶ場所……という設定。翔太に入学させる話も考えましたが、没になった場所でもあります。


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― 新着の感想 ―
ガチで人型の竜並みの力があるからな…… 小国なら一人で滅ぼせかねない
周りからの認識と自分で思ってるのとが違いすぎて寒暖差で風邪ひくwwwwww
[良い点] >>あの怪物は、実はどこにでもいる小市民の心をもち目上の人間に緊張を覚えるとでも言うのか?  絶対に違う。 翔太くんwww 安定の過剰評価。妥当な評価といえばそうなんだけども。 …
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