閑話 目覚め
閑話 目覚め
サイド とある事前登録者
「なんなんだよこれは……」
やけに高くなった声で、悪態をつく。
アナザーワールド。制作会社もよくわからない所だが、PVが面白そうだったので事前登録をした。
その結果が異世界転移。どこのラノベだと声を大にして言いたい。
だが、まあそれだけならいい。異世界にチート転移して無双してハーレム。オタクなら一度は夢見たシチュエーションだ。
しかし。
「どうして俺がこんな扱いを受けないといけないんだよ」
自分が白い空間から放り出されたのは、鬱蒼と木々が生い茂る森の中。なんとも陰気な雰囲気のそこで遭難しかけたのだ。ゲームのアバターであるロリ巨乳の美少女になって。
そこで出会ったのは美少女――ではなく、黒髪ロングのおっさん。
三白眼に仏頂面。顔立ち自体は整った、乙女ゲーのパッケージの端にいそうな男。
自らを『墓守』と名乗ったそいつは、俺を見るなりとんでもない質問攻めをしてきやがった。
それに答えてやったのに、今度は淡々と『三日後、近くの村に送り届ける。それまで大人しくしていろ。そして、ここの事は忘れろ』と一方的に言ってきてここに押し込められたのだ。
石造りの簡素な部屋で、あるのは木でできた硬いベッドと小さい机だけ。
ふざけんな。どうして俺がたかが『NPC』に指図されないといけないんだ。
……んん?そうだ。あいつはNPCに違いない。
だってあれ以来なにを言っても『黙れ』『忘れろ』『詮索するな』の三つしか言わない。ここはただの異世界ではなく、ゲームの世界なのだ。
しかもステータスと言ったらゲームのそれが出てくるのだから、間違いないだろう。
出された硬いし味もしないパンと、やけにしょっぱいスープ。とてもじゃないが主人公に対する扱いじゃない。
……これはもしかしたら『イベント』なのかもしれない。
この館の奥にあった地下へ続く階段。俺のゲーマーとしての勘があそこに何かがあると告げている。
幸い。というか仕様なのか、最初の十連ガチャで出てきたレア枠はどんな封印や扉でも開けられる鍵と透明になれるマント。なんともまあおあつらえ向きな。
これはやっぱりそういう事だろう。
こっそりと部屋を抜け出し、マントで姿を隠して地下への階段に向かう。
やけに長い階段を下りて行けば、そこには厳重な扉があった。全体に幾何学的な模様が描かれ、更にはいくつもの錠が嵌められている。
なんとあからさまな封印か。口元が緩むのがわかる。
きっとこの先にはとんでもないチート武器か、あるいは理不尽に封印されている美少女がいるに違いない。
それを手に自分がこの世界を蹂躙する。いいね、やっと主人公らしくなってきた。
高鳴る鼓動を感じながら、魔法の鍵を錠の一つにあてる。サイズが違うはずなのに、ピッタリとはまった。
後は捻るだけ。バチリと音をたてて、扉が開いていく。
「う……!」
思わず眉をひそめる。なんだこれ。
部屋の床を覆い尽くす、黒い靄。それに肌が触れるだけでピリピリとした感覚を覚えた。
本能的に嫌悪感を抱くこの空間で、中央にある台座が目に入った。
白と金で作られたその台座はどこか神々しく、その上に載っている真っ黒な水晶玉の禍々しさを際立たせている。
「きれい……」
なのに、口をついて出てきたのはそんな言葉。いつの間にかマントが肩から滑り落ちる。
おかしい。自分は普通の美的感覚をもっているはずだ……いや、そもそもなんで自分はここに……こんな、どう見ても厄ネタ……というか、森で助けてくれた人の家で、なんで……。
疑問がいくつも浮かんでは消えていく。今はただ、この水晶玉が欲しくて欲しくてたまらなかった。
ゆったりと歩み寄って、水晶玉を手に取った時だった。背後で誰かの気配がして振り返る。
「馬鹿な……なんで封印が!?」
墓守が長い髪を振り乱し、その手に持った槍をこちらに向ける。
『怖い』。彼の目は強い決意と殺意で輝いている。『殺される』。絶対にこちらを貫くのだと、武器を手に駆けている。『死にたくない』。
恐怖が心を満たし、やけにゆっくりと見える槍の穂先に背筋が凍った時。
『助けてあげよう。さあ、力を抜いて?』
そんな声が、聞こえた気がした。
「が、ぁぁ……!」
いつの間にか、墓守が階段に叩きつけられ血を吐いていた。自分の手には彼が持っていたはずの槍が握られており、それが瞬く間に朽ちていく。
頭が痛い。なんだ、いやだ。消える。俺が、僕が、私が、消える。誰に、どこ。自分は、どうして――。
「申し訳、ありません……まるえだ、さま……」
最期に墓守の声が聞こえて。
「ああ……おはよう」
知らない誰かの声が、自分の口から発せられた。
読んで頂きありがとうございます。
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第一章は少し短いですがここまでとさせて頂き、明日から第二章を投稿させて頂く予定です。
この少し後に第一章の設定を投稿させて頂く予定ですが、あくまで一章のまとめに近いので不要という方は読み飛ばして頂いても構いません。




