第百三十一話 メローナの出生
第百三十一話 メローナの出生
サイド 矢橋 翔太
出生……例の、ギルマスさんが『下手をすれば種族間戦争に発展する』と言っていた、あの件か。
咄嗟に簡易通信機を連打しそうになるのを、堪える。今はその時ではないし、興味もあった。
無言で聞くこちらを前に、メローナ様はベールでも脱ぐような動作をする。同時に、彼女の耳周りで流れていた妙な魔力が消えた。
なるほど。エルフ耳を隠していた魔法を解除したのか。
「見ての通り……僕はエルフの血をついでいるんだ」
「………正直、困惑しております」
「だよね」
嘘は言っていない。無表情を意識しながらそう告げれば、メローナ様が苦笑を浮かべた。
「ハーフエルフ、っていうらしいよ。エルフと人間との間で子供が出来ると、僕みたいなのが産まれるんだって」
「物語では聞いた事がありますが……」
「あ、君達の世界にはそういう物語があるんだ。今度聞かせてもらってもいい?」
「はい。該当する作品を探させて頂きます」
思い浮かぶのがラノベとエロゲだけだが、探せばいい感じのもあるだろう。頑張れ未来の自分。
張り詰めていた空気が少しだけ和らぐのを感じる。どうも、本当に物語……サーガとやらがこのお姫様は好きらしい。
「僕のお父様はモルドレッド・フォン・エイゲルン。これは、知っているよね。そしてお母様は書類上だとマルティナ・フォン・エイゲルン。でも、生みの親は違う人」
どこか遠くを見る様に、現実感のない口調でメローナ様が告げる。
「『ファタ・ル・モルゴース』。エルフ族におけるお姫様……族長の娘さんなんだって」
「それは……」
名前を聞いてもなんらピンとこないが、族長の娘と聞けば彼女の出生が地雷扱いされている理由がわかる。
エイゲルン王国が『エルフと国交を築こうとした』などという話は聞いた事がない。つまり、それは……。
「うん。翔太卿が察する通り、僕はエイゲルン王家とエルフ族族長の血。その両方をもってこの世に産まれたんだ。それも、お互いのトップが知らない間に、ね」
マジかよ。
そうとしか言いようがない。あの目の下にクマをつくっているくせに垢ぬけた笑みを浮かべる馬鹿王子の顔面に右ストレートを叩き込みたい気分だ。
血とかそういうの以前に子作りは計画をたててしろ。こっちだって避妊はしてるんだぞ。
「お父様が十八の頃に、森で狩りをしている時にファタさんと出会ったんだって。最初は幻術でエルフである事を隠していた彼女と交流を重ねるにつれて、お互い恋に落ちていったとか」
「……エルフ。いえ、亜人と人間は仲が良くないと聞きましたが」
「うん。ファタさんもかなり警戒していたらしいよ。けど、好奇心旺盛な人だったんだって。だからお父様と馬が合ったのかもしれないけど」
たしか、この世界にはエルフ、獣人、ドワーフと。三種の『亜人』が人や魔族以外に存在するという。
キャラメイクの時に設定をチラっと見ただけだったが、この世界の書物や共和国で集めた資料から彼らと人類の関係を多少は調べた。
歴史が残っている範囲で、最初この大陸は魔族が支配していたらしい。
人類は家畜扱いとされ、大陸の端。聖都と呼ばれる所に小国が残っていただけ。その小国とて、魔族が『娯楽』や『狩り』目的であえて残したに過ぎないものだった。
その頃、亜人たちは魔族の一種として暮らしていたらしい。魔王に忠誠を誓い、人類とは違うとアピールする事で難を逃れていたとか。
それでも根本的に魔族ではないので、扱いは良くなかったらしい。ジロー・マルーエダをはじめとした人類側の勢力が魔族を追い詰めだすと、亜人たちは一斉に人間側へと鞍替えした。
……微妙に思う所はあるが、生存競争としては悪くない。そもそも異世界で大昔に起きた事とか、特に感情移入もできないし。
だが、この世界の人達には当然『なんだこいつら』と思う者もいたわけだ。
結果、魔族が大陸の西側へと追いやられた後。人類が大陸の半分を支配する頃になると亜人たちとの対立が目立ち始めた。
亜人側としては、魔族の支配から抜けたのに今までと大して変わらない暮らし。そして、自分達が寝返ったおかげで勝てたのに、今まで見下してきていた人間に媚びへつらわないといけない不満。
人類側は今まで散々魔族と一緒に自分達を虐げてきておいて、こちらが優勢になった途端友達面してすり寄って来た信用ならない奴ら。これまでの恨みつらみも消えておらず、魔族と同一視する人もいたとか。
これの仲裁に動いていた陽光十字教だったが、代を重ねるごとに法王の意見も変化していき、遂には完全に人間側の立場につく。
それに焦ったのが亜人側だ。彼らはこのままでは魔族が支配していた時以上の苦境に立たされると、その前に乾坤一擲の攻勢に出て自分達の武を示すのだと兵をあげた。そこで武力が出てくるあたり、少しどうかと思うが。
これが、この世界の人類史で最も新しい大規模な魔族以外との『戦争』である。
結果は、人類側の圧勝。兵力や武器の性能で人類側が有利だったのもあるが、最大の原因は亜人たちの不仲が原因であるとされている。
奴隷が首輪や鎖を自慢し合う……そんな話を聞いた事があるが、魔族が支配者だった時代からの確執があるらしい。
なんにせよ、亜人たちは大陸のどこかへと散り散りに逃げていき、人気のない所で隠れ住む様になった……というのが、自分の知るこの世界の歴史。
現代になると人間側は亜人の存在を意識しない様になり、内心で多少見下しても大きな争いとかにまで発展しづらくなっている。
だが、獣人はともかくエルフやドワーフは『寿命』が違う。人は長生きしても百年そこらだが、彼らは五百年ぐらい普通に生きるし、『ハイエルフ』や『エルダードワーフ』やらの族長の一族と呼ばれる者達は千年以上を生きるという。
つまり、恨みの濃度が違うのだ。人がどんどん忘れていくなか、エルフやドワーフは憎しみが薄れ切っていない。勝者と敗者という立ち位置が、余計にそれを引き立てる。
閑話休題。その辺の事は今大した事じゃないんだ。もっと重要な事がある。
その、族長の、娘を?誰が、孕ませたって???
「僕の妊娠がわかったころ。ファタさんを地方貴族の娘だと思っていたお父様は正式に婚約するつもりだったみたい。けど、その時にファタさんが本当の身分を伝えたらしくて」
ツッコミたい。色々とツッコミたい。けどツッコミを入れられる空気でもない。
「すみません。深呼吸をする時間をください」
「どうぞ」
鼻から四秒かけて息を吸い、空気で腹を膨らませてから更に四秒停止。そして口からまた四秒かけて息を吐く。何回かそうした腹式呼吸を繰り返した。
……うん。少しは落ち着いた。
「失礼しました。続けてください」
「それでね。困ったお父様は本気で駆け落ちしようとしたみたい。彼女と初めてあった森に集合だって」
馬鹿王子が!!!
「すぐにバレて伯父様やお爺様に捕まえられて、事情を喋らされたみたい。そして、その間にファタさんは……」
言いづらそうに、メローナ様が言葉を詰まらせる。
悲しみが滲むが、戸惑いや罪悪感の方が強くみられる、そんな沈黙。数秒ほど口を閉ざしてから、彼女は言葉を吐き出した。
「ファタさんは、族長の手で殺されかけたらしいの。背中にいくつもの矢を受けて、頭からも血をたくさん流しながら約束の場所で待っていたの。そして、亡くなったって」
「……そう、ですか」
どうリアクションしたものか困る。嘆けばいいのか、怒ればいいのか。いや、どれも自分がするのはおかしいだろう。
それにしても、嫌いな種族の子を孕んでいたからと言って族長は娘を手にかけたのか。
……マジで、なんて言えばいいのかわからんな。
「その遺体から医者が取り上げたのが、僕。メローナ・フォン・エイゲルン」
こちらを見上げながら、彼女は続ける。
「表向きは人間であり貴族出身のお母様が産んだ一人娘。実際には、ハイエルフの血を引くハーフエルフ。なんというか……あんまり実感がないけどね」
苦笑のまま肩をすくめるメローナ様に、こっちとしては頭と胃が破裂しそうな状況である。
だが、なるほど。これはギルマスさんが彼女の情報を危険視するのも納得だ。政治には疎い自分でも、彼女の存在がとてつもない地雷なのはわかる。
ハーフエルフという事実と、魔力を纏う戦い方でいきついたのか。あの人、まさかハイエルフと一戦交えた経験があると言わないだろうな?
だが、それはそれとして。とんでもない事を知ってしまった。この情報、広まれば碌な事にならないぞ。
エルフにとっての怨敵になるか王国乗っ取りの先兵と期待されるか。
人間にとってエルフへの交渉カードにされるか危険視されるか。
よくない考えが次々と頭に浮かぶ。うちいくつかは、周辺国家を巻き込んでの大戦争もありえるか。
どれも杞憂。あるいはくだらない妄想と斬り捨てられるかもしれない。だが、彼女の血と立場は多くの者にとって『武器』になる。
時として、人は『目的を果たすための道具』である武器を、誰かに使いたいがために使う時がある。『道具の為に目的を作る場合がある』。
弾丸と銃が目の前に揃った時。些細な動機で弾を込め撃鉄を上げてしまう人は、確かにいるのだ。高名な政治家も、馬鹿な子供と同じ事をする時はある。
思わず零れそうなため息を飲み干して。背筋を伸ばしたまま眼前の『お姫様』に問いかけた。
「なるほど。貴女の出生については、おおよそですが理解できました」
「うん。ああ、もちろんお母様もこの事は知っているよ。あの人は子供が出来ない体でね……結婚してから、わかったらしいんだけど。それもあってか僕を本当の子供みたいに愛してくれたよ」
「それは……そうですか」
一瞬、その自嘲にまみれた言葉を否定しかけた。だが、それを言うには自分は部外者すぎる。
だが、だからこそ聞きたい事がある。
「……一つお聞きしたい事があります」
「なにかな」
「何故、この話を自分に?」
彼女の出生という謎はとけた。だが、それ以上の謎が出現する。
なんで俺にその話をした?こんな夜中に、『他国の用意した部屋』で『その国の人間を相手』に。
こちらの言葉に、いつもの様に溌溂とした笑みをメローナ様はうかべた。
「僕が厄介だけど特別な血を持っているのはわかってくれたよね?」
「……ええ」
「では、そのうえでエイゲルン王国王女として『要請』します!」
ない胸をはって、彼女は宣言する。
「どうか僕の国を助けてください!」
そのまま、勢いよく頭をさげてきた。
硬直するこちらに小さく顔を上げ、ニコリとほほ笑むメローナ様。その笑みは、先と変わらず無垢な子供のようで。
しかしその瞳は、幼さとはかけ離れた光を宿していた。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
申し訳ありませんが、リアルの都合により明日の投稿は休ませて頂きます。




