第百二十八話 ギルマスの夢
第百二十八話 ギルマスの夢
サイド 矢橋 翔太
真っすぐと、中区にある宿泊施設へと向かう。事前の約束通り、その一室に三人とも揃っていた。
やけに暗い顔のアミティエさんとイリス。そして、少し呆れたように彼女らを眺めるホムラさん。
どんな会話を……不安を抱えているのかを察して、思わず苦笑した。
「お待たせしました。ギルマスさんとの話しは先ほど終わったので、直行したんですけど……」
「翔太君……」
アミティエさんが、椅子に座ったままこちらへのろのろと顔をあげた。
その顔は青白くなっているのに、寂しげながら笑みが浮べられている。
「おめでとう」
「……はぁ?」
「君がずっと故郷に帰りたがっていたのは、ウチも知っているから。だから、止めないよ。止められ、ない。両親や故郷が大事って気持ちは、よくわかるから……」
何言ってんだこいつ。
そういう目をこちらとしては向けているのだが、アミティエさんの瞳にはどんどん涙が溜まっていき、ついにが流れ落ちてしまった。
「ごめんなぁ……泣かへんって、きめとったのに。こんなん、君を迷わせるだけやって。傷つけるだけやって、わかっとるのに……」
現在進行形で傷つけられてますけど?俺ここで帰ると思われてんの?
「アミティエさん。俺はすぐに帰るつもりはないからね?」
「うん……せめて……せめてぎょーさん、思い出つくってから……ウチ、がんば……う……」
「う、わぁあああああああん!!」
遂に笑顔を保てなくなってしまったアミティエさんに、その隣で大泣きしだすイリス。
「あんまりです!こんな、私にも、姉さんにも!心のうちに踏み込んで!姉さんなんて、翔太様と、う、あああああああ!!」
「ええんや。ええんやイリス。元々そういう話やった。翔太君は帰る為に。ウチは復讐を遂げる為に。そう決めた旅やったんや……それが、果たされるだけ。それだけの、話やったんや……」
どうしよう。ちょっとこのままどういう感じのリアクションをしてくれるのか見ていたい自分がいる。
だが流石に良心が痛みを訴えてきたのと、ホムラさんの『はよどーにかしろや』という視線が怖いので誤解を解くとしよう。
「帰らないから」
「……あかん。それはあかんで、翔太君。ウチらの事は気にせんでええ。君は」
「気にするに決まっているだろ」
少しだけリアクションが面白いと思ってしまった自分がいるが、傷ついたのも事実。
彼女たちの中で、俺はそんなにも薄情な奴だったのかと。無責任な奴として見られていたのかと。
第一に、だ。
「人の心に踏み込んでというなら、君だってそうだろう。イリスにだって、ホムラさんにだって。こっちだって言ってやりたい事は山ほどある」
「え、私も?」
横でうんうんと頷いていたかと思ったら、ギョッとしてこちらを見てきた馬鹿ことホムラさんは無視する。
「今帰れるわけないでしょう。元々、突然帰還が可能になったとしても暫くは残るつもりだったし」
「けど……ホムラさんから聞いたよ?三日しか猶予がないって……」
「私、ちゃんと翔太の事だから馬鹿な事言い出すって言ったんだけどなぁ」
誰が馬鹿だこの馬鹿。馬鹿に馬鹿と言われると通常の三倍イラっとする気がする。
「……ストレートに言わせてもらうと。今回の転移以外の方法で日本とこっちで行き来できる手段を探すつもりだよ、俺は」
「「……え?」」
「だよねー」
ポカンとするアミティエさんとイリスに、したり顔で頷くホムラさん。わかっていたならちゃんと説明しておいてほしかった。
まあ、俺の口から言った方がいいのも事実だけれども。
「君達を残して帰れるわけないだろう。かといって両親になんの親孝行も出来ていないから、日本に行く手段は見つけないとだけど……こっちでやるべき事が終わるまで、この世界を離れるつもりはない」
きっぱりと、彼女らの眼を見て断言する。
数秒の間があって、アミティエさんがおずおずと尋ねてきた。
「その……世界と世界を行き来するって、そんなアテあるん?」
「ない。けど、空間魔法やらなんやらあるんだから、なんやかんやすれば行けるでしょ」
「な、なんやかんやってなんや」
「なんやかんやはなんやかんやだ」
自分だって知らないし、聞きたいぐらいだ。だがやらねばならない。
……この世界にきてからこういうの多いな。大変だけどやらないといけないって、事が。
「そもそも、なんでアキラス神のクソ馬鹿の提示した二択に従わないといけねぇんですか畜生が。なにが神だこっちは信仰した覚えねぇぞ」
「落ち着けー。気持ちはわかるけど趣旨ずれてっぞー」
「んんっ!失礼しました」
小さく咳ばらいをして、四つある椅子の一つにどかりと座る。
「嘘だと言うんならこの三日間、見張るなりなんなりしてもいい。俺だって皆と一緒にいたいから問題な……ごめん。トイレとか仕事の時は勘弁して?」
「しまらねぇなおい……」
「今のイリスを見ても同じ事が言えますか?」
そっとイリスに視線を向ける。
なんかゾンビ化していた。
いや流石にそれは語弊がある。ただ顔から出るもん全部だしながら、椅子から立ち上がってよたよたとこちらに歩いてきているだけだ。
「じょう゛だざま゛ぁぁぁぁ……」
「ごっめん言えねえわ」
「でしょう?」
これ放っておいたら本当にトイレにもついてくるぞ。一秒でも目を離したら俺が消えると思っているのかもしれない。
そっとホムラさんと二人、イリスの頭や背中を撫でながら顔を拭ってやる。すげぇ、鼻水とか涎とか拭いたらちゃんと美少女顔出てきた。
そんな事をしていると、アミティエさんが後ろから突然抱き着いてくる。
「ちょ、アミティエさん?」
彼女の体温と、柔らかい乳房の感触が広がる。
おぉ……胸がでかいから乳肉で完全な密着がしない感じになってる。代わりに『むにぃ』っとおっぱいが限界まで押し付けられ背中で広がる感触。
なんかシリアスな空気なので、顔がニヤケそうになるのを堪えながら首だけ振り返る。だが、彼女は額をこちらに押し付ける様にして表情が見えない様にしていた。
……まあ、乳肉のせいで軽く前髪がこちらに当たる程度なのだが。
「……馬鹿」
「馬鹿は酷いな」
「うっさい。翔太君の馬鹿……たらし……変態……」
「たらしは初めて言われたかもしれない」
なんせ、敵味方問わず『お前モテないだろ』と言われた覚えしかないからな。
「俺は……俺は、自分でも驚くぐらい我が儘な奴なんだと思う。両親にも会いたいけど、君達とも離れたくない。どっちかなんて、選べない」
我ながら子供の理屈だ。選ばないといけない事なんて、生きていればいくらでもあると知っているのに。
「だから、俺はここに残る。いつか皆と一緒に両親に会いに行く。絶対に」
けど、その選ばなければならない時は今ではない。今ではないのだ。
だったらどっちも取ってやる。我が儘結構。異世界では成人扱いでも、日本では未成年だ。ガキらしく駄々の一つもこねさせてもらおう。
「うん……うん……」
「翔太様ぁ……」
……やばい。なんか恥ずかしくなってきた。ニヤニヤと笑うホムラさんに視線を向ける。
「そう言えば、ホムラさんはどうするんです?帰還について」
「その顔、私の答えがわかっている上で聞いてるだろ」
「直接貴女の口から聞きたいですから」
真っすぐとそう言ってやると、少し恥ずかしそうに頬を染めて彼女は後頭部を掻きながらそっぷを向いた。
「残るよ。お前もあの三馬鹿もこっちに残るんだ。放っておけるわけないだろ」
「あ、例の三銃士も残るんですか」
「布教の旅は終わらないとか叫んでたぞ」
疲れた様にため息をして、彼女はイリスの頭に手を置いた。
「ま。馬鹿弟子やアミティエちゃんが心配なのもあるしな~」
「じじょお゛~」
「あーはいはい。ここにいるから泣くなよ」
また決壊したイリスを宥めながら、四人でポツポツと喋りながら時間を過ごす。気が付けば、一時間ぐらいそうしていた。
やる事は多いとわかっているのだが……これぐらいは、いいはずだ。
だってこんなにも充実感が胸を満たすのだから、無駄な行動などではない。
これからも――皆と、生きていくために。
* * *
サイド なし
大和共和国。その内区と呼ばれる場所にある、本部隣のオペラハウスの様な建物へとこの国にいる事前登録者達が集められていた。
数千人は入るのではというその巨大な建物には、今は千人ほどしかいない。
大和共和国には、アキラス神から依頼の完遂を告げる声が聞こえてきた時点で約三千人の事前登録者達が集められていたはずだった。
だが、既にそのうちの二千人が日本へと帰還している。
彼らにとっての悲願だったのだ。この世界に転移させられてもうすぐ四カ月。半年にも満たないこの時間で、彼らの心は傷を負い過ぎた。
物語の様に華々しい活躍をし続けた者もいるだろう。だが、それ以上に突然訪れた理不尽によって命や尊厳を奪われた者は多い。
前者とて、望郷の念が強い者も少なくないだろう。見ず知らずの異世界に留まって、日本に……元の生活に戻れるチャンスを逃すなんて普通はありえない選択だ。
ここに残る千人も、最後の三日間を過ごした後は日本に帰るつもりの者が大半だ。
そんな彼らの前。舞台の上に一人の少女が立つ。
肩のでた改造巫女服を纏った、白髪狐耳の美しい少女。十かそこらの見た目でありながら、隈取で飾られた金色の瞳はギラギラと輝いている。
「やーやーやー!よく集まってくれたのう皆の衆!」
マイクもなしに、少女の。ギルマスと呼ばれる事前登録者の声が会場中に響きわたった。
沈黙が流れるその場所で、ギルマスは溢れんばかりの笑みを浮かべている。
「まずは、帰還が可能になった事を祝そうではないか!日本に、故郷に帰れる。世界を変えるなど人の一生を費やしてもそうはできない難事!それが果たされ、お役御免となったのが目出度くないなどありえぬぞ!まあ、あずかり知らぬ所で起きたのは驚きじゃがな!」
なっはっはと。着物の袖で軽く口元を隠しながら胸を張って笑う彼女に釣られ、会場の中から笑い声が漏れる。
皆、これを祝っていいのかわからなかったのだ。少なくともギルマスの前では。
この大和共和国は、事前登録者達を守るために壇上の少女が作ってくれた物。彼女に危うい所を助けられた者は少なくない。
その恩も返さぬまま帰ってしまっていいのか。それを喜んでいいのか複雑な心境をもつ者もいたのだ。
日本に帰ってから恩を返せばいい。あるいは、そんな事は忘れてしまっていいのだ。そう、笑いながら思う者達。
そこに、一滴の冷や水がさされる。
「――して、お主ら帰ってからの予定はあるかのう」
口元を隠しながら、ギルマスの眼は細められる。決して睨んでいるわけではない。何か悪戯でも思いついた子供の様に、彼女は忍び笑いさえこぼしている。
「この身、この力は神より『前払い』として与えられたもの。日本に帰っても姿も力も変わりはせぬ。もっとも、ガチャとやらは使えなくなるがのう。それで、お主らあちらに戻って何をする?」
少しだけ、会場内がざわついた。
誰も彼も、明確に日本に帰ってからする事は決めていない。せいぜいが家族に会いたいとか、そのぐらいだろう。
ハッキリと何かをすると決めている者は、とっくに日本へ帰っている。誰も彼もがこの世界で生きるのに必死だったのだ。
「野生の獣を素手でくびり殺せる力でもって、スポーツ選手にでもなってみるかえ?表彰台は約束された様なもの。世界で活躍するどの様な選手より、お主らは良い成績を残せるじゃろう」
ゆっくりと、彼女の左手が広げられる。
「魔法を使って何かを仕出かしてみるか?文字通り種も仕掛けもない超常の力。新たな宗教を作るなり、権力者の懐に忍び込むなり。やろうと思えばいくらでも財も権力も手に入ろうて」
同じように、右手もゆらりと広げられる。
「戦の気配を忘れられず、血を求めて戦場を駆けるか?あちらの世界も争いごとには事欠くまい。銃弾を跳ね返し、無手で装甲車を蹴散らして。戦場の英雄となる事もできようぞ」
そうして現れたギルマスの貌。そこには、ニタリとした笑みが浮かんでいる。
今まで同胞に見せてきた無邪気な善人のそれではない。野心を抱いた、獣の貌。
「お主らの道じゃ。好きにするがよい。儂にはそれを止める権利がない。だが――ここで儂の『夢』を語らせてもらおうぞ。それぐらい、聞いていってくれるじゃろう?」
ギルマスの言葉にざわめきが一瞬出てきて、また消える。
圧倒的強者の発する圧力。それに隠しきれないほどの覇気。それらが気絶をさせるでも威圧するでもなく、聞く者の眼や耳に流れ込んでくる。
魔法の類ではない。ただ、彼女の資質ゆえに。
「儂はな。国をもちたい。日本と、世界と対等に取引が出来る国が欲しいのじゃ」
言っている意味を理解できたのは、いったいどれほどか。
国をもち日本や世界と取引するとは、つまり地球に帰ってからどこかで建国するという事か?そう思う聴衆に、ギルマスは続ける。
「儂らは神の御業によって世界と世界の狭間を超えたわけじゃが……それは、人為的に不可能な事かえ?」
クスクスと笑いながら、ギルマスは続ける。
「お主らは惜しいと思わぬのか?この世界で得られる賞賛を。圧倒的アドバンテージを。向こうに帰ればただ『暴力をもつだけの一般人』となる事が、恐ろしくはないのかえ?」
ごくりと、誰かが硬い唾をのむ。
考えた事がある者もいるだろう。日本に帰った後、よくない事が起きるかもしれないと。
顔どころか性別も変わった者もいるだろう。はたして、家族は受け入れてくれるだろうか。
そうでなくとも、ここではある程度好きに力が使えていたのに、日本では大きな制約を受けるのではないかと。そう思う者はいる。
いかにチートを貰おうが、大半は銃を持った軍人たちが集まれば簡単に殺される力しかない。軍や自衛隊という武力を背景にした国には、逆らえない。
そして、その『ただの暴力』は侮られるのが日本である。暴力を忌み嫌い、話し合いの力こそを重視する国だ。
それは人として正しい事だろう。ただ、制約される側には酷く息苦しい。きっと、縛られる度合いこそ違え度他国にいっても同じだろう。少なくとも、先進国と呼ばれるところでは。
「無論、歓迎される舞台など探せばいくらでもあるじゃろう。ただ、それはつまらぬと思わんか?儂は、そう思う」
ぱちりと、ギルマスの小さな手が打ち合わされる。
その体躯に相応しいモミジの様な手が出した音は、あまりにも小さい。だというのに、会場にいた者全員が思わず肩をはねさせた。
「儂はな、ガチャで得た魔道具により月に一度だけアキラス神と交信をする事ができる。ほんの短い時間じゃがな」
一斉に、どよめきが広がった。
感謝する者もいれば憎む者もいる、異世界の神。アキラス。この一万人もの転移に関わった存在と会話ができる。
いいや、『会話していた』。そんなギルマスに、様々な感情が込められた視線が集中する。
決して好意的なものだけではない視線の数々。恩も力量差も忘れ殺意さえ向ける者もいる。それに対し、彼女は揺るがない。ただ笑みを深めただけだった。
「かの神との交信により、儂は答えを得た。それはな。短時間、局所的であれば異世界と繋がる『門』を作り出す事が出来るという事じゃ。儂らの力でな」
ギルマスは続ける。懐から扇子を取り出しながら、彼女の語りは終わらない。
「のうお主ら。儂と一緒にここで国を作らぬか?異世界に留まったまま、日本へ帰る手段を確立するのじゃ。好きな時に日本へ行き、好きな時にここへ戻る。我が儘になろうではないか。どちらかを諦めるなど、本当は嫌じゃろう?」
扇子をばさりと広げ、ギルマスは口元を半分だけ隠しながら流し目で会場中を見渡した。
見た目の年齢に見合わぬ、妖艶な仕草。それをしながら、彼女は締めくくった。
「いつになるかはわからぬが、門ができればそこを超えられるは事前登録者達のみになるじゃろう。なんせ二つの世界と因果をもつ故な。特別な存在に……なってはみたくないか?皆の衆」
ぱちりと扇子が閉じられて、右手に持つそれを突き出して。左手は腰にそえて、薄い胸を大きく張って。
皆が見慣れた童女の様な笑みと共に彼女は吠えた。
「歴史に名を残したい者は儂に続け!城を持ち、領地を持ちたくば走るがいい!決してなだらかな道ではあるまいが、されど夢だけならば満ち溢れておる!」
金の瞳は綺羅星のごとく輝き。桜色の唇は弧を描いて。
「大和共和国。その真の立ち上げに集うがいい!!」
――この演説で残ったのは、たった五百人の事前登録者達。
一万いた彼らはその半数以上が異世界の洗礼を受け死に絶えて。一つ所に集まった三千人は五百まで数を減らし。
されど、この残った五百人は確実に歴史へと名を遺すだろう。
それが敗者としてか勝者としてか。愚者としてか賢者としてか。悪鬼としてか英雄としてか。
どの様な形で刻まれるのかは……まだ、誰も知らない。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
書いたのがプロローグの頃だったので、忘れている方もいるようですからここでも書かせて頂くと、日本に帰ってもキャラメイクした姿のままですし力も「まれ人」のままです。
望んだ姿や力は世界を変える仕事の前払いですので。半分は必要経費ですが。どちらにせよこれは変わりません。
例えばホムラさんの場合、金髪美女のまま魔法が使えます。翔太の場合イケメンのまま刻印でラケルタぶっ放せますし木を切る時は称号でパワーアップします。
つまり、キャラメイクで失敗した人とかも当然そのままですし、異世界で変な呪いを受けた人や手足を失った人が帰ったら当然呪いは続くし手足もなくなったままです。治療してから帰れば別ですが。
ホムラ
「やっぱちゃんと説明してもらってからキャラメイクさせてほしかったよな」
三銃士
「「「特に後悔もないから、ヨシ!」」」
ギルマス
「言っとくけど儂含めお主らみたいに後悔ないのは少数派じゃからな?」




