第十二話 シャイニング卿
第十二話 シャイニング卿
サイド 矢橋 翔太
死にたい……。
ここエルギスという街を今日出発するわけだが、その滞在期間中体は休めたけど心は別の意味で大変だった。
この世界への理解を深めようとホムラさんと二人で本を読んだりアミティエさんから話しを聴いたわけだが……。
あれだけ言ったのに、ホムラさんのボディタッチが減らない。
自覚のない馬鹿か。あるいは異世界人への恐怖が上回っているのか。俺を舐めているのか。なんにせよ、うん。色々たまるわけで。
そして、決まってアミティエさんにはバレるわけだ。その度に『え、ちょっと多くない?けど、まあ若い男の子だし』と困ったような、それでいて優しい目で見られるわけだ。
はっきり言おう。ちょっと興奮してきた。
違うんだ。俺はノーマルなんだ。自分を信頼してくれるホムラさんやアミティエさんに邪な目を向けてしまうけど、決して特殊性癖ではないんだ。
ただ、そう。『自分が脳内で卑猥な妄想をしてしまった相手に、困った様な笑顔でその無礼を肯定される』という状況に脳がバグったというか。冷静にその時の心境を考察するため、その状況を思い出してみるとしよう。
さあ盛り上がってまいりましたねあらゆるものが。
……とりあえず、スノードラゴンは殺そう。絶対に殺そう。許さん……許さんぞクソトカゲ……!!
「乗り合い馬車は使わなくていいよね?」
「ごめんよー……私のせいで……」
「いや、ホムラさんだけが理由じゃありませんし」
街どうしを繋ぐ定期便というか、乗り合い馬車が走っているらしい。だが、それを利用するのは難しい。
一つは本人も言ったようにホムラさん。彼女の異世界人恐怖症。
二つ目は自分の呪い。いつ奴が来るかもわからないのに、不特定多数と行動したくない。申し訳ないし、何より邪魔だ。
そして三つ目。ぶっちゃけこれが重要。
「ウチもホムラさんも美人さんだから、厄介ごとを招きそうだからねー」
冗談めいて言っているが、まったくもって冗談ではない。
アミティエさんとホムラさんの三人で街に出ると、まあ視線が集まる事集まる事。いくらフードを被っていても、顔を完全に隠せるわけじゃない。
そうなると美女二人を侍らせる、現在ゲームキャラ故にイケメンとなった俺がいるわけで。
更に言えば、俺の財布は女神から貰った大金が。そしてアミティエさんも家を出る時にかなりの金額を持ち出しているわけだ。
どう考えてもトラブルが起きる。まだ三人だけで行動した方がマシだろう。幸い、アミティエさんのサバイバル技能はとても高い。
そんなこんなで、一度スタンクさんの所に挨拶をしてから出発する事に。
「……気は変わってないのか、アミティエ」
「はい。三日間、お世話になりました」
アミティエさんと一緒に、三人で頭をさげる。
宿の手配もあるが、装備についても良くしてもらえた。特に自分の防具。
頑丈な革に綿と鉄板を仕込んだ防弾チョッキみたいな胴鎧。同じく鉄板を入れた革ベースの籠手とブーツ。そして大荷物を積められる金属製の背嚢と、フード付きのレザーコート。
もちろんお代は払ったが、そもそも買う伝手を用意してくれたのがスタンクさんだ。彼の紹介なしでは、信用のない自分ではこの装備を手に入れられなかっただろう。
『お前が盾になれ』と言外に言われていそうだが、防御力が上がるのは良い事だ。
自分達を見てスタンクさんが大きなため息をついた後、引き出しから一冊の本を取り出した。
「こいつを持っていけ」
「これは……?」
「『シャイニング卿』の隠し拠点。俺が知っている範囲の、大まかな地図と注意点だ」
「シャイニング卿の!?」
え、誰?
「ドラゴンに挑むってんなら、あの人の事を知っておいた方がいい。おおかた、ジョージからは碌に教えてもらってねえだろ」
「はい……知らないでいた方がいい事が多いって」
「だろうな。俺も同意見だよまったく」
どっかりと椅子に体を預け、スタンクさんが顎で扉を示す。
「さっさと行きなクソガキ。おめえの面を見ているとあの馬鹿を思い出してしょうがねえ」
「はい。本当にありがとうございました。いつか、この御恩は」
「いらん。俺は奴への借りを返しただけだ。お前に便宜を図るのはこれっきり。後はどこで死のうが知ったこっちゃねえ」
「……重ね重ね、ありがとうございます」
もう一度頭を下げ、扉から出ようとした時。この体でなければ聞こえないほどの小さい声で彼が唇を震わせた。
「……また俺を置いていくのかよ、ジョージ」
扉がしまる音が、彼のそれ以上の独白を遮る。
それでいい。きっと、自分は聞くべきではないから。
* * *
街を出てしばらく。街道からも逸れたし、そろそろいいだろうと問いかける。
「アミティエさん。スタンクさんが言っていたシャイニング卿って誰?」
ジョージさんが『知らない方がいい』と彼女に教えなかった知識らしいので、人に聴かれたらまずい話しなのはわかった。
今なら自分達以外に人はいない。
「シャイニング卿はね、オトンが現役時代に五年ぐらい護衛していた人なんだ」
「護衛を?」
「ほーん。なんか追われてたの?」
「うん。陽光十字教に追われていたらしいんだ」
「「……!?」」
陽光十字教に追われていた?それはすなわち、『世界を変える可能性がある』人物と言う事じゃないか?
そう思い、視線でアミティエさんに続きを促す。
「シャイニング卿はかなり変わった人でね。陽光十字教の敬虔な信者なのに、『別方向で信仰をしたい』って言って各地で色々な研究をしていた人なんだ」
「別方向で信仰?」
「それがどういう意味なのか、オトンもスタンクさんもわからなかったらしいよ。ただ、オトンの話しが確かなら――シャイニング卿は、ドラゴンを討伐した事があるかもしれない」
「ドラゴンを!?」
「はえー。凄い人なんだねー」
ホムラさんは実際にドラゴンと戦った事がないからか、呑気な反応をしている。
だが自分からしたら喉から手どころか全身が出てきそうな情報だ。
「あれはオトンが村の集会で酔っぱらって帰って来た時でね……普段はシャイニング卿の事をほとんど話してくれないのに、その日だけは口を滑らせたんだ。たった三十人で、フレイムドラゴンを倒した話しを」
曰く、何故か空を飛ぶ『気球』という物でフレイムドラゴンをおびき寄せ、崖の壁面を『ダイナマイト』で爆破して岩の下敷きにし、倒れた所を至近距離から『大砲』という筒で大量の鉄球を顔面に叩き込んだとか。
「歴史上、人類が竜殺しを成したのはたったの四件。ライトニングドラゴンを倒した『ジロー・マルーエダ』と陽光十字教の神殿騎士たち。そして陽光十字教が集めた各国の連合軍で二回。帝国が一回、アースドラゴンを倒してる」
ライトニングドラゴンとアースドラゴン。漢字にすれば雷竜と地竜。名前の通りの力をもった竜だ。どちらも竜だけあって、単独で大都市を滅ぼせる存在である。
だが違いは、飛行能力。
アースドラゴンは空を飛べない。飛行能力の有無でその討伐確率は格段に変化すると言われているため、ライトニングドラゴンを討伐したジローさんと神殿騎士達は伝説となっている。
そして、フレイムドラゴンは……火竜は空を飛ぶ。スノードラゴンと同じように。
「この話しが本当なら歴史に名前が残るような出来事だよ。けれど、それに参加したメンバーは皆口をつぐんだらしいんだ。勿論、『生き残り』はね」
「……口外しようものなら、教会が殺しに来ると」
当たり前だ。ドラゴンとは生物の姿をした災害。それをどうにかしようと思えば、国家規模の軍隊を動かしてようやく戦いになるほど。
それをたった三十人で殺せてしまえた。そんな武器や技術があるのなら、どこの国だって欲しがるだろう。
そして大砲や爆弾の知識が広まれば、たぶん戦争や採掘の常識も変わる。そして、それはいつか世界を変えるだろう。
「だからシャイニング卿は定住する事なく動き続けたし、『身体も交換し続けた』」
「……はい?身体を交換って、どういう意味?」
「なーんか嫌な予感がするんだけど」
ホムラさんと同意見である。頭の中にちらつく漫画とかで見る展開。
「言葉通りの意味だよ。彼、あるいは彼女は自分が作り上げた『ホムンクルス』の脳に己の記憶を転写して体を乗り換えていたからね。ある時は老婆に。ある時は青年に。ある時は童女に」
「うわー……」
「危険人物じゃん!?宗教以前に危険人物じゃん!?」
めっちゃゲームとかの悪役がやりそうな事してるなぁ……。
いや、けどそれだけで悪人とするのも……けど倫理的に……でも倫理なんて時代や国で……。
「まあ危ない人ではあったらしいよ?疫病が広がった村々を命がけで救う事もあれば、スラムで人を買って内臓を摘出したり色々人体実験もする人だったとか」
「危険人物だな!?」
「ごりっごりの危険人物だ……」
確定だわ。やばい人だよ。
「よく言っていたのは、『信仰の為。アキラス様の御神意を知る為に』とか」
「「えー……」」
正直、ひく。
「うん。気持ちはわかるよ。オトンは『悪逆非道な善人』ってシャイニング卿の実験を見て思ったらしいし」
絶対にやばい人だ。本来なら関わり合いになりたくない類の人種。
だって要は『宗教の為に自分の命を鑑みないし、人体実験もします!社会秩序も知りません!』って人だぞ。
大抵の日本人は距離とるわ。この世界ではなおの事。
だが。だがしかし。
「……会ってみたい人だな」
「えぇ!?マジでぇ!?」
絶叫をあげるホムラさん。気持ちはわかる。わかるけど、自分達にとってはかなり重要な人物だ。
「うん。そういう人だからこそオトンはウチに話してくれなかったし、今のウチらに必要な人でもあると思うんだ」
そう言ってアミティエさんがスタンクさんに貰った本を取り出す。
「ウチはシャイニング卿の持っているドラゴンを殺す術を聞きたい。翔太君達も、あの人の知識に興味があるよね?」
「ああ」
「えー……いや、わかるけどさー」
気球と火薬。大まかな事は自分も知っているが、それは日本のネットで見たから。
そのシャイニング卿がどうやってそれらの知識を得たのか。あるいは思いついたのかは知らないが、その頭脳と行動力は『世界を変える』という目的に是非とも欲しい。
自分達が知らないような技術も知っているのか。あるいは研究中なのか。何にせよ、接触できれば事態は大きく動く。
「シャイニング卿とオトン達が一緒に行動したのは二十年近く前。その頃の情報だけど、彼の隠れ家である研究所の位置がここには書かれているんだ」
スタンクさんから渡された本。それを開くと、地図らしき物と注釈の様な物が書かれていた。
「ウチはこの隠れ家を回ろうと思う。二人は、どうしたい?」
返答など、決まっている。
「俺も同意見だ。他に行く当てなんてないし、少しでも帰還か、ドラゴンを倒せる方法に近づきたい」
「あー……まあ、うん。私も同意かなー。会いたくないけど」
アミティエさんが強く頷き、歩き出す。
「じゃあ、行こう。シャイニング卿の隠れ家に」
「ああ」
「はーい」
危険人物かもしれない相手。だが、そんな人に会いたいと思う日がこようとは。
アミティエさんが先導する森を進みながら、口角が上がる。なんであれ、『何をするか』が決まっているのは良い事だ。
心なしか、踏み出す足が軽くなった。
* * *
街を出て三日目。順調に移動している最中の野営で、枯れ枝を補給しようと森に一人で入った時だった。
「えっ」
目が合った。
『ぎょ』
白い部分がない虚ろな眼球。全身を鱗で覆い、腰にボロ布、手に銛を持った『半魚人』。
三体のそいつらと、森の中で相対した。
読んで頂きありがとうございます。
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少し後に、閑話を投稿させて頂く予定です。そちらも見て頂ければ幸いです。




