第百十八話 情けは人の為ならず
第百十八話 情けは人の為ならず
サイド 矢橋 翔太
あの後、自分とアミティエさんが火の手が上がっている場所を確認に向かう事にした。ホムラさんには調査隊の護衛として残ってもらう。
隊から離れる時、焦った様子でイリスが同行を申し出たが拒否した。故郷が近い状況での事だから逸るのはわかるが、だからこそ連れて行きたくない。
そっちの対応も申し訳ないがホムラさんに任せて、二人で現場に急行した。
背に『山剥ぎ』を担ぎ、腰には『デュランダル』を提げる。スノードラゴンとの戦いからまだそれほど経っていないのに、こうして武器を携えるのは久々に感じてしまう。
「……誰かが襲われているね。人数は五人、いや、七人」
夜の闇を移動しながら、アミティエさんが呟く。
「誰が誰にって、わかる?」
「片方は人間じゃない。四足の生物が、七から九ぐらい。普通の狼にしては動きが速いよ。襲われている方は……固まって動いているけど、戦闘慣れしてはいないみたい」
「わかった。いざとなったら援護を」
「了解」
状況は不明。だが、魔獣の類に襲われているのなら見殺しは避けたい。ついでに、この辺りについても聞いてみるか。
そう思い、『デュランダル』を抜刀しながら駆ける。距離はそこまでなかったので、すぐに現場に到着した。
「ひ、ひやぁああああ!?」
「お母さん!お母さん!」
「くるな、くるなこの!」
悲鳴を上げて松明を振り回す青年。青い顔で足を押さえて蹲る女性と子供。槍を手に怒鳴っている初老の男性。
それらを嘲笑うかのように、背に結晶を生やした狼――魔獣化した狼が数匹駆け回っている。槍や松明をひらりと躱して、その奥にいる人々に噛みついたり引っかいたりしているのだ。
遊んでいる、というよりは少しずつ削り殺すつもりか。今は襲われている側も固まって動いているが、それが崩れるのも時間の問題だろう。
ただ、まあ。今回はどうやら間に合ったらしい。
「よっ」
とりあえず、集団に一番近い魔狼の頭蓋を蹴り飛ばす。それだけで、そいつの頭ははじけ飛んだ。
「もう大丈夫です!救援に来ました!」
そう大声を張り上げてから、魔狼どもに突っ込む。人間の集団の方はポカンとしているが、魔狼の方はギョッとした様子ですぐさま散開しようとしていた。
獣の本能というやつだろうか。魔獣化してもそれは残っていたらしい。それでも、俺の方が速い。逃げられてまた人を襲われるのも困るので、ここで殲滅する。
特に語る事もない。ただ相手より速く走り、跳ね。そして蹴散らした。剣と靴が少し血で汚れただけで全て終わる。
「皆さん、大丈夫ですか」
呼びかけながら、木陰に潜むアミティエさんと一瞬だけ視線を合わせる。何かあったら、隊に伝えてもらわないと。
「あ、ああ……あんたは、いったい……?」
代表する様に、槍を持った初老の男性が少し前に出てくる。敵意は感じられない。本当にただ襲われていただけか。
なら、なんでこんな所をこんな時間に?
「……通りすがりの冒険者で、翔太と申します」
一瞬、普通に名乗るか迷った。一応嘘ではないけど真実とも言い難い範囲でそう言っておく。ついでに、首にかけていた冒険者のドッグタグも軽く掲げてみせる。
この行動で多少は警戒が薄れたのか、男性の肩から少し力が抜けた。
「そ、そうか。危ない所を助けてもらってすまねえ。俺はトッコロ村のオリバってもんだ」
「いえいえ。困った時はお互い様ですから。それより、皆さんはどうしてここに?俺は仕事の通り道でしたが……」
そう尋ねると、緩んだ警戒がすぐに引き戻されたのを感じ取れた。奥に見える青年が、腰の短剣に手を伸ばすのをチラリと見る。
直感が、アミティエさんが矢をつがえた事を伝えてくる。まだ撃たないでほしい。彼女なら先走る事はないだろうが。
「……先に怪我人の治療をしましょう。俺、白魔法が使えるので」
「ええ!?」
オリバさんが驚きの声を上げる。魔法が使える事か、はたまたそれをアッサリと明かした事か。どちらにせよ構わない。このまま警戒され続けて無駄な時間を過ごすよりはマシだ。
自分のスキルは彼らが敵ではないと告げている。隊の護衛があるので、こっちはさっさと終わらせたい。
「『エリアヒール』、『エリアケア』」
相手の返答を待たず、魔法を発動。周囲を波紋の様な緑色の光が広がっていく。
どちらも中級の魔法な上で、効果は初級のそれ。だがこういう時は便利だ。指を食いちぎられた人は見えないので、多少痕は残るかもしれないが、数日もすれば目立たないぐらいには回復したはずである。
ポカンとするオリバさんに、剣をおさめながら笑いかけた。
「不躾ながら、単刀直入に言わせて頂きます。こちらにあなた方への敵意はありません。ですから、どうか胸襟を開いて頂きたい。ここにいる目的と、事情を教えてくれませんか?」
笑顔とは本来うんぬんかんぬん。
それを察したのか治療の恩義かは不明ながら、オリバさんが慌てた様子で口を開いた。
「あ、あんた、いったい。い、いや!すまねえ。恩にきる」
「いえいえ」
「俺達は……その。エイゲルン王国に行きたいだけなんだ」
「……あー」
言いづらそうに語るオリバさんに、自分の顔が引きつるのがわかる。難民の人達だったかぁ……。
「この国はもうおしまいだ。革命だかどうだか知らねえけど、野盗ばかりでやがる。獣や魔獣も好き勝手暴れるし、ここで暮らしていくのはもう無理だ。だから、荷物を纏めて他の国に……」
そう言って、彼の視線が黒煙の上がっていた方角に向けられる。火の光で少しは照らされていたその場所も、今はよく見えなくなっていた。炎が鎮火したのだろう。だが消火活動もなしだったから、その荷物とやらが燃え尽きたという事かもしれない。
「途中でさっきの魔獣に襲われて、全部失っちまった。俺達は、もうだめだ……」
オリバさんの背後ですすり泣く声が聞こえてくる。こちらを警戒していた者達も今は俯いてしまっていた。
どうしよう、すっげぇ気まずい。
「そう、ですか……」
「助けてもらったのにすまねえ。俺達にはなんも返せるもんがねぇし……命だって……」
だんだんと声が尻すぼみになっていくオリバさん。
これは、どうしたものか。遊撃隊隊長として正しい判断は、『そうですか、大変ですね!それじゃ!』とこの場を去る事だと思う。
なんせこの後シャイニング卿の研究所を調べて、その次にはお姫様の護衛だ。彼らを連れ歩いている余裕はないだろう。それで任務失敗となったら目も当てられない。
だが……だが、だ。あいにくとそう冷静な判断ができるほど、自分は大人ではないのだ。
「……少し、ここで待っていてください。周囲に他の獣はいないでしょうが、周囲を警戒しながら待機を」
「え?」
「色々とあるので、待っていてください。悪いようにはしません」
彼の眼を見てハッキリと言った後、踵を返す。
オリバさん達と少し距離が出来ると、すぐにアミティエさんが合流してきた。その顔は月明りで薄っすら照らされ、彼女が困った様な笑みを浮かべている事が見て取れた。
「一応聞くけど、助ける気かい。翔太君」
「人道的支援は国家に仕える者としていずれ国益となる行為だから率先して行うべきかもしれなくもなくもないと思います」
「うん。せめてもっと自信満々に言おうか」
「はい」
そっと視線を逸らす。いや、だってねぇ……。
「具体的に何をするつもりなのかな」
「予備の更に予備として、大量の水と食料は持って来てあるから、それを少しだけ分けてあげようかと……自腹で集めた分だけ」
万が一厄介ごとに巻き込まれて長期間移動する場合に備え、缶詰めやら何やらを予算とは別に自腹でも買い漁っておいたのだ。
そっちの方から少し出そうと思う。予算で用意した方の食料があるから、元より予定よりちょっと時間がかかっても問題ない分は確保してあるので問題ない。
ただ、ちょっと後ろめたい。こういう行いが偽善であると理解はしているつもりだ。これは自己満足である。食料を分け与えても、彼らがエイゲルンまで無事たどり着ける保証はない。だがそこまで付き合うのはちょっと……。
何より、これは無駄な時間と言われても隊長として反論のしようがない。完全に気分の問題だし。
「なら、いいんじゃないかな」
「え、いいの?」
だが、あっさりとアミティエさんは頷いた。
「これで隊の備蓄からとか、同行を、とか言うなら怒るつもりだったけど。そうでないのなら君の自由だよ。けど、こういう行為は何度も出来る事じゃない。それは覚えておいてね」
「わかった……」
難民となっている人達は、たぶん探せばいくらでもいる。というか、共和国の周囲にある村々だって元はそういう人達の集まりだ。
こういった問題は個人の力でどうにかできるものでもないし、しようと思うほど自分はガッツのある人間でもない。
ほどほどにいこう、ほどほどに。
* * *
隊に一度戻って事の顛末を伝えると、調査隊からも彼らに水と食料を提供する様に申し出があった。
同じ神によって生み出された、等しき兄弟たち。助け合いの心を忘れたつもりはありませせんとの事。マッドなだけで、彼らはちゃんとした宗教家らしい。マッドな部分が致命的過ぎるだけで。
まあ、その申し出は今後の移動に支障が出たら困るし、何より彼らが持ち運べる量だけ渡すつもりだから断ったが。
「す、すまねえ……すまねぇ……!」
約束通り待っていてくれた彼らに、背負っていた食料を渡す。涙さえ浮かべるオリバさんに、出来るだけ優しく話しかけた。
「報酬を求めるわけではありませんが、この辺りについて聞いてもいいですかね?実は自分、大和共和国という国に雇われていまして。この辺の調査を依頼されているんですよ」
特に意味はないだろうけど、一応国の名前を告げておく。まあ、これで口コミで評判が上がるとは思っていないが。
せめてこの行為に意味はあったと、自分で納得したい。ついでに報告書を書く時の言い訳にもなるし。
そう軽い気持ちで言ったのだが、思わぬ情報が出てきた。
「俺達もこっちには詳しくねぇけど。変な建物ができていたぞ」
「変な建物?」
「ああ。この近くに村があるんだけど、そこに変な建物が出来ていたんだ。なんでも、革命軍が集まってよくわかんねぇ武器を作っているって、通りがかった時村の奴が言っていたよ」
さらっと出てきた情報に、思わず天を仰いだ。変な建物ってなんだよ。はいそうだねシャイニング卿の研究所ですね畜生。
けど前にこの辺を通った時、そんなもんはなかった。この人が嘘をついている気配もない。となれば、この短期間でよくわからん建造物ができたと。
断言できる。絶対に碌なもんじゃねえ。
もうさぁ……アキラス神は俺の事が嫌いなのかなぁ?
「ちょっと食料を分けてもらえないかと、一度近くまで行って見てきたから、案内ぐらいはできるぞ」
追加で出てきた厄ネタに、ため息を堪えて笑顔を維持するのがやっとだった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
現在の各陣営がもつ翔太への印象。
ギルマス
癒し。なおかつ便利な英雄ユニット。
大和共和国
数少ない話しが通じる部隊長。「とりあえず生」感覚で動かせる。
アーサー・エイゲルン王国
竜殺しの英雄。感謝はしているけど警戒。できればお近づきになりたい。
リースラン王国
なんか強い人。できればお近づきになりたいけど、生き残りの貴族でやや反感を持っている者も。
革命軍
正当な革命を邪魔した大罪人。ぶっころ。
ファルスト王国
……誰?
各亡命政府の人達
……名前だけは聞いた事があるような?
魔王軍
詳しい情報はないけどやべー奴なのは確か。絶対に魔族を殺しに来るバーサーカー。




