第百十七話 ガチャ内容
第百十七話 ガチャ内容
サイド 矢橋 翔太
『すまぬ、伝え忘れておったわ!』
「秘書の方、その人殴っておいてください」
『お任せください』
『え、待っいったぁい!?』
エイミーさんについて報告したらこれである。キレそう。
とりあえず秘書の人がお盆をフルスイングしたのでヨシ。まあダメージはなさそうだけど。
ちなみに、この通信場所はキャンピングカーの後部に設置した小さい個室である。狭いし暗い。
『すまんて。儂も忙しかったんじゃ……』
「ええ。こちらも根に持つつもりは――」
『つい深夜アニメのパイスーを再現しようと年甲斐もなく励んでしまってな』
「もう一発お願いします」
『はい』
『ぎゃいん!?』
あれは素晴らしい物だけど他に優先するもんがあんだるぉぉお?
『ま。冗談はさておき。すまぬが儂も忙しいのは本音じゃ。ここ最近、魔物の動きが更に活性化しておる』
「……です、か」
違和感はあったのだ。この人は無意味に無茶ぶりをするタイプではない。少なくとも人の命がかかる様な事では。だというのに今回の任務は色々とおかしい。
であれば、それだけこの人がきつい状況にあると言う事だ。
『既に西の小国で残っているのはエイゲルンを含め三国のみよぉ。そのうえエイゲルン以外の二国は時間の問題じゃ』
「お忙しい所、連絡をとって申し訳ありません」
『よいよい。報連相は大事じゃからな。今回は儂のポカじゃったが、本来ならシャイニング卿関連は最優先事項の一つじゃ。次からも遠慮なく報告しておくれ』
「了解しました」
『それではよろしく頼むぞ。お主に突然この様な大任を任せた事はすまぬと思うが、どうか勤めを果たしておくれ』
「……微力を尽くします。ですが、いざとなれば救援を呼ばせていただきたく」
『かか!ヤバッシー。お主普通の会社なら出世はできんタイプじゃぞ?』
「既に過ぎた地位を貰っておりますので」
『そうかもしれんのう!じゃが、儂はそういうの好みじゃよ。ガンバ!』
ペしぺしと扇子で机を叩くギルマスさんに、苦笑いで返す。そんなこんなで通信を終えようとしたところ、ギルマスさんが内緒話でもするかのように口元を隠して流し目をしてきた。
『それはそうとヤバッシー。例のパイスー……エロかったじゃろ?アレはこの秘書子さんに協力してもらって』
最後にお盆を振りかぶっている秘書の人を背後にしたギルマスさんに、最敬礼をしてから通信を終了した。ギルマスさん、俺あんたに一生ついていくよ……。
それはそうとお願いだから新人用のマニュアルは作って……後で頑張って報告書作るから、それ見ながらどうにか書いて配って。俺の報告書がどこまで役に立つか知らんけど。
通信も終わったので個室から出ると、ちょうどアミティエさんが待っていた。
「翔太君。とりあえず偵察が終わったから報告しにきたよ」
「ありがとう、アミティエさん。どうだった?」
「所々山賊が通った後はあったけど、どれも進行ルートからは離れる方向に向かっていたね。それと、魔物の類は少ないけどいるみたい。大型のはいなさそうだけど……巣から離れて飛んでくるタイプはわからないかな。一応糞や食べ残しは見つからなかったけど」
「なるほど……」
「数や向かった方向とか、詳しい事はこれに書いておいたよ」
「ありがとう、本当に助かる」
誇張抜きで偵察はアミティエさん頼りである。
自分のスキルもある程度索敵はできるが、数人規模の移動ならともかく十数人ともなると全体をどうにかするのは途端に難しくなる。極端な話し、自分が先頭で戦っている時は後方で襲われていてもすぐには気づけないと思う。俺自身の肉体に害がなければ特に。
その点、アミティエさんという手練れの狩人の存在はありがたい。そこにどういう動物がいるだけでもかなり状況の明度は変わるのだ。
「ううん。翔太君に貰ったアイテムのおかげだよ。ウチだけじゃここまで広範囲はわからないから」
そう言って、アミティエさんが左腕につけた腕輪を見せてくる。
エメラルド色に白いラインの入ったその腕輪には、『ドラゴン』の模様が刻まれていた。
ガチャで出てきたアイテムだが……なんとも因縁深い代物が手に入ったものだ。アキラス神あたりの作為を疑ってしまうほどに。
あるいは、それだけ強い因縁という事か。
「ガチャの話しが出た気がした!!」
「声でかっ……」
運転席の方からホムラさんが出てきて『ガルル』と唸りだす。犬かあんたは。
「いや、一応助手席にいてほしいんですけど……」
「ゴーレム運転でもそうそう事故は起きないよ。この辺の道なら」
ゴーレム運転。名前の通り、運転席にゴーレムをのっけた自動運転だ。こういう所は地球の方より便利だよなとは思う。
それでも万一に備えて誰かしら助手席に座る様にしているが。
「私を助手席におさめたくばガチャについて吐けぇ……お前のガチャ運はどうなってるぅ……」
「お疲れなら俺が助手席に座ってきます」
「あ~ん、いけずぅ」
そっこうでこちらの腰にしがみついてくるホムラさん。ちょ、胸が!当たっちゃいけない所に胸が!
「まっ、今はそれ駄目ですから!話します!話しますから放してください!」
「ふっ、チョロいぜ」
「翔太君は変わらないなぁ……」
くっ、弄ばれている!だけどこの距離感が嬉しいと感じてしまう自分がいる!
小さく咳払いをしてから、ソファーに座る。座ったのは落ち着いてアミティエさんの報告書を読むためですよ?他意はありませんからね?
「けど、今は駄目なのも事実です。休憩時間になったらお話しますので」
「ちぇー。しょうがにゃいなー」
「まあまあ。ちょっとお茶でも淹れてきますから」
ぶー垂れる彼女を宥めるアミティエさんを横目に、報告書へ目を通していく。
……不思議だ。ここまでの道中は順調に移動しているし、そもそもこの辺に自分達を害せる存在がいるとは考えづらい。
だというのに、どうにも嫌な予感が胸中を燻ぶっていた。
* * *
夜になったので一度各車停止して、野営をとる事に。と言っても、車で来ているから車中泊に近いが。再出発は明日の朝だ。昼ぐらいにはイリスの村につくだろう。私情もあるが、それ以上にちょうど進行ルートに被る位置にある。
念のため結界と、ゴーレム達による警備。そして交代で誰かしらが見張りをする様に決めて、眠る前に自分達のキャンピングカーで顔を合わせた。
ただし、イリスはプラムさんの所に行っているようだが。どうにも武御雷とできるだけいたいらしい。プラムさんが迷惑ではなさそうだからいいが、明日の朝出発前に挨拶しておいた方がいいいかもしれない。
砂糖多めのホットミルクを飲みながら、自分のガチャ結果を頭に思い浮かべた。
「えっと。スノードラゴンの一件で三十連分ガチャポイントが入ったわけなんですが」
「ふんふん。それは私と同じだな」
「☆5が二つと☆4が三つでました」
「ころちゅ」
「どうどうどうどう」
子供の様に純真な瞳で杖を握るホムラさんを宥める。それはマジで洒落ならない。
「内約を言え……今の私は冷静さを欠いているぞ……」
あんたが冷静だった時の方がすくねえわ。いや最近はわりと落ち着いてるか?
「と言っても、俺自身でまともに使えそうだったのはコレぐらいでしたが」
そう言って、ベルトに括りつけていた石を取り外してみせる。
「え。なにこの異様に魔力が込められた卵みたいなやつ」
黒曜石から削りだした様な色合いながら、つるりとした形状の石。上部に細い糸が通されたこれには、ホムラさんの言う通り結構な魔力が込めてある。
というか、俺が込めた。
「凄い端的に言うと、魔力を貯蔵できるアイテムです」
「おう私のスキルを一個産廃にすんのやめろや」
たしか、名前は『マギア・マガッズィーノ』だったか?☆5のアイテムである。
元々は白い宝石だったのだが、魔力を込める事でこのように黒く染まる。最大で俺の最大MPよりちょっと少ないぐらいだから、タンクとしては十分だ。
「なんだかんだ、俺も戦闘中魔力を消費する事が多いので。当たりでしたよ」
「どうして……どうして私はダブりばかり……」
「どんまい」
いやほんと、この人一回お祓いにでも行った方がいいんじゃないか。
けどこの世界の神社ってアキラス神のしかないんだよな。後は破滅思想の魔王崇拝とかそういうの。
……ドンマイとかしか言いようがねえ。
「ちなみに……他四つは……」
「あー。☆4のうち二つは青魔法用の杖と、なんかごつい鎌でしたので。ちょっと俺が使うには難しそうでした」
「しゃぁ!」
「だから、今はトレードに出して結果待ちです」
「とれーど?」
あ、ホムラさんの顔が・と■だけで構成されたものに。
「マッテ。イヤナヨカンガスル」
「……落ち着いて聞いてください。ダブった装備とか、いらないアイテムは――大和共和国内でトレード可能です。というかそういう部署があります」
「嘘だそんな事ぉ!」
両膝をついて頭を抱えるホムラさん。
残念ながらこれが現実……!逃れられない、現実……!
「いや、まあ……魔法使いなのに剣でちゃった人とか、魔法使えないのに杖が出てきちゃったりするので。ある程度人数が集まったらそりゃ交換するよねって」
「わ……わぁ……」
やべぇ。ホムラさんが壊れちゃった。
「い、イリスは喜んでいましたよ。師匠が自分の為に貴重な杖をって」
「そ、そうそう。それに投資?とやらと思えばまだええやん。な?」
「さいご……最後の、二つは、何を当てたぁ……」
幽鬼みたいな姿になったホムラさんが、よろよろとこちらの胸倉を掴んでくる。
膂力の差は明白なのに、振りほどけない。なんかもう新種の魔物化してんのかと言いたくなる。正直めっちゃ怖い。
「そ、それでしたら……」
チラリと自分がアミティエさんに視線を向けた直後、ホムラさんもギュルリとそちらに顔を向けた。待って今首どうなってた?
その光景にビクリとアミティエさんが肩を跳ねさせる。くっ、危機的状況ながら連鎖して揺れるおっぱいは素晴らしい……!
「あ、あはは……そのぉ。プレゼントされちゃいました……」
「それはいいんだよ……内容を話しやがれくださいませおんどりゃあ様ぁ」
もはや人語も怪しくなっているホムラさん。鎮まりたまえぇ……鎮まりたまえぇ……。
「とりあえず、一つはコレです」
そう言ってアミティエさんが左腕を軽く突き出し、腕輪に魔力を流し込んだ。
「は?」
ホムラさんが人間に戻り、表情を固めさせる。
そして、こちらの胸倉を強く引っ張って耳元に囁いてきた。
「ちょ、おまえ……アレ大丈夫なの?こう、トラウマというか……」
「大丈夫ですよ、ホムラさん」
だがこの距離ではコソコソ話しも何もない。アミティエさんが苦笑しながら、腕に乗った『小さいドラゴン』を見せてくる。
大きさは尻尾を抜いて三十センチほどか。前足の代わりに翼のついたエメラルド色の竜は、近くで見ればどこか機械的な印象を受ける事だろう。
それもそのはず。これはゴーレムの一種なのだから。
「『アナザー・アイズ』。この子の名前です。かなりの高度を飛行できる上に、視覚を共有してくれるウチのもう一つの眼です。姿は……まあ、アレとは違うとわかりますし」
「はえー。よくわからんけど強そう」
「ただまあ。それ、俺が使おうとした時は吐きそうになりましたよ」
「え、マジ?」
ホムラさんに頷いて返す。
これ、頭の中にもう一個視界ができるのだ。その上で操作は九割がたマニュアル。まともに使おうと思ったら脳みそがもう一個必要なんじゃないかと言いたくなる。
一応翼の動かし方とかはオートだが……それでもきつい。
「アミティエさんみたいにマルチタスクが平然とできる人じゃないと使えませんよ、それ」
「マジか。あれ、けどかなりの高度って……」
「地上二メートルぐらいなら飛ばせるから……」
「使いこなせてねえじゃん」
そっと視線を逸らすアミティエさん。うん、まあそれはしょうがない。トラウマは誰だって十や二十あるものだから。
「そしてもう一つもアミティエさんに渡してあります。正直、俺やホムラさんだと持て余しそうでしたし」
「え、どんなん?」
キョトンとした顔のホムラさん。よかった、こういうと自意識過剰って思われるかもしれないけど……こう、嫉妬とかあるのかと。その心配はなさそうだ。
けど後で何かフォローしよ。はてさて、何がいいのやら。
「それは――」
その時。ふと、なんとなく直感で視線を窓の外に向けた。
「……ホムラさん、イリスを呼び戻してください。アミティエさんは偵察の準備を。俺は無線で各車に警戒を呼びかけます」
「わかった。すぐに向かうよ」
「え、まっ。なにがあったの?」
運転席に向かいながら、首だけホムラさんに振り返る。
「わかりません。ただ、遠くの方で何かが燃えています」
夜の闇でわかりづらいが、確かに火の手が上がっている。白い煙ではないから、何かが現在進行形で燃えているのだ。
どうしてこう。嫌な予感ばかりが当たるかなぁ。
喉をせり上がるため息を飲み込み、無線を手に取る。頼むから大事にならないといいけど。
シャイニング卿の研究所があると思しき場所の目と鼻の先――イリスの村にもあと少しでつくという距離だ。ここで何かあるのは避けたい。
だが、そんな願いとは裏腹に。
「こちら矢橋です。各車、応答してください」
新たな『嫌な予感』がこみあげてきていた。
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