第百十話 ここだけの話し
第百十話 ここだけの話し
サイド 矢橋 翔太
「チャールズ殿下が行方不明!?」
大西さんの部屋で合わせ鏡による会議中。いつもの面子が揃った所で、ギルマスさんよりそんな情報がもたらされた。
「……すみません、誰ですか?」
『うん。言うと思ったぞヤバッシー』
「エイゲルン王国の第一王子だよ。モルドレッド王子の兄で、王太子でもある」
「な、なるほど」
そう言えばどっかチラッと名前を聞いた気がする。
だが、その肩書だとかなりの重要人物の様だが……その割には王都に異変は感じられない。宿泊施設から見える範囲だが、例のパレードで出ていた出店も段々と引き上げているぐらいの変化しか街には見られなかった。
「……もしかしなくても、この一件は極秘という事ですか?」
『うむ。ただでさえ不安定な国際情勢の中、一国の王太子が行方不明など洒落にならんからな。下手をすればリースランの二の舞じゃい』
困り顔で背もたれに体を預けながら、ギルマスさんが大きなため息をついた。
『現地にいるお主らには伝えておこうと思うてな。こうして伝えたが、くれぐれも他言無用じゃぞ。その部屋以外でこの話しを口にする事すらまかりならん』
「「了解」」
目を細め口元を扇子で隠すギルマスさんに、大西さんと二人強く頷く。
「しかしギルマス。その情報は一体どこから?」
『うむ。実はその国に儂のマブダチがおっての。そやつから色々と教えてもらっておる。誰がどうやって、というのはお主らにも秘密じゃがな』
本当に喋る気がないのだろう。ふざけた気配もなく、扇子で口元を隠したままそう言ってきた。
しかしマブダチ……たしか、親友って意味だっけ?口ぶりからして事前登録者ではなく現地の人に思えるが、いつの間に協力者をつくったのか。
『ま、お主らがその辺について気にする必要はない。今は知らぬふりをして、他国から来た英雄としてもてなされておればよい』
「ギルマス」
『なんじゃ、大西』
「そろそろ限界なので広域呪詛ぶっ放していいですか」
『やめて』
耳と尻尾と麿眉を『へにょり』とさせながら顔を青ざめさせるギルマスさんに、しかし大西さんは発言を撤回する様子はない。
無表情なのに目は黒い泥の様に淀み、首から上にいくつも血管が浮かんでいる。
うわぁ、わかり易いぐらいキレてる……。
「ギルマスより指示もないのでずっとこの国に滞在しておりますが、毎日毎日貴族どもがうろちょろと。やれ妻にどうかと娘を連れて来るわ。家臣になれと命じてくるわ。堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題です」
『既に切れかかっとらんかのう!?』
「あと、ミリです」
『瀬戸際じゃぁ!?』
悲鳴を上げるギルマスさん。上げたいのは今正に真横で話しを聴いている俺なんですが?
「こちらがどれだけ妻と子が故郷にいると言っても、やれ二番目でもいいからだの。妻が平民と知るや離縁してしまえだの。ケツに杖突っ込んで腐敗の呪詛ぶっ放してやろうか……」
『はわ、はわわわ』
ギルマスさんが冷や汗を流しながら、わたわたと扇子をあおぐ。いや、画面越しにあおいでも意味ないと思いますけど。というか眼前にいても逆効果では。
とりあえず、大西さんには冷静になってもらわないと。
「あ、大西さん。そう言えば後で男女交際についてご相談があるんですけど」
『冷静になるのじゃヤバッシー!お主まで壊れないで!?』
うるせーですよあんたが冷静になれ。
「俺、アミティエさんと付き合っているんですけど……こう、どういう風にしていればいいかわからなくって」
「……変に気負う必要はないと思うよ。普段の君を相手も好きになってくれたんだろうから、無理に何かを取り繕うのは逆効果だ」
「なるほど。それと、大西さんって結婚式はどういう感じにやりました?」
「その話しは急ぎ過ぎじゃないかな?結婚せずにダラダラと関係を引き延ばすのも考え物だけど、急げばいいってものじゃない。彼女さんとゆっくり話す方がお互いのためだよ」
「そういうものですか……」
「ああ。僕は高校から付き合っていた彼女と結婚したんだけど、式を上げたのは大学を卒業して就職から二年過ぎた辺りだったかな。お金の問題もあったけど、やっぱりお互いにこれからもずっといるなら、話す事も相談する事もたくさんあるからね。懐かしいな……」
天井を見上げた後、大西さんが大きく深呼吸をする。
「ごめん、矢橋君。情けない姿を見せたね」
「いえ。心労のほど、お察しします」
自分が政治とか大和共和国の事情とか知らないせいで、難しい話しが大西さんの方に行っているのは知っている。それを考えれば、この程度なんでもない。
むしろ、自分も頑張らねば。いつまでもおんぶに抱っこではいられない。剣を振り回していればいい時間など、きっと人生の中では短いのだ。そういった方面も少しずつ学んでいかないと。
『お、おお……流石ヤバッシー。儂はお主を信じていたぞ……!』
「どうも」
いやあんた思いっきり俺が壊れたと思ってましたよね?
まったく失礼な。常識人オブ、常識人。天下一まともで善良な一般市民と言っても過言ではない俺の理性を疑うとは。
アミティエさんやホムラさんと一緒に旅をしていて、向こうから誘われるまで手を出さなかった男ですよ?鋼の理性なめんな?
『そう言えば、ヤバッシーの方はどうじゃ?ハニトラ的なものは』
「アミティエさんが同行しているので、そこまで強くは勧められませんね」
『うむ。流石に婚約者同伴であれば色仕掛けも減るか』
「一人でいると偶に巨乳美女とかが胸を押し付けながら部屋に誘ってきますが、問題ありません」
『いかん、ヤバッシーが食われる!』
「ちゃんと断っていますよ!?」
失礼な。いくら俺でもそんなあからさまなハニトラに引っかかるか。
……いや、アミティエさんとホムラさんに大人の階段を上らせてもらうまでなら、普通に危なかったけど。
『ほほう。感心感心。して、どのように断っておるのじゃ?ちゃんと角が立たない様にしておるか?』
「はい。『ごめんなさい!』と叫びながら全力疾走で逃げています」
『うーん、この』
あいにくと彼女いない歴がつい最近まで続いていた身。上手な異性の断り方など知るわけもない。
だからこその全力離脱。このチートボディの脚力と、いざとなれば飛行能力さえ駆使して逃げ切っているとも。
もっと上手くやれって?うるせぇ。巨乳美女数人に憂い顔で『どうか子種だけでも』と囁かれながら体を撫でまわされて冷静でいられる奴だけ俺に石を投げろ。
大西さん?この人は逆に意味で冷静でいられないと思う。主に殺意的な意味で。
『ま、まあ。結果的にハニトラやら既成事実やらは作らないお主らを送れてよかったわい。他の者達だと何かしらやらかすかもしれんからのう』
「……ちなみに、他の遊撃部隊の人達がハニトラを受けた場合どうなるんですか?」
『無差別爆撃をするか老若男女問わず抱きまくるか人妻相手に赤ちゃんプレイを要求するか……』
「すみません、今からでも大和共和国を抜ける事は可能ですか?」
『儂と敵対する覚悟があるならよいが???』
「あ、ジョウダンデース」
『うむー。そういう冗談はあんまり好きくないぞ、ヤバッシー。ニガサン……オヌシダケハ……お主がいなくなったら儂は過労死するぞ……!』
やべぇ、ギルマスさんの眼がマジだ。
就職先、間違えたかもしれん。
「ギルマス。僕が言うのもなんですが、話しを戻させて頂きたい」
『そうじゃな。とりあえず大西は一週間かけてエイゲルン内を回っていくルートで戻ってまいれ。それなら貴族共も無理に追ってはこんじゃろう』
「了解。引継ぎ用の資料は既に用意しております」
『うむ。ではエイゲルン王国第二の都市、ロンディアに作る大和共和国の大使館に届けておくれ。そこを通るルートを用意するでのう』
「……ロンディアですか?ここではなく」
大西さんが首を傾げる。自分も同感だ。
この世界、電話だのなんだのがないので情報の伝達に色々と苦労する。合わせ鏡とかの魔道具をエイゲルン王国に輸出するにしても、やはり王都に大使館がないのは色々と苦労するのでは?
そう思うのだが、ギルマスは妖しく笑って扇子を閉じた。
『なに。この世界の国々は大抵首都で何かしら起きるものじゃよ。そう言った何かしらに、大使館の職員を巻き込ませたくないだけじゃ』
……嘘は言っていない。だが、全てを口にしているわけでもない。
俺がスキルでその辺を見抜く事を前提に、そういう言い回しをしているのだろう。本気で語る気はないという事か。
「わかりました。詮索はしません」
『うむ。安心せよ大西、ヤバッシー。儂はお主らの味方じゃ。これは嘘ではないし、誤魔化す気もない。儂はこの世界にいる同胞達にできうる限り生きていてほしいと思っておる。理と利、両方の理由でな』
「……はい」
これも嘘ではない。なら、自分から何か言う事はない。
それに理と利か……変に道徳的な理由だけでなく、利益も考えたうえの方が安心はできる。その利益が、どういうものなのかまでは知らないが。
『あ、ヤバッシーはそのまま王都に残ってくれい。少なくともあと一カ月はな!色々と準備があるんじゃ』
「あの話しの後でですか!?絶対に何かあるじゃないですか!?」
『ごっめーん☆』
テヘペロしてんじゃねえぞロリババア!?
王太子が行方不明で、魔王やらベルガーやらシャイニング卿やら色々きな臭い連中がいる世界で落ち着いていられるか!?
「ギルマスさん?一応お聞きしますが、この王都で何が起きるかわかりますか?一カ月以内で」
『………』
無言のまま〈;―×―〉という顔で視線を泳がせるギルマスさん。くそ、何か言うと『神獣の眼光』が見抜くと踏んで口を塞ぎやがった!
お前それ下手に誤魔化すより質悪いからな!?
「ギルマスさん?ギルマスさ~ん?」
『あ、ちょっと通信の調子が!すまぬ一旦きるぞい!さらばじゃー!』
「待てやロリババアァ!?」
一方的に合わせ鏡がきられ、そこには自分達の姿だけが映る様になる。
それを前にして、大西さんが俺の肩を叩いた。
「その……安全第一で、頑張って」
「 」
就職先……やっぱ間違えたかもしれん……。
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