第百六話 地雷
第百六話 地雷
時は少し遡る。
サイド 矢橋 翔太
手合わせを終え、そのまま大西さんの所に直行。彼に手伝ってもらって報告内容をまとめた後、ギルマスさんへと合わせ鏡で連絡を繋ぐ。メンツはいつもの大西さん、秘書の人、ギルマスさん、そして自分だ。
本当はアミティエさんに癒されに行きたかったが……流石に仕事を優先した。重要な情報も得てしまったし。
『なるほど、ハーフエルフのう……でかしたぞヤバッシー。よくこれほど重要な情報を持って来てくれた』
「はい。ただ、疑問は色々多いですが……」
なんで第二王子の娘さんがハーフエルフなのか。そしてあの妙に幼い言動は何なのか。エルフとは全員あれほどの戦闘能力をもっているものなのか。
正直、わかった事に対して新たに出てきた疑問が多すぎる。
『そうさな。儂も何故モルドレッド王子の子がハーフエルフなのかはわからん。彼の妻はエイゲルン王国内の身元がしっかりとした貴族令嬢じゃ。社交界にも出ておるし、儂も話した事がある』
「では、奥さんとの子供ではないと?」
「不義の子という可能性は?あるいはチェンジリングとか」
大西さんの問いに、ギルマスさんが首を横に振る。
『ヤバッシーがモルドレッド王子に似ていると言ったんじゃろう?『神獣の眼光』持ちが言うんじゃ。間違いなく彼の実子じゃよ』
そこは自分も確信に近いものを持っている。
表情や雰囲気が似ているのもあるが、目元とかに面影があるのだ。俺のスキルは間違いなく血縁であると告げている。
『となると、どこかでモルドレッド王子がエルフと作った子供と考えるのが妥当じゃな。二十一年前か……調べるのは難しいのう』
「……あの、本当に二十一年前なんですか?」
『ほう。どういう意味かの』
ギルマスさんが面白そうに目を細める。
「メローナ様なんですが、妙に言動が幼いんですよ。本当に十歳そこらの子供というか……二十代の王族とは思えません」
『お主の眼はなんと言っておる?』
「……年齢に偽りはないと思いますが」
だが違和感が凄い。モルドレッド王子がアレだから王族としての教育が行き届いていない可能性もある。そもそも自分とて王族の何たるかを知っているわけではない。
ただ、純粋過ぎると感じたのだ。二十年以上生きてきて、ああも子供の心のままでいられるのか。
『なら、答えは簡単じゃ。前頭葉と経験じゃよ』
そう言ってギルマスさんが扇子で己の額を軽く叩く。
『エルフはある程度自分の肉体が自由に動かせる年齢。十歳までは人間と同じ速度で成長する。しかしそれ以降は十年で人間の一歳分しか成長せんのじゃ。長命種の欠点じゃな』
「十年で一歳……なら、メローナ様は十一歳ぐらいの肉体年齢という事ですか?」
『じゃろうな。ハーフでも通常のエルフと同じ成長速度なのは気になるが……ともかく、それに伴い感情のコントロールが幼いのじゃよ。そして、経験の方はもっと単純な話しじゃ。あの御仁、恐らく友達がおらんぞ』
「……あっ」
言われてみればそうだ。成長速度が違うのであれば、同年代と遊ばせるのはリスクが高い。ハーフである事が露見するかもしれないのだから。
『同年代と過ごす時間というのは、人格形成において無視できん。そのうえ、事情が事情じゃからまともに王都の外にも出ず、大半を館の中で過ごす、と』
それは……確かに。
そして、彼女がまるで少年の様に振る舞うのもなんとなく察しがついた。十中八九モルドレッド様の影響である。
館の中にいる時間が長いとなれば、自然と彼女は好奇心のままそこにある物を調べるだろう。子供は基本そうする。
で、彼の蔵書は調べるまでもなく英雄譚や冒険譚の類だろうなとは予想がつく。奥方の方がどうしているのかは知らないが……同年代の貴族令嬢達との交流が少ない結果、ああなったと。
「随分お詳しいですね、ギルマス」
『そりゃあ自分の肉体も似たような事になっておるからのう!調べもするわ!』
大西さんの言葉に『なっはっは!』を笑いながら扇子をひらくギルマスさん。
え、まさか。
『そうじゃよヤバッシー。察しの通り、儂も前頭葉のサイズが変わった影響を受けておる。記憶や知能、そして言語機能に問題はないが、感情の制御という点では影響が出ていてな』
大事じゃねえか。
『案ずるな。前と比べて思慮深くなくなってしまったが、経験と知性でカバーできる範囲よぉ。どうとでもなるわい』
「なるほど、通りで」
『奇行が多いと思っていましたが、素ではなかったのですね』
『お主ら無礼すぎない!?』
「き、気付かなかった……ギルマスさんがそんな大変な事に……」
『ヤバッシー……お主だけが癒しじゃよ……儂の中でお主の株がめっちゃあがっておるよ……』
まさかギルマスさんがそんな事になっていたとは。だがまあ、認知症どうこうにはなっていないのならセーフ……か?
それでも国のトップが感情の制御できていないってヤバい気がするけど。
「あ、そう言えば山岡さんって……」
『あやつも影響を受けているはずじゃが、元が元じゃで』
「ですよねー」
無表情でダブルピースをする変態を思い浮かべ、乾いた笑みを浮かべる。アレが数年すれば落ち着くという幻想は捨てるべきか。
『ただのう。ヤバッシーとの手合わせには疑問が残る。儂の知る限り、エルフで魔力を外骨格みたいに纏う奴なんぞ……』
そこで、ピタリとギルマスさんの動きが止まる。
一瞬魔道具が故障したかと思ったが、彼女がダラダラと冷や汗を流し始めたのを見て違うと気付いた。
「ギルマス……?」
大西さんも訝し気に問いかけると、彼女は扇子をバサバサと振り始めた。
『この話しは終了!終了じゃ!ちょっと急いで調べなければならん事ができた!』
「ギルマス。詳しい説明はいりませんので、どういう問題かだけ教えてください」
『下手したら種族間戦争!』
「OK把握お口にチャックします」
「同じく」
とんでもねえ地雷が埋まってやがった……!
明らかに自分達のキャパを超えた問題だ。え、メローナ様の血筋とかってそこまでヤバいの?
いや、忘れよう。もうこの会話は忘れよう。厄ネタってレベルじゃねえもん。
報告も終わったので、大西さんと二言三言喋ってから宿泊施設の自分が割り当てられた区画へ向かう。
この施設は凄く広い。基本的に他国の貴族が泊まるのを想定した場所だから、内装は豪華だし一人につきワンフロア貸し与えられる仕様になっている。本来なら使用人とかも一緒に泊まるのだろう。
それだけ広いのもあって、アミティエさんも同じフロアに泊まっている。合流しよう。そして慰めてもらおう。ちょっと吐きそうな事になっているから。
アミティエっぱいに癒されたい……もう難も考えずにイチャイチャエロエロしたい……。
* * *
で、こうなった。
はい。イリスの爆弾を一時的に忘れていた俺が悪いです!テロやら手合わせやら厄ネタのせいで頭から抜け落ちていました!
けど初手これはどういう事かなぁ!?
「ままままま、おちちつこう。そうだ、牛乳を飲もう!」
「まずは君が落ち着きなよ」
アミティエさんに水の入ったコップを押し付けられ、それを飲み干して一息つく。
「……えっと。なんで決闘?」
「私の方が強いからです!」
イリスに問いかけたら、凄い脳筋な答えが返ってきた。戦国時代かな?
「アミティエさんが、美人なのも物知りなのも知っています。けど、だからってその『居場所』を手に入れているのが納得できません」
そう言ってイリスがアミティエさんを……いや、『俺の隣に自然な様子で』立っているアミティエさんを指さす。
わー。精神がえらい事になってるー。明らかに普段より思考がおかしいぞー。
「落ち着こう。イリス、これは強いとか弱いとかそういう問題じゃないんだ」
「けど!けど、私には……私には魔法しか、力しか……!」
やべぇ。まともな精神状態ではない。
少しメンタルが安定し始めた所にテロ騒ぎだ。くそがっ、これだから街中で爆発物使う連中は。
こうなれば仕方がない。どうにか暴れる前に押さえつけて、考える時間を作るしかない。やりたくはないが、ここで問題を起こされるのは困る。
そう思って前に出ようとした所を、アミティエさんの手で止められた。
「決闘の方法と、何を賭けるかを聞いていいかな?」
「アミティエさん?」
疑問に思ってそう問いかければ、ウインクして返された。可愛い。
けどその行動が逆にイリスの逆鱗に触れた!
「……決闘の方法は一対一で何でもありの全力勝負。私はこの身を賭けます。煮るなり焼くなり、どこかに売り払うなり好きにしてください」
「ちょっ」
「でも。私が勝ったら序列をつけさせてもらいます。翔太様、師匠、私、貴女です」
とんでもない事を言いだしたので止めたいのだが、未だアミティエさんの手の甲がこちらの胸に当てられている。
任せろ、という事か。
「うーん……じゃあ、ウチからの提案」
「……なんでしょう」
ニコニコと笑みを浮かべたままのアミティエさんが人差し指をたてれば、イリスが警戒心をむき出しにした視線で促す。
「ウチが勝ったら、イリスちゃんウチの妹になってな?」
「「……は?」」
何言ってんだこいつ。
思わずそう言わなかった自分を褒めてやりたい。
「あ、アミティエさん?」
「ウチ、家族は多い方がええと思うんよ。なんやったっけ?前に翔太君が言うとった野球とかサッカーとかが家族だけで出来るぐらいの人数が欲しいわぁ」
「 」
冗談……ですよね?え、待って。『神獣の眼光』が『マジやぞ』って言っているんだけど?壊れた?スキルが。
「……いいでしょう。好きにしてください」
「うん!なら決まりやね。場所を貸してもらえへんか頼みにいかんと。この国の文化ならそこまでおかしな事やないし」
おかしいのは君だと思うなぁ……。
手を合わせて楽しそうにくるりと身を翻し、ルンルンと歩き出してしまうアミティエさん。そんな彼女と自室へと向かってしまったイリスを見比べた後、アミティエさんの背中を追った。
「アミティエさん……今のはどういう」
「そのまんまの意味かな」
こちらが追って来たのを当然とばかりに笑みを浮かべて、彼女が俺の隣をのんびり歩く。
「イリスちゃんに話しを聴いてもらうには、一回『認めてもらう』必要があると思うんだ。ここまで彼女には色々カウンセリングの真似事をしてきたけど、どうにも効果は出なくってね。ここらで少し踏み込まないと」
「な、なるほど」
というか、俺がイリスに集中できない間色々とやってくれていたのか、アミティエさん。
「なら、妹っていうのは?」
「え?妹が欲しかったからだけど?」
「 」
アミティエさーん?
「ウチ、嘘は言ってないんよ?本当に家族はたくさん欲しいんや」
ニッコリと笑みを浮かべ、こちらの腕に抱き着いてくる。
なんでだろう。柔らかいしいい匂いもして、幸せな状況なのに。蛇に睨まれた蛙の心境になってしまうのは。
「ホムラさんは制限つけとるみたいやけど……ウチは、翔太君にはたくさん『頑張って』ほしいなー」
「 」
「ああ、もちろんウチが子供以外を増やすのはせえへんよ?家族で喧嘩は嫌やから。みーんな、仲良くずっと暮らしていたいもん」
ニコニコと笑う彼女からは邪念の類も、冗談の類も感じられない。完全な本心である。
拝啓、なんか俺の直感が『例の三銃士への対処で悲鳴と怒声を上げている』と告げているホムラさんへ。
助けて。
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