第十一話 情報整理
第十一話 情報整理
サイド 矢橋 翔太
「冒険者どるぃぃぃぃぃぃぃまぁぁぁぁあああ!!」
「黙れ」
「はい」
思わずタメ口をきいた自分は悪くないと強く主張したい。
現在、買い物を終えて宿屋に戻っている。正直あの雰囲気でショッピングを楽しもうとも思えなかったし、何よりトラブルが起きそうな雰囲気だった。
スタンクさんの屋敷の鐘が日中は一時間ごとに鳴るらしく、現在午後の三時。自分とホムラさんは宿の部屋で向かい合っている。
ちなみに、アミティエさんは街の知り合いに顔を見せに行くとかで宿にいない。彼女なら一人でも大丈夫だろう。
どっちかと言うと目の前にいる異世界人恐怖症の人が心配である。
「いやけどさー、テンション上がったよな、冒険者ギルド」
「わかります」
武器屋の後、『無職は逆に怪しまれるから』とアミティエさんに案内され冒険者ギルドに行ったのだ。
剣と槍が交差した看板。西部劇に出て来そうな店構えに、バーでコップを磨く不愛想なオーナーに昼間から飲んでいる荒くれ者ども。
これぞ正に冒険者ギルド!ゲームやアニメそのまんまな光景にテンションが上がらない男子高校生がいるだろうか。いやいない。
ただまあ、小説でよくある『おいおいガキの遊び場じゃねえぞ』とか『帰ってママのおっぱいでも飲んでな!』みたいな感じ絡まれる事はなかったが。全員アミティエさんの顔や髪を見た段階で目をそらしていたし。
「むふふ……史上最強の冒険者ホムラちゃんの伝説がここから始まるのだよ、我が弟子よ」
「いやホムラさんの弟子はちょっと……」
「なにおー!?生意気だぞ年下のくせにー」
肩を掴んで揺らさないでほしい。いやこの体やたら三半規管強いけども。
ニンマリと笑ってホムラさんが眺めていたのは、冒険者ギルドで貰ったドッグタグである。
冒険者の業務は、端的に言えば『害獣駆除』だ。ただし、かなり危険な。
魔物や魔獣といった危険生物。それ以外にも猪や狼など、そういったものを間引き。あるいは村々の防衛を行う。
ちなみに冒険者ギルドも貨幣同様『陽光十字教』の管轄にあり、このドッグタグが身分証明書にもなる。まあ、それ以上の恩恵はないが。
冒険者ギルドは大昔、陽光十字教の言う『救世主』なる人物が作ったらしい。頻発する魔物の被害から人々を護る為だとかどうとか。
……その名前が『ジロー・マルーエダ』と聞いて『いや日本人じゃね?丸枝次郎さんとかそういう感じじゃね?』とは思った。
ちなみに、傭兵としての仕事がない時はアミティエさんのお父さんも冒険者として活動していたらしく、娘のアミティエさんも一応冒険者なのだそうな。
冒険者ギルドで彼女を見ただけで荒くれ共が目を逸らしたのは、お父さんとそのお友達がよほど怖がられているらしい。
まあそれはさておき。
「とりあえず、改めて情報の整理を」
「だなー」
現在、この場にいるのはたった二人の日本人。アミティエさんを信用しないわけではないが、スムーズに会話を進めるにはこの方がやりやすい。
お互い街で購入した紙にペンを走らせていく。その筆はとても重い。紙はごわごわだしペンは一回一回インクを漬けないといけないのだから、当然だが。
なお、これまた関係ないがこの世界の文字も日本語がベース。時折英語やイタリア語、ドイツ語なんかが混じる。更に稀だが中国語っぽいのも。
「……うーむ」
交換した紙を眺め、少し思い悩む。
とりあえず、ホムラさんのステータスはこんな感じらしい。
名前:巻山真崎 種族:人間
HP:19 MP:41
STR:20 VIT:20 DEX:20 MAG:40 SIZ:17
スキル
『初級火炎魔法』 LV:1
『火炎強化』 LV:1
『貯蔵魔力』 LV:1
『魔力視』 LV:1
『捨て身』 LV:1
称号
『事前登録者』
刻印
なし
それぞれのスキルはほぼそのままの効果。『魔力視』は魔法系技能成功率の上昇。『捨て身』はHPを減らす代わりに攻撃判定に補正。『貯蔵魔力』はMPの最大値に加算と。
見事なまでに魔法特化である。それも攻撃特化と言われる火炎魔法。
まったく関係ないが、白魔法と黒魔法以外の四種の魔法は『火炎』『水氷』『風雷』『土木』と言われる。なんか、光とか闇とか言い出すと教会が黙っていないのだとアミティエさんが言っていた。正直よくわからん。
このステータスは、彼……いやもう面倒だし彼女でいいや。彼女がリアルの友人達とゲームを始める予定だったからとか。
「そういや、翔太はフレンド登録とかしてなかったの?」
「いや、友達は皆このゲームやってなかったので」
「あー。まあ、その方がよかったかもねー。こんな事になったわけだし」
「ですねー」
中学の友人達をこんな事に巻き込まなくてよかった。高校の友達はって?いない人をどう気遣えと?
「そういえば、ゲームの説明画面に『事前登録段階でフレンド登録してあれば、スタート地点が同じになる』ってあったっけ」
「え、そうなんですか?」
「そうそう。私、ゲーム直前でフレンド登録が上手くいっていないのに気づいてさー。他三人はちゃんと一緒にいたらいいけど……」
「ホムラさん……」
心配げにうなだれる彼女に、どう言葉をかけたものかと迷う。
たぶん、この人が魔法攻撃特化なのだから他三人は前衛と回復役とかそんな感じだろう。なんとかならない事もない……はず。
そういった方向で慰めるか?いや、けど少しデリカシーがない気も。
「あいつら……私より馬鹿だからなー」
「それは心配ですね」
本当に大学生なのかその人達。
「四人で美少女アイドルグループ作って四属性魔法ひたすら撃つはずだったのに」
「本当に心配ですね」
そして俺が考えていた慰める理屈おじゃんだよ。全員魔法使いとか馬鹿かよ。
……いや、本来なら普通のゲームをプレイするだけだったはずだし、いいのか。命が懸かっているわけではないはずだし。
ただ今は現実だ。おのれ異世界神。
「はー……なんというか、意外と生き辛いね、異世界」
「もっとラノベとかアニメみたいなのがよかったですよ。無双系の」
「わかる。いや私は今でも無双できるけどね!」
腰に手を当てて胸を張るホムラさん。なお、現在部屋にあった机に対面しているので、当然ながら真正面である。
つまり、彼女のゲームキャラぐらいしか着なさそうな服に包まれた乳がたぷんと揺れるわけだ。
いかん。思考が寄り道する。
「……ホムラさん。とりあえず目的を整理しましょう」
とん。と指を机にあてる。
「まず第一目標。『生きて日本に帰る』。これは共有できると考えていいでしょうか」
「もちのろんだよ!ここでやっていける自信ないよ私!?」
でしょうね。
彼女が抱えたトラウマは早々どうにかなるものと思えない。人が人を殺す光景を間近で見るのは、正直かなりきついと思う。
「ではその目標を達成するには」
「世界を変えるミュージシャンに……やはりアイドルか」
「頑張ってください遠くから応援しております」
「あぁん、いけずぅ」
やかましいわ。
「ですが、世界を変えるというのはまた、とんでもない難題ですよね」
「だよねー。というか『陽光十字教』がなぁ」
「そこなんですよねー……」
普通に考えてもチート込みで滅茶苦茶大変なのに、難易度をインフェルノにしているのがそれだ。
最初の夜。俺はアミティエさんからあの宗教を聴くまでは『ドラゴンを倒すより日本に帰る方が早くね?』とも考えていたのだ。
自分のこの肉体は極めて高い身体能力と魔力。そして『白魔法』という使い手が少ないのに需要が高い能力を持っている。それを活かし、どうにかして大手商人や貴族に売り込もうと考えていたのだ。
そしてある程度信用してもらえれば、火薬や蒸気機関の知識をばら撒く。蒸気機関はぶっちゃけ大雑把にしかわからないが、黒色火薬ならある程度知識はある。硝石の作り方もだ。
なんなら、信用されなくてもあっちこっち回って黒色火薬の作り方だけでもばら撒く手もある。それがとんでもない惨劇を呼ぶかもしれないが、自分の身の方が大事だ。
だが、それは陽光十字教の存在によりあっさりと挫かれる。
「まれ人が異世界の思想や価値観。禁止したはずの武器や技術についてばら撒いているってなったら……」
「間違いなく討伐隊組まれるよねー」
確かにこの体はチートだ。それこそ『ロケラン担いだクマ』ぐらいの戦闘力かもしれない。
そんなのが街中で暴れたら脅威だろうが、逆を言えばそれまで。対人戦のプロに囲まれたら、どうあがいても死ぬ。これが元グリーンベレーとか特殊部隊の人ならいざ知れず、自分はただの高校生だ。
二人して大きくため息をつく。
「一応聞くけどさー、アミティエちゃんの言っている事は概ね真実って事でいいんだよね?」
「こっそり買った本の知識とも合致しているので……」
「わぁお、抜け目ないねワトソン君」
「こんなワトソン嫌ですよ」
街で買い物中、こっそりと購入した陽光十字教の聖書と歴史書。
この世界、印刷技術も識字率もよくないから本がやたら高かったが、買った価値はあったと思う。
もう一度ため息。
「とにかく、俺はドラゴンの呪いをどうにかする方向に考えます。まず目先の危険を考えないと」
「たいへんだねー。ま、いざとなったらお姉さんに頼りたまえ!私の杖が火を吹くぜ!」
指揮棒の様な杖を構えてドヤ顔になるホムラさん。ありがたいが、大丈夫か。主に精神的に。
それはそうと、視線がついつい彼女の胸元にいってしまう。もしかしなくてもノーブラなのか、激しく動くとたぱんたゆんと谷間が打ち付けられ乳が揺れる。
はっきり言おう。ムラムラします。
「……話は変わりますがホムラさん」
「うん?なんだね少年。お姉さんのスリーサイズが聞きたいのかな?」
「俺、今晩は別の宿屋探しますので、夜は別行動でいいですか?」
「なんで!?」
謎のポーズをしながら驚くホムラさん。いや当たり前でしょうに。
あんたも先ほど『お姉さんのスリーサイズ』とか言ったでしょうが。自覚しろ、今の体。
「いやだって、ホムラさん体は美少女じゃないですか。そして俺は男。これ以上の理由いります?」
「いーやーだー!いいじゃん別に!私は気にしない!」
「俺が気にするんですけど……」
「うう……私を捨てるのね、ダーリン。所詮体だけの関係。飽きたら捨てられるだけ……」
「嫌味ですかこの野郎。清い身ですよ残念ながら」
「あ、童貞?やっぱなー、そうだと思ったんだよなー」
途端にニヤニヤとして立ち上がり、こちらの肩に肘を置いてきて訳知り顔になるホムラさん。なんか腹立つ。
「ふっ……ここは先達としてアドバイスをしなくちゃな」
「……一応聞きますけど、なんですか」
「変な意地張らずに、さっさとお店で捨てた方がいいぞ♪」
「うるせーばーか!!!」
机に己の額を打ち付ける。
ちくしょぉ……ちくしょおおおおおおお!!
「え、翔太?」
「俺だって……俺だって行きたかったさ、異世界の風俗店……!」
日本と違い、ここでは十五歳で成人扱い。そのうえ金は女神から貰ったのがある。
行ける。行けるはずだったのだ。このやたら顔面偏差値の高い世界で、異世界風俗で卒業式ができたはずだったのだ!
「あああああああああ!ドラゴンの馬鹿野郎!クソトカゲ!死んじまえ!」
「うん?あー、なるほど……」
そう、自分の胸にはスノードラゴンが残したマーキングがある。
男側が全部脱ぐとは限らない。だが下手をすれば相手にこちらが竜の呪いを受けた者だとバレかねないのだ。
そうなればどうなるかなど、想像に難くなかった。
「うぁぁぁ……おっぱいサンド……ハーレムプレイ……乳尻太もも……」
「ここそとばかりに欲望がだだ漏れてる……なんて悲しい生物なんだ……」
うるせー……俺みたいな奴はこういう機会でもないと『童貞』というバッドステータスを解除できないのだ。
白魔法は『神術』と呼ばれる高尚な物ではない。魔法の一種だ。つまり童貞とか魔法の威力に関係ない。ただの非モテである。
「ほ、ほら。紹介もなしに店に行っても、いい子とはマッチングしないかもしれないし」
「……異世界……おっぱいの谷間に顔を挟まれて……始まりの街に永住……」
「そんな勇者は嫌すぎるわ」
軽く肩にツッコミをされ、ようやく顔をあげる。
この世界に来て一番悲しい事実かもしれない。この呪いを解くまで風俗に行けないとか。
「あれだよ?私が日本で男だった頃なんて、大当たりが一割。普通も一割。いまいちが六割。そんで重装甲機動兵器が二割だよ?そんないい所じゃないって風俗は」
「おい待て最後」
なんで最後だけSFにでも出て来そうな言葉が出てきたのか。
ホムラさんが遠い目で笑う。
「ふっ……覚えておきなボーイ。ノリノリで風俗に行っても、『助けて』って思う事はあるんだよ。客側なのにね」
「そ、それは相手の女性に失礼では……」
「現実を見ればわかるさ……重装甲機動兵器が室内に入って来た時の絶望がね」
「だからなんですかその表現!?怖いんですけど!?そこだけ人型ロボットの戦争みたいな事になってますよ!?」
想像したくねえよそんな光景!つうか夢を!夢をもたせてほしい!
俺の様な人間には最後の希望なんだよそういうお店は!一生清い身であるか否かの瀬戸際だったりするんだよ!
「つうかならなんでさっき勧めたんですか、風俗」
「いや、ここの街長と伝手あるじゃん?そこ頼ればいい店紹介してもらえるでしょ」
「無理に決まってんだろ……」
「え、なんで?あの人翔太にアミティエちゃんに手を出すなって釘刺してたじゃん」
「いや原因あなたですけど?」
「???」
首傾げんな無駄に可愛いから。
「冷静に考えてください。絶対に離さないとばかりに密着し、公衆の面前でも抱き着いたり『ずっと一緒』とか言っている男女のペアを」
「なにそのウザったいバカップル。燃やしてぇ」
「それが俺と貴女を他人が見た姿です」
「……デジマ?」
「マジで」
ようやく自覚したか、冷や汗を流して目を逸らすホムラさん。
「それなのに俺がスタンクさんに店を紹介してと言おうものなら、確実に俺は斬られます。いつアミティエさんに手を出すかわからない淫獣として」
「その……めんご?」
「いいですけどね。どうせ呪いの件でそういう店に行けませんし」
マジでふざけんなと言いたいが、やはり怒りの矛先を向けるべきはドラゴンと女神である。少なくともドラゴンの方はなんらかの手段で報復してやる。
「それはそうと、俺は別の宿を探すので」
「あいや待たれい!」
俺の前で歌舞伎みたいなポーズをとるホムラさん。足あんま広げんな見えそうだから。視線がそこと顔で反復横跳びする事になるから。いや上下だからスクワット?わからない。俺は今理性が溶けている。
「そういう風に見えているならなおの事!翔太がよその宿に行ったらスタンク何某に疑われるのは確実じゃぁないのかい?」
「ぐっ……」
確かにそうかもしれない。この宿は彼の紹介だし、そもそもここはあちらのホーム。情報は筒抜けと見るべきだ。
「それに、君が私を一人で寝かせた場合、どうなると思う……?」
「……どうなるんですか」
「私が二十歳を超えているのにおねしょする事になる」
「知らねーよ」
「やだー!人としての尊厳を失いたくなーい!」
「うるさいですね宇宙飛行士だってオムツしてんだから貴女もすればいいでしょうに!」
「泣いてやるー!翔太に捨てられたってスタンク何某の家の前で泣いてやるー!」
「とんでもねえ事言い出したなこの人!?俺が貴女を襲う可能性もあるんですよ!?」
言った。言ってやった。相手は精神に傷を負っている特に親しくもない人と遠慮していたが、いい加減自覚させるべきだ。
俺とて若い男。やたらボディタッチの多い巨乳美女と見知らぬ地で同衾とか、間違いがないと言い切れない。
お互いの為にも距離をとるべきだ。
「え、それはないそれはない。だってお前ヘタレっぽいし」
「誠にぶち切れそうにございます」
「あー!!ごめん!ごめんってぇ!一人にしないで泣ーいーちゃーうー!」
そうして、ドアの前で陣取るホムラさんを相手に不毛な戦いが行われ、受付のおばちゃんから『プレイもほどほどにしな』と怒られるのだった。
理不尽すぎないかなぁ!?
結果を述べるなら、『そもそも今の街でその辺の宿に泊まるとか不用心では?』と言われこちらが折れた。地球でもあまり治安のよくない海外だとホテルで荷物を盗まれると聞く。
妥協案として寝る時は部屋にある燭台に火をつけず、代わりにロープを張って布を垂らしてベッドにしきりを作る事に。
そしてこれがある意味最重要であるのだが、ナイフを半分まで抜いて鞘に納める動作をしたら片方はしばらく部屋を出るという事で決着がついた。お互い、三大欲求は存在するのだ。
……後から思ったけど、自分はその辺をぶらつけばいい。だがホムラさんの場合、一人で街に出られるわけもなく隣の部屋にアミティエさんがいる時しか出られないわけで。そして、なんで突然自分の部屋にとアミティエさんなら不思議がるわけだ。
翌日。アミティエさんの『ああ、うん。しょうがないよ』という目がとても辛かった。
読んで頂きありがとうございます。
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この少し後に、閑話を投稿させていただきます。そちらも読んで頂けたら幸いです。




