第百四話 顔合わせ
第百四話 顔合わせ
サイド 矢橋 翔太
「誠に申し訳ございませんでした……!」
「いえ、こちらこそ社会情勢も考えず呑気に外出など……」
あの後何事もなく大和共和国の宿に戻ってくる事ができたのだが、その後が大変だった。
まず関係各所に報告。そして何があったのか調査。その他諸々。
そんなこんな忙しい中、宿泊施設まで来たエーカー隊長と話していた。
「「………」」
お互い頭を下げた後、無言で見つめ合って苦笑を浮かべた。
「この場での謝罪は、個人的なものに留めるという事で……」
「そうですね。その方がよさそうです」
宿泊施設の応接室で野郎二人がそう笑い合った後、椅子に座り直す。
「こちらの不手際です。よもや革命軍がここにもいたとは」
「正直、こういうのは防ぐのが特に難しいですから……」
極端な話し、『思想の輸出入』を確実に防ぐ手段などない。
対策は色々と存在するが、それでも全てを防ぐのは不可能だ。なんせ、本一冊。あるいは人一人通ればそれだけで広がるのだから。
「それに、先ほども言った通り俺も警戒心が足りませんでした」
呑気に観光だのお土産を買いにだの、リースランの有り様を見た後に考えるべきではなかったな。
決してエイゲルン王国の警備力を低く見るわけではないが、それでもこちら側で出来る範囲の対応はするべきだった。なんせ、万が一自分が死んだら国際問題になりかねない。こんなんでも共和国から来た要人だ。
……それに。アミティエさんやイリスが今回の様な事で死んでいたら冷静に動ける自信もない。最悪、他国で好き勝手暴れ回るという問題行動をしてしまうかもしれない。
「……どうやら、このまま続けても謝罪合戦が続きそうですな」
「はい。ここは情報を整理しますか」
とりあえず、あの後わかった事はこんな感じらしい。
・あのテロリストはリースランからの難民に扮した革命軍だった。
・その目的はエイゲルン王国内部で混乱を起こし、現地の革命精神とやらを奮起させる事。
・侵入した人数は不明。個々人で行動しているので連絡手段もなし。
・爆薬の購入は王都の新興ギャングから。そのギャングには既に兵士達が乗り込んだ。
・新興ギャングが手に入れた爆薬はシャイニング卿印。
……ツッコミどころが多すぎる。
「リースランからの難民、やっぱり多いですか?」
「はい。国が近い事もありますから、流れ込んでくる数はかなりのものです。国境の警備隊では対応しきれていません。スノードラゴンの際に発生した魔物や魔獣も掃討できておりませんので」
「なるほど……」
つまり、例の本を革命軍が持ち込んだり、最悪武装していても素通りされる可能性があると。
厄介ってレベルじゃねえな。ここには監視衛星がないどころか、兵士達の移動手段は頑張っても馬なのに。
「一応、革命軍にはアレックス・ミトスという指導者がいたはずですが。統制はどのぐらい機能していますかね」
テロリストは個々人で、とさっき言っていたけど。
「……未確定情報ですが、アレックス・ミトスは革命軍の手によって処刑されたそうです。罪状がハッキリしていませんが、概ね革命への裏切りだとか」
「うわぁ……」
元々烏合の衆だったのが更にあかん事に……。
まあこうなる気はしていたけど、ナポレオンでも出てこないとどうにもならんぞ、マジで。そしてナポレオンが出てきても、やれるのは周辺国へ殴りかかるという苦肉の策しかなさそうだ。
自分はその辺詳しくないが、ナポレオンも野心で戦争していたというより必要だったから周辺国とドンパチしていたとか。まあ、諸説あるけど。侵略や略奪目的のも戦争もあったろうし。
「それにしても、ここでもシャイニング卿ですか……」
もう革命軍勢力は何をするか想像もつかないし、他の話題に移す。
シャイニング卿。一時期は自分達もスノードラゴンへの対処方法や日本への帰還条件である『世界の変革』とやらの為探していたが、相変わらずとんでもない危険人物である。
エイミーさんとか、喋ったらいい人だとは思うけど……せめて反社会的勢力に武器を売るのはやめろ。そして危険な生物をほいほい作るな。
「シャイニング卿をご存じなのですか?」
「いえ、直接会った事はありませんが……彼の研究所を何度か見た事があるだけです。どこもヤバい実験してましたよ」
イノセクト村ではゴブリンを使った寄生虫作っていたし。
ゴルドの隠れ家では魔物とかの人工成長や、その制御装置を作るのに非人道的な材料を使っていたし。
ラルゴが見つけた変な屋敷では人造吸血鬼とかいうのまで作っていたし。
たった三つだけなのに驚くほどやべぇ奴である。頭のネジどうなってんだ。倫理観とかそういうのを考えてくれ。
「……シャイニング卿本人は、西の小国を転々としていると聞きます。そして、弟子をとる時もあると。ですので比較的この辺には彼から武器を買った者も多いですね」
「そうですか……あ、けど弟子は神聖隊とやらに処刑されたとか言われていたような。だから流石に同じような思考の人が複数いるとは……いる……いやいるわ。確実に」
弟子の方は知らんけど、少なくともスペアボディで動き出したのがエイミーさんだ。つまり、シャイニング卿の思考する奴が最低二人いる。
下手をすれば他のスペアボディも動き出すかもしれないわけで……うわぁ。いやもううわぁとしか言えねえわ。
「複数いる?何やら確信がおありのようですが」
「……彼は、スペアボディというホムンクルスを複数用意しています。その一部が、独自で稼働しているという話しがありまして」
微妙に濁して伝える。流石にエイミーさんに指名手配がかかるのは、知り合いとして忍びない。彼女はまだ悪い事をしていないのだから。
……まあ、既にギルマスさんには言っているから今更かもだけど。
こちらの言葉に、エーカー隊長が顎髭を撫でながら考え込む。
「それは興味深いですね。私の立場としては、とても」
「あいにく、俺も彼ら彼女らがどこで何をしているのか知りませんから」
嘘は言っていない。両手を彼に見せる様にして苦笑で答えると、彼も仕方がないと肩をすくめる。
「では、現在の話しをしましょう。エイゲルン王国としては警備の増員と、今まで見逃していたギャングを取り締まる方針です」
見逃していたギャングってとんでもないワードだな。政府関係者が言っていいのかわからんぞ、それ。
「大和共和国の方は……すみません。俺はそこまで聞いていないので」
「では、矢橋卿は今後どの様な行動を?」
「……とりあえず、上から指示があるまではここに留まるつもりです。例の手合わせはどうします?そちらがやるのでしたら、自分は受けますが」
「わかりました。では手合わせは行う方針で。お話し、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
改めてお互い頭を下げた後、会話はこれで終わりとなる。
その後、ギルマスさんからの指示は『ここに留まってモルドレッド親子について調べる』だった。想像通りだが、思わずため息が出そうになった。ここも随分ときな臭くなったものだ。
……大和共和国って、いざという時労災おりんのかなぁ。
なんとなくそんな事を思いながら、手合わせ当日を迎えた。
* * *
眼前でこちらをポカンと見上げてくる人物に、小さく会釈する。
貴族になったが、今回の相手はどう考えても目上の人なのだ。問題ないだろう。むしろ礼が足りないと言われるかもしれない。
だが、それは杞憂なようでモルドレッド様は今日もハイテンションだ。しかし、目の下にはまた薄っすらとクマがある気がする。寝不足なのだろうか。
「よく来てくれた翔太卿!いやぁ、この日が楽しみでしょうがなくってな!指折り数えておったぞ!」
「ご期待にそえるよう、微力ながらよい戦いをしてみせます。モルドレッド様」
「ははっ!謙遜も過ぎればいらぬ諍いを起こすぞ、翔太卿。お主で弱いとなったら、誰が強者というのか!」
ギルマスさんとか?未だあのケモロリババアに勝てる気が一切ないし。
ついでにスノードラゴンも、正直一対一なら負けていたと思う。なんなら今戦っても不利だろう。
考えれば考える程、自分より強い存在など五万といるだろうなと思えてくる。噂にきく雪竜王とか、とんでもない怪物らしいし。
閑話休題。視線を眼前の女性へと戻す。未だ呆けた様子でこちらを見てくるその方の背を、モルドレッド様が軽くおした。
「メローナよ、この御仁こそお前がずっと手合わせを望んでいた英雄。翔太・フォン・矢橋卿だ」
「お初にお目にかかります、メローナ・フォン・エイゲルン様」
社交辞令用の笑みを張りつけながら、メローナ様を観察した。
……うん。いや、もしかしたらとは思ったけどさぁ。
長い金髪をポニーテールにし、くりくりと大きな瞳は海の様に碧い。身長は俺の胸辺りまでしかなく、華奢な手足と幼い顔立ちもあってせいぜい小学校高学年という見た目。
あのテロがあった日、曲劇じみた動きで爆弾を空に投げた少女がそこにいた。
二十一歳って話しじゃないっけ?また合法ロリ?
頭の中で『のじゃぁ!』と言っている上司を思い出しながら、必死に笑顔を取り繕った。
……それはそうと、この人なんか魔法使ってない?
読んで頂きありがとうございます。
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本編に関係のない情報
ギルマス分身A
「はっ、なんかTS薬を作らねばならぬ気がしてきた!」
ギルマス分身B
「まあ、キャラメイクで性別が変わってしまった者も多いからのう」
ギルマス分身C
「しかし、事前登録者は薬や魔法が効きにくいぞい?」
ギルマス分身A
「……うむ。保留!」
ギルマス分身B
「他にやる事が多すぎるし、すぐには無理そうじゃからのう。まず人命を優先せねば」
ギルマス分身C
「さて、話しも終わったし儂はチョコレートの監査に……」
分身A・B
「「殺してでも奪い取る」」
※大和共和国でTS薬が作られるのは当分先のようです。たぶん作中の期間だと完成する事はありません。




