第百三話 観光
第百三話 観光
サイド 矢橋 翔太
「ダメですか」
「申し訳ないのですが……」
エーカー隊長に話しをしに行ったところ、こう返されてしまった。
手合わせをする事は決まったのだが、その後に王都を観光したいとお願いするも彼は眉を八の字にして首を横に振った。
「矢橋卿は『竜殺しの英雄』として今も吟遊詩人達がその武勇を歌っているお方。王都の民は貴方の顔を皆知っていると考えた方がよろしいかと」
「そ、そんなにですか」
「はい」
王都の民皆って断言したぞこの人。しかも『神獣の眼光』が誇張で言っているとは判断していない。少なくともエーカー隊長は本気でそう思っている。
有名人になったとは思っていたが、そこまでか。正直この世界の娯楽のなさを舐めていたかもしれない。あるいは、竜殺しがそれだけの偉業という事か。
「できれば仲間へのお土産や、メローナ様への菓子折りとかも用意したいのですが……」
「ふむ……お仲間への物でしたら、こちらで商人を手配しましょう。向こうから品を持ってくるはずですので。それとメローナ様への手土産は不要かと。こちらから呼びつけ、試合を頼んだのです。そこまでして頂くわけには」
「え、そういう、ものなんですか?」
「はい。それで問題ないかと」
そういうものか……商人側が向こう側からやって来るってのは、訪問販売とか以外だとイメージしづらい。
あと、メローナ様への手土産とか無しでいいのか。なんか、そう言われると余計に緊張する。
それはそうと、メローナ様がどういう人か聞いてみよう。そう思って口を開いた瞬間、しかし俺の声は大きな音で遮られてしまった。
「話しは聞かせてもらったぁ!!」
「えっ」
ドアを勢いよく開けて入って来たのは、モルドレッド様だった。ズンズンと大股で進んでくる。
いや、ここは王城だからこの人がいてもおかしくはないし、扉の前に気配は感じていたけども。まさかそういう登場をするとは思っていなかった。
何やら自信満々といった感じで、モルドレッド様がこちらを見てくる。
「任せろ翔太卿!私にいい考えがある!!」
あ、なんか凄く嫌な予感がする。
* * *
「それで、ぷっ……その恰好をしてるんやな。しょ、しょう……ぶふぅ!」
こらえ切れずに噴出し、お腹を抱えてふるふると震えるアミティエさん。それを前に、こちらとしては無表情になるしかない。
豪奢に輝く金髪縦ロール。赤を基調としたロングスカートの貴族令嬢然とした服に、白い手袋。そして胸には大量の詰め物。
端的に言おう。女装である。
「着替えたい……」
「だ、だめや翔太君……王子、の善意、ぶはっ」
「もう素直に笑えやアミティエさん」
「アッハッハッハ!!!」
「そこまで笑うか」
とうとうその辺の壁をバンバンと叩きだして爆笑するアミティエさん。そこまでか?そこまでなのか?
「いえ、けど凄く綺麗ですよ翔太様。少し背は高いですけど、貴族のお嬢様って感じがします」
「そうなの……」
「はい!もの凄い美人さんです!」
「そうなの……」
キラキラと目を輝かせながら、たぶん本心で言っているらしいイリス。けどね、申し訳ないけどマジで嬉しくない。
ただ、彼女の言う通り鏡に映る自分は見苦しいどころか、かなりの美女には見える。
肩幅を誤魔化すために肩回りがふわりと膨らんでいる服だし、ゴツイ指も手袋で隠れている。喉周りは長い金髪を軽く流す事で目立たせてはいない。胸に詰め物をしてコルセットもつけているから、くびれも出来ている。
眉毛とか色々軽いメイクをほどこす事で、どこからどう見ても金髪ドリルお嬢様な美女になっていた。なんなら一昔前の悪役令嬢とか言っても通る気がする。
男だとバレそうなのは声と身長ぐらい。
身長の方は護衛として同行するエーカー隊長の部下の人達も大柄な人達ばかりだし、脚を長くするために高いヒールを履く令嬢もいると聞くから遠目になら誤魔化せるらしい。
だから、喋りさえしなければ『まさか竜殺しの英雄が女装して街を練り歩く趣味を持っている』とは誰も思わないだろう。
……うん。すっごい着替えたい。お願いだからこのスカートを脱ぎ捨てたい。俺に女装を喜ぶ趣味などありはしないのだ。
そういう趣味自体を否定する気はない。だが、自分がするのは別だ。
「翔太君!いや翔子ちゃん!笑顔!こっちに笑顔向けてーな!」
「アミティエさん?一応聞くけど手に何を持っているのかな?」
「ホムラさんから預かった『カメラ』言う魔道具!」
「くそがよぉ」
自分の知るカメラより幾分が武骨なカメラをこちらに向け、パシャパシャと音をたてるアミティエさんに、思わず内心で中指をつきたてる。
だが彼女に暴力を振るいたくないし、あのカメラもホムラさんから預かった物というので破壊もできない。
こうなれば自棄だ。笑顔でピースでもしてやろう。
「アッハッハッハ!ちょっと流し目する感じにたのんます!そう、そんな感じで!今度は人差し指をこっちに向ける感じに!」
ハイテンションでこちらにポージングを要求するアミティエさん。そして、ここで彼女の無駄にある『扇動能力』が火を噴いた。
つまり、自分も知らず知らずのうちに気分がよくなってしまい、少しだけ楽しくなってきてしまったのだ。
それを見ていたイリスが何を思ったのか俺と一緒にポージングしはじめて、謎の撮影会に。
さて。唐突だが、そもそも自分達の現在地はどこであろうか?そう、エイゲルン王国から提供された要人用の宿泊施設である。
で、ここは『大和共和国』用の場所なので。
「矢橋君。ノックをしても返事がないのに笑い声が聞こえたので入らせて……」
大西さんが、ドアを開けてこちらを見ていた。
目が合う事数秒。無言のままお互いの姿を凝視したのち、彼は静かに笑みを浮かべた。
「えっと、似合っている、よ?僕は急用を思い出したから要件はまた後で」
「待って!?」
必死に弁解をする事三十分。終始『大丈夫。趣味は人それぞれだから』と大西さんの無駄に優しい態度が、逆に俺の心を削っていった。
* * *
「えっと『お嬢様』。どうか機嫌をなおしてほしいんやけど……」
「………」
「お、お綺麗ですよお嬢様!」
「………」
無言で二人に笑い返す。いや、怒っているのではなく街中なので喋れないだけなのだが。
あの後、もう女装にも慣れてきたので街へ繰り出す事にした。
あれだよ。旅の恥は搔き捨てって言うし。もうこうなったら開き直って楽しんだ方がマシ。
それはそうと、帰還したらホムラさんにあのカメラのデータを消す許可を得なければならない。旅が終わった後も続く恥じはノーセンキュー……!
「お嬢様、こちらに」
「………」
ニッコリと笑みを浮かべ、護衛の男性に応える。おい、顔を赤らめるな。あんたらは中身知ってんだろ。
護衛として来てくれたのは四人。どの人も俺より背が高いので、自分の身長が目立つ事はない。
わざわざ申し訳ないと思うのだが、エーカー隊長から『これが仕事ですし、いい機会ですから矢橋卿もどうか守られる事。そして傅かれる事にお慣れください』と言われている。
一応、自分も貴族なのだからそういう風に振る舞えと。正直面倒くさい。
だが、王都観光自体は意外と楽しいものだ。娯楽の少ない世界だが、こうしてのんびり異世界の街を回れる経験は少ない。
スノードラゴン討伐を祝してなのか、街には市が立っていて賑わっている。広場ではサーカスだろうか?大道芸の様な催しが行われていた。
今は、ピエロの恰好をした人が傾けた樽の上で口から火を噴きながらジャグリングをしている。隣にいる司会の人の話しも面白かったし、アミティエさん達も楽しんでくれているようだ。
なにより、イリスが本当に楽しそうな笑みを浮かべて視線をあっちこっち忙しなくさせている。そう言えば、前に彼女の昔の夢は『都会でショッピング』だったとか聞いたな。国は違うが、それを叶えられたのかもしれない。
アミティエさんと顔を合わせて、イリスの様子に笑い合う。よかった。どうやらこの国に連れ出したのは間違いではなかったらしい。
広場の方では、どうやら次の芸が行われるらしい。槍で頭の上にのせた林檎三つをダルマ落としするとか。
だが、自分がその芸を見る事はなかった。
唐突に、『神獣の眼光』が危険を伝えてくる。自分には害のない。されど決して無視できない何かが起きると。
「っ……」
「お嬢様?」
訝し気なアミティエさんの視線を感じながら、視線を巡らせる。この人ごみでは彼女の耳も感知できなかったか。しかし俺の様子に気づいたようで、表情を硬くして腰に挿したナイフに手を伸ばしている。
……いた。
広場から少し離れた路地に立つ一人の男。浮浪者めいた服装で、大きな布袋を大事そうに抱えながら周囲をしきりに見回している。
明らかに挙動不審だし、息遣いも荒い。何より直感が彼を拘束すべきと告げている。
俺の視線に気づいたのだろう。護衛の人達の表情が引き締まり、彼らが無言で頷き合った。
「お嬢様、この場を離れましょう」
護衛のうち二人が俺達と男の間に立つように配置を変え、一人が移動ルート側に。そして最後の一人が不審者の方へと向かう。
その接近に気づいたようで、男がギョッとした顔でこちらを見てきた。
あ、やばい。なんかわからんけどやばい。
「伏せろ!」
思わず声をあげながら走ろうとする。だが人ごみが邪魔だし、慣れない服のせいで遅かった。『神獣の眼光』で制圧しようにも、今それを使うわけにはいかないと自制する。
あの男が持っているのは、十中八九爆弾の類だ。更にあちらこちらに屋台が出て火を扱っている。その状態でパニックを起こすとなると、どんな事故が起きるか。
男が引きつった顔で、布袋からピンの様な物を勢いよく引き抜いた。
「か、革命万歳!!」
そう叫びながら、布袋を広場目掛けて投げたのだ。
駆け出した護衛の人を止めるのも間に合わない。こうなったらアミティエさんとイリスだけでも自分が盾になって――!
「さあさあお立合い!この者槍に関しては右に出る――」
「ちょーっと借りるよ」
そんな会話が聞こえたのは、男が布袋を投げたのとほぼ同時だった。
視界の端で、金色の髪が風を舞う。
歳は十にいくかどうかの小さい少女。その子が身の丈を超える槍を手に群衆の肩を軽やかに跳びはねて、槍の穂先を布袋へと突き刺した。
「せー、の!」
そのまま遠心力を乗せるように槍を振り回し、空中へ布袋ごと放り投げる。
高々と飛んでいく布袋だが、あの高さでは爆発物の破片がっ。
「『マグヌス・ラケルタ』!」
ならば、炸裂する前に吹き飛ばす!
右腕からの速射。紅蓮の光球が飛翔し、布袋を飲み込んで爆発。ばら撒かれるはずだった破片を文字通りの粉みじんとし、被害を防いだ。
演目の一つとでも思っているのか、爆発を見上げて歓声をあげる人々。向こうの方では呆然とする男を護衛の人がタックルで押し倒している。
そして、こっちの護衛の人達は背負っていた鞄を盾の様に俺達の上で掲げながら、自分達の腕を引っ張った。
「急いで移動しましょう。こちらに」
「は、はい」
咄嗟にそう答えながら、先ほどの少女に視線を向ける。あちらも俺の方を見ていた様で、見開かれた碧眼と目が合った。
どこか浮世離れした顔立ちの少女だった。幼いと言っても過言ではない歳だろうに、自分の勘が彼女を『強者』と判断している。
そして、護衛の中でも最年長の人もその少女を見ていた。彼も心底驚いたようで、小さく言葉をもらす。
「ひ……いや、まさか……」
護衛の呟きを聞き直す間もなく、移動していく。その頃になってようやく広場も何かあったのだと騒がしくなってきた。遠くから、笛を鳴らしながら兵士が走ってくるのが見える。
どことなく誰かに似ている気がした少女の姿を頭に留めながら、護衛の人達に促され足早に宿泊施設へと戻っていった。
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