第百話 謁見
第百話 謁見
サイド 矢橋 翔太
「あ、大西さん。ドーラム隊長」
「お疲れ、矢橋君」
「遅かったではないか、翔太殿」
エーカー隊長に案内されるまま新しい礼服に着替え、待合室に向かえばいつの間にか消えていた二人が待っていた。
「いやはや、忙しないな。普通こういった場合、最低でも一日は置いて旅の疲れを癒すのだが」
髭を撫でながら眉を八の字にするドーラム隊長に、エーカー隊長が深々と頭を下げる。
「申し訳ございません。英雄達に失礼があってはならないとわかっているのですが、なにぶん我が国も手が足りない状況。どうかご理解のほどを……」
「ああ、すまぬエーカー殿。責めているわけではないのだ。しかし、そうか。手が足りないのか。ではそうさな。リースランで活躍していた文官や武官で今は手が空いている者達とか紹介してもよいが?」
目をキラリとさせたドーラム隊長に、エーカー隊長が苦笑で返す。
「お気持ちはありがたいのですが、私の一存ではなにも言えません。我が国の宰相が後ほどリースランの方々とお話しがあると言っていたので、その時に提案して頂ければ」
「そうであったか。いやぁ、この歳になるとつい気が逸ってしまっていかんな」
笑い合う二人だが、微妙に政治の匂いがして一歩距離をとる。巻き込まれたくない。
だがそんな俺の願いなど知らんとばかりに、ドーラム隊長がこちらに顔を向けてきた。
「そういえば翔太殿。パレードは無事終わったのかね」
「ええ、おかげさまで。かなり緊張しましたが……」
「はっはっは!力と武功に反して相変わらず肝が小さいな貴殿は」
「そう言われましても」
自分は三カ月前まで普通の男子高校生だったのだ。むしろ同じ状況になって平然としている奴の方がどうかしている。
それにしても。
「それを聞くって事は、やっぱりドーラム隊長は別の所にいたんですか?大西さんも」
王都の正門を潜る少し前。その辺りでドーラム隊長も大西さんも姿を消してしまっていたのだ。
おかげで一人寂しくパレードに向かうはめになった。周囲には当然兵士達がいたし、後方にはアミティエさん達の車もあったが、話しかけられる範囲に知り合いがいないというのはそれだけで辛い。
「うむ。翔太殿がバチバチに目立っている間に、別ルートでリースラン王家の方々と王都に入っていたからな」
「囮扱い!?」
ここで明かされた衝撃の真実!?
「いやー、エイゲルン王国を信用していないわけではないのだが。というかむしろうちの国民よりよほど信用しているのだが……ほら、民衆は、な?」
「あー……」
つまり、人がたくさん集まっているとリースランから追いかけてきた革命軍とか、人間に化けた魔物からの襲撃に即応できないと。
で、こっそり入ったわけだ。大西さんがそっちに回ったのは、当初ギルマスさんに言われていた通りリースラン王家の護衛なのだろう。
それはそれとして教えて?報連相はして?
「すまない矢橋君。僕も直前にギルマスから連絡があってね」
「いえ、そういう事でしたら……」
そんな会話をすること十分ほど。部屋の外が静まり返り、緊張感のある空気がここからでもわかる様になる。
どうやら、そろそろらしい。
「皆さま、お時間でございます」
エーカー隊長に促され、ドーラム隊長に見送られながら謁見の間に向かう。
というか、ドーラム隊長は来ないのか。少し意外である。
近衛達が守る扉を通り、中へ。そこには煌びやかな服装をした人達がずらりと並んでいた。
ドーラム隊長みたいなおちゃらけた空気は一切ない。数十人の大物貴族や大臣と思しき人達が道をあけるように並んでおり、こちらに笑みを浮かべて待っている。
更に彼らの後ろ。壁際に立つ近衛達も背筋を伸ばし、一瞬彫像かと思うほど姿勢を崩す事なく立っていた。
皆さん歓迎してくれている様だが、それでも俺の様な市民からしたら背筋に冷や汗が流れるのをこらえ切れなかった。
見るからにただ者ではない人達が集まっているが、しかし視線が吸い寄せられるのはこの部屋に唯一ある椅子に座る男性に対してだった。
一目見ただけでも、自分とは違う人種なのだとわかる。肌の色とかそういう話しではない。ひたすらに、人としての思考が違うのだ。
灰色に染まった髪を撫でつけ、鷹の様に鋭い視線の老人。刻み込まれた皺は彼が積み重ねた修羅場の数を物語る、戦傷の様にも思えてしまう。
現代日本で生きてきた自分には馴染のない、専制君主として一国を率いてきた人の顔。俺とは違う世界の存在。『為政者』として産まれ、そして生きてきた男の姿がそこにあった。
斜め後ろに立つ大西さんも息を飲んでいるのがわかる。彼もまた、あの王に圧倒されているのだ。
リースラン王家を悪く言うつもりはないが……違い過ぎる。彼らと会った時は囚人服を着ていたし、状況も状況だったから気にする事はなかった。
しかし、王者とはこういうものか。今すぐ回れ右して帰りたい気持ちが胸中を占めていく。
だが、それをすれば色々と大問題だ。思う所はあれど、ギルマスさんは恩人であるし、そうでなくとも自分の今後を考えれば退く事などできない。
事前に教えられていた通りの動作を、気合で行う。といっても、王様の顔を直視しない様に少し目を伏せながら、玉座の前に跪くだけだが。
それだけの行為が、酷く難しい事に思えてならない。謁見の間に、自分と大西さんの足音だけが響いた。
「陛下。大和共和国所属、第七遊撃隊隊長翔太。御前に」
「同じく。大和共和国所属、第二遊撃隊隊長健司。御前に」
「うむ。面を上げよ」
腹の底に響くバリトンボイス。それに従って顔を上げる。
筋肉質な体を豪華な衣服で包み込んだ、厳めしい顔の男。アーサー・フォン・エイゲルン。
こうして彼の碧眼に見下ろされるだけで、心臓が凍ってしまいそうだ。
「この黒髪の戦士は、五人の手勢を率いて大いなる災害、スノードラゴンを討伐し多くの民を救った竜殺しなり!これより陛下よりお言葉がある!」
「はっ!」
司会らしき人の言葉を受けて、小さく頭を下げる。
だ、大丈夫だ。この後の流れは何度も予習した。カンペもアミティエさんやドーラム隊長と用意した。だから大丈夫……な、はず。
「翔太よ。汝の働きに対し、一代限りではあるが騎士爵の位を与える」
「はっ、ありがたき幸せ」
これは事前に聞いてある。詳しくは知らないが、ギルマスさん曰く一代騎士爵はあくまで名誉だけのものらしい。つまり、エイゲルン王国から多少の年金は出るが、それだけでお互いに義務は発生しない。
だからエイゲルン王国から何か命令される事もないし、大和共和国に所属したままでいられるのだとか。
「ところで、竜の巣に蔓延る魔物どもを引きはがすため『例の魔法使い達』を使ったらしいな」
「は、はい!竜との決着をつける為に、分断する必要がありましたので……」
うっぉい!?このタイミングで王様から話しかけられるのは予定外なんですけどぉ!?
というか、そう言えば風屋さんがやらかしてなかったっけ?この王様に、公衆の面前でセーラー服を着せたあげくパンチラさせたとか。
……あれ、これやばくね?
さー、と血の気が引くのがわかる。視線を彷徨わせるが、顔を下げたので視界に映るのは赤い絨毯だけ。
「うむ。よくぞあの者達を使いこなしてみせた。その意気と苦労を考え、金貨百万枚を授ける」
「はっ……はぇ!?」
「なんだ、不服か」
「いい、いいえ!滅相もございません。あまりにもありがたいお言葉に我を忘れてしまっていただけにございます!」
ぶっねぇ!?一瞬変な声でたぁ!今の、言葉使い大丈夫だったかな。めっちゃ不安なんだけど。
というか金貨百万枚とかなんだよ。桁が大きすぎてわからねえよ。
たしか、この世界だと金貨一枚でも一家族ぐらいなら二、三カ月は生活できるんじゃなかったっけ。
アレなの?家臣たちを前にしているから太っ腹に見せたかったとか。それとも大和共和国へのアピールか。あるいは、エイゲルン王国からしたら金貨百万枚とかはした金なのか。
ま、まあ自分にはどうでもいい。ストレートにお金を貰えるのはいい事だ。金で買えない物はあるが、あった方がいいのもまた事実。
臨時収入と思って貰っておこう。ここで断ったらそれはそれで問題だし。
「そして!この灰色の髪の戦士は、リースラン王国で起きた反乱の際、生き残った近衛騎士らと共に王家の救出を成し遂げ、道中吸血鬼らの攻撃さえも打ち払った――」
自分の出番が終わり、大西さんに移る。内心でホッと一息ついて、この後について思いをはせた。
大和共和国にとんぼ返りというわけではないし、せっかくだから褒美に貰ったお金でアミティエさんやイリスと王都をまわるか。あとホムラさんやお世話になった人達へのお土産も買わないと。
……とりあえず、アミティエさんに抱き着こう。そう考える事で、この堅苦しい式典を乗り越える心構えを改めて固めるのだった。
それにしても、今日から『翔太・フォン・矢橋』か。
……日本名に『フォン』ってやっぱ似合わないな。なんとも珍妙なものを受け取ってしまったものである。
正直、騎士爵なんて貰っても活用する機会ないと思うんだけどなぁ。
* * *
式典も終わり、待合室に行ってドーラム隊長と合流する。
「うむ。ご苦労じゃったな、翔太殿。大西殿。いや、二人とも『卿』とつけるべきか」
「はい……」
「そちらもお疲れ様でした。ドーラム隊長」
ぐったりとそう答えると、大西さんの言葉に少し疑問符を浮かべる。そちらも?
「なに。儂はちょっと今後の警備について話しておっただけじゃよ。元々書面のやり取りはあった故、大して時間はかからんかったわい」
あ、なるほど。リースラン王家の警備についてエイゲルン王国とすり合わせしてたのね。
この人、ちゃんと仕事していたんだ……。
「翔太卿ぅ?今失礼な事考えんかったかぁ?」
「いえ、なんでもありませんドーラム隊長」
だから近づくな爺。今求めているのは巨乳美少女なんだよ。胸筋爺なんぞ求めてねぇ。
と思っていたら部屋に凄い胸筋の人……じゃなかった。エーカー隊長が入ってくる。
ただ、その顔はどうにも申し訳なさそうなものが浮べられていた。
「失礼します。矢橋卿、今お時間よろしいでしょうか?」
「え、あ、はい。なんでしょう」
金貨の受け取り手続きかな?額が額だし大変そうだ。
「実は、第二王子『モルドレッド・フォン・エイゲルン』様がどうしてもお会いしたいと……」
「……はい?」
「これより王子の館へご同行願えないでしょうか」
うそーん。
思わず顔を引きつらせていると、両側からポンと肩に手を置かれる。大西さんとドーラム隊長だ。
チラリと左右に視線を向ければ、二人して『行ってこい』とばかりに頷いてきた。ちくしょう。
どうやら、まだこの礼服から着替える事はできなさそうだ。
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