第十話 異世界って怖い
第十話 異世界って怖い
サイド 矢橋 翔太
今はまだ昼過ぎの時間帯。昼食も取っていないのに夜寝る時の事を考えても意味がない。
そう、意味がないのである。決して現実から目をそらしているわけではない。なんで大通りにある景気の良さそうな宿なのに、他に部屋が空いていないんですか?とか考えていない。
受付のおばちゃんが親指をたててこようが知った事ではないのだ。
「とりあえず、最初はお昼を食べてそれから買い物かな」
「だね」
何はともあれ腹ごしらえだ。
アミティエさんの料理はどれも美味しかったが、それでも本人曰く『キャンプ用の片手間料理』との事。ここは片手間でない異世界の料理という物が食べたいものだ。
「ふっ……翔太よ」
「はい、なんすか」
「すみませんお金貸してください」
その場で土下座しようとするホムラさんの肩を掴んでキャンセル。舐めるな、そういう動きはもはや予測できている。
だが至近距離で揺れる胸とたぱんと音をたてる谷間は予想外だった。くっ、色仕掛けか!俺は屈しないぞ!
強い信念の元、眼前にある悪魔の果実を睨む。睨んでいるんです。凝視ではありません。
「止めないでくれボーイ……私は己の貞操と命を守る為財布をぶん回して走った悲しき女なのさ……」
「いや、たしか金貨一枚と銀貨二枚残っていたでしょ……」
出会った夜にそう聞いたぞ。
「え、けど金貨って五千円ぐらいの値段なんじゃねえの?旅の物買うにはきつくね?」
「いや、一枚でも暫くは普通に暮らせるらしいですよ」
「……マ?」
「マ」
むしろどっから出てきた金貨一枚で五千円って。
ちなみに俺は自分の財布に大金が入っていると知って冷や汗が凄かったぞ。実は今も滅茶苦茶『スリ』とか『うっかり落としちゃう』とかのアクシデントに警戒している。
女神様へ。雑に突っ込んだみたいにお金をたくさんくれたのは感謝します。それはそれとして家に帰してください。
「ああ、そう言えばホムラさんにはあまりこの世界の常識について話せていなかったね。街で買い物をする前に、最低限は話しておこうか」
「お~、お願いします、先生!」
「けど廊下でするのもなんだから部屋に行こう」
「了解でーす!」
というわけで宿屋のフロントから二階の借りた部屋に。なお、宿代はスタンクさんの奢りである。太っ腹だなおい。
それはそうと『そんな、昼間から3『ピー』……!?』とか言うなおばちゃん。受付の仕事していてくれ。
「へいへ~い……翔太君女の子のお部屋だぜ?しかもホテルの。テンション上がるなぁおい!」
「そうですねー」
先を行くアミティエさんの後ろを二人で歩くのだが、隣のアホがそんな事を言ってくる。
たぶん聞こえているからやめなさい。そして同意したいけどお前が言うの?感が凄い。あんた今日俺と同じ部屋で寝るんだけど?
もういっそ、廊下で寝ようかな……。
「さ、入って」
「お邪魔しま~す!」
「失礼します……」
そうしてアミティエさんの部屋に入る。まあ当然ながら彼女の私物は置いていないし、生活感もないのだが。
それはそれとしてちょっと緊張する。あいにく女子の部屋など入った事はない。なんとなく視線のやり場に困る。
「さて、何から話そうか……とりあえず、貨幣についてかな。貨幣は『鉄貨』『銅貨』『大銅貨』『銀貨』『大銀貨』『金貨』『大金貨』があるんだ。まあ、大金貨なんて普通は目にする事もないけど。大手の商人や首都の貴族ぐらいかな?取り扱うのは。それと、計算とかは君らと同じ十進法だよ」
「はえー」
「ちなみに、硬貨の相場を決めるのと発行は『陽光十字教』がやっているよ。この大陸で唯一各国から公認されている宗教だね。両替や擦り切れた貨幣の交換も有料でやってくれるよ」
「……え、宗教団体がそんな事してんの?」
「うん。これを言ったら翔太君も驚いていたね」
「俺達の世界だと、基本的に国ごとそれぞれ発行していたので。そもそもうちの国は宗教と政治は分離させた方がいいって考えでしたし」
まあ宗教と密接な関係がある国もあるが、日本人としては疑問符を浮べざるを得ない。
そもそも、貨幣の発行権なんてものを余所に預けるのが意外すぎる。首根っこ掴まれたも同じじゃないかと。
「まあ、単純に。陽光十字教にどこの国も逆らえないんだけどね」
「……うん?それってもしかして、『発行権を握られているから逆らえない』んじゃなくって、『逆らえないから発行権を握られてる』って事?」
「そうだよ、ホムラさん」
「わーい!見たか翔太、私の事をホームズと呼んでもいいんだぞ?」
「えー……」
「おぅ……露骨に嫌そうな顔するじゃぬわぁいかぁ」
ねっとり言うな。つうかこんなホームズいやだわ。
そして気安く肩を抱かないでください。立っていられなくなります。二の腕に乳が……!もしかしてわざと?いやこのアホ面は素だな。畜生め。
「詳しく説明してもいいけど……今は関係ないね。基本的に大半の王侯貴族は陽光十字教に血筋を認められているし、何より数百年前からこの宗教は『コールウェット帝国』と密接な関係にある。この大陸一の強国とね」
コールウェット帝国。この大陸の東側をほぼ掌握する大国であり、最強の軍事力と経済力を持つとか。
ぶっちゃけ、貨幣の保証は陽光十字教と帝国がしている様なものだ。
「そして、ここからが重要かな。陽光十字教は『まれ人』を嫌悪している。だから教会の近くや貴族、それと取引している大手商人の前では『まれ人』である事を明かさない方がいい」
「え、なんで私達嫌われてるの?」
「『唯一神たる女神アキラスは世の安定と維持こそを求めている』から。だそうですよ」
ホムラさんの疑問に、俺が答える。自分もアミティエさんからの受け売りだが。
それでも口を出したのは、あまりにも『ズレ』があるから。
「……おかしくね?」
「ですよねー……」
自分達がこの世界に送られた時に聞こえた声。あの女神と思しき存在は、『どんな方法でもいいから世界を変えろ』と言っていた。
完全に真逆なのだ。陽光十字教が言っている事と。
別の神様なのか。それとも他に理由があるのか。どちらにせよ、自分達が日本に帰る手段とは真っ向から対立するのがこの世界の一大宗教である。
……なにこのクソゲー。
「翔太君から君達がこちらに来た時の話は聞いたけど……あまり、他言しない方がいいね。陽光十字教に消えられたら困る権力者は多い。基本的に、力のある貴族ほど君達を敵視するだろうから」
陽光十字教の教義がそれだと言うのなら、そりゃそうだ。としか言えない。
なんせ全く異なる文化の世界から来た存在だ。それが何かをすれば、場合によっては世界が変わる。それこそがあの女神の目的なわけだし。
アミティエさんから聞いたのだが、この世界でも『火薬』や『蒸気機関』の構想自体はあったのだとか。
しかし火薬を用いた兵器は『無暗に戦場で貴族を殺す非人道的な兵器』として。蒸気機関は『森を壊す悪魔の発想』として貴族たちや陽光十字教に排斥されたのだとか。
まあ、地方のギャングとかなら少しだけ火薬の武器を持っているかも。というのがアミティエさんの談である。
「なんか……思ったより面倒な所だなぁ」
「それでも陽光十字教の神殿騎士として召し抱えられたまれ人も歴史上存在するよ。その力を世の安定に使うのなら、存在を許容するってね」
「うさんくさー。つうか上から目線で腹立つぅ」
唇を尖らせてぶー垂れるホムラさんに頷く。害獣扱いみたいで気に入らない。
まあ、だからと言って自分から敵対しようとも思わないが。怖いし。こっちはドラゴンだけで手一杯である。
「ちなみに陽光十字教のシンボルは『十字に太陽の後光がさしている』感じだよ。それを掲げている建物や、装飾品として身に着けている人には気を付けて」
「はーい」
元気よく返事をしたホムラさんが両手を上げて彼女に近づく。
「まあ、なんとなくわかったわ。センキューアミティエちゃん!」
「いえいえ」
ハイタッチをしてくるホムラさんにニッコリと応えるアミティエさん。どうしよう、絵面だけなら凄く微笑ましい。
信じられるか?片や復讐系少女でもう一方は狂人ネカマなんだぜ?
自分の様な平凡な男には辛い環境である。同類が、同類がいない……。
そこでふと、気になった事があった。
「そう言えばアミティエさん。スタンクさんにはあっさり俺らがまれ人って……」
「……さ、行こうか!」
「アミティエさん!?」
こいつうっかり口滑らせたな!?余裕面してあの時テンパってたなさては!?
唯一の救いはスタンクさんが陽光十字教の証である、後光の差す十字とやらを身に着けてなかった所か。
けど、権力者は基本的にまれ人を嫌っているのなら、最悪突然お尋ね者にされたりするわけか。
本当に、異世界って怖いなぁ……。
* * *
異世界超すげぇ!!
宿屋の近くにあった大衆食堂。そこで食べた大銅貨一枚ちょっとの定食は微妙だった。味が薄いし雑。ぶっちゃけアミティエさんの料理の方が食材の出汁が効いていて美味かった気がする。
それをホムラさんと二人して伝えた所『せやろか』と照れていたアミティエさん可愛いと和み、ここに来たわけだ。
どこって?
ファンタジーでお馴染みの『武器屋』に決まってんだるぅぅぅろおおおお!!??
「どうしたんだい翔太君そんな目を輝かせて。ホムラさんは珍しく落ち着いて」
「おっと……私の名前を簡単に口にしちゃぁいけないぜ、お嬢ちゃん……私は影に生きる女……シェリーとでも呼んでもらおうか」
「あ、平常運転だね」
店の壁や棚に並んだ剣や槍に目を輝かせていると、ホムラさんがやけに曲がったナイフを手に不敵な笑みを浮かべていた。くっ、あっちの短剣もかっけぇなおい!
「なんだガキども。ここは遊び場じゃねえぞ」
「ひん」
「あ、すみません」
短剣を元の場所に置いてホムラさんが俺の後ろに。やっぱ異世界の人は駄目なのね。
そう考えると、アミティエさんの訛りは奇跡的かもしれない。ゴリゴリにちゃんぽん弁なせいで異世界人って感じが容姿だけである。標準語を喋ってもイントネーションがかなり独特だ。
「お久しぶりです、店主」
「……おめぇ、ジョージん所のガキか!?」
店の奥から出てきた、『ザ・鍛冶屋』という風体の樽みたいなお腹にムキムキの腕をした禿げ頭のおじさんが、アミティエさんを見て目を丸くする。
「おま……その目……」
「ちょっと、やらかしてしまって」
「……そう、か」
眼帯を押さえて苦笑を浮べるアミティエさんに、店主が目を伏せる。
「お前がそうなっているって事は、ジョージは逝ったか」
「はい。母と父は……村の皆も、亡くなりました」
「そうか……馬鹿野郎が。逃げるのだけが取り柄だったくせに……」
乱暴に禿げ頭を掻き、店主のおじさんが舌打ちする。なんともやるせない雰囲気を感じながら、店内に視線を彷徨わせた。
「……それで、何しに来た。それを伝えに来ただけってわけじゃねえんだろ?」
じろりと、彼の視線が俺達の方へ向く。背中でホムラさんが余計に縮こまるのがわかった。
それと胸を押し付けるのは別の時にしてほしい。この空気で反応してしまったらとんでもない変態である。
必死に素数を頭に浮かべ……あ、駄目だ。おっぱいに数字は勝てねえ。バストサイズの計算しか浮かばん。
やむを得ない。眼前のおっさんの裸体でも想像しよう……ぶぅえ。吐きそう。
「えっと、武器を買わせてほしいなと……」
初対面かつ強面。しかも現在進行形で裸体を思い浮かべているおっさん相手に、口が上手く回ってくれない。
離れろ。離れるんだホムラさん。俺の脳と胃がバグるぞ……!
「はん。まあ俺の店に来るならそうだろうよ。で、どんな武器を探してんだ」
「えっと……それが、自分に合った武器ってどんなのかわからず。お勧めとかあったらなぁ……って」
うわぁ、店主さんの目が鋭くなったよ。こわ。
しょうがないんだ。こちらは平和な現代日本の学生。剣道や柔道すら体育の授業で触れただけで、まともに習った事はない。ぶっちゃけ、剣の握り方だって漫画の知識がせいぜいだ。
だったらもう知ってそうな人に聞くのがいいかなっと。一応店員さんだし。
「……アミティエ。なんだこいつは。どう見ても素人なのに、妙な圧迫感があるぞ」
「身体能力は天に選ばれた才人。けど対人戦はずぶのド素人。そうとしか言えないかな」
「……はん。ま、素性を話せない奴は『冒険者』には五万といるか」
「「冒険者っ!!??」」
ホムラさんと二人して大声が出てしまった。アミティエさんも店主さんも目を見開いて驚いている。
あ、店主さんの視線を感じてホムラさんが後ろに引っ込んでしまった。くそ、おっぱい!
「なんだ。冒険者になるんじゃねえのか」
「翔太君……?ホムラさん……?」
「いや、なんというか、ええっと」
まれ人と言うのを吹聴するのはまずい。そうであるなら価値観や常識についてのズレはあまり口にするべきでないわけで。
こちらの困惑を察したのか、アミティエさんが咳払いする。
「実は、こっちの二人はかなりの田舎にいまして。冒険者になって一山当てようって子達なんですよ。だから冒険者って単語に反応してしまって」
「……まあいいけどよ。俺には関係ねえ」
「恐れ入ります」
「はっ!うるせえよクソガキ。魔王を倒す勇者になるんだと騒いでいた小娘が、いっちょ前に大人ぶりやがって」
「それは忘れてください。八歳とかそのぐらいじゃないですか……!」
気まずそうに目を逸らすアミティエさん。よかった、とりあえず誤魔化してくれたようだ。
「坊主。武器ならこのクソガキに選んでもらえ。俺よりはいい見立てするだろうよ」
え、それでいいのか専門家。
「不真面目な店主だと思ったか?知るかよ。俺は鍛冶しか知らねえ。使う側の事はこいつの方が詳しいさ」
「い、いえ、はい。すみません」
やっべ見抜かれた。
こちらを見てクスクスと笑うアミティエさんに小さく頭をさげる。
「よろしくお願いします」
「あ、私にもカッコイイ武器お願いアミティエちゃん!なんかこう、クールな女戦士ぽいやつ!」
「……後ろのガキも冒険者になんのか?」
「あっちも天才なので」
「本気かよ……」
俺の後ろに隠れたまま手を振るホムラさんに、店主さんが顔を引きつらせた。
* * *
アミティエさんに片刃の両手半剣を選んでもらい、支払いを済ませる。
彼女曰く、『斬るよりも叩き割る感じでいこう。硬い相手には峰でぶん殴ればいいから』との事。それとサブに大ぶりなナイフと、普段使い用として小型のナイフを一本ずつ。
なお、ホムラさんには普通の片手剣とナイフが一本ずつ選ばれた。そもそもこの人、キャラビルドは『魔法極振り』と本人が昨日言っていたし。だから『もっとカッコイイのがいい』は黙れとしか言えない。つうか予算も考えろや。
そして、自分達の後にアミティエさんが矢を複数購入する。
カウンターにそれを置いた時、店主さんが顔をしかめた。
「なんだよ。俺はてっきり、お前は引退して後進の育成でもするのかと思ったぜ」
「まだ、やり残した事がありますから」
「……スノードラゴンか」
「はい。ウチはケジメをつけるまで止まれません」
きっぱりと言い切ったアミティエさんに、何度目かのため息を店主さんがついた。
「父親似だよ、お前は」
「ありがとうございます」
「誉めてねえ。母親に似ればよかったのに……ま、好きにしな。俺は武器を作るだけだからよ」
「はい」
支払いを終えて、アミティエさんが矢筒を持とうとしたので自分が受け取る。
「荷物持ちぐらいは……」
「そうかい?ありがとう」
ニッコリと笑うアミティエさんは、それでもやっぱり、危うく感じてしまう。
お邪魔しました。と一声かけて店を出て、大通りを見回すと来た時同様かなりの賑わいを見せている。
だが、その賑わいの様子がいいものではないと、改めて見たらわかった。
スノードラゴンが起こした猛吹雪と魔獣化。それにより家を失った人達がここに雪崩れ込んできているのだ。
二束三文で大事そうに抱えていた衣服や装飾品を売る老人。店の人と怒鳴り合いじみた値段交渉をする男の人。子供を背負って下を向き歩く女の人。
スタンクさんの所にいた傭兵の人達が館の周りで睨みをきかせていた理由がわかった。あれは館への侵入者を警戒していたのではない。街の混乱が明白だったから神経をとがらせていたのだ。
「炊き出しはこちらで行っています!必要な人はこちらに!教会に来てください!」
人の良さそうな顔をした神父らしき人が、後光を背負った十字架を首からぶら下げて声を出し、避難民と思しき人達を誘導している。陽光十字教の人だろう。
自分達にとって敵になるかもしれない人達だけど、それでも神父やシスター達の避難民に対する顔は優しくて。そして、それに深く頭をさげる人達がいるわけで。
……やっぱり、異世界って怖いなぁ。
湧き上がった色々な感情を総合すると、結局そんな単純な言葉しか頭に浮かんでこなかった。
彼らと自分達。きっと恵まれているのは自分達だ。だけど、どうしても思ってしまう。
日本に、家に帰りたいと。
「翔太君。あまり、見ない方がいい」
「……はい。すみません、行きましょう」
だからこそ、止まるのはなしだ。
生きるのだ。生きて帰るのだ。腰に提げた剣の重みを感じながら、街の中を歩いていく。
読んで頂きありがとうございます。
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第九話の感想を多く頂き本当に嬉しく思います。それはそれとして、私の性癖がほぼほぼ露見している事実に驚愕しています。




