第九十三話 再戦
第九十三話 再戦
サイド 矢橋 翔太
魔法で傷を治し、階段を駆け足で登って天井の穴へと向かう。傷つけられた刻印も肉体を治せば同じように復元した。
魔力の回復を待つ時間はない。コボルト共やガーゴイル。それに炎が追ってきていた。
もはやランタンも必要ないと、剣は鞘におさめて無手のまま駆ければ、すぐにでも天井へと到達する。
その少し前で、加速。アミティエさんもホムラさんもおいて、一足先に外へ走った。腰の剣さえ、背後の彼女へ投げわたす。
『――――』
そんな咆哮を、微かに耳がとらえた。
両足に魔力の翼を展開。一息に上昇すれば、その真下を極光が通り過ぎていく。
高温にあらず。ただの光にあらず。それは、純粋な魔力の奔流。この世の物質とは異なる存在だというのに、通り過ぎるそれは凄まじい衝撃波と摩擦熱を周囲にまき散らした。
言うなれば巨大な光の剣。それが、自分が出る瞬間を狙って放たれたのだ。
真下を通り過ぎたその光をよそ眼に、更に上へ。ただ放たれただけではない。先ほど『剣』と表現したのは、ひとえにそれが『振るえる』から。
極光の根本にいるのは、当然のことながら、これまた尋常なる生物ではない。
体高は十メートルを上回り、尻尾も含めた全長は二十メートルを超える。およそ地上に現存してはならない体躯の怪物。
汚れなき純白の体毛で身をつつんだ、エメラルド色の瞳をもつ竜。だが、その見る者を圧倒させる美しさを損なう、一点の傷。
潰れた左目と、その周囲だけ赤く爛れた傷跡を晒すスノードラゴンが、口から憤怒をにじませたブレスを放ったまま首を上げた。
怨敵を殺さんと、極光の刃が追ってくる。それを振り切る様に羽ばたきながら、前へ体を傾けた。
背中の荷物を放り捨て、レバーを押して抜刀。さあ、出番だ。雪山であろうと、山は山。その名の通り、存分に剝ぎ取ってみせろ『山剥ぎ』ぃ!
「おおおおおおおおおおお!!!」
恐怖も焦りもかなぐり捨てる咆哮。鞘をそこらに投げ捨てて、両手に握りながら急降下。
極光に沿うように螺旋を描いてスノードラゴンへ向かっていく。
鬱陶しいとばかりに振り回されるブレスに合わせ、奴へと距離を詰める。ただ傍を飛ぶだけで、強風が両足の『タラリア』が軋みをあげさせ、喉が焼けそうな熱が襲った。だが。これから大きく逸れれば最後、大ぶりの一撃でもって刈り取られるだろう。
このまま自分の間合いに入る。その寸前で、ブレスは突如奴の『真下』へ向けられた。
舞い上がる雪と衝撃波。それに、所詮ただ人である体は耐えきれない。
「ぐぅ!」
空中でバランスを崩しながら、視界が白に包まれた。そんな中で『魔獣の眼光』が警笛を鳴らす。
乱れた重心さえ利用して、衝撃波にのり後方へ。次の瞬間、白い巨腕が薙ぎ払われた。
いいや、腕ではない。竜の前脚だ。人の身など飴細工の様に砕いてしまうソレが起こした風に顔をしかめながら、雪に覆われた地面に着地。煙の様に粉雪を巻き上げ、勢いを殺す。
両手に握る剣を構えなおし、奴と相対した。
残された片目に猛烈な敵意をのせてこちらを見下ろす、雪の竜。ああ……やはり。こうして顔を合わせると震えが内側からこみ上げてくるな。
自分がこの世界に放り出されて、最初の日に出会った怪物。その前に殺されかけたクマが弱く思えてしまうほど、強烈な印象を俺に焼き付けた存在。
「久しぶり、だな」
『グルゥゥゥ……』
会話など、必要もないのにそう呟く。対するあちらも、不快気に喉を鳴らした。
それに思わず苦笑しそうになる。こんな嫌な両想いがあるとは。人生において二度はないだろうし、二度とごめんだ。
肩に剣を担ぎ直し、深呼吸を一つ。それに合わせて、スノードラゴンも空気を大きく吸い込む。
「くぅそぉとぉかぁげえええええええええ!!」
『ガアアアアアアアアアア―――――ッッ!!』
怨嗟の込められた絶叫。当然の様にあちらの方が大きいそれは、山全体を揺らす様な錯覚さえ覚えさせた。
だが知った事か。殺すと決めた。今日、ここで!
雪の地面を爆発させながら、踏み出したのは同時。リーチの差で先に奴の右前脚が迫る。
直撃すれば即死は確実。かすめただけでも肉が千切れそうな一撃を前に、瞬間的な加速を得る為『タラリア』を発動する。魔力の翼を解除しながら、掬い取るように振るわれた前足を潜り抜けた。
そのまま体を回転させ、通り過ぎざまに左前脚に斬りかかる。
『万相の一撃』
黒い電撃を帯びた『山剝ぎ』が白の体毛に埋もれ、その下にある鱗を、皮膚を、肉を断つ。
舞い上がる血しぶき。だが浅い!まるで幾層にも束ねられた革鎧に守られた、鋼鉄の柱を斬りつけた様な感覚!
せいぜいがかすり傷程度のダメージしかない。だが、止まるわけにもいかない。
コマのように更に回転。続く二撃目を後ろの左足にも叩き込んで、奴の体の下を通り抜けようとした。
『ガァッ!!』
それを逃がすまいと、ドラゴンの尾がのたうつ。狙いもなにもあったものではないそれが、しかし飛び込む事を躊躇させた。
こちらが僅かに速度を緩めた瞬間、スノードラゴンは跳ねる様に反転。その巨体を空中に浮かせ、落下の勢いも乗せて前足を叩きつけてくる。
「ちぃ!」
回避は間に合わない。空が落ちてきた様な感覚を覚えながら、斜めに剣を掲げる。
直後、全身が軋んだ。所々から骨がひび割れ、筋が裂ける音が響く。
奴の爪を刀身に滑らせながら、雪に体が埋まり切る前に身を横に投げ出す。すぐ近くで爆撃じみた一撃が叩き込まれ、衝撃でゴロゴロと雪の上を転がった。
その勢いのまま、立ち上がってまた別の方向へ跳ねた。追撃がくる!
『ガアアアアア――ッ!!』
ラッシュでもするかのように連続して振り下ろされる左右の前脚。二連、三連、四連五連。まだ終わらない。巻き上げられる雪は噴火もかくやと視界を乱す。
それをひたすらに回避し続けた所で、『魔獣の眼光』が吠えた。
左の前脚を叩き込んできた直後に、竜がそれを軸として横回転したのだ。巨体に見合わぬその挙動はあまりにも速く、振り回された尻尾が横から迫る。
ギリギリで、上へと逃れる事に成功。しかし、エメラルド色の瞳と目が合った。
ズラリと並んだ牙。一本一本が人の体など塵芥にするには過ぎた輝きを放つそれが、槍衾となって迫る。
「『マグヌス・ラケルタ』!!」
右掌を赤い口腔へ向け、刻印を起動。紅蓮の魔弾が炸裂した。
『ギャアアアアアアアア!!??』
絶叫と共に、血しぶきが舞った。左奥の歯茎の肉がはじけ飛んだのだ。
だが、それだけ。口腔という守りに薄い箇所に撃ち込んだというのに、奴は痛みで体を仰け反らせただけだった。
「『フレイムアロー』!!」
遠くからそんな声が聞こえ、スノードラゴンの首に横から赤い炎の矢が直撃する。
奴が身に纏う風の結界に多少軽減されるも、それは竜の巨体を傷つけるに足る一撃だった。
『ガアアアアア――ッ!?』
視線を向ければ、杖を持つ手から黒い棘を生やし息も絶え絶えな様子のホムラさんと目が合う。
「おまえ、事前に合図とかしろよ!!」
「作戦会議の時言ったでしょうが!」
「それでも直前で何か言えぇぇえええ!」
着地しながら大声で文句を言い合えば、既に体勢を立て直したスノードラゴンが唸り声をあげた。白い体毛は、先の一撃を受けた場所のみ黒く焦げている。
露骨に怒りが増した奴の瞳を睨み返し、剣を構えなおす。
「悪いが、騎士道なんぞ持ち合わせていないんだ。――どんな手を使ってでも、お前を殺す」
こちらの言葉がわかるのか。はたまた、分からずとも雰囲気だけで意味を察したのか。
白の竜は咆哮をあげる。空気が震え、正面に立つ俺などそれだけで吹き散らしてやろうとばかりに。
だが今更、この程度で怯んでなどやるものか。
全速力で、駆ける。死角となる左目側に行くと見せかけ、右目側に。雪をまき散らしながら足を動かす。
この程度のフェイントでは惑わせないようで、スノードラゴンは初手から前足で俺を正確に狙ってきた。
振り下ろされた右の前脚に『山剥ぎ』を合わせる。小指の爪を狙って剣を叩き込んだ。
正面から押し返すのは不可能。横からの力で強引に軌道を逸らす。
斜め後ろで発生した強い衝撃を受けながら、更に前へ。その間に、炎の矢が再度奴へ迫る。
それに対処したのは、白く長い尻尾。斜めに振るわれたそれが雪を大量に吹き飛ばし、いくつか巨大なブロック状の物も混じったそれらがホムラさんへと迫った。
「おぉぅ!?」
炎の矢はかき消され、それを見た彼女がすぐさま真横に地面へと体を投げだして飛んできた雪塊を回避。アレは、たとえ雪でもコンクリートの塊が飛んできているのと同じだ。
スノードラゴンの側面へ回り込み、跳躍。横っ腹へと剣を振りかぶる。
だが、相も変わらず巨体に見合わぬ機敏さで体を跳ねさせ、奴は爪でのカウンターを行ってきた。
どう考えても、前の時よりも速くなっている!
咄嗟に空中で『山剥ぎ』を盾にし、叩き込まれた衝撃に逆らわず吹き飛ばされた。
だが雪の地面が近付いて来た所で『タラリア』を展開。減速して地面につくなり、また走る。
既に、奴は口内に魔力を収束させながらこちらを向いていた。
『――――』
音では表現できない咆哮。人には理解できないそれを上げながら、極光が放たれた。
分厚い雪の層を吹き飛ばし、その下の土の地面すら薙ぎ払い。巨大な光の剣が俺を追いかける。
全力で走るが、回避が間に合わない!
その時、遠くで轟音が響いた。視線を向けずとも、何が起きたのかわかる。
地面が、ずれた。
いいやズレたのは地面ではない。地面にのった雪がずれたのだ。
遠くで、アミティエさんが見える。前にリースランの首都へ入る際大西さんから貰った手榴弾と、持ち込んだ道具で彼女が雪崩を引き起こしたのだ。
これは大和連合の支援にあらず。なにせ、自分が勝手にちょろまかしただけなのだから。
『グゥォオオオオオオオ!!』
バサリと、スノードラゴンが翼を広げて跳びあがった。
ああ、お前にとっては二番煎じだろうよ。当然、そう反応すると思っていた。
――何故、あの時俺のラケルタがお前の左目を穿つほどの威力を出したのか。何故、今口腔に叩き込んだ一撃はかすり傷をつけるだけだったのか。
何が違ったかと言えば、思い出すのはあの瞬間。
「落ちろ」
魔力の翼で飛翔し、雪崩を逃れるために白翼を動かそうとする奴へ迫る。
『オカンが言っとった。ドラゴンは飛ぶのは上手いけど飛び立つのは下手やって』
四肢で駆けていた時よりも遥かに鈍いその動き。そんな隙をみせてまで、お前は雪崩を嫌がった。
『万相の一撃』
黒の稲妻をまとった右拳で風の守りを引きちぎり、奴の右翼へと掌を密着させる。
顔や首であれば迎撃もできただろうが――ここは、違うだろう。
「『マグヌス・ラケルタ』!!」
今放てる最後の魔弾!
爆炎と共に、翼の骨がへし折れる。絶叫と共に竜は落下し、雪崩へ飲み込まれた。
両足の翼でどうにか雪崩の範囲外に着地。未だ白い雪に包まれたそこに両足を付けながら、荒い呼吸を整えようとする。
肉体も魔力も決して余裕などない。さて、効果のほどは……。
『ガアアアアアアアアアアア――――ッッッ!!』
雪を吹き飛ばし、スノードラゴンが飛び出してくる。前と同じ動き。今度は避けれた。
通り過ぎて行った巨体に向き直り、剣を構えなおす。
へし折れた片翼に、体の所々に纏わりついたままの雪。傷口が広がったのか、左足と翼から流れた赤い血が白い体毛を濡らしていた。
効果は、あり!大なり!
雪崩から身を守るために爆発させられた風の鎧。奴が飛び出す時に雪が吹き飛んだのは、体で押し飛ばされたのではなかった。
彼女の、アミティエさんのご両親が残した知識から出された一撃は、決して無駄ではなかったのだ!
互いに疲労と痛みを滲ませながら、再度の相対。
「第二ラウンドだ、クソトカゲ」
咆哮が、ゴングとなった。
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