第九十話 状況開始
第九十話 状況開始
サイド クレバスマスター
「寒い」
「ほんとにね~」
「パンチラには向かない風だね」
凄まじい吹雪の中、モコモコな装備に身を包みぼやく。今回ばかりはスプラッシュも厚着だ。びゅうびゅうとふく吹雪のせいで、お互いの声すら意識していないと聞き取れない。
いかに日本にいた頃より強靭な肉体をもち、魔道具や魔法で防寒しようが限度はある。現在気温は間違いなくマイナス二十度を下回っているだろう。元道民のスプラッシュが言うのだから間違いない。
なお、ミニスカハンターことミニスカは今日もミニスカである。
彼女のこだわりだ。本人としてはロングだろうが袴だろうがズボンだろうがパンチラは尊いが、己の専門はミニスカであると。
深い……。
「おや。悪戯な風がくるね」
どうやら、お客さんが来たらしい。
「数は六。真っすぐこちらに来ているよ。位置はここから十一時の方角百二十メートル。ウェンディゴが一、レイスが五。接敵までおよそ二十秒。ドラゴンや土地からのバフは受けていないようだね」
「了解。ならいつも通りのフォーメーションで」
「おーけーよー」
「任せたまえ……パンチラの加護はここに」
自分が大型の両手持ちメイス。スプラッシュが鉄扇二刀流。そしてミニスカがハープを構えた。
この状況では、魔法専門の杖は使えないだろう。故に複合能力の武器を選択。
「初撃は私が」
そう言って、メイスを大きく振りかぶった。
「『グランド・クラッシャー』」
魔力を込めて振り下ろせば、雪伝いに地面へと衝撃諸共響いていく。
空間が波紋の様にたわんだ直後、自分達を中心に半径百五十メートルに石の杭が突き出してくる。
一つ一つが成人男性よりも大きい。それが、見渡す限り生えてきた。だが数も大きさも通常時より少ない。やはり雪が邪魔か。
この雪、案の定というかスノードラゴンの魔力がしみ込んでいる。私の魔法はまともに機能しそうにない。
「ミニスカ。数は?」
「レイスは巻き込めたようだね。けどウェンディゴはダメージを受けながらも後退したらしい」
「了解」
メイスを肩に担ぐ。
さて、これでここら一帯の魔物全てが自分達の存在に気づいた。更に、山頂から照らされる光も私達に向けられる。
だが、その光はまたすぐに周囲を警戒する行動にうつった。ホッと、内心で安堵の息を吐く。
ギルマスが交わしたという契約を考えると、出来るだけ自分達は奴との戦闘をさけたほうがいい。今の行為でもグレーなところだ。
まさか、スノードラゴンもそれがわかっているから襲ってこない?だとしたらホムラ達は大変だ。でかくて強いうえに、知能も高い怪物の相手は辛いものがある。
「ホムラ、大丈夫かな」
ぼそりとそう呟くと、スプラッシュがこちらの頭を帽子越しに撫でてきた。
「大丈夫よ~。だっていい顔していたもの~」
「……それは、スプラッシュの占いの結果?」
「ううん。けど~、クレバスちゃんもそう思ったから行かせたんでしょ~」
「ん……」
ホムラとこの世界で再会できた時、全員で涙を流して抱き合ったものだ。
正直、自分達の中で彼女が一番『まとも』だ。私達みたいに他人がどれだけ死のうが、自分の性癖に関わらない以外どうでもいいと思えるわけではない。
日本では間違いなくあちらが生きやすいだろうが、この世界は逆だ。正当防衛で殺した相手とかいたら、かなり悩むだろうなと思っていた。
だが、再会を祝して飲みにでも行こうという誘いを断って、ホムラは言ったのだ。
『大切な奴らが、ドラゴンと戦おうとしている。力を貸してほしい』
真剣な顔で頭をさげるあの子に、自分達は思わず笑ってしまった。
友人の友人は友達とまで言うつもりはないが、ホムラがああいう顔をできる相手なのだ。恩人か、それ以上の相手なのだろう。
であれば、私達が何もしないはずがない。よほどアレな相手でなければ、自分の身命ぐらいかけてやるとも。
まあ……実際出会った翔太少年は、一歩間違えれば私達側な『アレな奴』だったけど。それでも悪い人ではない。自分達と違い、理性と良識で踏みとどまっているし。
たぶんだけど、元々は普通の子だったのだろう。それが極限状態で三大欲求のタガが緩んでしまったのだ。
アミティエ何某もいい子なのだろう。それに絵も上手い。是非とも生きて山や崖の絵を描いてもらわねば。
やばい。興奮してきた。
「おや。一気に増えたね」
「ん。どれぐらい?」
「数はたくさん。こちらに向かって前進中。全方位から来ているね。内約はウェンディゴ、レイス、大きなヒルみたいなのに雪の中を動く虫。接敵は先頭の奴が三十秒後かな?ある程度は足並みをそろえているね」
「バフは?」
「なし」
「よし。作戦の第一フェイズ完了」
「あらあら~。だったらお姉さんも頑張らないと~」
ジャラリと鉄扇を広げるスプラッシュに、私と彼女の間に位置取るミニスカ。両者とも得物に魔力を込めていく。
「『ギガント・ウェーブ』~」
スプラッシュが両手の扇を頭上から地面に向かって勢いよく振り下ろせば、突如現れた大波が石の槍衾を打ち砕きながら周囲の魔物へと迫る。無論、私達を巻き込む様なヘマはしない。
「『サウンドウェーブ:カースド』」
ミニスカの持つハープから、魔の旋律が響く。それは魔力で作られた波にしみ込み、共に魔物たちへと襲い掛かった。
波に飲まれ石礫に身を削られ、更に旋律により呪詛で内側から肉を腐らせる魔物や魔獣。レイスの類も魔力に当てられて爆ぜていく。
立っている敵は既に無し。オールクリアというやつだ。
「次。カモン」
挑発するようにそう呟く。まあ、魔物にもドラゴンにも聞こえていないのだろうけど。こういうのは気分の問題。
あの山はあんまり好みではなかったが、こうも雪に蹂躙されている姿はそそる物がある。今日の私はとてもテンションがアゲアゲだ。
実は今回の作戦に私が参戦したのは、これが一番の理由というのはこの二人しか気づいていまい。そしてこの二人も、たぶん似たような理由。
友人の頼み。その恩人。それらも勿論理由ながら、やはり己が欲こそ一番上にくるろくでなし共。それが私達だ。
だから。
「この辺につるりとした丘を作ろう。そしてえぐい崖も作ろう」
「たくさんの人に使われる噴水、外区に作る許可をギルマスに請求しなきゃ~」
「この国に根付き始めた、パンチラ女子の為に……」
今日も好きなように暴れるとしよう。だから精々、たくさんの魔物が来い。
その方が、視られている感じがして気合が入るから。
* * *
サイド 矢橋 翔太
じっと、銀世界を前に息を潜める。
徐々に広がる暗雲に、足元までくる雪の領域。それに触れないよう、僅かに後退する。
焦っては駄目だ。彼女たちがやり遂げてくれるまで、スノードラゴンの領域に入ってはならない。
それでも。雪から逃れる様に半歩さがる度に、勝率が大きく削れていく感覚が襲ってくる。今にも吐き出してしまいそうな緊張感が、ずっと胸中で渦巻いているのだ。
「大丈夫だ」
隣からそんな声が聞こえてくる。
視れば、かなり近い距離でホムラさんがほほ笑んでいた。近いのは、当たり前だ。
現在三人とも分厚い防寒具を着込んだ上で、体にロープを巻いて自分が固定する様にしっかりと掴んでいるのだから。
至近距離で見つめる紅い瞳には、周囲の寒さなど跳ねのけるかのように強い光が宿っていた。
「大丈夫。あいつらはやれる」
「――はい」
そうだ。確かにあの人達はとんでもない変人の集まりだったけれど、それでもいくつもの死線を潜った人特有の凄みがあった。
だから、待とう。その時がくるのを。きっともうすぐだろうから。
そして、御友人達の活躍を彼女は必ず見逃しはしないのだから。
「――今!」
「っ!!」
ホムラさんが『魔導眼』で視た山岡さんの魔法と、そしてそれに引きつけられた竜の光。その合図と共に、両足で魔力を爆発させる。
光の翼として縒り合された『タラリア』。それが推力を生み出し、自分の体を浮き上がらせ前方へと押し出した。
強烈な風圧が正面からぶつかってくる。それは雪の中に混じる氷の礫の威力を引き上げ、俺達の体へと突き立った。
だが、その程度では止まらない。あらかじめかけた白魔法の防御は、たかが霰ごとき耐え抜いてみせる。
「少し左にずれとる!ちょい右!」
「これぐらい!?」
「行きすぎ!……そう、これぐらい!」
左手に抱えるアミティエさんと、雪と風に負けないよう怒鳴り合いじみた会話をし、軌道を修正。
既に視界は白く染まっている。近距離に近づかなければ『看破の刻印』もまともに機能しない現状、地図を覚えている彼女が頼りだ。
本当に凄い人だ。まさか、見知らぬ土地の地図を短期間で丸々頭に詰め込んでいるとは。
「翔太!」
「くっ……!」
障害物となる魔物や魔獣は山岡さん達が引きつけてくれた。だが、もう一つは想定通りこちらを追っていた。ホムラさんの声が響くと同時に、『魔獣の眼光』が奴の気配を捉えている。
山頂から向けられる光。それが自分達を探す様にギョロギョロと動き回っているのだ。
アレに見つかれば、スノードラゴンは何かしらの攻撃を仕掛けてくるだろう。もしも遠距離戦を仕掛けられた場合、こちらに勝ち目はない。あいにくと空中戦の経験はないし、両足の翼を使いこなせていないのだ。接近する前に撃ち落される。
あの光に捉えられてはならない。『タラリア』に更なる魔力を籠めるが、既に最大出力だ。
時速にして320キロ前後。走るよりも遥かに速く、しかし今は牛の歩みの様にさえ感じてしまう速度。
まるで軸線があったかのように、光の筋は自分の背後を照らす様になってきた。追随する様に動くそれに、歯を食いしばる。
「このまま真っすぐ!」
何秒経ったのか。それとも何分経ったのか。時間感覚が狂いだした所に、アミティエさんの声が聞こえてきた。
「もうすぐ坑道の入口が見えてくる!そこに跳び込めば……!」
左目が、『看破の刻印』を込めたそれが、正面を見据える。
白く染まった山には雪だけが敷き詰められている。入口などありはしない――いいや、違う。
「ホムラさん!」
「任せろぉ!」
同じように『魔導眼』で視ていたのだろう。そして彼女なら自分よりも鮮明にわかるはずだ。あの雪の壁と、その奥に隠された氷の扉が魔力で作られたものであると。
「『フレイムアロー』!!」
突き出された杖。深紅の宝石が埋め込まれたそこから、赤い炎が矢となって放たれた。
長さ一メートルは優に超えているそれは音を切り裂きながら飛翔し、爆発。雪は蒸発しながら舞い上がり、氷の破片は散らばっていく。
だが、吹き飛ばしきれなかった。未だ残る氷の城門。二射目を撃っている時間もない。
ならっ!
「歯を食いしばれぇ!」
自分の頭から、ひび割れた氷の扉へと突っ込んだ。
けたたましい音と共に砕け散る氷は破片の一つ一つが人の頭ほども大きく、衝撃に視界が揺れるのを感じながら両足を地面につけた。
雪がなく剥き出しの岩肌となった地面を両の足で削りながら、二本の線を引いていく。
突入から五メートルほど地面を削り、ようやく停止。ゆっくりと両脇の二人を地面におろした。
「はい、れた……?」
「はい……!」
息も絶え絶えになりながら、自分の頭に白魔法をかける。少し触ったら、ぬるりという感触がした。痛いわけだ。
念のためチラリと振り返れば、一部が砕けた氷の扉がひとりでに修復されていく。数秒程で分厚い壁へと変わり、外の様子がわからなくなった。
「アミティエさん、周囲に敵は?」
「……いないと思う。けど遠くに何か動く音はした」
荷物からボウガンを取り出して組み立てるアミティエさんに、頷きながら自分も『デュランダル』を引き抜く。
敵がいるのは元より承知。『山剥ぎ』を使うにはせまいここなら、こちらの剣を使うとしよう。
ホムラさんが熱の結界と、明りとなる火を魔法でつけてくれる。暗かった坑道が照らし出された。
「これは……」
道幅は聞いていた通り、三メートルほど。しかし天井がかなり高くなっている。そして、所々に氷の結晶が突き出していた。
つららではない。あの結晶は、まるで……。
「おい、嘘だろ……」
「ホムラさん?」
両目をせわしなく動かしながら、ホムラさんが顔を引きつらせる。
「ここ、ダンジョンだ」
「え?」
思わず疑問の声をあげるが、『魔獣の眼光』はその言葉を肯定している。
何より、あの結晶に感じた違和感。あの結晶は、魔獣の背に生える魔力の結晶にあまりにも似すぎていた。
「そんな。じゃあこのダンジョンを攻略してからじゃないと、山頂に登れないって事?」
表情を険しくするアミティエさんに、ホムラさんが首を横に振る。
「いや……前に見たダンジョンとは違う。ここは、坑道と一体化してるんだ。なんだこれ……気持ち悪い……」
今にも吐きそうな彼女をしり目に、自分は視線を上へと向けた。
黒と灰色の岩。そして腐りかけの木材で補強された天井。氷の様な結晶が生えたそれの向こう側。
あの時攻略したダンジョンは、魔道具がコアとなっていた。しかし、たぶん今回は違う。
なるほど。たぶん、こんな例は初だろう。
ドラゴンが来てダンジョン化する事はあっても、『ドラゴンがダンジョンの条件を満たした場所に巣を作ったらどうなるか』なんて事例、普通はないだろうから。
「あいつが……あいつ自身が、ダンジョンのコアか」
呪いは消え、繋がりなどないはずなのに。
しかし、自分には強い確信が胸にあった。
ここは奴の、腹の中であると。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
以下、本編に関係ない情報。
ウェンディゴ
鹿の角が生えた雪男。でかい、かたい、魔法も使える。下級吸血鬼よりは強い。村程度なら単独で複数滅ぼせる。ただし炎が弱点。
レイス
幽霊。物理攻撃は効かない。魔力を帯びた武器や魔法が有効。白魔法は天敵。黒魔法で使役される事も。
ヒルみたいなの
山にいたヒルが魔獣化したもの。見た目は白い二メートルぐらいのヒル。
虫みたいなの
山にいた虫が魔獣化したもの。見た目は黒いテントウ虫。大きさは人の頭より少し大きめ。
コボルト
二足歩行の犬みたいな魔物。鉱山や洞窟などを根城にする。道具を使う知能があり、自分で作る個体もいる。一体一体は武装した村人でも頑張れば倒せるが、最低でも三匹以上の群れで活動する。百匹以上で群れを作っている事もしばしば。




