なし崩し的にデレてきた
自分を呪いたい。
責め立てることを続けたら、ついに号泣しだして。しかも感情が爆発しての号泣だから、すごい大声で泣き喚くってのがぴったり。
暴力を望まない。いちいち口で言わず殴る、なんてのをやめて欲しかった。それを理解したとは思えず、執拗に責めたからだと思うけど。
しゃがみ込んでの大号泣。周りの目が痛くて、あいつなんで泣かせてるんだよ、って。
「あのさ、悪いと思った?」
頷いてる。うんうんって感じで。
本当にそう思ったかどうかは分からない。
「暴力に訴えない?」
頷いてるし。
でも、どうせほとぼりが冷めれば、暴力三昧なんだろうな。
「反省できた?」
これも頷くけど、反省の意味知らないでしょ。
「俺のこと、本当に愛してるの?」
すごい頷いてる。
その気持ちに嘘偽りがないことを願う。
「じゃあ、やり直ししよう」
泣きすぎてしゃっくりが止まらないみたい。それでも涙に塗れた顔を向けて、縋るような目付き。
これだけ見ると愛情も少しはあるのか、って思うのに、なんで暴力を振るうのか。
言語によるコミュニケーション能力は、日本人よりあるはずでしょ。なのに手が出る。
日本人はコミュニケーション能力で劣る。以心伝心とか空気読むとか、言葉にしない部分で意思疎通を図れる。だから言語面では弱いんだろう。
手を差し出すと、ぎゅっと力を込めて握られる。痛いんだけど。力、あるんだよなあ。
そのまま痛む手を引き上げると、立ち上がって俺を見てる。
ここでキス、なんて望むべくも無いけど。でも気持ちを表す上で、そう言うのもあっていいんじゃないの? 無理だと思うけど。だから信じられない。
反省もできてないと思う。別れることが納得できない。自分に悪い面があってとか思ってない。
まあいいや。次殴られたら警察に通報する。暴行罪で告訴すればいい。
ここは日本だし、殴る行為なんて微塵も正当化できないから。
帰りの電車内。
並んで吊革に掴まり、寄り添うように立つ凜風。
「我后悔了」
「何に対して?」
「我非常后悔,我侵犯了你」
反省はできないけど、後悔はするんだよね。済んだことを悔しく思ったり、思い通りに行かなかったことを、残念に思うだけ。
改めるってことじゃない。改まることは生涯無いと思う。ただ、次に同じ失敗をしないよう、上手に立ち回ろうとするだけでしょ。それだけでも多少はマシだけど。
「我该怎么道歉?」
日本人同士なら頭を下げて、神妙な面持ちで「申し訳ありません」とか「ごめんなさい」とかある。でも、外国人に同じことをさせても、気持ちは無いんだろうなあ。形式的な謝罪にしかならない。理解できないから。
日本人でさえも形式的になってるんだもん。外国人にやれって言っても不可能。
「いいよ、反省も謝罪もしなくて。ただ、二度と暴力は振るわないって約束して」
「我将遵守我的承诺,但除此之外,我还想做出补偿」
「だから、暴力を振るわないことが償い」
要求しても無意味だし。どうせできない。土下座なんかされても嬉しくないし。とにかく平穏に楽しくできれば、それでいいと思うことにした。
外国人相手だと日本の常識を理解させるのは不可能。日本で生まれ育って日本の学校に通い続けてきた人でも、代々住み続けてない限り何ひとつ理解しないんだから。
そのくらい外国の文化風習に馴染むのは難しい。
ましてや中国人は自国民でコミュニティを形成する。初めから日本に馴染む気なんて無いんだよ。
郷に入れば郷に従え、なんてのは日本人だけ。
凜風の自宅最寄り駅に着くと、手を振って別れるけど、今も凜風の自宅を知らないんだよな。
一度も行ったこと無いし。家に入れる気も無いんだろう。それで愛してるって、なんか変なの。
それとは逆にうちに来ることも無い。会うのはいつも外だけ。互いの家にお邪魔するのなんて、日本人同士だけ? 違うよね。つまりはその程度にしか思われてない。
なんか失敗したかも。
翌日、朝の電車で一緒になった。
「早!」
「おはよう」
挨拶しながら傍に寄ってきて、勢い腕を回してきた。そのまま絡む腕とべったり寄り添う凜風が居る。
なんで急に。
「あの、どうしたの?」
「你和我是恋人」
その言葉を素直に信じられる俺じゃない。
「なんで?」
「因为我爱悠真」
今まで放置し過ぎたと。気持ちをきちんと伝えたいから、こうして行動に移すことにしたとか。
「なんか企んでる?」
「我没有企图。只是坦率地表达了心情」
「ちょっと怖いんだけど」
今までが今までだから警戒するのも分かる、とは言ってる。考えてみれば、これまで扱いが雑だったと。殴るなんてのは中国でも異常。そんなことを当たり前にする女性は居ないそうだ。
じゃあ、なんで凜風は暴力ばっかりだった?
「我想是因为心情焦虑」
「なんで?」
「因为没有被爱的实感」
つまり原因は俺?
ここまで来て、やっと本音をぶちまけてくれた。それがあって、今後どうして行くか決めることができたと。
もしあのままなら、ずっと殴るばかりで愛情が冷めただろうって。
嫌われるほどに暴力を振るったのも、自分をきちんと見て欲しい気持ちの表れ。それに気付いてくれず、イライラすることばかりだったそうだ。
「我给你亲一下」
「え?」
急に顔を近付けたと思ったら、初めて凜風の唇が俺の唇と重なった。
柔い感触が伝わってくる。なんか熱い。
唇が離れると、俺の方が思いっきり照れる感じだし。凜風はにこにこ笑顔で楽しそうだし。
「不用吃惊」
「いや、だって急に」
「如果愿意的话,可以性交」
返答に困るんだけど。急に言われても心の準備もあるし。
ただ、やっと恋人同士としての出発点に立てた、そう思えてきた。
これから、いろいろふたりで経験して行けるのかと。
「いきなり殴ったりしない?」
「我和你有约」
「じゃあ」
「その気になったら、いつでも」
少し照れてる感じがある。俺の方も照れが出てくるし。
それにしても、やっぱ急展開すぎて、かなり混乱気味だけど。愛らしさが出てきて、今までとは違う凜風を見てる気がする。
見た目通りの愛らしさ。最初の頃に受けた印象そのもの。
デレた。
そう言っても過言じゃないのかも。
いやいや、まだまだ油断は禁物。
大学に着くと絡んでいた腕が離れ、またしても他の学生が見てる中で、キスされて。嬉しさよりも恥ずかしさの方が勝るんだけど。
それでも各々授業を受けるべく別々の教室へ向かう。
また昼休みに合流することにして。
授業を終えて学食で凜風と合流すると、距離が近い。
「あの」
「你不喜欢黏糊糊的吗?」
「じゃなくて」
恥ずかしいんだってば。今になって急接近とか、周囲の目がね、なんか痛いんだって。
周りが驚いてる感じになってる。昨日は失意のどん底、今日になってやたらべったり。何があったんだって思うでしょ。思わないのかな。意識しすぎだったりして。
「なあ、何があるとそうなるんだ?」
サークルの仲間だ。昨日も一緒に昼めし食ってた。
昨日と同じく向かい合わせに座ってる。
不思議そうだけど、よりを戻した、と言っておく。
「よりを戻したって言うより、前より仲が良くなってないか?」
「これは、凜風に聞いて」
「日本語で話してくれるのか?」
「凜風次第」
聞いてるけど、やっぱり中国語でしか答えないみたい。俺が相手の時だけ、たまに日本語が出る。日本語達者なはずなのに、普段全然使おうとしないんだよね。
なんか特別扱いしてるのかもしれないけど。だったらいいんだけどね。
「なんか分からんけど、仲直りしたんだよな」
「そう言うこと、だと思う」
羨ましいとか言ってるけど、見た目だけなら日本人の女子を軽く凌駕してるし。性格はきっと破綻してる。でも、こうしてデレた姿の凜風はマジで可愛い。
付き合ってから一年近く。
やっと普通の恋人同士の関係になったのかな。
「因为我只爱悠真」
「そう?」
「因为是真的。我没有说谎」
「信じるよ」
その笑顔に免じて嘘じゃないって、信じてみようと思う。
もう殴られないことを願って。
―― 结束 ――