8話 神様
病室に入ると、女性がベッドの上からこちらに微笑みかけていた。大学生くらいの年齢で、ショートボブの黒髪が特徴的だった。
俺がベッドの横のパイプ椅子に座ると、その人は笑顔で質問してきた。質問はいつも同じようなもので、学校で楽しい事はあったかとか、バイトは大変かとか。そういうのばかりだった。
問われた質問に、無表情で素直に返す俺とは反対に、その人はいつも楽しそうで笑顔だった。それがおかしくて戸惑う度に、その人はちょっと寂しそうで、でもこっちを心配するような顔をするけど、すぐに笑顔に戻って話を続けていた。それがもっと変だった。
でもその人に会いに行くのを俺は辞めなかった。たぶん変なのは俺の方なんだろう。だってその人は俺の妹らしくて、俺はその人と過ごしたらしい二十二歳までの記憶を失っているから。
「またね。フミキくん。」
俺が病室を出るときに、その人はいつもそう言って左手を振った。右手にある虐待跡が増えていることには、いつも気付かないふりをした。妹にしては異常に楽しそうに話すことも気にしないようにした。
一番最初にここに来た時は、そこまで楽しそうにはしていなかった。どこかおどおどしていて、終始視線を俺から外して。やはりこちらを心配するような目を向けていた。俺にとっては初対面だけど、妹であることは聞いていたからその時に虐待跡のことを聞いてしまったが、聞いた直後にその人は泣いてしまって、その日は帰ることになった。それ以降、その人は笑顔以外見せなくなった。
何もかもが不自然で、何も聞きたくなくなった。その人の笑顔を見るとなんだか安心するから、日常の会話をするのはいい。でもそれ以上のことは聞かないようにした。
それに、俺にはやらなきゃいけないことがあった。現状覚えている最初の日、つまり記憶を無くした日の次の日。魔女が俺を訪ねてきた。用件は「妹が事故で体に麻痺が残った。治してやるから部下として働け」というものだった。
魔女が中学生くらいのちんちくりんだったのと、記憶が無くて妹と言われても実感がないのとで、正直冗談だと思って聞き流していた。でも魔女が俺を呼ぶ名前と、病室で妹と呼ばれた人が呼ぶ名前が同じだったから、何となく信じることにした。
面倒だった。本当かどうかわからない家族構成と、戻らない記憶にイラついた。妹は俺を心配していそうだけど、むしろ心配なのは妹の方で。でも聞いてはいけなさそうなことが多すぎて、何をしても前に進んでいないみたいで、全部面倒くさかった。上司になった魔女の言うことを聞いて仕事をしている時間だけ、何かがちゃんと動いて行っている気がした。気づけば、リリィに言われたことには決まった返事しかしなくなっていた。承知しました、って。
仕事が忙しくて更新遅れました。
また続けます。