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7話 シネマ2

 静か過ぎる大きな道路を、一台のトラックが通りすぎていった。

 整備が行き届いていないせいでトラックが過ぎた後には砂ぼこりが待った。

「国指定の観光地だったらしいですよ、一応」

「そうなんだ」

 スーツの袖で目をこすりながら適当に返した。ここがどんな場所かなんてどうでもよかった。そんなことより、これからやらなきゃいけないことへの不満と不安の方が大きくて、逃げ出してしまいたい気分だった。

 あの後リリィは俺を躊躇なく殺そうとしたが、フミキが止めに入った。初めてフミキが口を開いたことに驚いたが、何故かリリィは俺以上に驚いたようで、しばらくの間フミキの方をじっと睨んでいた。

 その後フミキがリリィに何か耳打ちした後、俺はミッションを与えられた。それが今回の作戦で、内容は敵組織の輸送車の破壊、及び輸送物の確保だった。

 敵の組織について、細かいことは聞ける状態じゃなかった。輸送物についてだけ、輸送車にスーツケースが積んであるはずだから、それに入れて運び出せとだけ指示された。

 何にせよ乗り気はしなかった。敵組織とは言うが、相手は人間で、俺は魔女側の利のために”ミッション”に参加してしまった。生き残るためとはいえ、罪悪感が残る。俺はポケットから煙草を取り出して口に咥えた。

 ライターを取り出そうとしたところで、フミキに手を抑えられた。

「ここら辺ガス漏れてますよ」

 驚いて手を引っ込めた。土と生ごみの匂いしかしないから気にもしていなかった。

「詳しいんだな」

「いえ、それほどでも」

 フミキは素っ気なく言うと、道路の方に視線を戻した。かれこれ1時間ほど、こうして道路を観察している。リリィの情報が正しければ、午後十七時から二十二時までの間に目的の輸送車がこの道路を通る。地面は舗装されずに砂がむき出しで、道路の両脇にはシャッターを締め切ったコンビニや雑貨店が並んでいた。余ったスペースには、所々冷蔵庫やテレビといった大きな廃棄物が放置されていた。管理人が逃げ出したゴミ捨て場のような場所だった。

「ここが観光地なら、金を貰ってでもホテルには泊まりたくないね」

「"元"観光地です。最初の災悪があってからゴーストタウンになったらしいですよ」

 最初の災悪。魔女たちが人間に対して初めて牙を向いた事件。魔法の動力源になるマナが保管されているクリスタルに、魔女たちは毒を流した。汚染されたクリスタルが地域の生物を呪い、動物も人間もみんなゾンビになったあの事件だ。

「被災地とはかなり遠いだろ」

「国が地域を治めようと送った部隊が、ここに拠点を構えたそうです。住民も従業員たちも、その時に全員ここを離れたそうですよ」

「繁盛してた店には迷惑な話だ」

「国の意向には逆らえませんよ」

「今逆らってるところだけどな」

 フミキが黙る。魔女の仲良しさんに言うには不味いセリフだったろうか。

「あの魔女とはどういう関係なんだ?」

「従業員ですよ。彼女が社長。僕は兵隊です」

「兵隊?なんの会社なんだ?」

「聞いてないんですか?業務内容は主に人間社会の調査や、魔女に敵対的な組織の壊滅ですね。」

「随分物騒だな。国にバレたらどうすんの?」

「少数精鋭だからバレないですよ」

 そう言うとフミキは腕時計を確認してため息をついた。リリィといた時に比べ、随分と顔に表情が出やすいように見える。

「待つ仕事は苦手か?」

「お外にはあんまりいたくないんですね。インドア派なんで」

「でも外にいる時の方が口が回ってるんじゃないか?」

「お仕事なんで」

「そうか」

 またしばらく、沈黙が続いた。気になったことがあるから聞いてみることにした。

「さっきの話だけど」

 少し貯めてから続けた。

「魔女に敵対的な組織には、国も含まれるのか?」

「あっ」

 言い終わった直後にフミキが声を出した。道路を黒いワゴン車が二台、縦に並んで走っている。

「アレです。行きましょう」

 フミキは声をかけると同時に、腰に掛けていた黒い鞘から日本刀の刃先を抜き出した。

「確認しておきたいんですけど、三村さんはどっちの味方になるか決めました?」

「え?どっちって何?」

「いえ、まあ大丈夫です」

 フミキは苦笑しながら言うと、刀で指先を少し切ってから指を根元まで舐めた。直後、フミキの体が一瞬で消えて、俺は砂と鉄くずだらけの荒れ地に一人取り残された。

 

 

 




 フミキが消えたのが魔法によるものだと分かったのは、輸送車が事故を起こして横転した後だった。

 こども用の遊具のように回る輸送車の斜め上を、黒い人影が踊るように揺れ、次の瞬間にはゴムの焦げたような臭いと共にフミキが俺の横に急に現れた。

「え?なに?どういうこと?」

「まあ、そういう力です。」

「いや、わかんないんだけど」

 困惑する俺を見て、フミキは笑った。黒煙を上げるワゴン車を指差して次はお前の番だとでも言いたげな表情を見せる。見れば、もう一台のワゴン車は無傷のようで、ダメになった方の近くに停車していた。中からスーツを着た奴が二人出てきて、片方が電話をかけているのがわかった。

「俺にはできないぞ」

「じゃあウチには来ないってことですか?」

「ウチ?」

「入社テストなんですよ、これ」

「ああ。そういうミッション…」

 フミキと話していると、電話を終えた男たちがこちらに視線を向けた。どうやら決断しないでいるうちに、新しい敵ができたらしい。

「選ばないと。ほら」

 フミキが俺の目を見て聞いてくる。同情や気遣いのない真っ直ぐな目。未だに選択を迷っていることを責められているようで、目を反らしたくなった。

「自分を助けた魔女より、自分を殺そうとする人間の方が大事ですか?」

「助けたんじゃない、契約だ。腕も奪われた」

「でも自由に使えるでしょ」

「不自由みたいなもんだろ」

「わがままだなあ」

「は?」

 思わずフミキを睨むと目が合った。フミキは口をへの字にゆがませながら乾いた笑いを漏らすと、首を振りながら呆れたように目を反らした。

「なんか、もういいですよ」

「どういうことだ」

「不合格と伝えておきます。帰っていいですよ」

 そう言うとフミキがまた、日本刀で切った指を根元まで咥えて、どこかに消えた。遠くで鉄の板どうしをぶつけ合うような大きな音がして、フミキがワゴン車を壊しに行ったのだと分かった。

 銃声が聞こえて戦闘が始まったと思った俺は足早にその場を離れた。


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