5話 リリィ
目を覚ますとベッドの上だった。
視界に灰色の殺風景な天井が広がっている。学生の頃に学校でよく見たあの天井だ。
ふと、さっきまでのことを思い出した。魔女狩りの際中だったはずだ。もっと言えば魔女狩りは終盤だし、腕は失ったし、上の連中に焼却処分されるところだったはず。
ここはどこだろう。天井の下にいるなら、少なくとも魔女のいた山の中じゃない。誰かが重症の俺をここまで運んできたことになる。
誰が何の目的でそうしたのか、理由はわからないが調べる必要がありそうだ。
体を起こして辺りを見回した。天井にお似合いのシンプルな部屋だ。十メートル四方で、ベッドが全部で3つある。他にあるのは椅子とタンス、そしてベッドの横にある水とタオル入りのバケツだけ。
保健室のように見えるが、どこか簡素過ぎる内装に疑問を感じた。学校の保健室には机とか、もっといろいろあった気がする。
部屋の外に出れば何かわかるかもしれないと、ベッドから腰を上げた時だった。突然部屋のドアが開いて、小さな女の子が立っていた。背は150センチくらいで、少し色白の肌。鼻とその真横にそばかすが広がっていて、オレンジ色の長い髪はところどころカールしている。
顔を見て数秒経ってから気づいた。女の子は例の魔女だ。森で見た時と違って、縁の広い眼鏡をかけていたから気づくのに時間がかかった。
魔女は部屋のドアを閉めるとこちらに近づいてきた。手の届く位置まで来るとベッドに押し倒してきた。そのまま俺の右腕を手に取ると、有無も言わさず俺のシャツの袖をめくり始めた。不思議なことに今になって初めて気づいた。失ったはずの右腕がくっついている。断片だったはずの場所には、分かりやすいコテコテの縫合痕があった。
魔女は俺の指や腕を触って、何かをチェックしているようだった。触られている感触はあるし、自分でなめらかに指が動かせる。驚いた顔をしていると、魔女が満足げな顔してきた。
「私がやったんだ。凄いだろう」
「状態が良ければくっつくというのは本当だったらしい」
素直に褒めるのが嫌だったから遠回しに返事をした。腕や指が体から離れても、組織が新鮮で傷んでいなければ繋げることができると雑誌か本で読んだことがあった。
褒めてもいないのに魔女は上機嫌のままだ。
「魔法も混ぜたから医療とは違うけどね」
「魔法?」
理解できないから二つ返事で尋ねた。
「呪いの呪文をかけた」
「なんだと!」
つい大声で怒鳴ってしまった。自分の体を意味の分からない何かでいじられるのは正直不快だし、呪いをかけられたのであればそれはそれで最悪だ。
「冗談だよ」
魔女は諭すように言った。やはり魔女は信頼できない。そもそも信頼すべきではない。
睨んでいるのに気付いたのか、魔女が説明を加えた。
「本当だよ。少なくともここから虫やネズミが出てきたり、急に爆発したりすることはない。」
魔女は俺の腕を撫でながら言うと、拳を作らせて手の甲にデコピンした。
「それにもうその腕は私のモノのはずだけど」
気分が悪くなった。思い出さないようにしていたが、俺はこの魔女と右腕を契約してしまっている。魔法も魔女も契約も。よくわからないが、これからどんなことをされるのかと思うと不安になった。
「俺をここに運んだのはお前か?」
「そうだけど、"お前"じゃない」
ため息が出た。いっそ誰にも助けられずに、山の中に捨てられたまま放置されていた方が、まだ逃げられた可能性がある。いや、逃げたら契約を守らなかったことになるんだろうか。そもそも腕にどんな契約をしたんだ。
"お前"呼ばわりが気に入らなかったのだろう。魔女は少し機嫌を悪くしたようだ。
どのみち契約がある以上、魔女とは上手くやっていく必要がありそうだ。
「名前は?」
「教えない」
即答された。感情のこもっていない声だった。
「じゃあなんて呼べばいい」
苛立ちを抑えて聞くと、魔女は少し考えてから「リリィ」と答えた。
「本名じゃないのか?」
「内緒」
リリィはベッドの横にあったバケツの水に何か唱えてから、中に入っていたタオルを絞り始めた。絞ったタオルをこっちに近づけてくる。何をするのかわからずに身構えていると、タオルを顔に当てて優しく拭き始めた。顔から首に、腕にと順に拭いていく。思えば、山の中でついたはず泥や砂汚れは起きた時に既になかった。タオルとバケツも起きた時からベッドの横にあったし、リリィは看病してくれていたのだろうか。
若くても何をしてくるかわからない、恐ろしい魔女だと決めつけていたのが申し訳なくなってきた。
「怒ってるんじゃなくて。本当の名前は言っちゃいけないことになってるの」
リリィは腕を拭きながらそれだけ言った。