泥塗レの回想
辛うじてではあるが聞いていた話から、少女の魔力量は他の使用者よりも多いとシンヤは推察した。
黒霧の影響で魔力を得る人間が存在し、魔力を得られない人間との割合でも圧倒的に前者の方が多いが、そのほとんどは一律して「物質に魔力を付与できる」程度のものに留まる。
使用者の中に【魔術師】の称号を与えられる者が稀に現れるが、その者は一切の武器を必要とせず、己が作り出す魔法のみで黒霧産物を相手にするだけの魔力を有していた。
そうでない限り、つまりほとんどの使用者は魔法を生み出すだけの魔力を持っていないため、魔力を付与することでギミックが発生する機構や威力そのものを上乗せできる超歪兵器を、その中でよりダイレクトに相手にダメージを負わせられる近接系の物を最も多く使用している。
近接よりも威力は劣るが遠距離用の超歪兵器でも魔力付与が可能で、その場合は弓矢や銃、弾丸に魔力を付与して攻撃を行う。矢や弾丸は従来の物でも問題はないが、攻撃力を更に上げたい場合やそれら一つ一つにまで複雑な機構を備えている場合などには魔力伝導率の高い素材を使用していることもある。無論、そうしたことができるのは消耗品に割いても懐が痛まないような資産が潤沢な者に限られる。
使用者全体に言えることだが、威力を上げる行為として「いかに自身の魔力を武器に付与するか」といった考えとそれを基とした武器の製作や改良を前提とした考えが広まっており、それほど魔力そのものを使って攻撃できる人間は少ない。
そんな中で魔力そのものを弾丸として放てると彼女は、少なくとも魔力を付与して遠距離攻撃を行う者よりも純粋な魔力量が多いということになる。
加えて少女の武器は大鎌……つまりは近接系の超歪兵器であり、砲撃はあくまで補助的なもの。魔力を付与して直接攻撃ができる超歪兵器で魔力を放出するというのは避けたい。
つまり彼女は「魔力を放った上で攻撃に全く支障のないほどの魔力量を有している」と判断できる。
「砲撃に問題があるってことでしたが……見た限りですけど、固定させた時の鎌周辺の機構、ですか?」
「わかるの?」
「はい。さっき構えていた時に鎌と柄の接合部付近に違和感があったような……それによって刃を突き刺して固定させていても少しグラついてましたもんね」
砲台仕様に変形されている接合部付近の機構を見ながら答えたシンヤに、少女は僅かな驚きを目に見せる。過去にも何人かの高位技師に同じ個所の修理を依頼したことがあったが、いずれも武器を触れてみて初めてどのような問題なのか理解できていた。
それを見ただけで何となくとはいえ言い当てるとは思っていなかったため、驚きの感情を載せていた目に関心を上塗りする。
「触ってみてもいいですか?」
「ええ、いいわよ?」
ありがとうございますと気を付けながら大鎌を持つ。ゆっくりと両手で持ち上げた大鎌は最初こそ重量を感じるものだったが、手に持ってみると思ったよりも軽い。
少し力を入れて握って手首をかえすと、重力で下に向いていた刃が持ち上がり、しばらくそのままでいても疲れがこなかった。少女が片手で持って現れたのも納得する。
ノワルスタングス鋼はその黒い見た目、魔力の伝導率も高いことでも知られているが、一番の特徴はその軽さだった。
武器の素材として加工する際は他の金属以上により一層繊細な作業が必要とされるためこれを用いた製作の難易度は高く、またその硬度はもとより外見と機能性の優れた数少ない金属であることから需要は絶えず値段も高騰している。この黒い鋼を用いた超歪兵器を持っていることは、暗にある種のステータスとして扱われていた。
両手で柄を握っていた状態から片手を刃と柄の接合部に添えて、より近くで問題の個所を確認する。数秒ほど無言で見ていたシンヤだが、その後に顔を大鎌から離す。
「うん、分かりました。刃の研磨とここの修理なら20分くらい待ってもらえれば終わりますね。そちらの椅子で待っててもらうか、少し外にでかけてもらっても大丈夫ですよ」
シンヤのその返答に、今度は少女の目と声に驚きが表れる。過去に同様の修理依頼をした時は、皆少なくとも一時間はかかっていた。今回もそれぐらいかかるだろうと、時間つぶしができるような店はないかと探していたほどだ。
「え、そんな時間でできるの?」
「はい。なのでちょっとだけ待っててくださいね」
笑顔でそう返して、奥の方へと大鎌を持って行ってしまう。奥と言ってもカウンターからまっすぐ後ろに下がった所が工房だったので、少女からは作業する様子が確認できる。
言われた時間の通りなら時間つぶしに使おうか考えていた場所に行って戻っている間に時間が来てしまう。修理している様子を見る機会も早々ないし、本当に言った時間で終わるかどうかも見てみたい。
少女は椅子に座るでもなく、自分の武器が修理されているのを見ていることにした。ちょっと気になる喫茶店があったけどそこに行くのは今度にしよう。
しばらく機械と工具を重ね合わせるような作業音が聞こえると、大鎌は接合部を分解されて刃と柄に分けられた。次に刃の研磨を行うようで、シンヤの胴体位の大きさの研磨機に刃をセットする。暫く大きな研磨音が響く中、少女はシンヤの作業する姿を凝視していた。
少し会話をした限りでは技師としては問題ない。寧ろ会話と見ただけで修理したい問題点を見抜いたのだ、他の高位技師よりもレベルは高いのではないだろうか。
だが気になるのは技師としてよりも人間としてどうかだ。
少女は研磨作業をしているシンヤを見つめながら、拠点でイレーネとした会話を思い出していた。
◆◆◆◆◆
「問題?」
あるのは今のアンタでしょうよというイントネーションで少女が聞き返すが、それを分かっていないのか相変わらずご機嫌取りに必死な様子でイレーネが言葉を返す。
「ええ……技師としては高位なだけあって腕は確かなのですが、人を見て仕事をするといいますか」
「? 職人なんだからそういう気質な人もいるでしょ?」
「そういうのとは少し違っていまして……仕事自体は誰でも受け入れるのですが、平たく言うと依頼する人によって態度を変えると言いますか。特にあなた様のようなランクの高い使用者とそれ以外では全く異なるんです」
「ああ……」
イレーネは相手が何も知らない高位使用者であるのをいいことに、全くのデタラメを吹聴することにした。シンヤがまた嫌われることと、あわよくば自分の評価が上がることを考えての浅い考えだった。
既に自身の中でイレーネのイメージを最低評価している少女には当然ながら通じるはずもなく、現に今の言葉に対しても「アンタみたいな?」という言葉が出そうになった所を抑え込んでいた。
だが副長の話の真偽はともかく、よくあるパターンといえばよくあるパターンだ。何度も経験がある少女からすればやはり気分のいいものではない。
「あとアイツは金に汚いわよ! 契約書とか書かせて相手から高い金を取ろうとしてるわ!」
そう横から会話に入り込んだのは、先ほどシンヤから修理された超歪兵器を持ってきてもらっていたグレイシャだった。無理難題を押し付けた挙句修理費を前金だけにした彼女は、自分がシンヤにしたことを当事者だけ入れ替えてそのまま言葉にした。
「それにヤローは見境がねェ! 男でも女でも自分が良いと思ったら構わず寝ようとするぜ! 嬢ちゃんも気を付けるんだな!」
「人の物を壊しても謝りもしねぇクソ野郎だ!」
「あと端末を使って私たちのスカートの中を盗撮しようとしてました」
グレイシャを皮切りに他の使用者や拠点の職員までもがありもしないシンヤの文句を作り出し並べ立てた。普段からシンヤを貶めるのに色々と言っていたため、そうした話が出てくるのが早く、他者を虐げる時の団結力は高かった。
「……注意しておくわ」
そう言って拠点を出る際、少女は視界の端に端末で顔を隠そうともせずに口角を釣り上げている女を捉えた気がした。
◆◆◆◆◆
断続的な研磨音を背景に、少女はろくでもない前情報しかないことに形容しがたい感情を抱いていた。刃の研磨は調整段階に入ったようだ。
ここまで悪い評価ばかりで良い評価が一つもないというのも珍しい。あからさまに出来すぎているし、拠点での彼らの表情を思い返すとはっきり言って嘘くさい。
拠点内でシンヤの不評を吐いていた者や賛同していた者は、みな過去に少女が毛嫌いするような対応をしてきた者達と同じ顔をしていた。汚泥を混ぜに混ぜこんで一か所にまとめたかのような拠点内の人間と空気を思い出し、少女は誰も見ていないのを良いことにしかめっ面をする。
少女の経験や直感から、言われていたことは完全な嫌がらせのそれだと一瞥したいところだったが、先ほど見たエルダの顔がよぎると簡単に切り離すこともできなかった。
もしあの亜人の老婆がシンヤに何かされたというのであれば、残念なことに拠点で教えられた内容は少なからず信ぴょう性が出てきてしまう。
亜人を差別する人間は少なくない。そして年齢的に使用者でもないだろう年老いた者が冷遇されたとしても不思議ではない。皮肉なことにエルダのシンヤに対する思いが顔に出ていたことが、少女がシンヤへの疑いを拭いきれない要因となっていた。
拠点で聞いた内容が万一事実だった場合はさっさと武器を返してもらってそれで終わりにしよう。だが嘘だった場合はあいつに連絡する必要がある。何よりまっとうな高位技師が理不尽に貶められているのは気分が悪いし自分自身もスッキリしない。
少女自身の性格もあるが、もう少し真偽を確かめる必要があると様子を見ることにした。
ストックがなくなってきたのでまたペース落ちると思います。
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