カウンター越シの邂逅
「えっと、あれかな」
整った容姿とギャップのありすぎる大鎌をすれ違う人のほとんどに二度見されながら、赤髪の少女はシンヤの工房を視界に捉えた。外観は決して広くなければ新しくもない、工房主と雇われの技師が二人程度働けるような、居住スペースを連結させた少し古いタイプの一般的な工房だった。
「あの副長はあんなこと言ってたけど、本当なんだか」
拠点でシンヤの工房の場所を聞く際に副長のイレーネが言っていたことを思い出し、少女は怪訝な顔をする。あの顔でぶつかった子が男だと分かった時には驚いたが、正直今の時点では拠点の近くでぶつかって一瞥しただけの少年よりイレーネへの心証の方が遥かに悪かった。
少女は若くして使用者としては二番目に高いランクの高位使用者となっている。これは間違いなく彼女の実力で得た物で、彼女自身自分の強さを自覚している。だがそれを鼻にかけるのも驕るのも嫌いだった。
しかし、年若い少女が全使用者の三割しか到達していない高位のランクを得ていることを良しとしない者も多い。手柄を横取りされたと言う者もいれば、拠点長の夜の相手をして手に入れたと吹聴する者もいる。当然その当事者は彼女の実力を自分の身で体験していた。
それに彼女に近づいてくるのは嫉妬に駆られた者だけではなかった。
ある使用者は高位使用者という肩書を見ては必死にパーティーを組もうと近づいて自分も優れた人間だと錯覚し悦に浸り横柄にふるまう。
何度か軽く話しただけの者は実績と同等の稼ぎを知っておこぼれに預かろうと馴れ馴れしくすり寄る。
以前修理依頼をした技師は契約をしないと武器は渡さないと恫喝してきた。
とある居住地にいた資産家は綺麗でありながら可愛らしさも感じる少女を愛玩するため手元に置こうと金を積む。
傲慢な権力者は年若い者は御しやすいだろうと甘言と圧力を交互に浴びせてくる。
それ以外にもあるが、思い出す度に今起きたことであるかのように不快感がこみ上げ、数え上げればきりがなかった。
自分のランクを知った途端に態度を変えて媚び諂う職員を見たのも片手では足りない程見ているため、少女個人からすればこの町の副長の印象は最悪なものとなっていた。
勿論まともな対応をしてくれる者もいるが、悲しいかな彼女の不快を買いたがる人間の方が多かった。
そんな比率の多い側の一人だったイレーネが言っていたことは今一つ信用できなかったし、信用する気にもなれない。だがもし本当だった場合――。
「これで言ってることが本当だったらサイアクね」
そう独り言ちている時、工房から台車を転がしてゆっくりと歩く亜人の老婆を見かけた。耳と鼻を見て犬の亜人だと分かり今の独り言が聞こえていないか焦ったが、こちらを見ている様子がなかったのでどうやら聞かれていないと小さく安堵の息を漏らす。
「? 家電修理の店……じゃないわよね」
老婆が転がしている台車にはテレビが載っていたことで少女は戸惑いを見せる。だが家電を取り扱う店はここに来る途中で既に通り過ぎたし、イレーネから教えられたシンヤの工房の場所は今目の前にある建物と一致している。
困惑の色を顔に見せてしばらく立ち止まっていた少女だが、再び老婆に目を向けた時に老婆の悔しそうな顔を目にする。
(……何か、あった?)
明らかに嫌な目にあったような顔をして空に嘆息している老婆と工房とで目線を何度か往復させると、少女の目つきが険しくなった。
「…………サイアクみたいね」
おそらくこの工房主に何かを言われた、或いは何かをされたのだろう。工房から出てきて悲痛な顔をしている老婆を見て少女はそう結論づけた。皮肉にも心証が底辺に落ちていた副長の評価をわずかながらも上げざるを得ない。
老婆が横に向きを変えて歩いていくのを見てから、少女は工房へと歩みを進める。今の所この工房にいる高位技師の性格は聞いた話の通りの可能性が高いため、あまり気乗りはしなかった、しかし手持ちの武器は修理したい。
必要最低限なやり取りだけしてさっさと終わらせよう。現時点でストレスを最小限に抑える方法だと自分自身に言い聞かせながら、工房の中に入った。
「こんにちは」
言葉に微かに不快感が入っていることに気づきいけないと思いながら極力平静を装い、工房主の所在を確かめる。だが返事はなく、奥の方で工具か何かが金属と当たるような音が聞こえる。
「作業中かな」
少しボリュームを上げで再度主を呼ぶと、聞こえてきていた作業音が止まる。
「はーい、少々お待ちくださーい」
一拍おいてから止んだ作業音の代わりに中性的な感のする声が返ってくる。拠点近くでぶつかった少年が謝った時と同じ声だったので、やはりこの工房で間違いなさそうだ。
「……お待たせしました。すみません、遅くなっちゃって」
少しの水音の後に手をタオルで拭きながらシンヤが顔を出す。少女を待たせてしまったからか、顔には少しだけ悲しそうにも見える笑顔をしていた。
何の情報もなく初めてその顔を見た者からすれば、愛らしさとともに庇護欲を掻き立てられる可能性もあったかもしれない。だが少女の中にある前情報は、それら全てを覆すだけの警戒心を彼女に持たせていた。
「ええと、初めて来られますよね。ご用件はなんでしょう?」
「この子の修理をお願いしたいんだけど、お願いできる?」
カウンターをはさんで用件を聞いてくるシンヤの前に、少女は極力無機質な感情の物言いで、持っていた大鎌をゆっくりと、立てる音が極力小さくなるように置いた。
「うわぁ、綺麗ですねぇ」
「あ、ありがとう……」
そう言いながらほぅと小さく息を吐くシンヤに、少女は少しの驚きの後に照れながらお礼を言う。自分自身気に入っている武器を「綺麗」と褒めてくれる人はいなかったので、予想していなかった答えが初めて会う人間から出てきたのが意外だった。
「それで、修理したい場所ってどこなんですか?」
「刃の切れ味が少し下がった気がするから研磨をお願いしたいのと、あと「砲撃」にちょっと問題があって」
「砲撃の状態に変えてもらうことはできますか?」
「ちょっと待ってて」
大鎌を前にして砲撃というかけ離れた単語が出てきたが、シンヤもそれを聞いて話を続けた。一見して分かりづらかったが、砲撃がこの大鎌のギミックの一つなのだろうと判断し、そのためのギミック操作を少女にお願いする。
カウンターから大鎌を取り、少し魔力を込める。すると大鎌の柄の握っていた部分を始まりとして、赤い幾何学的な光の線が一瞬だけ走り、刃と柄の繋がっていた部分の機械部分が小さく音を立てて変形した。
さっきまで刃と繋がっていた側の柄は機械部分が覆われていたため端の部分は見えなかったが、機械が変形したことで刃が僅かに刃の先端側に移動し、機械部分に覆われていた側が一部開放され、そこに柄と同じ太さの棒が少しだけ突き出ていた。刃の真裏の場所にある機械からは少し大きめなドットサイトが現れる。
「大体こんな感じで撃ってるわね」
そう言って地面に大鎌の刃を軽く突き刺して石突を地面につけると、斜めになっている柄の隣で少女は立膝の体勢を取り、ビリヤードの球を打つような形で柄に両手を添えて構え、今の状態だとちょうど上側に位置しているドットサイトを顔を少し傾けて覗く。
突き刺した刃と、おそらく状態を安定させる意味もあるだろう石突部分にある機構により大鎌を固定した上で砲撃を行うのだと言う。呼吸を整えたり集中したりする
関係上、遠距離から敵に先制攻撃を与えたり、逃げていく敵に追撃する場合に使うことが多いと説明が入る。
因みにビリヤードは一度この世界からなくなったものだが、残っていた過去の文献から情報を得て再び一部の居住地では遊ばれるようになっている。
「これで魔力を込めてから魔力で作った弾を撃ち込んでるのよ」
「そ、そうでしたか……弾丸が装填されているようなスペースがないと思ったら、そういう……」
話を聞いてはいたシンヤだったが、自分と真向いの状態で立膝の体勢を取ったことで少女ワンピースが少しめくれて太ももが露わになっていたため、そこから意識と視線を逸らすことに手一杯だった。「わかりました。もう大丈夫ですよ」と恥ずかしさを誤魔化すようにして少女の体勢を解かせた。
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