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壊レタ技師ト壊シタ使用者  作者: 塵無
壊レるマで
7/42

一縷ノ良心

 少年の運命は、大分歪んでいる。


「…………ぐっ……、ぐす……うぅっ……」


 拠点から離れた場所にある自身の工房の隅で、シンヤは洗った顔をタオルで拭きながら嗚咽(おえつ)を漏らしていた。


 まただ。また仕事の契約と料金を反故(ほご)にされた。それだけではない、拠点職員に立ち会ってもらってまで作った契約書を拠点内で破り捨てられ、端末も壊された。


 他の使用者達はこぞって笑い者にし、それでも拠点職員は見て見ぬふりをする。副長のイレーネは事の顛末を知っておきながらも自分に非があるとこちらの意見を突っぱねた。


 何より拠点長のハンスが戻ってきていたのは全くの予定外だった。事前に外出する日程を調べ、この日は間違いなく拠点にいないと分かっていたからこそ向かったというのに。


「……なんで……僕はいつも……こう、なのかな……」


 声を震わせながら自問自答するが、作業台に備えられた点けっぱなしの明かりが時折チラつく音だけが聞こえる。この工房には自分一人しかいない中で、シンヤは自分のタイミングの悪さを呪った。


 技師としての技術もありセンスもある。中性的な容姿も人のことを思う優しさも持ち合わせているシンヤだが、それら全てが台無しになるほど運や間というのが悪く、取り巻く環境が悉く自分の行く道を邪魔し、壊していた。そしてそう感じる出来事は一度や二度ではない。


 運が悪い。タイミングが悪い。それで片づけられる、それでしか説明のつけられないことに対してのやり場のない感情を、涙で外に出すことしかできなかった。


「……端末直さなきゃ……」


 ひとしきり泣いて落ち着いたのか、拠点で画面を割られ使えなくなった端末を思い出して修理作業を行おうと腰を上げる。気が重いが仕事にも使う物だ、あまりそのままにしておけない。


 製作者は武器に関わる作業がメインだが、製作者や使用者が扱う端末に関しての作業も取り扱っている。販売は専門の店だが、端末の改良や修理は製作者であれば誰でも行える。必要な素材を揃えると、作業台で修理を始めた。


「シンちゃん、いるかい?」


 修理作業をしてしばらくすると、工房の入口から親しげにシンヤを呼ぶ老婆の声が聞こえた。「はーい」と作業していた手を止めてシンヤは入口に駆け寄る。


「エルダさん、こんにちは」


 エルダと呼ばれた老婆は垂れた犬耳を動かしながら、「こんにちは」と笑顔で返した。


 獣の身体的要素を兼ね備えた人間「亜人」は、何百年か前からか世界各所で確認されるようになった。


 発見されて間もなくは人間が当時から荒廃していた世界に対応できるよう獣の性質を宿した突然変異ではないかと言われていたが、近年の研究で黒霧(ミスト)によって魔物となった獣の血液が何らかの形で体内に入り込んでしまった人間の遺伝子に影響を及ぼし、いずれかのタイミングで獣の要素が色濃く出た人間が生まれたのではないかという説があがっていた。


 今以上に人の命の価値や道徳が重くなかった時代であった当初では言葉にするのも憚られるようなことが行われていたというが、今では一部差別を行う者がいるものの、従来の人間と同じように生活をしている。


 外見に出る「獣」の割合も個人差があるが、エルダは外見上では犬の耳と鼻をしており、それ以外は人間と同じだった。


「頼んでいたテレビなんだけど、もう直っているかね?」


「はい! もう修理は完了したので持ってきますね。ごめんなさい、持っていけなくて」


「いいんだよ。年寄りはちょっと歩いた方が体に良いさね」


 腰を叩きながら笑顔で返すエルダに笑みを返して、シンヤは工房の隅にある修理済の物をまとめて置いている棚から液晶テレビを持ってきた。初めから自分で持って帰る気だったのだろう、エルダの横にあった台車にテレビをゆっくりと乗せる。


「ありがとうねぇ。体に良いとは言っても、テレビを扱っている店に歩いて行くには年寄りにはちと遠くてねぇ。シンちゃんが直せて助かったよ」


 本来製作者の仕事は武器か端末に携わるもので、それ以外に関しては専門外だった。だがシンヤは自分でも直せる方が便利で、何より少しでも多くの人を助けることができると、生活に使われている家電類の修理も可能な限り行っていた。


 勿論家電類を販売、修理する店は存在するが、今二人がいる場所からは遠く年老いたエルダの足では時間もかかり体力的にも辛い。シンヤが元々空き家だった工房に住み始めた時に近所に住んでいたエルダに挨拶をして以来、こうして時折エルダが使っている電化製品をかなり割安な料金で直していた。


「僕もエルダさんのお役に立てて良かったです。また何かあったら遠慮なく言ってくださいね」


「いつもすまないねぇ。……ところで、今日何かあったのかい?」


「……いえ、そんなことないです」


「ごめんねぇ。ここに来る途中で泣いているのが聞こえたもんだから心配でねぇ。またなのかい?」


 亜人は動物の外見をしているパーツに関しては能力もある程度備わっている。本物の犬には劣るが、老体のエルダでも工房内のシンヤの泣いている声を聞けるくらいの聴力はもっていた。


「……アハハ、聞こえちゃったんですね」


 悲しい笑顔を見せてから実は……と観念して拠点であったことをハンスにされた部分を除いて話した。エルダは「またなのかい……」と言い悲しい顔になった。こうした話を聞くのは今回が初めてではない。


 エルダはシンヤが不当な扱いを受けていることを使用者以外で知っている数少ないうちの一人だった。そしてそのことを知っている使用者内外含め、唯一シンヤの心配をしている人物だった。


「まったく、なんでこんないい子にそんなことできるんだろうねぇ。拠点ってのは中立なんだろ? かわいそうに……」


「でも、僕も悪いんです。確かに人の多い時に行ったら迷惑でしたし、ちょっとそこは考えが及んでなかったなって」


「何言ってるんだい、シンちゃんに悪いところなんて全くないさ。もっと自分に自信をもつんだよ」


 そう言って肩に優しく乗せられた手の温かさに、シンヤはまた涙腺が緩みそうになった。


「……はい、ありがとうございます。エルダさんがそう言ってくれるだけで助かります」


「いいんだよこれくらい。また何かあったら言うといい。それじゃあ直してもらったテレビを早速使おうかね」


 それじゃあね、と言い台車を押して出ていくエルダの背中にシンヤは改めてお礼を言い、少しだけ気持ちが軽くなった。一呼吸ついてから端末の修理の続きをしようと、再び作業台へと向かった。




 シンヤに直してもらったテレビを載せた台車を転がしながら、亜人の老婆エルダは重い溜息をついた。


「まったく……なんでシンちゃんはこんな目にあうんだろうねぇ」


 シンヤが工房にやってきたのは一年半ほど前。着の身着のままの恰好に最低限の技師としての工具だけ持った状態でやってきた。16歳だった少年は、山の向こうのさらに遠くにある居住地から時間をかけてこの町にきたのだという。


 その時点で既に高位技師のタグを胸にぶら下げているのを見て、同じ頃の子が出すには決して安くない交通費が後ろめたい金ではないのだろうとエルダは納得していた。


 住んでいる場所が近かったのもあり、二度三度と挨拶や世間話をしていくに連れ、シンヤがとても優しい子なのだと分かってきた。


 また世間話ついでに家電が壊れていることを話した時に、自分から「直させてください」と言ってきたことには驚いたものだ。


 ただでさえ家電の修理など技師にとっては門外漢なのに製作者は職人気質な人間も少なくない。頼み込んだところで門前払いされることの方がはるかに多い。それを自分の工房が持てるだけの高位技師が自分から直すと言うのだ。驚かない訳がない。


 せっかくの好意だからと物は試しという半々の思いで預けてみたところ、翌日には問題なく使えるようになっていた。「直りました」と笑顔で言うシンヤを見て、一人暮らしが長かったのもあってか、それを境にエルダはシンヤを孫のように可愛がるようになった。たまたま工房で使用者から怒号を浴びせられているところを見ては慰めに行ったのは一度や二度ではない。


「ただでさえあんなことも起きたっていうのに……」


 エルダに対してシンヤも親しみを増してきたある日、ふとした時にエルダはシンヤの背中に大きな火傷を見てしまい、それについて心配になって訪ねた時に少し悲しそうな顔をしながらも原因を話してくれた。


 そしてその話を聞いたエルダは、残された時間は決して長くないわが身ながらも、自分だけはシンヤの味方でいようと静かに思いを秘めていた。


 だが使用者のように力を持っているわけでもなければ資産や権力を持っているわけでもない、寧ろ年老いた身の自分一人が味方でいたところで何ができようか。話を聞いてくれるだけでありがたいといつもシンヤは微笑んでいたが、実際に自分にできることは何もない。


 この歳になって力のないことがこんなに悔やまれるとは……。孫くらいの年齢の子を助けることができない自分への情けなさと、そんな自分しか味方がいないシンヤを不便に思いながら、老婆は久しぶりにした悔やみ顔で空を眺め、今一度溜息を吐いた。

シンヤの主な収入源は使用者の依頼による物より、近所の住人からくる電化製品の修理による物が多いです。


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