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壊レタ技師ト壊シタ使用者  作者: 塵無
壊レるマで
6/42

黒ノ少女と黒ノ大鎌

「……高位(セカンド)技師(マイスター)?」


 赤髪のセミロングを揺らしながら、肩に響いた衝撃をそのままに少女は顔に出さずとも二度驚いていた。


 一つ目は建物から出てきて自分にぶつかってきたのが、少年か少女か分からなかったこと。二つ目はその子が謝りながらこちらを向いた拍子に、「ノワルスタングス鋼」という黒い金属で作られたタグが胸の前で揺れていたことだった。


 製作者はそれぞれ三段階にランク付けされており、上から【最高位(ファースト)】【高位(セカンド)】、そして無印の技師または鍛冶師に振り分けられている。ランクが高いほど当然求められる技術力は高く、この世界にいる製作者は技師鍛冶師どちらもほとんどが無印で、高位となっている数は決して多くなく、最高位は輪をかけて少ない。


 製作者とそのランクを示すタグとチェーンは極力壊れないような頑丈な物で製作されているが、その中には長年の地形変動や黒霧の影響を受け新たに発見された鉱石や金属も使用されており、それらは無論武器にも扱われている。


 ノワルスタングス鋼もその一つで最も黒い金属として知られており、高位技師として認められた者にはそれが楕円形のプレートに加工されたタグが授与される。


 その高位技師の証を自分とさして歳の違わないような子がつけているというだけで、少女が驚くには十分な理由だった。


 だがこのハンス町に居を構える使用者であれば、若い高位技師……シンヤ・マサキの存在を知らない者はいない。彼を見て驚きを見せる使用者は、つまりは他の居住地からやってきた使用者ということになる。


(……泣いてた?)


 胸元で光っていたタグと同時に腕を拭っていた口元と涙を浮かべていた目を見ていた少女は、少しばかり眉をひそめた。


 何があったのか気になるところではあったが、今は自分の要件を済ませるのが先だと拠点へと向かった。


 シンヤが入る前と同じ空気に戻った拠点内に少女のブーツが床を小突く音が一つ二つ響くと、それを聞いて近くの使用者が話を止めて入口に目をやり、口笛を吹く。


 そしてそのまま舐めるように目線を顔から下に向けると、口の形をそのままに目を広げて固まった。その使用者と話していた別の使用者も、少女を見て同じような反応を示した。


 黒のカチューシャをした赤髪のセミロング。血色のいい肌に控えめな化粧をされた顔は整った目鼻立ちをしており、長いまつげをした大きな目は髪色とは異なる深い赤色をしている。


 細い肩紐で鎖骨のあたりまで肌が見える膝上丈の黒いワンピースに、程よい大きさの胸の下まである短い丈の黒いジャケット。健康的な色をした太ももと膝が見え、膝下からヒールの高い黒のロングブーツを履いていた。


そして何より使用者達を黙らせる要因となったのは、少し丈の短いグローブをはめた右手に持たれている、仰々しさを感じさせる黒い大鎌だった。


 その大鎌は刃までもが黒く、鎌の峰から柄の三分の一にあたる場所まで複雑な機構が組み込まれている。複雑な機構は劣歪兵器(ロゥギィア)に多く見られるが、刃にも柄にも使われているのは間違いなく鋼だ。


 武器として加工された状態でも闇のように黒くあり続け、なおかつ最も扱われている金属はノワルスタングス鋼しかない。魔力の浸透性や伝導率が高い金属の一つとして扱われているノワルスタングス鋼を武器に使っている時点で、その大鎌は超歪兵器だというのが分かる。


 線の細い少女と大鎌。アンバランスな組み合わせに拠点内の使用者は様々な思いを抱きつつも皆口をつぐんでいた。


「オネエちゃんどうしたんだい? 何か困ったことでもあんのかい?」


 使用者の男の一人がなれなれしくも少女に近づく。景気づけなのか朝にも関わらずすでに出来上がっており、顔が赤く吐く息は酒臭い。そんなことは当然気にも留めず、少女の左側から腕を回して右肩をつかんだ。


「何か分かんねぇことがあったらオレ様が手取り足とブッ!」


 自分の肩を掴んだ存在の方を全く見ることなく、少女が鎌の柄の先端にあたる石突の部分で男の脇腹を突いて、酒に酔ってバランスもろくに取れない男は倒れ伏した。石突にも小さな機構がついているため、思った以上にダメージを負った男は脇腹を抑えて悶えていた。


「拠点内での問題を起こすのは厳禁です」


 先ほどまでシンヤがされていた仕打ちを棚に上げてイレーネが眼鏡を直して少女に事務的に言い放つ。基本的には拠点内での争い、使用者と一般人との争い、使用者同士の争いは禁止事項として扱われている。


 イレーネの発言自体は正しいが、暗に「拠点の外で自分が見ていなければ知ったことではない」という意味で、少女にもすぐに理解できた。


 ハンス町の拠点は職員使用者含め、シンヤという人柱に対しての仕打ちを行い続けた末に精神が腐敗していた。


「先に手を出してきたのはコイツでしょ」


 凛とした声で倒れている男を一瞥する。


「それともアンタは初対面の男に馴れ馴れしく肩を抱かれたら、こっちもどうぞって喜んで胸でも差し出すの?」


「……依頼の受注ですか?」


 少女の嫌味交じりの問いにイレーネが苛立ちで返すが、すぐに事務的な口調で要件を聞く。


 武器を持っているということは間違いなく使用者だ。拠点にある機械に登録されている記録でも、それと同期づけている手元の端末にも、勿論イレーネ自身の記憶でも、この町を居住地としている使用者リストのデータベースに大鎌を持った少女の使用者は存在していない。居住地を移りながら依頼を受けているタイプの使用者、俗にいう「流れ」だとイレーネは判断した。


 流れの使用者なら今後関わることもない。さっさとすませようと半ばマニュアル化された対応をとる。


「この子の修理を依頼したいんだけど、この町に最高位か高位の技師はいるかしら?」


 この子と言って右手の大鎌を軽く上げながら、ワンピースの内側に入り込んでいたチェーンを左手でたぐり、つり下がっている物を見せる。そこには少女の大鎌と同じノワルスタングス鋼で加工された、手のひらに収まる程度の長さで横に線が二本刻まれた棒があった。


「!! ……【高位(セカンド)使用者(プレイヤー)】……!」


 製作者同様使用者にもランクが適用され、使用者は5段階に分けられる。上位二種の呼び名は製作者と同じだが、その下は【上位(サード)】【中位(フォース)】【下位(フィフス)】と呼ばれている。


 使用者のタグは細長い棒状になっており、各ランクに該当する金属にランクと同じ数の線がタグの表側に刻まれ、裏にはそのランクに到達した順番と使用者の名前が刻まれている。


 製作者のタグも同様に順番と名前が刻まれ、タグに関する加工は特殊な機械を使用した上で魔力を施しているため、拠点以外では手が加えられないようになっている。


 使用者のランクで最高位筆頭の三種のタグに使われる金属は製作者と同じになっている。少女のタグはシンヤがしていた高位技師を示すタグに使われている物と同じ漆黒の金属ノワルスタングス鋼。つまり高位使用者を示していた。


 超歪兵器を使用する使用者の中で高位に到達している物は全体の二割、劣歪兵器使用者を含めても三割しか存在しておらず、ハンス町を居住地とする使用者の最高ランクは三番目に位置する上位、それが数人いる程度だった。


 初めて目にする高位使用者、それも年若い少女の存在に拠点内にざわめきが生まれる。イレーネは先の件で少女自身に不満はあったが、数少ない高位使用者の存在に手のひらを返して作り笑いを浮かべる。プライドの高いイレーネではあったが、内容はどうあれ貴重な高ランクの使用者に媚びを売って得られるリターンが多いと分かれば喜んで尻尾を振れる程度の合理性はあった。


「え……ええ! ええ! 勿論ですとも! この町で最高の腕を持つ技師を紹介させていただきます!」


 いかにも慌ただしく「貴女のために動いています」感を出しながら、ずっと片手に持っていた大きめの端末を操作する。自分のランクを知ってからあからさまな反応を示す目の前の女に対し、少女は額に僅かなしわを刻む。


 そんな少女の気も知らず懸命に見せかけて必死に端末を操作するイレーネの指が、急にピタリと止まる。


(……いない……! 高位使用者の武器を扱える技師は……この町にはいない……)


 ハンス町で最もランクの高い使用者は三番目に位置する上位使用者。そのためこの町で最も高ランクの製作者も同様に三番目に位置する上位製作者だった。


 武器の製作、改良、修理を行うにあたっての使用者と製作者のランクは明確に決められており、製作と改良は同ランク、修理は一つ下のランクの製作者までが可能と定められている。だがランクが一つ異なれば扱う内容も一気に増え、より難解となる。


 劣歪兵器のギミック機構のみ見る鍛冶師ならともかく、各使用者の魔力に反応する魔回路の調整まで行うのは更に難易度が高い。超歪兵器に関しては、事実上修理も同ランク以上の技師が扱うことが求められていた。


 何とかしなければならない。しかし彼女を……この方の武器を修理できる技師なんて……。そう思った時、ほんの数分前に目の前で力なく座り込んでいた男のことを思い出した。


 だがアイツを教えるのは……アイツに手柄を立てさせるのは……。それに町の外の人間と関わらせると、下手をすれば今までのことが……。


 シンヤが評価されるようなことはしたくない。何よりこの町以外の使用者と関わった時に、何かの拍子でシンヤが拠点と使用者達にされてきたことを告げ口するかもしれない。歪ませた顔を端末で隠し見られないようにしながらイレーネは葛藤していた。


 いっそ潔くいないと丁寧に謝れば、何とか平穏にすむかもしれない。そう思った矢先、少女が気になっていたことを口にした。


「さっき走っていった子が高位技師のタグを付けてたけど、あの子は違うの?」


 歪ませていた顔を暫く固まらせ、イレーネはゆっくりと顔の筋肉を調節しながら少女を見た。シンヤの存在をこの高位使用者は認識している。


 シンヤに手柄を取られることへの怒りが沸いたが、結果として高位使用者にすぐバレるような嘘をつかなくて済んだことの安堵が上回った。


「あ……ああ、います、いますとも! 高位技師はこの町におります!」


「? どこに行けばいるの?」


 イレーネの反応に些か違和感を覚えたが、少女は高位技師の居場所を尋ねた。


「え、ええ。ここから少し離れた所に……」


 少女に答えている途中で、イレーネはあることを思いつき、顔を伏せながらシンヤに対して向けていた嘲笑じみた笑みを浮かべていた。


 数秒後に顔を少女に向け、改めて話をした。


「失礼しました。ここから少し離れた所に住んでいるのですが……その、少々問題がありまして……」


 そう言って頭の中に即興で作り上げた話を少女に対して続けた。


 イレーネは元々表情が乏しい方だった。また感情の起伏も乏しく、顔に出ることなど中々ない。


 意識してポーカーフェイスを貫くなど造作もないイレーネだったが、この時ばかりは自分の感情が顔に出ないことを祈らずにはいられなかった。

【追加】

誤字修正しました


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