望マナい口づケ
一部一方的なBLに近い要素あります。ご注意下さい。
「オイオイオイオイィ! なんだどうしたよぉ!」
嘲笑をかき消さんばかりの大声が拠点の階段の上から響いた。入口に体を向けていたシンヤは一瞬体をビクリとさせて顔を階段の上に向けると、聞きたくなかった声と見たくなかった姿を認識し、その顔を青ざめさせる。
急いで出ないと。壊れた端末をポケットに入れて入口へ走るシンヤの足を誰かが引っ掛ける。
「痛っ!」
転んで床に体を突っ伏した形になるシンヤが痛みを口に出す。自分の足を引っかけたであろうニヤついた顔の使用者を一瞥して立ち上がろうと片膝を付いた時、階段の上からしていた声がすぐ後ろで聞こえる。
「シぃ~ンヤぁ~。俺がいる時に来てくれるなんてぇ~やっぱり俺のことが好きなんだなぁ~? ん~?」
後ろをゆっくりと振り向いた時、そこには2メートルを超えようかという程の大柄で筋肉質な男が、腕を組みながら満面の笑みを浮かべていた。スキンヘッドにもみあげの辺りから口と顎にまで繋がった髭が、初めて見る相手に脅威を与える。だがシンヤにはまた違った意味での脅威だった。
「ハ……ハンス拠点長……。南のビル都まで昨日から出ているのでは……」
「忘れ物したんでさっき戻ってきたんだよぉ。なんだシンヤぁ~。俺のことそんなに調べてぇ。やっぱり俺のこと好きなんだなぁ? そうだろぉ? なぁ?」
各拠点には拠点を統括する拠点長とその補佐をする副長がいる。居住地は各拠点長の名前を用いられており、この町で言えば「ハンス町」と呼ばれている。
拠点長のハンスを、シンヤは恐怖としていた。グレイシャへ超歪兵器を渡すこともあったが、ハンスがいない時だという情報を得ていたからこそ、拠点に向かったのである。
だがその予想に反して、ハンスと対面してしまった。言ってしまえばただの偶然であったが、理由は何であれシンヤはその場から逃げ出したかった。
急いで立ちかけたシンヤの脇にハンスが腕を通したかと思うと、そのままシンヤを持ち上げてから向きを変えて正面から抱きしめる。シンヤは足を宙に浮かせたままハンスに抱きしめられることとなった。
ハンスは男色家だった。
そしてシンヤはそのハンスのお眼鏡にかかってしまっていた。ハンスがシンヤに対して異常なほど性的な執着をしていることは町の使用者と職員はみな知っており、今ではシンヤがハンスにいいようにされているのを楽しみにしている使用者もいる。
「離してください……! 帰ってやることがあるんです……」
「んん? そんなのあとででいいだろぉ? 俺がお前といたいんだから俺の言うことを聞けばいいんだよぉ、シンヤぁ~?」
「やめ、やめてくださ……ンブゥっ!」
シンヤが言葉を言い切る前に、ハンスの固い唇がシンヤの口を塞ぐ。望まない口づけに一瞬驚くが、唇に伝わるハンスの舌の感触に寒気立ちながら、舌を入れられまいと口に力を入れていた。
ハンスの激しい口や舌の動きとそれに合わせて聞こえる粘り気のある水音に周囲は一層大きな笑い声をあげたり、もっとやれとはやし立てる。恥ずかし気に、あるいは凝視して見つめていたりと人によっては様々だが、誰一人その様子を止めることはない。
「ンンンンン~~~……プハァッ!」
中々舌をねじ込めないでいたハンスが一度シンヤから顔を離す。ハンスの舌とシンヤの口まわりがハンスの唾液でつながり、唾液の橋が見えた一部の使用者の口からは「うわぁ」という声が聞こえる。
何とかハンスの抱擁から離れようともがいているシンヤを、ハンスは獲物に対する目で見ていた。
「最近シンヤに会えなかったからシンヤ成分が不足してるんだよぉ~。俺を受け入れてその口を開いてくれないかぁ~? あんまり強情だと無理やり……ッ!」
そう言いかけたハンスの顔が一瞬だけ歪む。タンクトップを着ていたハンスの脇腹に、シンヤが常時腰の工具入れに入れている工具を突き刺していた。
同時に自分を抱きしめている腕の力が弱まり、シンヤは地面に落ちるようにハンスの腕から抜ける。唐突に起きた一瞬の出来事に他の使用者も何が起きたのか分からず、行動に移るのがわずかに遅れた。
「あ! あの野郎逃げるぞ!」
周囲が反応しかけた時には、既にシンヤは拠点から外に出ていた。
「追うぞ! 今からいけば捕まえられる!」
「やめろ、拠点の外だ。周りにバレるとまずい」
「……抵抗するなんて、カワイイなぁ~シンヤぁ~?」
拠点は使用者や冒険者でもない者に情報が知られないように最低限の防音が施されている。そのため拠点内ではどんなことをどれだけの声で話そうとも外に聞こえることは早々ない。だからシンヤをさんざん笑い飛ばし、理不尽な仕打ちを安心してできた。
だが拠点は共通して各居住地の大通りに面しており、人の往来も多い。中立の立場である拠点側が使用者と結託して一人の人間を追い詰めているなどあってはならず、それが露呈すると拠点や拠点長をはじめとする職員全体、今回のケースでは使用者にもペナルティが発生する。
シンヤも今まで拠点の外で人目のある場所では被害にあっていなかったことから、急いで拠点を出ることが最も安全であると理解していた。
拠点長に理由のない危害を加えることは共通の重罪だが、もし拠点や使用者が大事にすれば世界最大の都にある拠点の本部にまで話が行く。そうなれば第三者が拠点に介入し、場合によっては今までの行為が露呈してしまう。
それが分かっているハンスは当然シンヤのことは本部には言わないし、何より今回は完全にハンスに問題がある。職員や使用者にも固く口止めするはずだ。
何よりシンヤはハンスのお気に入りである。それをみすみす手放すような行為はするはずがない。シンヤの行動は決してそこまで考えてのものではなかったものの、結果として咎められることはないだろう。
シンヤは拠点を出て駆け足で自分の工房へと足を向けつつ、口の周りにべったりとついていたハンスの唾液を袖口で拭っていた。ツンと鼻に入る唾液の臭いに込みあがってきた吐き気を我慢して走っている時、肩に衝撃が走った。誰かにぶつかったのが分かったが、拭っていた口元に気を向けていたのか人とすれ違うことに全く気付かなかった。
「! ご、ごめんなさいっ!」
ぶつかってしまった相手が僅かに見える程度に横目に見て頭を下げると、再び前を見て走り去っていった。
【追加】
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