進化すル道理
予定より長くなった二人の会話は終わります。
この二人の間では珍しく重い空気の中、先に口を開いたのはケイザンだった。
「有り得るのか、黒霧産物が進化なんて」
「…………」
問いに対しての答えはまだ出てこない。スタンドはふと以前聞いたことを思い出していた。それを言葉にして出すには少々時間がかかる。
漸く頭の中で整理がついてから、スタンドが口を開く。
「前にこんな話を聞いたことがある」
「話?」
「この世にある全ての物には意思が宿っているって話だ。全ての「生き物」にじゃあない。全ての「物」だ」
「物に意思だぁ?」
唐突なスタンドの言葉にケイザンがあからさまに怪訝な声を出す。ついにボケたか。そう返したくなった。
「草や木は勿論、石ころや塵の一つ一つにまで意思がある。声は聞こえないし表情もない。だがそれはアタシ達が認識できないだけで、意思……魂とも言えるね、そいつを持ってるって言うのが、話をした奴の考えらしい」
切りの良い所まで話をすると大きく煙草を吸った。その様子にスタンド自身も話を信じていないのが分かる。
「アタシだってアンタと同意見さ。聞いた時にゃ何を言ってるんだと思ったよ。でもまぁ、今に至っては頭から否定できないのが正直な所さ」
声の奥で机を指で叩く音が聞こえる。言葉にはまだ鉛が混ざっているものの老女の言葉は続く。
「黒霧産物が倒され黒霧が散らばる。だが黒霧の一粒一粒には意思があって、周囲に漂っている他の黒霧と交わり意思が伝達される」
「…………」
表情を歪めたケイザンだが頭ごなしに否定できないのは同じだった。そのまま話を聞く。
「それらがまたいずれ黒霧塊となり、黒霧産物が生まれ、倒されるを繰り返す。蓄積された意思は積み重なって大きくなり、やがて黒霧産物自体の進化を促すまでに至った。こんなモンかね」
「……バアさんいつから物書きになったんだ」
「即興にしては中々だろう?」
皮肉めいた返答にスタンドが笑って返す。ケイザンもそれを聞いて煙を散らせる。
話としては突拍子もないが筋としては通っていないこともない。全否定していたケイザンの考えがほんの僅かに偏ったのは、最たる例が自分達であることを認識したからだった。
長い歴史の中で、人は意思や技術、知識を受け継ぎ研磨し、様々な環境に適応、順応、対応を繰り返して今まで生きてきた。
多くの壁に当たっては考え、乗り越え、砕き、進んできた。その結果の一つが、今自分の腰にぶらさがっている。
先ほどと違い真っ向からの否定が来なくなった所に、スタンドが更に言葉を加える。
「昔はそもそも黒霧すら出てなかったって言うじゃないか。異常個体だって通常の黒霧産物が進化した結果だろうさ。それが更に進化したとしても不思議じゃないよ」
アタシの目の届く所で起きるとは思わなかったけどね。端末が通さない程度の小声でぼやいた。
「進化、か……」
口元にある火がまた一度強く灯る。
話の真偽がどうあれ今回の【ケダモノ共】にその進化があったからこそ、今自分達が生きているのだとケイザン自身痛感していた。
意思があったからこそ盾役ばかりが攻撃され、押されてしまうこともなく。
知能があったからこそ警戒をして踏み止まり、執拗に攻め込まれることもなく。
感情があったからこそ怒りを遠吠えという形で表し、故に隙が生じた。
真っ向から否定したい物があったがために勝つことができたというのは何とも皮肉な話だ。
一先ずはこうして生きていることに安堵すべきか。喉元を通すには少々大きいが病気でもない、貰える物は貰っておこう。
言葉にするでもなく話の着地点を見定めた二人は、話を切り替える。
「本部には? 報告するのか?」
「正直ねぇ、どうしようかと思ってんだよ。黒霧産物の進化以前に上位以下だけで異常個体を倒したってのがそもそも信用されるか怪しいからね」
「だよなぁ」
「せめて他でも同じようなことがあれば話は早いんだけどね」
スタンドがぼやくように言う物の、生憎そんな情報は本部から来ていない。まだ前例がないと考えて良い。
「取り敢えず言うだけ言ってみるさ。【ケダモノ共】の黒い牙を撮ってこっちに送りな。画像があるだけでも多少はマシだろうよ」
「ああ、後で送っておく」
「今はスタンド町とモーリー村の真ん中辺りにいるんだったね」
「そうだな。また変なことが起きねぇ限りは明日の夜かその次の朝にはモーリー村に着く予定だ」
「分かった。また村に着いたら連絡しな。アタシも向こうの拠点長に言っておく」
モーリー村の拠点長、モーリーは現役では高位使用者として依頼をこなし、体格も大きいがそれ以上の器を持っていたことで拠点長となった女性だ。所属している使用者は決して多くないが、長閑で素朴さが前面に出ている村で毒気を抜くには悪くない。
彼女は面倒見が良い。ケイザンらが行った時も対応してくれるだろう。
「頼んだ。じゃあそろそろ切るわ。いい加減ゆっくり吸いてぇ」
ほざきな、と伝えてからスタンドが通話を切り、自身を主とした部屋の中に再び静けさが漂う。
口ならぬ耳寂しさを感じてか、またキーボードを叩いてモーリーに連絡を送る。明日の朝にでも見る筈だ。
連絡を送り終えて一息ついた時、スタンドが視線だけを壁に向ける。
「何か忘れてる気がするねぇ……何だったか」
引っ掛かりを感じてはいるが、煙草で薄く黄ばんだ壁を暫く見続けても答えは出てこない。
これが歳という奴か。
「物書きにでもなろうかね」
思ってもないことを呟くと、煙草の名残がある部屋を後にした。
明日になれば答えが出てくるだろう。
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