晒シ者
「グレイシャさん、お待たせしました。昨夜頼まれていた超歪兵器の修理、終わったので持ってきました」
「!」
グレイシャと呼ばれた女の使用者はシンヤの一言を聞くや不機嫌な顔を一気に驚愕させた。修理の依頼をした超歪兵器が、一晩で直るはずがないと確信していたからだ。
自分が預けた超器は技師でない自分が見ても明らかに破損がひどく、修理に持って行ったところで一晩で直せるようなものではない。過去に今回より軽度な破損をしてほかの技師に修理依頼をした時にも、パーティーメンバーが依頼に向かう中、二日間拠点で待ちぼうけを食っていたことがある。
過去の経験から一晩で直る訳がないと分かっていたグレイシャは、時間つぶしとストレス発散を兼ねて毎日シンヤの工房に行き理不尽な文句を言いに行くつもりだったし、現に今日も他のパーティーメンバーが依頼を受けて町の外に行った後にすぐさまシンヤの工房に向かうつもりだった。
だが目の前には破損する前よりも見映えのいい状態の自分の超歪兵器がある。笑顔で持ってきた女顔の幼い技師は、無理難題をやってのけて今目の前にいる。
「…………遅いわよ! 今日の依頼にアタシだけいけない所だったじゃない!」
「……ごめんなさい。僕の力ではこれが精一杯でした」
本来であれば一晩で直るはずもないような状態だったことは、シンヤもグレイシャも分かっていた。
各使用者の所持している端末には、いつ、どの技師や鍛冶師に製作や修理、改良などを施してもらったか履歴を記載するようになっている。過去にどのように手が加えられたかを確認した上で、今の武器に支障が出て性能が下がることのないよう調節するのに必要だった。
そこには当然、前回の修理で今回より軽度な破損でシンヤ以上に修理に時間がかかっていることも分かるし、無論シンヤもその履歴を確認済みだった。だがそんな無理難題をクリアしたと分かっていながら、グレイシャは無理のあるこじつけでシンヤを叱責した。
明らかな無茶だとはシンヤ自身も分かっていたが、よほど急いでいたんだなという考えに自分を落ち着かせ、一旦は謝罪するが、それがグレイシャを調子づかせてしまう。
「こんなに遅くなったんだから、当然安くしてもらえるんでしょうねぇ? そうだ、すでに支払った前金のみにしてもらうわね」
口角をニヤリと釣り上げて言うグレイシャに、流石にシンヤも反論する。
「ま、待ってください! そんな話はしていませんし、依頼の時に交わした契約書にも、端末に写してある方にも破損の具合によって作業日数が前後する場合があることは書いてあります!」
使用者が依頼を受注する場合とは異なり、製作者が依頼を受注する場合には契約書に残すという形は行われていなかった。
使用者は自分の命とも言える武器を預ける、製作者は自分の技術力と誇りをもってその命ともいえる武器を直し、磨き、より良い物へと昇華させていく。互いに大事なものを懸けているため、信用が前提となる取引が殆どで、それはこの町にも当たり前になっていた。
だがシンヤは今まで何度も不条理な目にあっていたため、紙による契約書と同じものを端末上にも写し、アナログとデジタル両面で契約書を残していた。拠点の職員が渋々立ち合いの下、一応は正式に認可された物だった。
「それに大幅に修理が遅れた場合を除いては契約時に提示した料金に変更ないこともしっかり――」
「おっと手が滑ったアァァ!」
グレイシャに見せるために出した契約書と端末が、おおげさによろめいた使用者の手で飛ばされてしまった。そのままの勢いでぶつかってきたためシンヤもバランスを崩して床に座り込む形に倒れる。
飛ばされた契約書や端末の近くにいた他の使用者も、つまづいただ何だと言いながら足で契約書を踏みつけてすり潰すように足を動かし、端末を勢いよく踏みつけて画面を割っていく。
驚きの顔をするシンヤを見てか、周囲ではゲラゲラと下卑た笑いの大合唱が始まる。
「あれぇー? 契約書ってどこにあるのかなぁー?」
「あと汚い端末があるけど、これってアンタのじゃなぁいー?」
仮にも正式に拠点で認可を受けた契約書を破損させることは重大な契約違反になり、そのペナルティも大きい。だがそんなの知ったことかと、周りはただただシンヤを笑い飛ばす。中立の立場であり契約違反を咎めなければならないはずの職員も、その様子に見て見ぬふりを決め込んでいた。
「何の騒ぎですか」
冷淡で重い女性の声とともにヒールの音が響く。人の波が分かたれたところからは、灰色の髪を後ろでまとめた女性が眼鏡を直す。他の職員の来ている制服よりも若干装飾の施された制服を着た、この拠点で二番目に力を持つ【副長】の役割を担うイレーネだった。
何の騒ぎかと聞いてはいるが、顛末を知らないわけがない。使用者達はニヤニヤとシンヤを見ながらどういったことを言うのかを待っていた。
「あ……あの、イレーネ副長。僕がグレイシャさんと交わした修理依頼の契約書が……その、破られてしま」
「ああああん!? 誰が破ったってこのクソガキ! こんな所に大事な契約書を落とすのがいけねぇんだろがよ!」
契約書を踏みつけて破った使用者がシンヤの言葉を大声で遮り、それに便乗して他の使用者もそうだそうだとまくし立てている。勿論それが嘘であることは全員分かっているが、強引にそれを捻じ曲げようとしていた。
「そうだ! 契約書も端末もこんな人が多い時に落として、気づくわけねェだろ!」
「端末まで床にって……スカートの中でも盗撮するつもりだったんじゃないの?」
「うわぁ気持ち悪い……そんなのが拠点に来るの? ありえないんだけど」
ありもしないことを次々と並べ立てられ、シンヤには更に焦りの表情が出る。その表情の変化を使用者達は楽しみ、職員は怪訝な顔でシンヤをにらみつけた。
「……確かに、仮にも拠点内で正式に認められた契約書が「意図的に」破られてしまったものであるなら、重大な違反行為となり、ペナルティが発生します」
片手で抱えていた大きめの端末を持ち直して、再び眼鏡を直したイレーネがシンヤに冷たい目線を刺す。
「ですが今回のように、当事者自身が原因による過失であれば例外となります」
「……え?」
「シンヤ・マサキさん。あなたはこの使用者が多い時間帯に「わざわざ」訪れ、紙の契約書を「ご自身のミス」で落とし、他の方が「誤って」踏みつけて破れてしまった。この契約書はあなたの不手際による破損となり、無効となります」
淡々と結果を言うイレーネにシンヤが今一度反論する。
「か、紙の契約書は破損してしまいましたが、端末を修理すれば端末に保存している契約書の写しは見られ……」
「デジタル上にのみ存在する物は知識のある方であれば不正をすることは可能です。それを防ぐために拠点に貼られている依頼書は紙に印刷されていることは貴方もご存じのはずです。それとも、高位技師の方は超歪兵器にかまいすぎて使用者の依頼の手続きをお忘れになったのでしょうか?」
一度掲示板を見たイレーネが再びシンヤを見る。その目は蔑みを帯び、僅かに口に笑みが浮かんでいる。微笑ではない、嘲笑のそれだった。
イレーネの発言と同時に、再び拠点全体に笑い声が響く。
「ホラさっさと帰れよ! このきったねぇ端末を持って帰ってな!」
蹴られた端末が座り込んだシンヤの膝に当たり、小さな痛みを感じた。紙の契約書は細かく破られ、もう持っていても意味がない。いまだに続く自身への激しい嘲笑を受けながら、力なく立ち上がってイレーネらに背を向けた。
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