白イ軍鶏
総合評価100ptになりました。
ブックマーク、イイね、評価頂いた方々、ありがとうございます。
何より本作を読んで頂いた方々に、重ねて御礼申し上げます。
「? 何笑ってんだアイツ」
シンヤともアム、ヒューイとも離れた場所にケイザンはいた。
煙草を吸うのに灯した火が、今の時代に見ることのなくなった蛍のように、暗い夜闇の中で仄かだが確かに居場所を示している。
微かに聞こえた笑い声のした方を一瞥してから、今度は反対方向にいる双子の方を見やる。自分達だけで異常個体を倒したことに喜び、目を離した隙に助手席に数本だけ積んであった酒を呷り、そのまま眠りについてしまった。此方は此方で耳障りな鼾が聞こえる。ヒューイもあの耳でよく隣で寝られたものだ。
コッチはまだやることがあんのに気楽なこったな。
心で皮肉るが気持ちは分かる。自分も少なからず昂ぶっているからか眠れやしない。寝られるなら寝かせておいてやろう。別の日に帳尻を合わせればそれで済む。
そう思いながら手にした端末を操作し耳に当てる。聞こえてくるコール音が二回目を鳴り終えるより先に相手に繋がった。
「何だいケイザン。また何かやらかしたのかい?」
嗄れていて芯のある老女の声が鼓膜に響く。いつものこだとケイザンも強気に返す。
「ふざけんなよババァ。とんでもねぇもんよこしやがって」
「今更何吐いてんのさ。アンタなら問題なさそうだからあの坊やを預けたんだろうが」
初手から毒づいてきた相手に対し、スタンドは大きく一息吹いてから返す。目の前に自分が吐き出した煙が勢いよく散っていく。
「ああ、アイツも大概だがそっちじゃねぇよ」
「じゃあ何かい? 依頼にでもケチつけんのかい? 菓子ねだる餓鬼みたいに散々欲しがってたのはアンタじゃないか」
「【ケダモノ共】が出た」
唐突に出る異常個体の名に一瞬の沈黙が生まれる。見えてはいないがケイザンにもスタンドの空気が変わったのが伝わる。
「……それで?」
「タイプは狼。結構離れていたが向こうが先に察知しやがった。今日は仕舞いだって頃に来やがったからダルくてしょうがねぇ」
成程、確かにとんでもないことだ。また大きく煙を吹いたスタンドから舌打ちが出る。
「具体的な場所を教えな。明日の朝一で討伐依頼を出す」
書く物でも取り出そうとしているのか、端末の向こうで引き出しを荒々しく開ける音がする。
「いや。もう始末した。かなり大変だったがな」
ケイザンがそう返すと引き出しのSEがピタリと止まる。
「……何だって?」
再び出てきた沈黙の後には、微塵も隠す気のない疑惑を乗せた声が聞こえる。
「オイ、今「そんなバカな?」って思ったろ」
察した自分の発言に対して鼻で笑って返答され、今度はケイザンから舌打ちが聞こえた。
「まあでもそりゃそうだろうな。上位以下の使用者だけで異常個体倒したなんざ、俺も当事者じゃなけりゃまず信じやしねぇよ」
「アンタらに依頼振ったのは足があるからってのもあったからねぇ。逃げたと思うのが普通だろうよ。その様子だと誰も死んでないね?」
「ああ、上手く行き過ぎてご都合主義なドラマ観てる気分だ」
「それでデカい釣りが来るなら幾らでも観てりゃいいじゃないか。何にせよ無事であるに越したことはないね。仮にもアタシの拠点にいるんだ、心配させんじゃないよ」
「本当心配してんのかよ?」
その言葉に快活な笑い声が返ってくる。バアさんらしい。
ケイザンも丁度良いと一服し、笑いが落ち着いてきた頃に話を続けた。
「でも色々と条件が違ってたからな。三人だったら全滅だった」
「坊やかい?」
今度はケイザンが大きく一息。スタンドには肯定と取れた。
「まあな。赤点ギリギリの及第点だ」
「で? どうだったんだい」
「戦闘のセンスは良い。他の下位と比べても明らかだ。何より魔遠操作の精度がエゲつねぇ。初めて見たぞあんなの」
「ほう、魔遠操作が使えたのかい。まあ小手先が器用な気はしてたけどね」
「んで悪い所だが、コイツぁたんまりある」
少し重くなったトーンにスタンドが眉を動かす。
「まず手前勝手に動きすぎる。こっちのことはお構いなしだ。連携なんて取れたもんじゃねぇ」
「やっぱりねぇ。でも何とかしたんだろう?」
「俺らなら野良がある程度勝手に動いても対応できるからな。他の奴らだったらメチャクチャだぞ」
「だからアンタらに預けたんだよ。そんな気がしてたからね」
余裕のある返事をされてケイザンが半ば呆れる。老獪の読みは正しかった。
「あとは動きにムラがありすぎる。攻撃したと思ったら急に止まったり笑い出したりしやがる。警戒心っつうか危機感がまるでねぇ」
今の所審査官の評価は辛口だったが結果としては合格ラインに達してはいる。理由は一つしかない。
「それでも及第点ってのは、【ケダモノ共】を倒せたからかい?」
「そういうこった。ハナっから連携を考えずにアイツに好き勝手動いてもらうのが一番良いって切り替えた。双子にはちゃんと伝えはしなかったがな」
言われなくてもフォローはしてくれると思っていたし、実際してくれた。言葉が無くても意図は伝わる。付き合いが長いというのはそれだけで利点になる。
「んで次が赤点近くまで減点した一番の理由なんだが……」
ケイザンがまた大きく吸い、灯を強くする。吸い続けて長くなった灰を地面に落としたがここは荒地だ、落とした所で誰も咎めない。
煙に溜息を紛れさせたあと、ケイザンが言う。
「アイツは自分の命を省みない」
「…………」
「何度も狙われようが攻撃されようが、避けもしなけりゃ防ぎもしねぇ。毎回二人がカバーしてたからな」
特にアムがカバーしていたのだろうとスタンドが想像する。あのバカは結構おせっかいだ。
「仕舞いにゃ【ケダモノ共】に対して笑いながら「殺してくれ」って煽りやがる。かと思ったら大笑いしながら手持ちの武器でメッタ刺しだ。何考えてんのか分かりゃしねぇ」
まあそれもあって勝てたんだがな、と煙に乗せて付け足した。
髪留めを外し、髪の毛に入り込んだ砂を払うようにアシンメトリーの前髪を何度か撫でている間、スタンドは言葉を止める。
朝のことを思い出す。高々と笑っていたシンヤをヘドウィグで殴ろうとした際に呟いた言葉を。そしてその声と表情は、直面していた出来事に反してとても穏やかだったことを。
介錯人からの忠告とも取れる一文から三人と合流させ、その三人の対応も悪くなかった。だが現実は自分の予想を超えていた。
実時間にしては数瞬。嗄れた声が重さを纏う。
「……こりゃあ思った以上に深いね」
「やることなすことひん曲がってて色んなモンがブッ飛んでやがる。バアさん。何なんだアイツは」
黒狼との戦闘の途中から、ケイザンはシンヤを「ヒヨコ」と呼ばなくなっていた。シンヤの歪曲した異常性が特に強く出た時、ケイザン自身こう思っていた。
あれはヒヨコなんて可愛いものではない、軍鶏だ。
気紛れに戯れ気紛れに暴れ回る。下手に言うことを聞かせようとすればこちらが傷を負う。それ故にやりたいようにやらせた。縛り付ければこちらが危ない、と。
無論、上位使用者の視点でシンヤの戦闘能力から評価を改めたというのも理由の一つだった。
中性的な顔立ちと白髪も相まって神秘性すら感じさせる容姿だが、その実はとても黒く粘度を帯び濁りきっている。
イカれた奴等は多く見てきたが、それとは大きく性質が異なる。今まで見たどのタイプにも当てはまらないシンヤの存在をケイザンはまだ掴み損ねており、それはスタンドも同じだった。
頭一つ抜きんでている齢と人生経験から、かなり朧気ではあるが輪郭は見え始めている。だがそれを今すぐ明確な言葉として出すには難しい。
少なくとも分かるのは、ああなったのはシンヤ自身が理由ではない。外部を起因とした物ということだった。
長い沈黙が続く。言葉を待っているケイザンに、歴戦の女傑は半ば自身の語彙力を恨みながら一言告げた。
「ブッ飛んでんじゃない。ブッ飛んじまったのさ。色々なモンがね」
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