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壊レタ技師ト壊シタ使用者  作者: 塵無
壊レてかラ 01 スタンド町
38/42

月明かリノ下で嗤ウ

最新話投稿が前話から一か月以内にできて安心してます。

地の文が多いです。


今話から作品の専門用語には毎回ルビをつけていきます。

異常個体の呼び名を出す際は【】をつけていきます。


【修正】

サブタイトル変更

ルビ振り


 黒狼が声を発していたらこれほどの物だっただろう。そう思わせるほどの轟音が黒狼の顔から放たれ、黒霧(ミスト)と爆発の煙が入り混じったものがその周囲に漂う。【重病者(ナイトロ)】が現れる前兆のそれとは異なり、少しずつ大気の中に散っていく。


 吠えた体勢から動かなくなった黒狼の様子を見る三人と、同じく音なき咆哮の後から何故か黒狼とヒューイを交互に見るシンヤ。


 爆音の余韻が鼓膜から徐々に消えていく頃、爆発を受けた黒狼の体が傾き、地面に倒れる。今までの重い攻撃を繰り出していた体が地に身を委ねる音はとても軽かった。


 倒れた際に拭い取られた煙の中からは、元あった物が左半分ほど吹き飛んだ黒狼の顔が見え、四人がそれを確認するのを待っていたかのように残っていた体が弾け、黒霧が吹き出る。


 また僅かの間視界を遮る黒霧が散ると、そこにはもう黒狼の姿はなく、代わりに黒い円錐が落ちていた。


 通常の黒霧産物(ミスティーク)が落とす黒い球体より二回り大きく少しカーブを描いているそれは、異常個体【ケダモノ共(バイスト)】を倒した証。荒々しい獣の仮初の命が潰えた後に残る、美しき黒い牙。


「…倒した、のか?」


「俺たちが……異常個体を……?」


 黒狼が消えたこと、そしてその場に残った黒い牙が何なのかを、時間をかけて頭の中で長いこと咀嚼(そしゃく)していたアムとヒューイが口を開く。


 本来異常個体の討伐にあたっては、構成される人員の階級によって条件が設けられる。


 条件は中位(フォース)下位(フィフス)使用者(プレイヤー)がいる場合は高位(セカンド)以上の使用者が必ず最低一人はいなければならない。理由は至極単純、実力が低い者の死亡率を少しでも下げるため、それをカバーできる者を入れる必要がある。


 過去に別の依頼を受注した上位(サード)から下位で構成された使用者達が、偶発的に遭遇した異常個体によって全滅したという例は少なくない。


 上位以下の使用者のみで構成された人員での異常個体討伐は、少なくとも拠点(ホーム)側が公式で記録してある情報としては前例のない物となる。


「ッッッッッシャアアアアアアアアアアッ! オレらで! オレらだけで! 異常個体を倒したんだ!! なあヒューイ!」


(いた)ッ! うるさいぞアム!でも……そうだ、そうだな! 夢にも思わなかった! でも倒したんだ、倒したんだよ!」


 二人とも想定外の異常個体との遭遇と、度重なる黒狼の攻撃を防いだことで疲労困憊だったが、今は倒したことの喜びの方が大きい。


 遅れてきた歓喜に打ち震える双子とは対照的に、ケイザンがやれやれといった表情で煙草を咥える。


「正直マズいと思ったんだが、何とかなるもん……」


 話し終える前にケイザンの膝の力が抜け、スーツを土で汚す。


「オイ大丈夫かよ」


「あぁクッソ。やっぱ三本まとめてだと魔力が持ってかれるな。一気に来やがった」


 肉体的、精神的な物に加え、魔力消費の激しくなるダーツ三本まとめての投擲(とうてき)によって魔力を使いすぎての疲労。顔には出さなかったがケイザンも限界に近かった。


「倒してからってのが不幸中の幸いだな。あれで決まらなかったら俺らもどうなってたか分からねぇ」


 片膝でも辛いのか、そのまま腰を地面に預け胡坐(あぐら)をかいて煙草に火をつける。喜びを一頻り出して落ち着いたヒューイが問いかけた。


「【ケダモノ共】に関しては拠点長(ホーマー)に連絡するのか?」


「ああ、伝えることがセットメニューみてぇにたくさんある」


 煙を(くゆ)らせながら視線の先をシンヤに定める。当の本人といえば、文字通り得体の知れない物を初めて見る犬のように、屈んで黒い牙を凝視していた。時折それを手に取っては角度を変えてまじまじと見つめる。


「気になることもあるしな。おい、丁度いい、それ持ってきてくれ」


「え? いいよ!」


 シンヤが白い髪を跳ねさせて黒い牙を持って近づいて来た時、ヒューイが思いついた表情を見せる。


「気になることと言えば……ケイザン、ちょっといいか?」


「ん?」


「さっきの【ケダモノ共】なんだけど――」




 ◇◇◇




 黒霧が蔓延する地上を照らすには心許ないが、日が落ちた空を憂えるように()る月と星は見る側からすればとても明るい。


 スタンド(タウン)とモーリー(ヴィル)との間、何もない荒地に黒い車が一台止まっていた。持ち主のこだわりか丁寧に磨かれている車は、淡い月光(つきびかり)が車体に反射し夜の黒霧の中にありながら存在が把握できる。


 今日はもう終わりにしようとした矢先に遭遇した黒狼との戦いで思った以上に疲弊した四人は、そこからほど近い場所で夜を過ごすことにした。


 居住地(ベース)の外で夜を明かすことは本来危険とされ推奨されない。黒霧と黒霧産物の存在に夜が味方し視認し辛くなり、使用者でない者は勿論、使用者も戦闘に支障を(きた)すためだ。


 しかし今シンヤ達がこなしている依頼のように、広範囲に渡るものや長距離での遠征を行う場合は、使用者によっては野営をすることも少なくない。そういう時は決まって交代で見張りを立て、夜の敵に備える。


 拠点から移動しながら軽く打ち合わせてはいたが、今回は元々野営をする前提であるためケイザンが車の荷台に前もって寝袋を数セット用意していた。


 食料に関してはある程度の日数を想定した上で用意したのに加えて、シンヤの空間圧縮器(アンビュラ)も手伝って申し分ない蓄えがあったので問題ない。


 問題がなければ翌日の夜には今回の依頼の折り返し地点であるモーリー村に到着予定となる。これ以上の想定外は起きないはずだ。起きないでもらいたいと、シンヤを除いた三人は心の隅で誰にでもなくそれを願っていた。




「♪~」


 持ってきていた簡易的な照明の下で、シンヤが緩やかな鼻歌を歌いながら黒盾のメンテナンスを行っていた。ヒューイの方は先ほど終わり、今はアムの盾、劣歪兵器(ロゥギィア)のメンテナンスをしている。触るのは初めてではあるが、技師(マイスター)としての腕前は確かなシンヤがギミックを理解するのに時間はかからなかった。


 鍛冶師(マンサー)は劣歪兵器しか扱うことは出来ないが、技師は超歪兵器(ディルギィア)と劣歪兵器両方を扱える。各部の挙動を確認しながら双子の顔が脳内で再生される。【ケダモノ共】というイレギュラーとの戦闘の影響で盾がこのまま問題なく機能するのかという不安を抱いていた表情が安堵に変わった時のなんと早かったことか。


 劣歪兵器。魔力のない、もしくは魔力量が極めて低い者が使用者として黒霧産物に立ち向かう際に用いる牙。その牙はギミック動作を魔力ではなく手動で行うため、必然的にその機構が複雑化している。


 当然その分使われる部品も多く、結果としてそれは重さという形で現れる。形状が同じなヒューイの盾と比較すると一層その違いが腕に感じられた。


「へぇー。こんなに重いんだ」


 盾の重さを実感しながら、今日のアムの戦い方を思い返す。敵の攻撃を防ぎ、勢いよく投げつけ、ギミックの刃で切り裂き、チェーンを巻き取る。それらの動作を数回、数十回と行っていた。腕や体にかかる負担もかなりのものだろう。


「オジサンも大変だなぁ。ハハッ」


 同情をするような言葉を一言だけ呟くが、小さく笑った頃にはもう別のことに考えを巡らせている。


 以前のシンヤであれば、より使いやすく、使い手のことを考え、戦い方を頭の中で反芻(はんすう)し、その上で改良を行おうとした筈だ。


 だが今のシンヤはこの世の中が自分に敵対していることを理解している。


 数多の善意は悉く握り潰され、時間と技術を注いだ末に得られた報酬は侮蔑と嘲笑。


 誤解は燻煙(くんえん)されたかのように瞬く間に膨れ上がり、努力して積み上げた物は悪意によって崩される。


 経験則から利他の行動は全て汚泥が如き結末にしかならないと分かっているのもあるが、それをわざわざ進んでやろうというつもりはない。


 加えて他者を想い慈しむような感情は、黒髪と共に()うに失っている。それどころか自らの命すら、彼にとっては路傍(ろぼう)に蹴られる石に等しい。


 現に今日の戦闘で、シンヤは一切防御という行為を取っていない。狙われている時にも全く警戒をせず、挙句黒狼に対しては自身を殺すよう(はや)し立てた。


 それでも死に拒絶され、結果黒狼も自分を殺せないと見限り、自身の持つ刃を何度も突き刺した。


「…………」


 黒盾のメンテナンスに区切りがつくと、腰に掛けてある兵器に目をやり黒狼との戦闘を思い出す。そのまま自然な流れで盾を置いてグリップを握り、刃を取り付ける。


 磁力と魔力を利用し接続と取り外しが出来るようにしているそれらは、音もなく繋がりナイフとなる。先んじてメンテナンスをしたストリオルメタリアの銀の刃は、淡い月明かりの下でも十分映える。この刃がつい先ほどまでは魔物への、黒霧産物への、黒狼への斬撃と刺突を行っていた。


 瞼を閉じ今日あったことをその裏でリプレイする。使用者として戦闘を行うのは初めてだったが、特に恐れもせず気持が(はや)りもせず、焦ることもなく斬刺(ざんし)を繰り返す。


 立場として「敵」となった相手へ。


 何度も。


 何度も。


 何度も。


 攻撃により崩れゆく魔物の体躯。動きの鈍る黒霧産物。幾多の箇所から黒霧を噴き出す黒狼――。


 丁度繰り返し刃を刺され続けた黒狼を思い返した時、心臓に、まるで布地が水を吸ったようなじわりとした感覚を覚える。


 実際に重くなっている気にすらなったが、それに反して不快には感じない。寧ろ最初からそこに居座っていたのではと思う程に馴染んでいる。


「?」


 初めて味わう感覚で胸に手を当てるが、それが何なのか答えは出てこない。


 二、三秒すると手を下ろし、その拍子に他のアタッチメントに指が触れる。思い出したかのようにそれを見つめてから数拍、笑顔の仮面を被った。


「アハハハ。そうだ、次はコレも使ってみよう。試したいことも出来たし。ウンウン、楽しみだなぁ。アハハハハハ。アハハハハハハハハ」


 壊れた蛇口から溢れ出る考えに押し出された笑い声が、夜の荒地に静かに響く。


 先のアムへの同情とは違い、今彼は素直に感じていた。






 ああ、楽しいなぁ。

月光…何となくそう読んだ方が文章に馴染むかと思い「つきびかり」とルビを付けました。

斬刺…斬ると刺すをまとめて行ったことを表す造語です。


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