刃雨と魔弾、空ノ咆哮
すみません、前回より半年近く経ってしまいました。
この間にもお読みいただいた方々、ありがとうございます。
次話はもう少しペース上げて書ければと思います。
ああ、まただ。
また殺されなかった。
まだボクは生きている。
まだボクの体は裂かれていない。
まだボクの首は喰い千切られていない。
本当に……本当にボクの望むことは叶わないなぁ。
この黒霧産物だとボクを殺すことができないんだなぁ。
だったらもういいや。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
頭の中で諦めに染まりきった答えを出したシンヤは、直立したままで空に向けて哄笑を放つ。真上を向けている双眸に映る空はとても青々としている。
「なんだアイツ? いきなり壊れやがった」
「何してやがる! 目の前に敵がいんだぞ!」
「まずい、とにかくすぐにフォローに入らないと」
この状態のシンヤを初めて見る三人が一瞬困惑し、そして焦りに変わる。黒狼がこの隙に襲い掛かると皆が思ったからだ。
だがそれに反し、黒狼は目の前で突然笑い出した存在に警戒を示している。獲物ではなく敵と判断し互いに命を取り合う筈の相手の予想外な行動に、どう動くべきか判断できかねていた。
流石は形は狼というべきか、やはり『ケダモノ共』という呼ばれ方とは程遠い。
「アハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハ!」
だがこちらの警戒を他所に、相手は空を仰いで笑うばかり。こちらのことなど見てもいない。
まるで無防備。
自分を目にも気にも留めていないようなシンヤの様子を見ている内に、ある考えが首をもたげる。
今なら狩れるのではないか。
距離も目と鼻の先。一つ跳べば優に届く。
敵だった者も、無防備となれば獲物に落ちる。
頭の隅に出でるその囁きは瞬きの内に四肢に伝わり、漆黒の体躯が僅かに重心を落とす。
未だに自分を見ることなく笑い続けるシンヤを今一度確認すると前足に力を入れる。そのせいか先の攻撃によって体から漏れる黒霧の出が僅かに強まった。
「ハハハハハハハハハ」
シンヤから大きな笑い声が急に止まったと思うと、仮面が如き笑みをそのままに、まるで物が落ちるかのように上へ向けていた顔をカクンと正面に向けた。
それから自然に、ごく自然に腕を前に出し、黒狼に対しナイフを射った。
意識を狩りへと移行していた黒狼は突然の攻撃に対応できず、今まさに地を蹴ろうとしていた足にその刃を受ける。
鬱陶しいと振り払おうとしたが、それより先に足からはナイフが消える。振り払われるより前にシンヤがグリップに戻していた。
そして再びナイフを射出する。ナイフを振り払う動作から体勢を整えていない黒狼に再び刺さる。
三度目の射出をすると、二刃をグリップに戻して攻撃を止めた。
数度の攻撃を受けて鋭い視線で睨め付けてくる黒狼など気にも留めず、シンヤは自分の両手の武器をまじまじと見つめる。
「……クフフフ、ウンウン。ウンウンウンウン」
独り言つシンヤに対し、再び彼の視野から外された黒狼が今度こそはと飛び掛かろうと足を屈めるが、またもや後ろから小さな爆発が起こる。
「……ったく、笑ったり攻撃したり何なんだアイツは」
アシンメトリーの前髪を既に留め直していたケイザンが魔物に使っていた一本で使えるダーツを投げていた。
黒狼が自分を見ているのを確認し、右手をシザーケースに持っていく。思った通り敵視がこちらに向いた。シンヤとケイザン、黒狼は今自分に明らかな敵意を向けている優男へと標的を変えた。
すぐさま跳びかかりその牙を突き立てんとしたが、視界の中に突如黒円が現れる。ケイザンの攻撃を見たアムとヒューイが、即座に彼と黒狼の間に入り攻撃を防ぐ。激しい衝撃と音が響くが、誰も傷ついていない。
「ナイスだ二人とも」
「何か言いやがれ、このクソヤロウが」
「で? どうするこれから?」
重い衝撃を耐えた二人が前を向いたまま後ろの仲間に尋ねる。
後ろにいたケイザンも二人を見ず、敵である黒狼を捉え言葉を選ぶ。
互いを見ることなくやり取りをし、ケイザンが戦い方を考えて共有した上で実行に移す。それがいつもの流れではあるが、今回は少しばかりいつもと違っていた。
「そうだな……」
言い澱んだかと思うと、今目の前に敵がいる状況でおもむろに煙草を取り出し火をつけた。
「取り敢えず二人で敵視稼げるか?」
と、一先ずの対応を伝える。
「オイ! こんな時に吸ってんじゃねぇよ!」
正論を声を大きくして言うアムに対し、ヒューイは違う言葉を口に出す。
「彼のことが気になるのかい?」
「……まあな」
考え事ができた時に煙草を吸う習慣を理解していたヒューイがそう尋ねると、煙と共に肯定の意が返ってくる。
認めていることは確かだが、そこにはどうにも濁りが見えた。
(それだけじゃねぇんだけどな)
ケイザンが懸念していることは、正確には二つ。シンヤと黒狼のことだった。
今までの様子を見るにシンヤは決して弱くない。弱くはないが、どうにもムラがある。能力はともかく、奇行としか言いようのない言動を敵の前でも平然と取れる者を戦力として考え戦いに組み込むには不確定要素過ぎた。
だが気まぐれのように出していた攻撃は決して無駄ではなく、黒狼に対して有効なものだった。
シンヤに関しては再び武器を構えてくれるのを願った上で、三人での戦い方を考えれば良い。本来であればそれで問題なかった。
だがそこに出て来る二つ目の懸念が、目の前にいるこの黒狼の黒霧産物である。
一般的な黒霧産物は人の存在を認識した場合、それを殺害するために近づいて来る。それは異常個体であっても例に漏れない。
今回の異常個体……ケダモノ共は狼を模したが故に嗅覚でこちらの存在を認識したのか、いずれにしろこちらより先に存在を認識したことになる。それに関しては前例が決してない訳ではない。
そして黒霧産物が複数人と相対した場合においては、単純に最も攻撃を当てた者や目立った者、つまり敵視を稼いだ者に優先して襲い掛かる。
過去に他の使用者らと組んで異常個体と相対した時があったが、その時もアムとヒューイを含んだ盾役が敵視を稼ぎ、多方向から攻撃をしかけるという方法を取っていた。
だが今回の異常個体はそうではなかった。
まだ決して深刻なダメージを与えた訳でもなく、時折割り込んで好き勝手に攻撃をしていたシンヤの殺害を最優先とし、目の前にいるアムとヒューイを差し置いて後衛である自分にも狙いをつける。
黒霧産物はただただ無機質に、無感情に、何かの命令に従うかのように目の前の敵を殺害する。
それに対しこのケダモノ共は目の前にいる人を襲わず、誰を優先して倒すべきかを判断している。狼という知能のある獣を模したとはいえ、今までのそれとかけ離れている。
ケダモノ共が模せるのはその獣の能力や性質だけの筈だ。
もしかして、もしかしてだが――。
考えれば考える程に、懸念という存在が深く濃い疑惑へと姿を変えていく。
そしてそれがもし事実だとするならば、二人に敵視を稼いでもらい、自身が死角から攻撃するという従来の方法も取れない。
二人の後ろから攻撃を入れるしかないが、予想通りなら有効打を与えることは困難を極める。
どうしたものかと半ば呑気に黒狼を見据えながら考えていると、その黒い顔貌が突然横を向いた。
釣られるように目をやった先にいたのは、グリップを黒狼に向けていたシンヤだった。白銀の刃はまたもや黒狼の体から生えている。
四度。
もう片方の手にあるグリップのトリガーを引きナイフを射る。
五度。
またもう片方。
六度。
また、また、また、また。
七度。八度。九度。十度。
射る。刺す。戻す。射る。刺す。戻す。
射る刺す戻す射る刺す戻す射る刺す戻す射る刺す戻す射る刺す戻す。
ただただそれを繰り返す。先ほどとは違い今度はそれを止めようとはしない。
次から次へと刃が刺さるが、黒狼がその存在を目に入れようとする頃には、既にそこには自分の体しかない。
何もなくなった箇所に目を向けていると、また別の所に刺さる。刃が刺さり抜けた箇所それぞれからは、少量ながら確実に黒霧が漏れ出していく。
「アハハハハハ! アハハハハハハハハハハ!」
銃のように数多く、弾丸よりも鋭く深い。幾重にも自身に降るように突き刺さる刃の雨を、黒狼は目の前を飛び回る羽虫を落とさんと四肢を振るう。だがそれもただ空を切り、その羽虫は己が身を裂き貫く。
「ウンウンイイねイイね! もっと! もっと速くできるかな? アハ! アハハハハ!」
文字通り狂ったように笑いながら延々と刃を撃ち続けるシンヤを見て一瞬呆気に取られていたケイザンだが、すぐさま考えを絞り出す。
「お前ら、アイツから少し近い所でケダモノ共に接近して敵視取れ。俺は反対側から隙を見て投げる」
「オイ待て、オレら二人ともかよ?」
「大丈夫なのかケイザン。もしケダモノ共がそっちに行ったら……」
「ああ。俺の読みが正しけりゃ、ケダモノ共はアイツを最優先する筈だ。それをお前らで護ってやれ」
再度髪留めを外し眼帯を手にすると、シンヤのいる黒狼の右側と逆方向、黒狼の左側へと動き出す。
ケイザンが一歩動き出した時、黒狼がシンヤから少し後ろに飛び退いた。今度はナイフが空を切り、地面に刺さる。
「あれ?」
ナイフを戻し、下がった黒狼とナイフを数度交互に見る。
「うーん……アハ!」
何かを閃いたのが顔に出ると、またナイフを飛ばす。
距離を取り対応が追い付くようになった黒狼が、それを見て横へと避けた。
「!」
その後の様子を見てケイザンがピクリと眉を動かす。躱された筈のナイフが突如軌道を変え、黒狼の腹に突き刺さった。
予想外の出来事に足が止まった黒狼に、もう一本ナイフが刺さり、二本とも最短距離でシンヤに戻っていった。
「……魔遠操作か?」
「マジか! 何だよアイツ、そんな隠し球もってやがったのか」
「しかも機動性がすごく高い。魔遠操作自体珍しいのに初めて見た」
驚きを見せる三人を他所に放たれるナイフの連続射出。少し速度は落ちるものの、魔遠操作を加えられ軌道を変えられるようになった刃は飛び回っているようにすら見える。
そして飛び回る白銀は容赦なく、黒狼の体に突き刺さり、役目を終えたかのようにすぐに戻っていく。
距離を置いても止むどころか余計に読みづらい攻撃を受け、黒から作られたその獣の顔をシンヤに向ける。改めて真っ先に殺すべきはこいつだと、黒霧産物の性質と獣の本能がないまぜになったような殺意を、牙と同じように剥き出した。
「! ガード!」
一足先に察知したケイザンが二人に指示を出す。返事の代わりに二人はシンヤと黒狼の間に素早く入り体と足に力を入れる。その直後に盾に伝わる何度目かになる衝撃。
相変わらず重くはあるが最初と比べると明らかに軽い。漏れ出ている黒霧の量も多く黒円の形にしている二人の盾の間からも入り込んでくる。
割って入ってきた二人と盾で黒狼の姿がごく一部しか見えなくなったが、それでも構うことなくナイフを自分の真横に撃った。軌道はやはり魔遠操作により大きく曲がり、尚も黒狼に刺さる。
刺さる。刺さる。刺さる。
何度攻撃しても黒い塊で塞がれ自身の攻撃は当たらず、小さな矢による爆発を受け、近づいても退いても刃は絶えずいつまでも突き刺さり、それを射る白頭はこの場に似合わぬ奇怪な笑いを続けている。
上位以下の使用者は基本複数人で戦うのがセオリーではあるが、この状況は、黒狼にとっては異常……理不尽としか言いようのない物だった。
攻撃を阻まれ、回避しても追い続ける敵の武器。自らの体に刻まれた無数の傷と、そこから空に舞い散っていく黒霧。
理不尽に抗ってもまた理不尽を突き付けられる。その現状を体験している黒狼の中に、何かが渦巻くような感覚が生まれていた。
それは攻撃を防がれる度、攻撃を受ける度に大きくなり、次第に自分の中に満たしきったそれを放つかのように、黒狼は動いた。
「あ?」
「あれは……」
四肢を力強く踏ん張り、顔を天に向けて口を開く。
遠吠えだ。
黒霧産物は声を発しないため正しくはその体勢を取ったに過ぎなかったが、間違いなく姿は狼の遠吠えそのものだった。
内を満たしたのは怒りか悲しみか、それを知るのは黒狼自身のみ。内包した物を解き放つ黒霧産物の声なき咆哮は、そこにいる者達の目を惹きつける。
「下がれお前ら」
そしてそれは、魔弾の射手にとって絶好の的だった。
まるで元居た場所に戻るかのように、小さな黒い矢が三本。天へと無音で吠える黒狼の左目にあたる部分に突き刺さった。
眼帯越しに見つめながら一度に三本まとめて投げたダーツが射た的は、20のトリプル。
「180」
ケイザンがカウントアップ1スローでの最高得点を口にすると、空の咆哮を放つ黒狼の顔が爆発した。
過去話で本来黒霧産物は顔のパーツが見えないと書いていましたが、今回目や口などについて記載していました。
分かりやすくはありますが後々修正した方がいいかとも考えています。
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