狙ワレる喜ビ
申し訳ありません、すぐ続きを書こうと思いながら気が付けば三か月経っていました
そんな中にも読んでいただいた方、ブックマークや評価をつけていただいた方、
御礼申し上げます
今後も書き続けようと思っていますので、引き続き宜しくお願いいたします
「っしゃあ! いいぞヒューイ! 異常個体にオレらが通用してるぞ!」
「ああ。正直順調すぎて逆に不安だけどね」
「多分これだけ上手くいってる理由は……ヒヨコちゃんだな」
「なにィ!? あのガキがかよ?」
「俺らに合わせる気ゼロだが、アイツがしかけることで上手くケダモノ共をかき乱してる」
ケイザンの言葉の証明なのか、立ち上がってからの黒狼が主に見据えているのはシンヤになっている。
「オラ犬ッコロ! こっち来やがれってんだ!」
アムがシールドを何度も叩いて煽るが黒狼の視線の先は変わらず、そのまま体勢を低くとる。
今までの戦い方を見るにそのままシンヤに飛び掛かるのだろう。だが何かおかしい。眼帯のレンズ越しに映る黒狼に、かすかな違和感を覚える。しかし答えが出てこない。
「この……チックショウがッ!!」
アムが再びシールドを両手に持ち投げつけようとした所で、ケイザンが違和感の正体に気づく。
「! 待てアム、まだ投げんじゃねぇ!」
完全にシールドを投げる姿勢を取った所で、黒狼が即座に向きを変えて三人に向かって飛び掛かる。これだ。違和感の正体はこれだった。
飛び掛かる前の挙動をしておきながら自分たちの方を意識しているような感じがしていた。
誘っていたのだ。アムがシールドを投げるように。さらに言えばこちら側の防御力が半減するように。
知能の高い狼を模した姿の黒霧は、その知性をもって敵である四人の戦い方を少しずつ学び、この短い時間で隙を作らせるに至った。シンヤを注視しているのも間違いではないが、ケイザンらへの警戒を解いた訳ではなかった。
「チッ!」
こちらの防御が崩れることを悟って、ケイザンがその前にと三本目のダーツを投げようとする。
だが黒狼の足は予想を上回り、止む無く攻撃を仕掛けたアムのシールドを躱し、ヒューイのシールドに体当たりする。
「ぐわぁっ!」
衝撃を一人で受けたヒューイの体は後ろに下がり、ダーツを投げる直前のケイザンにぶつかってしまう。
「だっ! クソッ……!」
体勢を崩したまま強引に投げたダーツは、射手の思いとは全く違う場所に刺さる。黒狼の左足の付け根に三本目が生える。
「チィッ、15だ! アム! ヒューイ! 急いで防御だ!」
上手く刺さらなかったことに苛立ちを覚えたが、条件は揃った。黒狼に刺さったダーツの三本ともが、羽根の部分であるフライトが赤く点滅しだす。
「彼は大丈夫か!?」
「ああ、この距離だったらヒヨコには届かねぇ! それよりも俺らが近い、しっかり防御しろよ!」
そしてフライトの点滅が五回目を迎えた時、三本のダーツが爆発を起こす。
自身の左半身に集中して起きた熱と衝撃は大きく、己が四肢では支えきれず小さく吹き飛び、その右っ面を地面に叩きつけた。
その様子を見るからに明らかに小さいとは言えないダメージが入ったことが分かるが、遠くない距離にいた三人もシールドを介してその衝撃を受けることとなった。
「グッ! やっぱ近ぇとこっちにまで衝撃がきやがる」
「でも満点じゃないんだっけ?」
「! ああ、『135』だ。でも今回に関しちゃそれでよかったかもしれねぇ」
もっと得点を出していたら爆発の威力はもっと大きい。近距離で爆発した今回に関しては望んだ箇所に刺さらなかったことが幸いした。
「アハハハハハ! 矢が爆発したよ、オニイサンのってこういう風にできてたんだねぇ! 綺麗に吹っ飛んだよ! アハハハハハハハハ!」
ケイザンの超歪兵器は眼帯に紐づけた敵にダーツを投げ、それがレンズに映されている的に描かれている得点のどの箇所に当たったかで威力が変わる。
集中力がいるためその間は一切動かず、敵と的が重なるように見えている状態でダーツを当てる必要がある。
通常のダーツゲームと同様に三本で「1スロー」とし、形式はカウントアップ。三本投げた時点での得点が高ければ高いほど威力が高く、最高得点は20のトリプルが三本の180。
普段は自分や味方を巻き込まないようにある程度の距離を取る必要があるが、今回最高得点を取らなかったことが功を奏した。
決して無視できないほどのダメージを受けた黒狼からは、矢が刺さった箇所を中心として黒霧がいくつか噴き出し、立ち上がるまでの動作も少しばかりゆっくりに見えた。
だが手負いの獣は油断ならない。姿が狼ならこの黒霧産物もここからさらに警戒が必要になるだろう。
黒狼は顔から噴き上がる黒霧を意に介さず、その場に立って静かに身構える。ダメージを受けて自らの体から霧散していく黒霧を見てか、先ほどまでの勢いを止め静かに相手を見やる。
今の黒狼には目の前にいる四人は獲物ではない。敵だ。敵である以上、その感覚をより鋭敏に研ぎ澄ませ、誰を真っ先に仕留めるのかを判断する必要がある。
自らの中で対峙する者たちの価値を改め見定めようとするその様は「ケダモノ共」という呼び方とは無縁に近しい。
「ん? なんだコイツ? 急に静かになりやがった」
丸頭の盾持ち……違う。
「さっきみたいなこともある、警戒は解かずにいこう」
亜人の盾持ち……違う。
「吸える時間ができるのはありがてぇが……何かまずい予感がするな」
黒髪の眼帯……こいつは危ない、早めに始末した方がいい。
そして――。
「あれぇ? 動かないねぇ。どうしたんだろう?」
白頭……こいつだ。真っ先に仕留めるべきなのは、こいつだ。
三人と連携を取っている訳でもなく好き勝手に動いているが、自分が攻撃を行おうとした所でいつも横から斬りかかってくる。攻撃のタイミングを何度も潰され、とうとうまともにダメージを受けてしまった。
今の自分にとって、所々で笑いながら自分のペースを崩してくる白頭の存在が一番厄介だ。
仕留める敵を見定めてからの黒狼は、早かった。
その黒い目でシンヤをしばらく見つめたかと思いきや、一瞬体勢を低くしてから視線の先に低く、速く跳んだ。手負いとはいえその足は軽やかに地を蹴る。
シンヤに標的を定めたとわかり、ケイザンが苦虫を嚙み潰す。
「! マジか、狙い撃ちしてきやがった」
「まずい、敵視が間に合わない」
「避けろガキィッ!」
「ん?」
焦燥を大なり小なり表情に表している三人がシンヤを見やる。だが当の本人はまるで無関心な、それこそ他人事のように受け取っていた。
自分を呼ぶ三人から黒狼に視線を移し、それが今自分を仕留めようと迫ってきているのが分かると、シンヤの口角はきゅるりと上がる。
「アハッ! ボクを殺そうとしてるの? アハハハハハ! キミがボクを殺してくれるんだね! いいよ! キミならいいよ! ほら! おいでおいで! キミが欲しがってるものはここだよ!」
口だけ笑みを作り見開いている目を黒狼に向け、まるで飼っている犬を呼ぶかのように手を叩いて招く。ナイフを手に持ってはいるがそれを今使う様子はない。
それを見て喜びの感情を目にも表したシンヤを対照に、三人は焦燥の念を強める。
「早く、防ぐか避けるんだ!」
「笑ってる場合じゃねぇだろ! 早く動け!」
「チッ、アイツ何言ってやがんだ」
シンヤの不可解な発言を気にしながらケイザンが急いで眼帯を外し、単発用のダーツが入っているシザーケースに手を入れる。僅かの足止め程度であれば一本どこかしらに当たれば良い。
「痛ッ!」
だが掴んだ指に一瞬鈍い痛みを生じ、ダーツを地面に落としてしまう。先ほどの1スロー時の爆発を防ぐ際、衝撃でヒューイが後ろに下がった拍子に背中と当たり突き指をしていた。
「クソ、こんな時に……!」
ケイザンがダーツを落とし苦い顔をしているのを横目に見て、シンヤは小さく震える。恐怖ではなく、望んだとおり自分が殺される状況に近づいたことによる喜びによるものだ。
やっと、やっとだ! やっと殺されるんだ! 目の前の黒霧産物に、ボクは殺されるんだ!
その鋭いツメかな? それとも今開けている口から見えるキバかな? オオカミになってるからきっとキバだね! それでボクのノドを喰い千切るんだ! ウン! ウンウンウン! そうだ、そうに違いない。ボクはあのキバで喰い殺されるんだ!
早く、早くはやくハやクハヤくハヤクハヤク!キミが殺シたクテしかタなイボクはココニイルよ!
ソウ! アトスコシ! アトスコシデボクハ――
「ダァッ! チクショウめぇぇいっ!!」
ドスの効いた声が聞こえたかと思うと、シンヤに向かっていた黒狼の軌道が急激に角度を変えた。敵を見定めたせいか狭まっていた自身の視界の外から飛んできた鉄塊を、その無防備な横っ腹に重い音を立てて喰らう。
左の腹から痛みを知らせるかのように勢いよく黒霧を吹き出し、再びその身を地面に突っ伏す形となった。黒狼が倒れたのを見て即座にアムはチェーンを巻き取る。
「コラクソガキィッ! テメェ何ボーっとしてやがる! 死にてぇのかこのヤロ……!」
シールドが手元まで来たのを確認して、チェーンからシンヤへと目を移したが、そこでアムは言葉を詰まらせる。
その灰色で陰る青い目をぎょろりと見開いたまま黒狼を凝視し、口は笑顔を作ったままで白い前髪が数本口に吸いつき舌に張り付いていても取ろうとしない。
まるで目の前で大切な物を奪われたかような表情だと、アムは感じた。
実際はシンヤ自身が内包していた絶望の一端に過ぎなかったが、それをその顔に、ついか、ふとか、いずれにしろ本人の意思とかけ離れた形で吐露した感情だった。
足をガクガクとさせつつ、黒狼が土煙と黒霧を巻き上げながら立ち上がろうとしている。先ほどの爆発に加えて不意に受けた刃を出したシールドの一撃は、死から手を招かれるには十分なものだった。
このままではやられてしまう。だが敵は目の前にいる。
そう黒狼が見据えた先にいた白髪の敵は、自分を見つめたまま表情を変えていない。
そして、見開き濁った眼はそのままに、吊り上がっていた口だけを機械的に動かす。黒狼がそれを言葉なり意図なり理解できたかどうかは別として、確かにこう呟いた。
――ああ、また殺されなかったなぁ、と。
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