刹那ル喜悦
「刹那」と「切なる」をかけてます
「アハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハハ! スッゴいねぇ! 思いっきり吹き飛んじゃったよ! 人が殴られて飛ぶのボク初めて見た! クフッ、クフフフハハハハハハ!」
シンヤの白髪を大きく跳ねさせながらの笑声は拠点内に行き渡り、業務をしていた職員の足を再び止めさせる。
「アハハハハ! あー、この超歪兵器威力も速度もあって本当性能いいんだねぇ! でもそれを防いだオニイサンの? オジサンの? フフッ! まあどっちでも良いかな! シールドもすごいよねぇ! 硬いんだねぇ! アハハハハハハハハハ!」
吹き飛んだ者と吹き飛ばした者を除く全員が笑い声の中心を様々な思いで見つめているが、その中で全員が共通して「とても楽しそうに笑っている」と感じていた。
笑い声が満ちる中、静かな一言がよく通って聞こえる。
「……坊や、今ちょいと真面目な話をしてるんだ。茶々入れないでおくれよ」
背中でシンヤの笑い声を聞く形となっていたスタンドがそのままの体勢で話す。小僧と呼ばなくなっているものの、まだ怒りは収まりきっていない。
「フフフフッ! え? ウン! ウンウン! 分かるよ! 結構怒ってたから、大事なはな……フフッ! 大事な話してるっていうのも分かるよ! でもさハハハハハ、あんなに……あんなにスゴいの見ちゃったらもう……もう! アハハハハハハハハハハハハ!」
若干収まったとはいえスタンドの怒りを直接受けてもなお楽しそうにシンヤは笑い続けている。ここまで笑っているのはアイリに拒絶された直後の旧廃棄場以来かもしれない。
スタンドは掴み上げていたアムを乱暴に投げ捨てると、ゆっくりと立ち上がりシンヤに近づいた。同時にヘドウィグもその横につく。
「なぁ坊や。人が大事な話をしてる時に笑うもんじゃないって教わらなかったかい?」
「えぇ? ……クフフフフフッ。ウウン!」
「……そうかい」
アムの時と同じように、スタンドがシンヤを静かに睨む。だがシンヤは相変わらず楽しいという思いを声に出している。
「だったらちょいと教えてやるよ……」
スタンドの低い声が響くと、ヘドウィグが攻撃の体勢へと移行する。だがそれを見てもシンヤの笑顔は消えない。
「え? 殴るの? 超歪兵器でボクを? アハハハハハハ! ボクを殴るの?」
防ぐことも逃げることもせず相変わらず笑っているシンヤに、ケイザンとヒューイが口を挟む。
「オイお前何笑ってんだ、早くバアさんに謝っとけ。まともに喰らったら死ぬぞ」
「そうだよ! 君の体で防ぐ物もないんじゃ無事じゃ済まない!」
「謝る? 何で? 楽しいコトを楽しいって言ってるだけだよ? それに……」
それに、コレで殺されるんならいいじゃないか。
拠点長が操る人型の超歪兵器。
ウン、そうだね! こんなにスゴい超歪兵器にだったら殺されてもいいかな! 殺されても? ああ! 違うかも! 殺されたいな!
怒りの感情を受けながらより一層喜びを感じているシンヤの気持ちなど当然分かるわけもなく、ヘドウィグが腕を振りかぶり攻撃の体勢を取る。
そして振りかぶった腕が、今度は力強く振りぬかれようとしたその時――。
「……ボク、やっと殺されるんだ」
とても嬉しそうな笑顔で、ポツリと小さく呟いた。
「!」
少年の小さな喜びの声を聞いたスタンドは、最後まで引っ張ったピンボールのバーよろしく勢いをつけたヘドウィグの腕を即座に止める。
シンヤの顔を振り抜かんとしていた兵器の拳は、その鼻先で静止した。風圧で乾いた目を何度か開閉して再度自分に迫る拳を見るが、動く様子はない。
「?」
ここに来て不調になったのだろうかとヘドウィグの腕を色々な方向から確認するシンヤを、スタンドは悲しそうな目で見つめていた。
彼女が抱いていた懸念は外れていた。大きく、悪い方向に。
この子は、この世を諦めている。
自分も、世界も見限っている。
彼女自身が戦いの中で最期を看取ってきた仲間のように、死期を悟ったのとも違う。
ただただ自分の命を終えさせることにのみ執着し、それ以外は平等に価値がないのだ。
(こんなに若いのにアタシより真っ白になっちまった理由も、そこら辺が関係してるんだろうね)
「……悪いね坊や、ちょいとやりすぎたようだ」
一部ではあるがシンヤの中の深淵を垣間見て理解したスタンドは、その白い頭に優しく手を乗せて乱暴に撫でる。
「?」
殴ってもらえると思ったら撫でられているという状況に良くわからなかったシンヤだが、特に抵抗せずに上目で自分の頭を撫でる大きな腕を見る。
「アタシも若いねぇ」
「え? そうなの? ボクおばあさんかと思ったよ! アハハハ!」
殴られる直前と同じ笑顔を見せるシンヤに、スタンドも笑みを見せる。
「そういう意味じゃないさね」
シンヤを撫で終わった所で、既に立ち上がっていたアムに一睨みして念を押す。
「やれるね?」
「……ああ」
「よし」
一応ながらでも肯定の返事にスタンドが納得すると、指でアムを招く。目の前までやってくると、その両肩を力強く掴んだ。
「がっ!」
唐突な衝撃にまたアムが声を漏らすが、それを流す。
「二人に利点があるとは言ったがお前さんに利点がないなんて一言も言ってないよ。勿論報酬のことじゃない、お前さんの魔力のことさ」
「!」
「魔力がないわけじゃない、ショボくても魔力はある。ただ超器を使うための魔力をひり出せないだけさ。もしかしたら何かしら糸口が見つかるかもしれないよ? まあないかもしれないし、あったとしてもお前さん次第だけどね」
両肩の痛みを感じながらスタンドとシンヤを交互に見る。自分が超器を……超歪兵器を使える。
見た目にそぐわないナイーブな面を持っていたアムは、今までケイザンとヒューイに対して自分だけ超歪兵器ではないという劣等感を抱いていた。それが今回シンヤの登場により二人だけ格安でメンテナンスされるということを聞いて、その劣等感が怒りとして溢れ出していた。
だが、もしかしたらそれがなくなる。自分だけという劣等感を持つこともなくなるかもしれない。自分も、超歪兵器を使えるかもしれない。
外見を強く見せることで繊細な心を隠していた男には、その希望はカンダタが必死に登るために掴んでいた蜘蛛の糸に等しかった。
「……っし! やってやろうじゃねぇか! 依頼を受ける! 超器も手に入れる! 両方やってやるよ!」
やっと乗り気になったアムを見て、やれやれという声が聞こえる。
「何だかんだあったが話がまとまったか、いやなげぇなげぇ」
「まあ良いんじゃない? これで依頼が受けられるし」
漸く話を進められそうだという雰囲気を出す四人に対し、シンヤは一人ヘドウィグを眺めていた。
(……ああ、ボク、殺されなかったんだな……)
特に硬度のある金属や鋼材が組み合わせられている腕。あのまま振り抜かれていたら自分ではひとたまりもなかったはずだ。
(やっぱり……ボクが願うことって……叶わないんだなぁ)
「アハハハ」
その小さく笑う声は、近くにいる四人にも聞こえることはなかった。
拠点に来てから依頼に行くまで四話使うとは思ってませんでした
次から依頼に向けて動きます
カンダタが分からない人は「蜘蛛の糸」で調べれば出てきます
ピンボール…昔ゲームセンターにあったピンボールマシンです
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