鉄拳
元々次話とで一つの話でしたが長くなるので分けています
その都合で次話が若干短いです
スタンドとケイザン二人のやり取りは、吸っている煙草の火が指でつまめる限界近くまできた段階で漸く落ち着き所が出てきたはずだった。
だがその中で一人だけ……利点があると言われた二人に当てはまらない一人が、ここにきて横槍を入れる。双子のバリアートを入れている方だ。どうやら煙草がもう一本吸えそうだと、話を進めていた二人の皮肉な感想は一致する。
「ケイザン、何勝手に話を進めてやがる。オレらの意見もあるだろうが」
バリアート頭は睨みを効かせた顔と髪型に合う厳つい声でケイザンを責めた。自らの不満を示すように、背中に背負っている自分と同じ位の大きさをした半円型のシールドが大きく揺れている。
「……実入りのある依頼を真っ先に受けられんだ。一々お伺い立てる必要もねぇだろ」
取り出した携帯灰皿に煙草を押し付け、ケイザンは二本目の煙草を取り出す。話していたことで互いに灰は床に落ちてしまっているが、さすがに煙草を捨てたらスタンドにまた殴られる。
「バアさんは俺らとそこの白いヒヨコを組ませたがってる、俺らはそれさえ聞き入れりゃ割の良い仕事を受けられる。バアさんの要望は叶うしヒヨコはニワトリにレベルアップ、そんで俺らの懐はあったかくなる、みんなハッピーそれでオーケーじゃねぇか。何が不満なんだ、アム」
ケイザンが両手を小さく広げ、ニワトリが羽をばたつかせる仕草を真似しながらアムと呼んだバリアート頭に聞く。
「バアさんは「育てておいて損はない」とは言ったがな、それはあくまで拠点側の都合だ! 何でオレらがそれに付き合わされなきゃならねぇ! 育てるならテメェで勝手にやりゃ良いだろうが!!」
怒りを露わにしているアムと対極に、ケイザンは静かに煙を燻らせながら諭すように言葉を返す。
「……そこに関してはお前の言う通りだ。望んでもねぇのに得体の知れねぇ流れといきなり組めと言われりゃそうなるだろう」
「! だったら!」
「ただ今回に関しちゃ話が別だ。リターンが大きい」
肯定されたと思って出た言葉が半ばでスッパリと断ち切られる。
「地上交通機関絡みの依頼なんざ半年以上受けてねぇ。俺が早い時間に起きて何度も朝から拠点に行くようにしても見つかりゃしなかった。それが今回自分から来てくれたんだ。条件は流れを一人連れて行くだけ。受けて損はねぇだろうが」
「ぐっ……!」
言っていることが理にかなっているのを流石に理解したのか、アムが言葉を詰まらせる。
「それともアレか? まだ何かあんのかよ?」
ケイザンの問いにアムが沈黙する。話は終わったかとケイザンが一際大きな煙を吐いた時、アムが小さく反論する。
「…………わねぇ」
アムの小声に反応するように、ボサボサ頭の髪が少しだけ動いた。
「……何?」
ケイザンに聞き返されると、アムはシンヤを睨みつけ指をさす。
「気に食わねぇってんだよ! オレぁ一目見た時からコイツが! ずっとニコニコニコニコしやがって! 何考えてんのか分かりゃしねぇぜ!」
アムの怒りの訴えに対し、数秒の後シンヤを除く三人から帰ってきたのは呆れの表情だった。シンヤに対しての感想は奇しくもスタンドの懸念していることと一致していたが、つまりは「気に入らない」という個人的の感情によるものだった。
「それになぁ! オメェラには利点があるってバアさんも言ってたが、オレにはねぇじゃねぇか! オメェラと違って、オレぁ……オレぁ劣器なんだからよぉ!」
受付の向こうで仕事をしている職員もつい動きを止めてしまうほどの大声を上げるアム。
劣器、つまり劣歪兵器。魔力を使わない分ギミックを使用するのに複雑な機構をした武器が、アムの装備している大きなシールドだと言う。
声を大にして繰り返している主語の意味する所、双子のボサボサ頭が背負っている同型のシールドは超歪兵器のようだ。実際二人のシールドは形状を左右対称にしただけに見えるものの、使われている素材や部品の幾つかが異なっていた。
「アム……まさかそっちの方が本命じゃ……」
「黙れヒューイ! オメェはこの白髪のガキの恩恵にあずかれるんだろうけどなぁ、オレはねぇんだよ!」
ヒューイと呼ばれたボサボサ頭は、いまだに怒りを納める様子のない兄弟にあんまりな意見に話しかけるのも面倒くさそうな顔をしていた。表情だけで言えばとうに面倒くさがっている。
独り相撲な意見を聞いている間に煙草を消したスタンドが、煙の代わりに大きな息を吐く。ケイザンも嫌そうな顔で頭を掻いている。
「ったくよぉ……。黙って聞いてりゃあまたお前の自分勝手な都合じゃねぇか。どっちがガキだよ」
「うるせぇ!!」
「なぁヒューイよぉ、いい加減コイツどうにかなんねぇか?」
「うーん、アムは本当に昔からこうだしなぁ」
困り顔のケイザンに、見慣れてしまっているヒューイ。アムのこうした利己的な感情の吐露は一度や二度ではなかった。
「じゃあお前だけ今回の依頼から外れるか? バアさんはコイツさえ連れてけば良いって言ってんだ」
「それだとオレが報酬もらえねぇだろうがよ! ダメだ! 依頼を受ける! コイツは連れてかねぇ! 両方やればいいだろが!!」
「だからコイツを連れてかねぇと依頼受けられねぇんだって話してたろうが。もう面倒くせぇな」
感情的になって考えがまとまらなくなっているとはいえ、端から見れば大の大人が子供の我儘を言っているようにしか見えない。実際その通りだ。
何度目かになる溜息を吐く二人の横で、スタンドは静かにアムを睨みつけていた。そして一歩アムに近づくと静かに告げる。
「アム」
「あ!? なんだよババァ!」
「……三秒やるよ」
その言葉を聞いたアムは怒りの表情を一転して驚きに変え、大急ぎでスタンドに対しシールドを構える。足にも十分な力を入れなければならない。その間にケイザンは両耳を、ヒューイは頭の上を押さえた。
直後、ヘドウィグの足のホイールが急稼働しすぐさまアムに接近したと思うと、シールドに向かってボディーブローを放った。
「ぐぁっ!!」
殴られた衝撃でアムから鈍い声が漏れるが、重々しい銅鑼を地面に叩きつけたような激しい音がそれをかき消す。強烈な一撃にたまらずアムは吹っ飛んだ。
「あーあ」
「っ痛!」
吹っ飛んだアムを横目で追うケイザン。痛みを訴えているヒューイの頭が、何故かピクピクと動いている。見ると毛量の多い髪の毛の中から、小さく獣の耳が見えた。
ヒューイはアムとは一卵性の双子ではあったが、彼だけ亜人の要素が反映されて生まれた少し特殊な例だった。シンヤが先ほどヒューイを凝視していたのは、ちょうど髪に隠れた耳がわずかに動いたことで髪の毛も動いていたからだ。
「うわぁ、まだ耳がキーンてする」
「ヒューイ、しばらく黙ってるぞ。多分バアさんマジでキレてやがる」
耳から手を放したケイザンがアムからスタンドに目を向けると、ヘドウィグで殴る前と変わらぬ表情でアムを睨み続けている。そのままアムに近づくと、片手で胸倉を掴み上げた。
「いいかい小僧……駄々をこねていい年齢はとっくに過ぎてんだろう。下らない理由で話に割り込むな」
倒された状態から上半身だけ無理やり起こされたアムは、先の三人がしていたのとは異なる種類の呆然とした表情でスタンドを見ていた。彼女が人を小僧、小娘と言う時は機嫌が悪い時だ。
「これはお願いしてるんじゃない、命令してるんだ。拠点長直々のご指名さね。四人揃ってここを出るのか、無理やり追い出されてしばらく病院のベッドで寝てるのか、どっちが良いか今すぐ選びな」
還暦を迎えているとは思えないスタンドの有無を言わせぬ静かでありながら圧の強い凄みに、親子同然の年齢差であるアムはただ前者を取るという意味で頷くしかなかった。
「あー、久々に見たけどやっぱ怖ぇわコレ」
「俺初めて見たよ、拠点長が怒ってるの」
ケイザンもヒューイも今のスタンドを刺激しないようにと小声で話をする。
しかし誰もが話に割って入れないような状況の中で、ただ一人今の様子を嬉々として見ている存在がいた。
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