交差すル煙言
サブタイトルの「煙言」は「えんごん」と読みます
単純に「煙草の煙と言葉」をまとめた造語で、喫煙者同士のやり取りという意味合いでつけました
造語なので話の中で使っていいのか考え物です
「ワリィ、バアさん遅れた」
優男が特に悪びれる様子もなく軽く手を挙げて言葉だけの謝罪を述べるが、当然それが受け入れられるはずもない。
「遅ぃんだよこのボケがぁ!」
やはりといえばいいのか、額に青筋を立ててから随分立つスタンドの拳骨を喰らう羽目になった。
「イッテェ!! ……ンだよ何すんだこのババァ!」
殴られたことで出てきた優男の怒りの発言に対し、もう一度拳骨が返される。
「ダァッ! だぁからイテェっつってんだろうが!」
「バアさんじゃない拠点長と呼びな! 何度言えば分かるんだい、ケイザン」
「何言ってんだよババァはババァじゃねぇか」
「……もう十発くらいいるかい?」
「スンマセンホーマー、マジスンマセン」
スタンドが更に拳骨をする準備を見て、ケイザンと呼ばれた優男は小さく両手を上げて降参の意を示す。拠点から連絡を受けたのもこの男のようだ。
あまりにも自然な流れで行われているのを見るとこれが通常運転のようだ。双子の方も特に驚くでもなく、それとも関わりたくないからなのか静かに眺めている。
「あぁぁもうセットが乱れた。ったく……」
殴られたことで少し暴れてしまった髪を整え直すケイザンを見てスタンドは目を細めた。
「……お前さん、セットにどれ位かかったんだい?」
「あー? えっと、二十分位?」
その直後「すぐ来いと言っただろう!」という怒号と共に、整いかけた髪が再び乱れることとなった。
一連の寸劇を間近で見ていたシンヤは、その様子を見てキャッキャと子供のようにはしゃいでいた。
「アハハハハハハハ! すごいすごい! 男の人が子供みたいに怒られて殴られるなんて初めて見たよ! こんなに面白いんだねぇ! アハハハハハハハハハハ!」
シンヤ自身は馬鹿にしている意味ではなかったが自分のこと笑っているのかと、ケイザンは殴られた頭を押さえながら少し不機嫌そうにシンヤに目を向ける。
「ん? 何だオマエ?」
「この坊やがお前さんらを呼び出した理由だよ」
「え!? コイツが原因かよ! んだよマジかよぉ……」
自分たちが朝っぱらから拠点に呼び出された原因が分かると落胆した表情に変わりその場にしゃがみ込む。今日はダラダラしようと思ってたから夜遅くまで呑んでいたのに、なんてことだ。
「一応言っとくがお前さんらを呼び出そうと思ったのはアタシだからね、文句があるならアタシに言いな。文句があればね」
文句は言わせない、か……。このババァ拒否権ねぇじゃねぇか畜生。ケイザンは心の中で愚痴るもそれが口外に出ることを辛うじて防ぐ。また殴られるのは御免だ。
煙草をふかしながらあくどい笑みを浮かべているスタンドを下から見上げるように睨むと、小さく呟く。
「……肺でもやられちまえ、ったく」
「そりゃお前さんも同じだろうに。殴られ過ぎてボケちまったかい? また殴ったら元に戻るか試そうじゃないか」
「あぁもう分かった分かったよバアさん分かった!」
何度目かの関節を鳴らすスタンドを見て半ば自棄になってこれ以上の抵抗を諦める。また殴られるよう話が持っていかれる前に本題に入った方が良さそうだとケイザンは悟った。
またバアさんと呼ばれたスタンドだったが、状況を受け入れたことに免じて敢えて聞かなかったふりをする。
「んで? コイツが原因って、何がどういうことだよ? こっちは「すぐ来てくれ」ってだけで何も聞かされてねぇんだ」
髪を押さえながら付けている髪留めのピンを外し、再び留め直す。まだ少しセットが気になるらしい。
「オレらも無理やり起こされたきりでケイザン以上に何も知らねぇ。遅くまで酒飲んで寝てた所を叩き起こされてんだ、ちゃんと説明してくれ」
しばらく静観を決め込んでいた双子の内、丸刈りで側頭部に曲線のバリアートを入れた方が眉を顰めながらケイザンに加勢する。
双子のもう一人、耳が見えない程のボサボサ髪で襟足を結っている方はまだ眠気が取れないのか、心ここにあらずで目の前のやり取りを話半分に聞いている様子だった。
「こっちもいつまでも下らない寸劇する気はないさね。お前さんらには坊やと一緒にこの依頼を受けてもらうよ」
先ほどヒラヒラとさせていた依頼書をケイザンたちに見せる。少し煙草の臭いが染みついていて、少し紙が揺れる度に残り香が鼻を通る。
「一緒だぁあ? って、えー……っと? おっ、依頼主が地上交通機関会社じゃねぇか。良いの選んでくれたな」
地上交通機関は利用者たちから都度運賃として料金を徴収しており、その需要は依頼で最寄りの場所に向かう使用者だけでなく居住地間を移動する一般の老若男女問わず幅広く、また利益も大きい。
その利益を一手にし、また地上交通機関に関わる事業を一手に担っているのが地上交通機関会社である。
拠点本部のある都に本社があり、地方に置かれている支社が各管轄内の地上交通機関を管理している。今ケイザンたちが見ている依頼書は、スタンド町を管轄においた支社からの依頼だった。
依頼書によると、スタンド町と更に西にあるモーリー村の間を走るルート付近で、複数体の黒霧産物や魔物が発見されているという。
まだルートを直接妨害されるほど近くには来ていないまでも今後はどうなるか分からず、また複数の一般人も存在を確認しているため不安を抱いているという相談も受けている。統計的にスタンド町寄りで確認された回数が多かったため、今回こちら側に依頼をしたということらしい。
「これいつ届いたやつだ?」
「今朝アタシなんてが来るより前だよ、あそこは休みなんてないからね。だからお前さんらがこの依頼書を一番乗りに見たってことだ」
莫大な利益を生んでいる地上交通機関会社からの依頼は、同じ階級向けの依頼の中で一際報酬が高い。一度の依頼による規模や期間故ともいえるが、それでも掲示板に貼られた際には即座に剝がされてしまうほどの優良案件だった。
今回の依頼もたまたま確認件数が多かったためにこちらに回ってきただけで、規模としては事実上この町からモーリー村の間のルートを中心とした一帯ほぼ全域と判断していい。片道二時間のルート全体となると結構な時間を要するが一日で終わらせる必要はなく、依頼の期限もそれを前提として余裕のある日程で組まれている。一日の討伐数を定めて少しずつ進めれば問題なくこなせる量だ。
「拠点長アンタ最高だよ」
「当たり前なこと言うんじゃないよ、んなこたぁ分かってんだ」
ケイザンの誉め言葉にスタンドは低く笑い、その度に細かい煙が勢いよく吐き出される。
スタンドの低い笑い声が納まったのを見計らい、自身を含めて三人が疑問に思っているであろうことを、ケイザンが内ポケットから取り出した煙草と共に口にする。
「んで? 何でソイツと組む必要があるんだよ? 時間はかかるが「足」もあるし、期限までなら問題なく俺らでこなせる依頼だ。組ませる理由が分からねぇ」
お互いが一服して煙を吐いてからスタンドが答える。喫煙している者同士ならではの独特な間が漂う。
「坊やの胸元見てみな」
「あ? いきなり何言って……って、試験官かよソイツ。マジかよ初めて見たわ」
「お前さんも聞いてるだろ? ハンス町の拠点長を使用者昇格試験で殺って試験官になったっていう高位技師の話」
「ああ聞いてるよ、んな数え役満みたいな野郎一体ドコにいるってんだよ……」
思い出したように今一度ケイザンの視線がシンヤのタグと固定板を捉える。そして煙草を一吸い。
「……あああああ、ここかぁ……」
半ば呆れるように眉を八の字にして気だるそうにぼやくケイザンに、スタンドは煙草を咥えたまま歯を見せてニカッと笑う。
「ビビッただろう?」
「スゲェな、天然記念物見てるみてぇだ」
「希少さでいえばあながち間違いでもないね。試験官にゃ間違いないが使用者としてはまだ生まれたばっかのヒヨッコだ。こっちとしては大事な試験官サマにおいそれと死なれるワケにはいかないんでね」
当事者がいつも通りの笑顔のまま疑問符を浮かべている中、行き来していた言葉と煙が止まる。ケイザンは考え、スタンドは待っていることで出来た空白の数秒。
少ししてから流し目で床を見ていたケイザンの前の煙が動く。
「つまり……「腹で大事にあっためながら経験値積ませてレベルアップさせてやれ」ってことか? ……バアさんよぉ、お守りじゃねぇんだぞ俺らは」
「別におんぶに抱っこしてやれなんて言ってないさね。どうやったかは知らないが拠点長仕留めてんだ、自分のケツは拭けるだろうよ。経験を積ませるってのは正解だね。素質はあるはずだ、育てておいて損はないよ」
大きく一息。鍛えられた逞しい胸筋が膨らむ。
「それに、素質があるとはいえ念には念を入れるに越したことはないからね。老婆心ってヤツさ」
「都合の良い時だけババァ出してんじゃねぇよ、はっ倒すぞ」
小さくも聞こえるように文句を言うケイザンをスタンドが細めた目で見つめる。
「ヘドウィグ」
人型が金属音で稼働を伝えると、やれやれといった表情でケイザンが再度降参のポーズを取る。
「本当によく動く口だよまったく……」
渋々ながら理解をしたケイザンに語るでもなく、スタンドは一人心の中で話を続ける。
(何より……この子は何だか危なっかしそうなんだよ……)
煙草を吸いながら横目でシンヤを見る。絶えず笑っている少年の顔を見ていると、漠然とした不安が自身の中に滲み出てくる。
一見すると笑顔でいるシンヤに親しみやすさを覚えるだろうが、スタンドからすればその笑顔を見続けてもシンヤが何を考えているのかが掴めない。何も考えていないのか、考えることを放棄しているのか。
それに話してみて何となくではあるが返事や反応の素直さの裏に感じたのが、自身を含む外部への興味が著しく少ないこと、善悪の区別が皆無に等しいということ。
こういう輩は何をするのか分からない。やったことに対しての後悔も罪悪感もないだろう。そもそもそう感じる部分が抜けているのだから。
そんな子を一人野放しにしておくのは、拠点長としても人としても良しとすることはできなかった。老練な女が持ち合わせている勘は何よりも信頼性に足る物だった。
だが今この場でわざわざ言うことでもなし、他にも理由はある。人知れず小さく笑いながら言わんとする言葉を噛み殺して、スタンドは自身の中でその話を納めた。
「お前さんら二人にも利点があるだろ? 高位技師サマが組んでくれるんだ。得物の調整だって安くしてくれるはずさ。だろ?」
「え? ウン! いいよ別に!」
急に振られながらも話を聞いていたシンヤはすぐに肯定の返事をする。報酬の高い依頼を受けられることになり、高位技師がメンテナンス料金の割引まで考えてくれる。
「……まぁ、いいか。それなら。一人増えても報酬が高いのには変わらねぇし」
自身の気持ちを上手く着地させた上でケイザンがそれを了承し、それに応えるようにボサボサ髪が数度頷いた。拠点に来て初めてのリアクションだったからか、シンヤはボサボサ髪をじっと見ていた。
一人同行させて仕事をするだけで半月、いや一月近くは仕事をせずに酒が飲めるだけの報酬が手に入り、必要経費も削減される。使用者にとっては飛びつかないわけがなかった。
「オレは認めねぇ」
ただ一人を除いて。
幸いにも最近話がどんどん浮かんでくるので今のうちに書いてしまいます
スタンドとケイザンのやり取りは書いていて気に入っています
文中の「バリアート」はバリカンなどでラインを描くヘアスタイルです
【追加】
一部修正
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