貶めラれてイる高位技師
この町は少々歪んでいる。
「よし、できた」
超歪兵器を扱える製作者……【技師】であるシンヤ・マサキは修理依頼を受けた超歪兵器の修理を終え、フゥと大きく息を吐いた。
額にかいた汗を貼りついていた髪の毛ごと手の甲で拭うと、近くにあった布巾で修理した超歪兵器を磨く。光沢の入った紅色のソード付きハンドガンの形をした超歪兵器は、丁寧に磨かれて作業台に備え付けられている明かりを反射して輝く。
後頭部の辺りで髪を結っていたゴムを外すと、ショートボブの黒髪がバラリと垂れる。近くの洗面台で顔と頭を簡単に洗ってタオルで拭きながらもハンドガンの超器をチラリとみる。
「早く使いたいだろうな。今日はあの人もいないはずだし……よし!」
修理の依頼人が来るのを待っていてもいいが、少しでも早い方が相手も早く依頼を受けられるだろう。そう考えると最低限の身なりを整えてから工房を出て依頼人の元へ向かった。
幼い頃から技師としての技術を学べる環境にあり、何より技師としての才能があったシンヤは、通常一人前の技師になるためには数年から十数年かかるといわれている時間を大きく短縮し、若干13歳にして技師としての資格を与えられ、15歳の時にその上の【高位技師】の資格を得ていた。それは彼が住んでいる町だけではなく、この世界においての最年少記録とされ、未だに破られていない。
また技術力だけではなく、一見して少女と見間違えるような愛らしさを感じる容姿は多くの人を惹きつけ、またその人柄も心穏やかに優しい人間として育ち、今もそれは変わっていない。
その人間性が、何故未だに保っていられるかが不思議なほどに――。
日が落ちて空が暗くなった時に依頼を受け、そこから明け方まで修理作業を行っていたため徹夜明けの朝の陽ざしは一段とまぶしく感じる。かなり損傷が激しく時間がかかったが、今では使用する前の未使用品に近い状態にまで修理されている。
この時間だとおそらくここだろう。黒髪のショートボブを揺らしながらシンヤは【拠点】の前までやってきた。
拠点とは各居住地に居を構える使用者達が依頼を受けるための場所である。その他にも使用者の前段階の【冒険者】から使用者への昇格、使用者の昇級、技師や劣歪兵器の製作を担う【鍛冶師】の製作者登録などを一手に引き受ける場所となっている。
主な用途はやはり使用者が依頼を受注になるので、必然的に依頼を受ける朝と終わった依頼の報告がされる夕方には使用者の数が多くなる。
使用者は一部例外を除いて二人から五人で一組のパーティーになることが多く、修理の依頼をしてきた使用者もチームを組んでいたため、他のパーティーメンバーが依頼を受ける所に一緒に来ているだろう。
一瞬拠点に入る足が止まったが、依頼人が待っているかもしれないとの思いから、シンヤは止まっていた足を進めて拠点へと入った。
拠点内は思った通り、依頼を受けようと多くの使用者がごった返していた。少しでも早く割のいい依頼を受けようと、依頼書が貼られている掲示板に一目散に駆け付け、手に入れた依頼書を受付へと駆け足で持っていく。
依頼書には拠点にある特殊な機械でしか読み取ることのできないコードが記載されている。一人または一パーティーごとに担当の【受付官】が割り当てられ、受付に依頼書を持っていくことで各受付官に割り当てられたコード、依頼書に記載されているコードを読み取り、各使用者が所持している端末のコードを読み取って紐づけることで、その使用者が依頼を正式に受理する手続きとなる。
全てアナログでは時間がかかり、全てデジタルではその方面で知識のある使用者らに不正を行われる可能性があるため、このような仕組みを全拠点共通で取り入れている。
テーブルと椅子が置かれているスペースにはパーティーメンバーが依頼を受けているか待ち合わせだろう、多くの使用者達がたむろし今日は何の依頼になるのかという期待と、昨日みたいな依頼はもうごめんだとの愚痴が幾重にも交差している。
その会話の往行を、今拠点に入ってきたシンヤを見た使用者はピタリと止めた。その使用者と話していたパーティーメンバーが入口の方を見て、同じく口を閉ざした。
気が付けば拠点内のほとんどの人間が口を動かすのを止め、シンヤに対して露骨な奇異の目を向けた。そして数拍おいてから、先ほどまでとは違う陰湿な言葉が拠点内に広まる。
「見ろよ、シンヤだ。あの腐れ技師がまた来やがった」
「あの野郎いつまでここにいるんだよ、さっさと死んじまえよ」
「うわっ! クセぇ! 汗とか油臭くて鼻がひん曲がっちまう」
「あたし前にアイツに修理依頼したけど、スゴいやらしい目で見られたんだけど」
「え? アイツ男にケツ向けるのが好きだって聞いたぜ? あぁどっちもイケんのか、質ワリィな」
「じゃあオレが誘えばヤらしてくれんかな、アイツだったらイケる」
聞こえるような露骨な陰口を耳にしてシンヤの顔が曇る。やっぱり言われるのか……シンヤの素直な感想だった。
シンヤはこの町の使用者達から不当な扱いを受けていた。いつ、どういった理由なのかも分からず、気が付けば始まっていた。使用者だけではない、拠点にいる職員ですら、彼に対しては誰一人良い印象を抱いていなかった。
陰口は当然、何かと理由を付けては暴力を振るわれ白い目で見られる。正式に技師としての依頼を受けてこなしても、依頼の時には言われていなかったことを後出しで言われて料金を下げられる、依頼人側に不備のあった理由でもシンヤのせいだと料金を払わなかったことや、挙句お金ではなく拳が飛んできたことも一度や二度ではない。
今聞こえてきた陰口も、いずれもシンヤには全く身に覚えのない物だった。自分に依頼してくれる人には感謝し、その人のためにと自分の技術を全て出して技師としての仕事を務めていた。相手が異性だからと贔屓もせず、鼻の下を伸ばしたりもしていなかった。
同性に対して粘り気を帯びたような性の対象とした目で見られることはあったが、シンヤが見たことは一度もない。
そんな嫌がらせや根も葉もない噂もあって、シンヤと直接話したことがなくても悪い話しか聞かなければ嫌なイメージが植え付けられるのは当たり前だった。
今この拠点内に、シンヤをよく思う人間は誰一人いなかった。それでもここに来ようと思ったのは、依頼人が超器の修理を待っているから早く届けてあげたいという相手を思っての行動だった。
だが当の依頼人をシンヤが目にしたとき、明らかに不機嫌な顔をしていた。心に針を刺されるような感覚を覚えながら、依頼人の下へ歩みを進めた。
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