試験官
色々あったので遅くなりました
前話から期間が開いたので一通りルビを振ってます
今はもう何も語ることもないイレーネを見ると、先ほどからずっと楽しそうにその死体を見つめている少年がいる。自分に同意書を見せてくれ、昇格試験を受けたシンヤ・マサキだ。
想定範囲内だった問題も片付き、介錯人がシンヤに歩み寄ろうとした時、横から声がかかる。
「ちょっと、遅かったじゃない。一応撮影してたけど間に合わない所だったわよ」
「……迷った」
大鎌を携えて文句を告げるアイリに、シールドが声の方向を向くことなく一言だけ発せられる。心なしか少し気落ちしているようにも聞こえる。
ため息混じりに聞こえてくるアイリの「まったく……」という言葉を聞き流すと、未だにイレーネの傍を離れないシンヤに歩み寄る。足甲の音がすぐ近くに聞こえ、シンヤはその主を見上げた。
「シンヤ・マサキ。凪夜会介錯人No.16が、今回の使用者昇格試験が正当な物であると判断した。今日をもってお前は使用者として登録される」
「え? あ、そうなの? よかった! てっきりまた約束破られるかと思ったよ! アハハハハ!」
「……「また」?」
「ウン! ボクがする約束とかっていつも破られてたんだ! 今日もどうせそうだろうから試験受け直さないとなって思ってたんだ! あぁ、良かった! アハハハ!」
どうやら叩いて出るのが埃だけではなく、最悪拠点そのものの根本的な部分の改善が必要かもしれない。介錯人は拠点本部に共有する情報が増えるとくぐもった溜息をつく。
「今回の件において出た遺体はこちらで処理しておく。拠点の受付に来てもらおう」
そう言って足甲の音が離れていく。シンヤも「わかった!」と場違いに元気な返答をして、介錯人に続いていく。
「やるじゃない。正直驚いたわ」
またしても自分を通り過ぎようとしていたシンヤに、横からアイリが声をかける。
「ん? ああ! こんにちは! まだいたんだ?」
「……魔遠操作をあそこまでできるなんて、今いる使用者でもそういないわよ。アンタ、一体何をしてきたの?」
「アハハハ! 何って言ってもなぁ。ただ超歪兵器作って、ちょっと練習しただけだよ?」
「ちょっとって……少しの練習であんなに思い通りに操作できるようになったっていうの?」
「ウン! ……それにしても、キミって結構ボクに話しかけるよね? なんで?」
「……!」
唐突な問いかけにアイリが言葉を詰まらせてしまう。
シンヤからすれば自分を拒絶した人間が何度も自分に話しかけてくることが疑問でしかなかったがための純粋な質問に過ぎなかったが、その純粋さはかえって鋭さを増した言葉の刃となってアイリの心に傷をつける。
自分が始まりだとはいえシンヤの質問に対してアイリは目に悲愴を映す。
「あ! 呼ばれてるんだった! それじゃあね!」
アイリが言葉をどう紡ぐか言いあぐねている間に、シンヤは呼ばれたことを思い出しその場を離れる。引き留めようとするもアイリの口からはまともに言葉が出ず、シンヤの背中を見つめていた。
謝罪しようと思ってはいるものの、中々それを言葉にできない。気持ちの面でも一歩前に進めないでいるが、それ以前に驚かされることがあまりにも多くありすぎてつい話が逸れてしまう。
魔遠操作は一朝一夕でできるものではなく、長い時間をかけても習得できないほど複雑な魔力調整を必要とする。それを何の苦労もした様子もなく「ちょっと練習しただけ」で返されたことに、アイリはシンヤの隠れた才能に驚くしかなかった。
このままでは謝る機会を完全に逸してしまう。ちゃんと話をしないと。そう思いながら、アイリも受付へと向かい始めた。
拠点内の受付前にはシンヤと介錯人、そしてカウンターをはさんで現状ハンス町の拠点職員でハンス、イレーネに次いで立場のある職員がいた。その周りを闘技場の閲覧席にいた使用者や今しがた来て介錯人の存在に驚いた使用者らが取り囲んでいた。
「シンヤ・マサキ。これから使用者への登録を行うわけだが、お前は既に技師としての資格を有していることに間違いないな」
既に把握している内容ではあるが、改めて確認の意で介錯人がシンヤに尋ねる。
「え? ウン! そうだよ?」
「技師のタグを」
「いいよ! ちょっと待っててね」
そう言ってシンヤが自分の首にかかっているタグのチェーンに手をかける。
「オイ、何がどうなってんだよ、なんで介錯人がいるんだ? それに拠点長はともかく副長まで見当たらねぇじゃねぇか」
依頼を終えて拠点に戻ってきたばかりであろう使用者が、近くにいた別の使用者に小声で尋ねる。介錯人がいるというだけで、普段素行の悪い彼らが大人しくしている理由としては十分だった。
「ああそうか、お前今拠点に来たんだもんな。知るワケねぇか」
質問してきた使用者の前にいた使用者が返すと、別の使用者が続きを話す。
「……死んだんだよ。拠点長も副長も」
「ハァ!? マジで言ってんのかオメェ!」
「おまっ……バカ! 静かにしろ!」
バカと言われた使用者もハッとして介錯人を見ると、ヘルメットのシールドが自分らの方を向いている。話も中断されていた。
「……す、スンマセン……」
初めて生で見る介錯人の威圧感にやられ、話をしていた三人の使用者たちは萎縮してしまう。しばらく使用者たちを見ていた介錯人は「次はない」と言うとシンヤへと向き直す。
今の介錯人の言葉の意味を、言われた使用者たちはすぐに理解した。介錯人が立ち会う場での進行の妨害、それをする者の行きつく結末は一つしかない。
「ワリィワリィ……で、二人ともなんで……」
介錯人という脅威を何とかやり過ごして安堵すると、再び彼らは小声で話し始める。介錯人の耳にもやり取りは聞こえてはいたが、進行の妨害には至らないとそのまま聞き流す。
「副長は介錯人にやられた。まあ、当たり前っちゃあ当たり前だよな」
「ああ……今までしてきたことの言い逃れができねぇのが分かったからって、オレら使って介錯人を仕留めようとしたんだ。話をし終わるまえにあのフレイルで一発だ」
状況を教えている使用者たちは試験時、闘技場にいたもののイレーネの言葉を聞いても歩みを進めることはしなかった。単純にこのままいるのと介錯人を相手にするのとでどちらが得か考えがまとまる前に、イレーネの頭が割れたからだ。
「それで、拠点長はなんなんだ? 介錯人じゃねぇのか?」
「……驚くなよ」
「今介錯人の前に立ってるのいるだろ? 頭が白くなってるがシンヤだ」
「シンヤぁ? うお、ホントだ、頭が白くなってやがる……ってオイ、まさかシンヤか? 拠点長殺っガモモ!」
「だからデケェ声出すなっつってんだろ!」
「オレはまだ死にたくねぇんだよ!」
ハンスを仕留めたのがシンヤだと知った使用者は再び驚きのあまり大声になりそうになる所で、彼の口を教えていた使用者たちが塞ぐ。当然叫びも小声だ。
恐る恐る介錯人の方を向くと、再びシールド越しに自分たちを見ているのが分かった。数拍おいて肩に担がれていたフレイルを鳴らしているのを見て、三人は素直に「死んだ」と思った。
「ハイ!」
介錯人が三人の方に向かおうとした時、視界の横でシンヤがチェーンを手繰り寄せて自分の顔の前に高位技師を示す黒い楕円形のタグを出す。それを見ると歩みを止め、シンヤの方を向き直した。命拾いしたことで三人は深い安堵の息を漏らす。
ノワルスタングス鋼の楕円形のタグ。あくまで第三者にも分かる客観的な証拠が提示されたと、ここで初めて介錯人は判断して小さく頷く。
「……【試験官】か……やはり珍しいな」
介錯人はぽつりと呟くと、ゆっくりとカウンターの向こうにいる職員の方を向くと、所作同様ゆっくりとした口調で質問した。
「ハンス・ブルボウンの使用者時の階級は上位で合っているか」
「は、はい。上位使用者です。今データをお持ちします」
持ってこられたハンスのデータを確認すると、少し顔を上げて介錯人は考える。
使用者から拠点長になる場合、最高位か高位の使用者から選出されるのが一般的だが、階級のある人員に恵まれなかったハンス町ではその例に漏れていた。
おそらく拠点長交代のタイミングで高位以上の使用者がおらず、上位の中では最も強かった理由でハンスは選ばれたのだろう。だが少なくとも今この拠点にいる使用者たちのレベルは決して高いとは言えない。
介錯人はアイリや他の使用者たちから見えない位置で確認していた試験内容を頭の中で見返していた。
シンヤのハンスに対する、自身への好意を利用した、自身を餌に使った戦い方。確かに魔遠操作による超歪兵器の操作性は極めて高く、目を見張るものがあった。だが相手が自分を好いているという環境でこそ可能な戦い方をしたのも事実。
加えて言えば、個人的な感情といえばその域を出ないが、シンヤ・マサキの戦い方は危険だという考えが、介錯人の頭の隅に生まれていた。
極端な話、戦いのために自分の身命を何の躊躇もなく投げだすような戦い。その一端を感じていた。
それがなければ魔遠操作の技術の高さ故に最初から中位の階級でも問題なかったが、下手に階級を上げればその分危険な依頼を受注できるようになる。言い方を変えれば死ぬ確率を上げることに繋がる。死なせるために階級を上げるような真似をするわけにはいかない。
凪夜会は平等性、公平性を重んずるが、最終的な判断は各地に赴く介錯人に委ねられる。少なからず介錯人という人間の感情が入り込むということだ。だがそれも人であるがための性である。
熟考の末、介錯人が職員に告げる。
「下位使用者のタグと試験官固定板を」
指示を受けた職員がしばらくして戻ってくるとトレイをカウンターに置く。トレイにはチェーンが付けられた形の異なる金属が二つ乗っている。
一つは深い緑色をした新金属の一種、ビリジアダマイトで造られた棒に五本線が入った下位使用者を示すタグ。
そしてもう一つはマーブル模様の銀、エグザムシルバーで造られたプレート。少し厚みのあるプレートには、棒状と楕円状の窪みが隣り合わせになった形で加工されている。
「受け取るといい。今日からお前は技師であり使用者……つまり試験官となる」
「アハハハ! そうだねぇ! 知ってはいたけどまさかボクが試験官になるなんて思わなかったよ! じゃ、タグとホルダーもらうねぇ」
「技師としての技能と使用者としての戦闘力を併せ持つ者は少ない。それも高位技師として、尚且つ年端も行かむ試験官は過去に例を見ない」
使用者タグと技師タグを試験官板にはめ込む作業をしているシンヤに、介錯人は続ける。
「希少価値のある試験官は早い段階で拠点本部に情報が届き、すぐに拠点全体に共有されるだろう。俺も後ほど拠点本部にも報告する内容に加えておく」
介錯人の言葉に区切りがついたタイミングで、シンヤから小さくも軽快な「よしっ」が聞こえる。胸には高位技師を示す黒い楕円のタグと下位使用者を示す緑の棒のタグ、そしてそれらをはめ込んだ厚みのある銀色の板が、首からかけられたチェーンにぶら下がっている。
灰色がかった青い目が自分に向いたのを確認して、介錯人は更に言葉を繋いだ。
「これからお前のことを知りお前を見た多くの者が、お前の下に寄ってくるだろう……それが良くも悪くもな」
最後の一文は言うつもりもなかったが、思わず口から漏れ出てしまった。再び人であるが故の感情が顔を出す。だがこの場ではそれも最後だろう。
「その中でどう動くのかは、お前次第だ」
「……フフッ。アハハハハハ! なんだそんなことか! 大丈夫だよ! もう慣れてるから! ここにいるみぃぃぃぃぃぃぃぃんなのおかげでね!」
そう言いながら両手を仰々しく広げて示す。自分たちのことだと分かっている使用者や職員たちは文句の一つでも言いたかったが、下手をすれば粛清の鉄槌が下りる。皆はシンヤを睨むに留めた。
「もう行っていいかな? 準備しなくちゃ」
「……ああ。俺ももう行こう。報告しなければならない内容が……」
未だにシンヤを睨みつけている者たちを一瞥する。
「どうやらかなり多いようだからな」
その言葉を聞いた直後に、言葉の意味を理解した者とそうでない者とで表情が全く違っていた。理解できた者は、今後自分たちがどういうことになるのか予測のつかない不安に襲われることだろう。
理解できる者には自業自得だ。理解できない者には呑気にいられるのも今の内だと思いながら、アイリが彼らに呆れた目を向ける。
その後シンヤがいた場所を見るが、介錯人共々既に姿はない。使用者たちに目を向けていた間に拠点を出てしまったらしい。
「まずっ」
急いで拠点を出る左右を見渡すと、少し離れた所に見える白い頭にネイビーの服。追いかけようとした所に後ろから声をかけられる。
「今回は拠点本部に報告できる内容ができた」
声のした方を見ると、予想通り黒のヘルメットとローブに白のフレイル。
足を止められて少し不機嫌になりながらもアイリは応える。
「だから連絡したのよ」
「当事者以外の依頼は珍しかった。報酬は指定した口座に」
「もう振り込んだ」
言い切ったと同時に、介錯人が振込の確認に端末を取り出すのを横目に、アイリはシンヤが歩いて行った方へと向かって行った。
工房の戸を開けた主の背中に、追い付いたアイリが声をかける。
「これからどうするの?」
変わらぬ笑顔のまま、シンヤはゆっくりとアイリの方を向く。
「あれ? キミまた来たんだ?」
「使用者にもなってこの町にもいる理由はないんでしょ? 他の居住地に行くのはいつ頃なの?」
「キミがそれを聞いてどうするの? 関係ないと思うんだけどなぁ」
「……あたしももうここを出るから、色々分からない所もあるだろうから一緒に行って教えてあげようと思うんだけど」
「一緒に? アハハハハハハ! なんで嫌いなヒトと一緒に行動しようとするのさ! 変わってるねぇ! アハハハハハハハハハ!」
自分のことを拒絶した存在が行動を共にするという不可解な意見にシンヤは笑う。だがアイリとしては介錯人同様、今のシンヤは危険だというのが分かっていた。
何かきっかけがあればすぐに死に急いでしまうだろう。笑いながらその身を投げ出すことも厭わない。何よりそんな存在に自分がしてしまった。
シンヤに対する危機意識と罪悪感、その二つがないまぜになったものが心の中に存在し、故に彼を一人にはできないという考えが生まれていた。
しかし当のシンヤからすれば、自分と関わることを後悔していた彼女が何故こうも関わろうとしてくるのか謎でしかなかった。今のシンヤではそれが償いからくるものだとは分からない。
「うーんそうだなぁ……。口とか体とかを綺麗にしたいから、明日の地上交通機関で行こうかなと思ってるよ。行く場所はまだ決めてないけど」
「そう……それじゃあ明日の朝、迎えにくるから」
今の自分がシンヤに対してできること、それはシンヤを守ること。命を散らせる選択を取らせないこと。嬉々として生命の道程から外れようとしている彼を、その場に踏みとどまらせること。
それが自分にできる精一杯の償いだと、アイリは感じていた。そして道すがらでも、時間がかかっても、以前の彼に戻ってもらいたい。そう思いながら工房を後にした。
――翌朝アイリを出迎えたのは、がらんどうとなり戸口が呆けたように開いたままになっていた工房だった。
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