介錯人
※若干グロテスクな表現の部分があります
ご了承下さい
若干中途半端な感がありますが専門用語が入りすぎるため話を区切っています
漆黒とも言えるその姿に、ローブの中央、胸の辺りにある正方形とひし形を重ねたシャンパンゴールドのロゴがとてもよく映える。
黒いフルフェイス型のヘルメット、黒のローブを纏い、手には黒い手甲。肌の部分が全く見えないその姿は、シンヤのそれとはまた別の異様さを放つ。ハンスほどではないが背が高く細身な体が、異様さに拍車をかける。
そして当人の姿に対して真逆な白金色をした大きな天秤が更に注目を集める。正確には天秤を模したフレイルだ。
秤の場所にあたる部分の片側には大きな分銅が一つ、もう片側が小さな分銅を複数付けていて、すべてが白い。その白さは、今分銅がめり込んでいる闘技場の壁と比べても一目瞭然だった。
プラティハイスという新種金属で作られたその天秤は、荘厳さとそれに見合う重量を兼ね備えており、「彼ら」は皆この姿で白金色の天秤を模した兵器を使う。
「……【凪夜会】」
「な、何故、こんな所に……?」
凪夜会。
あらゆる対立においての仲裁や裁定、不当不正への粛正を行う平定組織。依頼された場面において、中立者という立場で事象を見極め正当な判断を下し断罪を行う。その相手は対使用者や拠点、あるいは居住地という場合もある。
始まりは居住地や拠点での不正や横暴な行いが多く行われていた時代、当時を嘆いた創設者が書物や資料を読んだ際、過去に中立な立場において判断や制裁を下していた平定組織の存在があったという。
風一つ吹かぬ凪の夜のように静かで平らかな世界を築く、という意味合いで付けられていた当時の組織名を拝借し、現在までその名前が続いている。当初は同じ志を持つ者たちを少しずつ集めていった小さな物に過ぎなかったが、今では拠点本部と肩を並べるほどの強大な一つの組織となっている。
平等であり無慈悲、公平であり冷酷。それが凪夜会だった。
そして凪夜会から派遣される者たちは【介錯人】と呼ばれる。始まりから終わりまで立ち合い後始末をつけるその立場は、警察であり裁判官であり処刑人。それを一人一人が担っている。
片手で大きな天秤を動かして壁にめり込んだ分銅を強引に引き剥がすと、介錯人はゆっくりと、拡声器のスイッチがあるヘルメットのこめかみに手を当てる。
「……どういう茶番だ、これは」
静かだがとても重い男のくぐもった声が闘技場内に走る。
場を沈め物事を円滑に進めるために拡声器をヘルメットに仕込んでいるが、高い壁に囲まれた闘技場内では反響して更に大きく聞こえる。
ゆっくりとした動作で天秤を肩に担ぎ、足甲から金属音が重なる音を鳴らして閲覧席から中央エリアに降り立つ。ふわりと揺れるローブすら、使用者やイレーネ達からすればとても重苦しいものに思える。
「この場はたった今をもって介錯人【No.16】が取り仕切る」
介錯人は立場上秘匿性を持たせる必要があるため数字で識別し、強い者ほど数字が少ない。目の前にいる介錯人は最上位のNo.0からNo.50までいる五十一人の内の十七番目ということになる。
「な、介錯人様……。あのこれは違うんで」
「話は聞いた」
そこで介錯人は話を止める。どうやら言葉と説明が少ないタイプのようだ。しかし、イレーネにとってはそれだけで何を意味しているのかが十分理解できた。
今回の昇格試験は不当ではなく、ハンス自身同意している――と。
介錯人はシンヤのそばまでそのまま歩み寄ると、シンヤにまたゆっくりと手を差し出す。他者からの言葉だけでなく書類として残された証拠の確認のためだ。
「同意書を」
職員から存在を聞いたであろう同意書を所持しているシンヤに求める。
「え? 見るの? いいよ! ハイ!」
初めて見る介錯人にも表情や口調を変えることなく、シンヤは同意書を渡す。同意書を開いてヘルメットのシールドが下の方を向くと、介錯人は同意書を返した。
証拠となる同意書を確認したうえで、介錯人はイレーネの方を向く。
「ハンス町副長、イレーネ・ウェスナ」
再び重い声がした。指でイレーネを中央に招く。イレーネはただされるがまま、中央エリアに向けて重い足を動かすしかなかった。
イレーネが近くまできたことを待ってから、再び介錯人が話をする。
「凪夜会の名により、今回のシンヤ・マサキ使用者昇格試験においての不当な点、また使用者昇格試験の際に禁止されているはずの助言をハンス町拠点長ハンス・ブルボウンに対し行っていた点についての説明を求める」
介錯人からの説明の要求。場合によっては最初で最後の通告。またこの問いかけがあった場合、問われた側はそれに関しての発言以外は介錯人の許可なしには認められない。許可なく無関係な発言をした場合、最悪即座に粛清の対象となる。
裁判であり尋問。その両方を兼ねたこの場で今イレーネにできるのは、ただ沈黙の一択だった。
不当な点についてはただの自分たちの言いがかりだ。説明などできるはずもない。助言については実際に行っていたから言い逃れもできない。顔を俯かせながら黙らざるを得なかった。
……何故だ? 何故こんなことに? こんなタイミングで凪夜会がこんな町に来るなどあり得ない!
イレーネは顔に焦燥を浮かべながら、内心憤慨していた。
凪夜会は世界にある全ての居住地で起きている問題にひとつ残らず対応しているわけではなく、依頼する側が存在して初めて動く。そのシステムは組織設立のきっかけとなった過去の平定組織と全く同じで、設立から現在まで変わらない。
つまり、誰かが依頼しなければ凪夜会は動かず、また介錯人も来るはずがないのだ。
誰が? 一体誰が依頼した? 私と同じように後ろ暗いことのあるここにいる使用者たちがするわけがない。
シンヤか? だが介錯人が来るのを待っていた様子はなかった――。
目だけを蛇のように動かしている内に視界に入った大鎌と赤髪。半ば呆けた顔をあげてその先を見ると、目が合ったと思ったら首を小さくかしげて微笑みを浮かべているアイリがいた。
「…………」
(……オマエかあぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!)
わずかな理性と下唇を強くかんで声が出るのを堪えながら心の中でイレーネは叫んだ。顔を赤くして血管を浮かべている様が露わになり、それを隠そうともしない。イレーネに怒りの形相で睨まれると、アイリは小さく手を振る。分かりやすい挑発だが、今のイレーネには十分効く。
「説明を」
介錯人に再度要求されてハッとし、再び顔を下に向ける。怒りと焦りが混ざった脳内でどうやってうまくやり過ごそうかと考えていた時、視界に入っていた物を思い出し冷静さを取り戻す。
ゆっくりと顔をあげると、そこにはいつもの無表情に近いイレーネの顔があった。
「……説明の前に、発言の許可を頂けますでしょうか」
手を小さく上げて発言の許可をもらうイレーネに介錯には首肯する。それを確認したイレーネの顔がニヤリと歪むと、今日は随分と表情が動くなと自分で感じながら、考えた末の発言をする。
「介錯人様……貴方はここにいなかった、ということにさせて頂きたいと思います」
そう言うや後ろを振り返り、町の使用者たち全員に聞こえるように言い放つ。
「皆さん! このままでは私たちが行っていたことが全て露呈してしまいます! そうなるとこの町も……皆さんもおしまいです!」
一瞬何のことを言っているのかと、使用者たちは疑問符を顔に出す。
「凪夜会が介入してしまえば、過去私たちが行っていたことが調べられ、いずれ拠点本部に伝わってしまいます! そうなってしまえば皆さんの使用者としての生命が、私の拠点職員としての生命が絶たれてしまいます!」
介錯人からはヘルメット越しに小さな溜息が聞こえる。この後イレーネが言わんとしていることが予想できたからだ。
溜息をつき終わると、肩に預けていた天秤型のフレイルを持つ手を変える。
「十数人もいる皆さんに対して介錯人は一人! 今全てが露呈する前に、皆さんで介錯人を殺していなかったことにすれば、皆さんのことも決して外に漏れブェッ!!」
自分に背中を向けているイレーネに、介錯人は彼女の横顔と脇腹に大小の分銅を勢いよく叩きつける。宙を浮いて吹き飛んだイレーネの肋骨や頭蓋骨は砕け、顔にある穴や割れた頭から血や脳漿を垂れ流し、ピンク色の肉片が粘性のある音を立てて地面に落ちる。
「粛正」
介錯人が一言告げる。介錯人に対して危害を加える行為。即粛正対象となる行為を、愚かにも介錯人のすぐ目の前で選んだことで、イレーネは自身の思惑を最後まで告げることなく命を終えた。
「アハハハハ! 「漏れブェッ」だって! アハハハハハハハ! それにしてもスゴいねぇ! そのフレイルで人間ってこんなになっちゃうんだ! ヘェェェェ……人間の脳ってこんなにキレイなピンクなんだぁ……」
イレーネへの突然の粛清に静まる使用者たちの中で、シンヤの笑い声が唯一放たれる。副長に対して、最初で最後の恍惚な声を上げていた。
「……さ、副長まで死んじまった……」
「それに、さっきなんつってた、副長」
「介錯人がいると、オレたちはおしまいだって……」
使用者たちは過去自分らが行ってきたことを思い出し、すぐに顔から血の気が引いていく。無論過去行ったことに対しての罪悪感ではなく、それが拠点本部にバレ自分たちの生活に影響が出ることに対してだった。
シンヤに対しての暴言、暴力。同じようなことを過去新しい使用者や冒険者に対してもしてきており、それ以外にも思い当たる節はある。職員を含めて腐敗しきった町だ。叩けば出てくる埃など数知れない。
「…………」
「ヘヘ……」
一人、二人と閲覧席から中央に降りる使用者が出てきた。数で攻めれば勝てるはずだと安易な考えで武器を構える。
その内の一人が中央エリアに降りた途端に駆け出し、介錯人に迫る。足音を聞きその方をヘルメットのシールドが向く。
「死ねオラアァッ!」
大きく武器を振りかぶり介錯人に迫る使用者の男。だがその攻撃はすんなりと躱される。
「…………」
ただ静かに足をずらし足甲の音を立てることなく刃を避けると、天秤に魔力を通して石突で男の腹部を突く。
「グェッ!」
手ごたえを感じると、男はその場で蹲り胃の中の物を吐き出す。吐き出している最中に、フレイルの分銅が後頭部に叩きつけられる。すえた臭いと水音を立てながら、男は息絶えた。
「粛正」
流れるような動きで男を殺した介錯人からまた静かに一言発される。
介錯人は立場上こうして狙われることが少なくない。その上で、彼らは如何に自らが殺されることなく、滞りなく対象を粛正することを頭と体に強く刻み込まれている。
介錯人とは、対人戦闘に特化した者たちのことでもある。
あまりにもすんなりと一人の使用者が死んだことに、他の使用者は足を止めてしまう。時間と命の無駄になると、再び拡声器をオンにする。
「ヘルメットを介して状況はリアルタイム通信されている。戦っても意味がない」
機械的に増幅された音量の声を耳にすると、使用者たちは諦めの表情でみな武器をしまう。
それに対して介錯人は「まだ終わりではないがな」と心で呟いた。
今回はあくまでシンヤ・マサキの使用者昇格試験の立ち合いにのみ関わるはずだったが、イレーネの行動により、凪夜会に反発するほどの何かがハンス町の過去に行われていたのを洗い出す必要が出てきてしまった。
イレーネが命を賭して行った行動は、結果拠点職員と使用者を追い込むという皮肉な結果になった。哀れな女だと、介錯人はイレーネの亡骸に目を落とした。
・平定組織は「平定する組織」という造語です
・粛正は「厳しく取り締まり不正を取り除く」という意味ですが
粛清は上記に加えて「反対派や邪魔な存在を除外する」意が含まれており、話の中では一応書き分けています
・凪夜会は別の小説で出す予定だった組織で、モデルは「嘘喰い」の組織「賭郎」です
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