交ワる笑声
※人によっては若干不快に感じる性的な表現があります
ご了承下さい
次で昇格試験の話にしたいのでまた若干長めです。
ハンス町に於ける拠点で拠点長に次いで地位のある存在である副長、イレーネは端末で顔を隠すことすら忘れるほどの衝撃を一度に三つ受けた。
「こんにちは! 拠点長いる?」
一つ目は一人の例外を除いて拠点に関わる者全員から嫌われている町で唯一の高位技師、シンヤ・マサキが誰の目も言葉も意に介さず拠点に入り自分の下を訪れたこと。
二つ目はその技師の容姿が明らかに変貌していたこと。
三つ目はその一人の例外であり、目の前の技師が天敵としているはずの拠点長、ハンスを自分から呼び出したことだった。話し方が明らかに軽快なものになっていることを分ければ四つになる。
アイリに最後のメンテナンスを行ってから一週間。予定通りシンヤは使用者昇格試験のために拠点を訪れていた。
外は太陽が真上に昇り暖かな日差しを感じられるが、シンヤとイレーネとの間には一転して曇天のような沈んだ空気が漂う。
リムの端に指を当てて眼鏡を直すと、驚いてしまったことを帳消しにするかのようにイレーネが威圧的にシンヤに詰め寄る。
「……いきなり何の用ですか、シンヤ・マサキさん。拠点長も忙しいんです。貴方みたいなマナーをどこかに置いてきた方の相手をするとお思いですか?」
「え? いつもボクを見ると抱き着いてきたり舐め回してこようとしたりするの知ってるよね? だからボクが呼んでるとわかったら飛んでくるんじゃないかな! 早く呼んでもらっていい?」
変わっているのは髪色や話し方だけではないとイレーネは理解する。いつもなら少し圧をかければ申し訳なさそうにしていた少年が、今は全くそんな素振りを見せない。
「……ああ! そうか! いつも端末ばっかり見てるから周りのことが見えなくなってるんだ! アハハハハ! なら仕方ないね! アハハハハハハハ!」
悪意も意図もない、シンヤからの思いもよらぬ口撃にイレーネは自分の頬がピクリと動くのを感じた。今までもシンヤに対しては嫌悪感を抱いていたが、それとは異なる怒りからくる苛立ちを感じるとは思わなかった。笑い声が拠点内に大きく響く。
「オイ見ろよ! シンヤのヤツ、頭真っ白じゃねぇか! ナニをどんだけぶっかけられたらそんな白くなんだよ! ギャハハハハハハ!」
「そういえば、何かアイツからすえた臭いしない? イカが腐ったみたいな。やだ最悪」
「それに来ていきなりハンス拠点長ご指名とか、もっと白くされてぇのか? どんだけ欲しがってんだよテメェ! ヒィッ! ヒィヒヒヒヒヒッ!」
「それともあれか? 急にジジィにでもなっちまったか? だからボケて自分のケツ掘ってくれる相手探しちまうのか? オイ、どうなんだよオイ! クヒヒヒャヒャヒャ!」
拠点内にいる使用者全員がシンヤを嘲り、罵る。その内容は品性を欠き聞くに堪えない。いつもシンヤが拠点に来るたびに行われている恒例行事で、今回も懲りずにそれが行われる。
そしてシンヤが居辛そうな顔をして萎縮すれば更に罵声を浴びせ、拠点を出ようとすれば足を引っかけるなり体当たりするなりして逃げられないようにした上で嘲笑に拍車をかける。そこまでがワンセットだった。
だが、またしても渦中の若い技師は拠点内にいる全員の予想を裏切った。
シンヤが大きく開いた目と口角を上げた口のまま、周りにいる使用者と拠点の職員全員をゆっくりと見渡していた。
何を言うでもなく、何をするでもなく、周りにいる者たちをその笑顔でただ見るだけ。
暫く続いていた拠点内の空気を揺らすほどの嘲笑が、次第に段々と小さく弱くなり、最後には一変して凪いだ水面のように静寂が覆う。
誰かの息遣いすら大きく聞こえるような空間に変わった所で、シンヤが口を開く。
「終わった?」
誰も予想しない一言に、全員が呆気に取られた。
「うるさかったからずっと放っといたけど、もういいかな? よくあれだけみんなうるさくできるよね! アハハハハハハ! スゴイスゴイ!」
次いで出てくる言葉も、誰一人として今目の前にいる白髪の少年が言うであろう言葉だとは想像できなかった。
「ああそうそう! 副長、もう一回言うね! 拠点長呼んでよ!」
自分を笑っていたことなどお構いなしに、再度イレーネにハンスの呼び出しを請う。一回目よりも大きくゆっくりと、それこそ老人との会話のような言い方で促す。
違う。
コイツは今までとは何か違う。
拠点内にいる誰もがシンヤに対してそう感じた。変わっているのが自分たちが馬鹿にしていた外見だけかと思っていたが、最も変化しているのが内面であることをその身で知った。
だが当然、このまま終わりにはならない。
「オイコラシンヤァ!! テメェ誰に向かってうるせぇとか吐いてんだよ!」
「……そ、そうよ! シンヤのクセに生意気なのよ! 立場ってものを考えなさいよ!」
「やっぱりコイツボケてるみたいだなぁぁ……この前みたいに「教育」してやるしかねぇかなぁ!」
以前シンヤの工房を訪れた面々が勢いを新たにシンヤに突っかかる。エルダに怪我を負わせたことが万一にも露呈することを考え、あくまでも教育と言い換えていた。
言い終わるや否や、工房でシンヤを蹴り飛ばしていた男がシンヤに向かって歩き出す。右手に力が入っていることが、拳を握っている様子で分かる。
シンヤが表情を変えずに自分に迫ってくる男を直視している。頭から足までをじっくり見てから、思ったことをそのまま口にする。
「……やっぱり、キミじゃないんだよな」
「ハァ? 何ほざいてやがる!」
意味の分からない言葉に更なる苛立ちを覚え、右手を振り上げる。シンヤはゆっくりと腰に手を持っていった。
「オイオイオイオイオイオイオイオイィィィィ! シィィンヤぁぁぁ~、お前からの呼び出しなんて嬉しいじゃあねぇかよおぉぉぉぉぉ!」
全ての者の動きを止めるくらいの大きな声が二階から聞こえたと思うと、階段をすっ飛ばして一階に着地する大柄なスキンヘッドの男。
着地というより落下や追突に近い、衝撃と音を拠点内に響かせて、拠点長ハンスが降りてきた。
シンヤがイレーネに対して行った二回目の要請は、二階にいるハンスにも届いていた。愛玩物にしたくて仕方がない存在が自分を呼び出したのだ。居ても立ってもいられず、最速でシンヤの前に現れた。
「ンンンン? シンヤぁ~。髪が真っ白じゃないか~。染めたのか? オレのためにイメチェンでもしてくれたんだな? そうなんだなぁ? それを見てもらいたくてオレを呼んだのかぁ~、可愛いヤツじゃないかぁぁぁ~」
見当違いな手前勝手な想像を言葉にしてぶつけると、そのままシンヤを抱きしめようと両手を上げて近づく。
だがまたしてもシンヤの予想外の行動が、今度はハンスを止めることになる。
「!」
自分を抱きしめようとしたハンスの唇に、シンヤが人差し指を当てた。悪いことを言っている子供を母親や姉が優しく窘めるように、ゆっくりと優しく。
シンヤの行動に一瞬ハンスが止まったが、その直後に彼は甘美な一時を感じていた。シンヤの指が自分の唇にしっかりと当たっている。その感触と温かさに、ハンスは意識を向けていた。
「お願いがあるんだけど、いいかな?」
人差し指をそのままに、抱き着くため低い体勢になってもハンスより背が低いシンヤが上目遣いで訴える。ハンスの顔が表現にふさわしい具合にとろけていく。
「んん~? 何だシンヤぁ~。何でも言ってみな、何でも聞いてやるよぉぉぉ~」
人差し指から唇を話すことなく器用に話すハンスに、全く変わらない笑顔でハンスに面と向かって告げる。
「使用者昇格試験、受けさせてよ!」
「……使用者……」
「……昇格、試験……?」
ハンスより先に周りの使用者達が反応し、数秒の沈黙の後には再び激しい嘲笑が起こる。
「ギャハハハハハハハハ! マ、マジかよコイツ! 使用者になるつもりかよ!」
「シンヤよぉ!! オメェは何だよ! オレらを笑わせるために今日来たのかよ!」
「ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! ゲホッ! ゲホッ……あークソ、むせちまった! お前なんかが受かるワケねぇだろうがボケが!」
「……プフッ!」
使用者だけでなく職員からも嘲笑が聞こえ、今度は中々鳴りやまない。いくら防音の加工をしていても流石に外に漏れるんじゃないかと、シンヤは場違いな感想を抱いていた。
「…………オイ」
だが当事者であるが他人事のように考えているシンヤに対し、他人なのに当人以上に怒り、シンヤ以外の全員にその感情を向けている男がいた。
「うるせぇぞテメェら」
額に青筋を走らせるハンスの大きな、それでいて静かな一声で一気に場が静まる。
たった一言で職員はともかく、場数を踏んでいる使用者達全員を黙らせられるだけの存在。拠点長の座に就いている者の実力は決して名ばかりではない。
「それで……使用者昇格試験だっけかぁ~? シンヤが受けるのかぁ~、大丈夫かよぉ~心配だなぁ、もし何かあったらオレどうにかなっちまいそうだぞぉぉ~?」
一瞬で愛玩動物を見る顔に変わり、シンヤを気にかける。だが単に怪我をして自分の好きな物が傷物になるになることが嫌なだけだった。
「ウン! それでね? ちょっと条件を付けたいんだ!」
「条件?」
「そう! 条件! 一応同意書作ってきたんだ! 見てもらってもいい?」
つい先ほどこの場にいる全員を黙らせた男に対し、全く臆することなく、まるで友達と話をするかのような言い方で話を進めるシンヤは、この場ではとても異質な物に見えた。
「んん? どれどれぇ~?」
言われるがままにハンスは同意書に目を通していくが、目線が同意書の下に向かっていくにつれ、その表情に変化が表れていく。
「……これ、書いてることをシンヤは全面的に受け入れるってことでいいんだな?」
愛でるような気味の悪い言い方ではなく、シンヤに対して珍しく重みのある言い方で確認する。それほどハンスにとっては重要な物だというのが分かる。
「ん? そうだよ! だからあとは拠点長が同意して名前を書いてくれればそれでいいんだ!」
見落としがないかと今一度同意書の一番上からじっくりと一行一文字を見据え、音読まで行っていた。とてもゆっくりと読んでいるが、ハンスにはそれだけの価値のある内容が、そこに書かれているからだ。
同意書には以下の内容が記されていた。
・昇格試験に於いて互いが肉体的精神的にいかなる損害を被っても一切不問とする
・昇格試験終了及び勝敗の条件はいずれかの降参、意識不明、死亡時に限る
・昇格試験に敗北した側は勝利した側への服従を無条件で受け入れる
そして同意書の下部にはシンヤの署名と、空欄の署名欄が一ヶ所。
平たく言えば、昇格試験中に何をしてもいいし、勝てば相手に何でも言うことを聞かせられる。
しかもその条件を拠点長側ではなく試験を受ける側、つまり本来であれば明らかに実力が低い側からの要望。ハンスからすればほぼ無条件でシンヤが手に入ることになる。
同意書の内容を読み返し頭の中で咀嚼すると、ハンスは欲しかった玩具をプレゼントされた子供のように歓喜した。
「オイオイオイオイィィィ! 本当だな? シンヤ! 本当にいいんだな? 後になって嘘でしたなんて通用しねぇぞ?」
「アハハハハハハ! ウンウン! わかってる! わかってるよ! だからボクはもう名前書いてるでしょ? あとは拠点長が名前を書けばいいんだよ! それと写しをしてお互いが持てばいいと思うんだ!それで問題ないでしょ?」
更に念を押すハンスが望んでいた答えをシンヤが返したことで、ハンスは内心さらに舞い上がってしまう。
――何だこれは何だこれは! プレゼントなんてもんじゃねぇ。こういうのはコトワザだかで聞いたことがある。自分にすごく都合の良い状況ができるやつだ。
そうだ、「鴨が葱を背負う」だったか。すぐ鴨鍋が食えるように、鴨が材料を一緒に持ってくるヤツだ。
だが目の前にあるのはそんなもんじゃねぇ。鴨が葱に鍋にコンロまで背負ってご丁寧にオレの所までトコトコと歩いて来てやがる。しかもこんなに笑顔で「僕を食べて」とでも言わんばかりに!
……食ってやるよシンヤぁ。髪の毛から耳に頬に口、指に腕、胸に腹に太ももにそれに……。
考えるだけでニヤけてきちまう! 骨の髄まで。毎日のようにむしゃぶりついてやるよぉ! 泣いても止めねぇ! いや、寧ろ泣いてくれ! 鴨鍋に良いスパイスが入ってまた美味くなるに違いねぇ……!
心の叫びが露骨に顔に出たのか、ハンスの顔が見える位置にいる者がみな恐怖と驚愕の顔を見せる。
「イレーネ! ペンを寄越せ! あとはコイツをコピーする準備をしろ! すぐにだ!」
急に自分の方に手を伸ばし指示を受けたことで一瞬反応できなかったが、すぐにイレーネはペンを用意してハンスに手渡す。同意書とペンを乱暴に手に取ると、近くのカウンターに向かい名前を殴り書きし、最寄りの職員にまた乱暴に同意書を渡す。
同意書がコピーされる僅かな平安の時、ハンスは今一度シンヤを舐め回すように見る。
真っ白になった髪は光の具合によっては銀色にすら見え、顔は自分が降りてきた時から今まで笑顔のままで一切変わっていない。ハンスとしては笑顔のシンヤが見られて眼福ではあったが、同時に整い過ぎた笑顔だなとも感じていた。
服はワンサイズ大きいのか、少しゆったりとしたネイビーのワークジャケットで、左右の胸と腕、腹部にポケットがついている。
その下のインナーには黒のコンプレッションウェアを着ており、ボディラインが浮かび上がっているのが分かるとハンスの口から小さく喜びの声が漏れる。
手は保護と技師としての作業を両立させるためだろう、親指から中指までの三本だけオープンになった黒のレザーグローブ。
下はジャケット同様にワンサイズ大きめなネイビーのカーゴパンツ。こちらも腰以外に左右の太ももとふくらはぎの部分にポケットがついている。
靴は黒のハイカットのワークブーツ。こちらも動きやすさや作業との両立を考えてのもののようだ。
腰に大小いくつものポケットがある少し大きめなブラウンの革製の腰袋。服もそうだが技師の作業に必要な工具や部品を落とさないような配慮だろう、全てのポケットにしっかりとカバーがされている。
何より目を見張るのは、腰にクロスする形でかけられているダークブラウンの幅の太めなベルトと、それに備え付けられた複数のホルスター。左右四対のホルスターには一部しか見えないが、今回の試験で使うであろう超歪兵器を覗かせている。
全体的に暗めなコーディネートをしているせいか、少ない露出をしている肌と髪がとても映えて見える。ハンスの目にはその極端なコントラストによって見える白は、何物にも代えがたく、まさに純白ともいえるような美しさと愛らしさを感じさせる。
その純白の存在を、この後思う存分汚すことができる。自分の好きな色に染めることができる。
今の時点で既に勝利を信じて止まないハンスは、無意識に舌なめずりをした。当のシンヤは相変わらず表情を変えずに、同意書のコピーが終わるのを待っている。
「終わりました。こちら同意書と写しです」
ハンスが脳内でシンヤとの時間を楽しんでいると、職員が二枚の同意書をカウンターに置く。二枚ともシンヤが取ると、一枚をハンスに手渡す。
「ハイ、どうぞ!」
笑顔のままで自分に同意書を受け渡すシンヤを、既にハンスの頭の中ではグチャグチャに汚していた。それを現実にできる楽しみを噛みしめながら同意書を受け取る。
「それでぇ? どおぉぉぉするんだシンヤぁぁ~。いつ試験を受けるんだよ?」
性的な物を見る目をして顎髭を撫でながら、シンヤに問う。だがハンスの中では予想はついており、奇しくも予想通りとなった。
「今! 今すぐやろうよ!」
「そうかそうかぁぁぁ~今すぐかぁぁ~。コイツは楽しみだなぁガハハハハハハハハ!」
「本当だね! 楽しみだなぁ! アハハハハハハハハハハハハ!」
唐突な要望ではあるにもかかわらず好機であると、お互い異なる目的を果たすために同じように笑い出す。最後の最後で発せられる息を合わせて一つに重なったかのような笑声に、周囲は近寄りがたい物を感じていた。
こうして、戦闘経験のない高位技師シンヤと、ハンス町拠点長ハンスによる使用者昇格試験が始まろうとしていた。
滞りなくキーボードを叩ける時とそうでないときのペースが極端です。
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