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壊レタ技師ト壊シタ使用者  作者: 塵無
壊レるマで
16/42

止まルコとナキすレ違イ

戦闘シーンとなるので地の文が多く、一見して長いです。

 魔力でできた角と尾を生やし、そして炎のように明るく揺らぐ髪をしたアイリの重病者へと向かう速度は、今まで走っていた時の物とは比較にならなかった。瞬く間に重病者への攻撃圏内に入ったかと思いきや、走った勢いそのままに前に跳び上がり左腕を斬りつける。


 体はもちろん大鎌にも今まで以上の魔力を通し、攻撃力も上がっていることが深々と傷つけられた重病者の左腕を見れば明らかだった。


 その流れで体を半分宙返りさせ空中で重病者の方を向いて逆さまになった状態で、今斬った箇所に砲撃を重ねる。上手く弾が当たったことで左腕から黒霧が噴き出し、端から見ても重病者へのダメージが十分通ったのが分かる。今度は黒霧が周囲を漂うこともなく、そのまま霧散していく。


 着地するとすぐに振り返り、今度は数秒ためを作ってから向きを変え始めた重病者に砲撃を繰り出す。魔力で作られた弾は溜めた分威力が増すようになっているが、今のアイリが放つ一発は通常の黒霧産物であれば致命傷になるほど強力だった。


 放った弾は左ひざに当たって重病者が若干バランスを崩し、そこに即座に駆け寄ったアイリの大鎌が入る。またも見るからにダメージは大きく、重病者が片膝をつく。


 だが重病者も片膝をつくついでに、攻撃圏内にいるアイリに向かって傷ついた左腕を振るう。傷をつけられていても大きな腕での一撃は脅威には変わりない。着地したばかりのアイリは何を思ったか左腕が自分に十分に近づいたのを確認してから小さくサイドステップを踏む。


「!!」


 明らかに攻撃を受けたとシンヤはまた声を上げそうになったが、息をヒュッと吸い込むに留まった。


 アイリの腰から生えていた魔力の尾が、重病者の左腕の前に伸びて受け止める。左腕から離れるような形でのサイドステップによって勢いを殺しつつ受け止めたことでアイリに衝撃が及ぶことはなかった。


 左腕に絡めるように受け止めた尾を動かして器用に左腕に乗ると、その上で小さくジャンプして大鎌を縦回転させるように振るう。黒霧の噴出が収まりつつあった箇所に更に攻撃が入り、再び黒霧が散らばる。


 しかしアイリが着地するより先に、重病者の右腕がアイリを捉える。回避に間に合わないと悟ると、またも魔力の尾を前に出し受け止める。直撃は防げたものの若干のダメージは受けてしまい、そのまま吹き飛ばされる。


 またも機械の山にぶつかるかと思いきや、体を捻り魔力によって強化した足と尾を使って山に着地する。衝撃で機械の山が小さな雪崩を起こし、強い風の音がする中でも機械同士がぶつかる姦しい音が聞こえる。


「…………」


 山から降りて軽く服を払うと、アイリはまた重病者を見る。重病者の正面に吹き飛んだため、今はアイリと真向いの状態にあった。


 一見するとアイリが押しているように見えるが、その内心は穏やかではなかった。


 アイリの魔力解放……言わば「変身」は身体能力と攻撃の爆発力が大幅に上昇する。だがそれは限りある魔力の前借りとも言える。


 他の使用者よりも総量の多い魔力があるとは言え、魔力量には限りがあることには変わりない。一定の時間が経過すれば変身は解け、そうなると魔力は暫く使えなくなる。また変身中に飛躍的に上昇させていた身体能力の代償として満足に動くこともままならない。


 大まかなリミットは三分、長くても五分。動き回ったり攻撃を受けたりしていたことを考えると決して長い時間は持たない。持ってあと一分から二分の間といった所か。


 加えて言うなら、アイリ個人の問題として事情を知らない他人に変身を見られること自体良しとしていなかった。自分が受け入れていない、嫌悪している対象には特にだ。


 事実は異なるが、エルダに危害を加えた相手だと思っているシンヤはこの嫌悪の対象に入っている。今この場にいるのが自分一人だったらどんなに良かっただろうか。


 だが撤退するにも逃げ切れるか怪しく、実力の低い使用者しかいないハンス町に危害が及ぶ可能性もなくはない。何より自分がずっと探していた獲物だ。多少無理をしてでもここで片づけておきたいというのがアイリの心情だった。


 かといって時間がないのも事実。そうなると考えられる手段は限られてくる。


 最大の魔力を込めた一撃。


 それをどこに、どのタイミングで入れるか。またその状況にどうやって運んでいくか。


 結論が出たものの、アイリは眉を顰めざるを得ない。


「……ハードすぎでしょ、いくらなんでも……」


 敵の攻撃をかわしつつ、こちらも着実にダメージを与えていく。


 とどめの一撃を入れられるような状況を作り出す。


 相手に十分な隙ができたのを見計らい一撃を見舞う。


 それら全てを残り二、三分の間に考えつつ実行しなければならないことに辟易(へきえき)する。ああ、やることがいっぱいでクラクラしそう。


 頭の中で皮肉を言いながらも、既に覚悟はできていた。やるしかない。でなければ死ぬだけだ。


 大きく息を吐いてから半身の体勢を取り大鎌を構える。機械のかすかに重なり合う音が鳴ったのを聞くと、足に一気に力を入れて地面を蹴った。狙うのは足。確実な一撃を入れるために、まずは体力と機動力を削り極力動きを鈍らせる。


 すると重病者は右腕をアイリに向けて突き出す。


 今までの緩慢な動きに目が慣れていたせいか、今までにない速さで突き出される攻撃に脳内でわずかな混乱が生じるが、すぐに自分と衝突するであろうタイミングを計り、そこでまた魔力の尾を前に出す。


 力強く振り出した尾は右腕に当たるが、巨体から繰り出される攻撃を弾くには至らない。でもそれで十分、自分に向かってくる軌道をずらせればそれで問題なかった。


 右腕の軌道を逸らして重病者の右ひざに一撃を入れる。だが弾かれてすぐに後ろに振り返したであろう右腕が、アイリの後ろから迫る。


「ぐっ!」


 避けきれない位置ではあったが大鎌と尾で防いだことでダメージはほとんどない。再び飛ばされるが、また大鎌で勢いを落として機械の山に着地する。


 機械の山から降りたアイリが重病者を見ると、またもや両膝をつき両腕を上げていた。嘆きに似た無差別攻撃だとすぐに理解する。


(またあれがくる……すぐ後ろに山があるけど、正直隠れるような時間も惜しい)


 何かないかと足元を見回すと、ある程度の大きさをした機械のプレートを見つける。


「よし、これで……!」


 プレートを持ち盾のように前に出すと、極力体全体が隠れるように低い体勢をして重病者に突っ込んだ。


 風が強さを増している所に盾で生じる空気抵抗を思いきり受け、突っ込みながらもバランスを崩さないよう耐える。それからすぐに機械の残骸が周囲に飛ばされたのか、盾の向こうでけたたましい音と衝撃を何度も肌に感じた。


 音が止んで残骸が飛ばなくなったことが分かるとすぐにプレートを放り投げ、低い体勢のまま左ひざを斬る。先の砲撃と斬撃に加え、再びの斬撃。今まで以上に大きな裂傷と大量に噴き出す黒霧を見るに確実に攻撃は通っている。


 今のうちにもう一撃見舞おうと足に力を入れた時、一瞬だが膝の力が抜けガクンと落ちる。


「!」


 すぐに立て直したが、自分の状態を理解したアイリは一気に疲労感を覚えた。過去の経験上、変身のリミットが近いことを意味していると分かる。


 自分の予想ではもう少し猶予があると思っていたが、思っていた以上に力が入りすぎていたことで魔力の放出が早まったか、または想定以上にダメージを喰らいすぎていたか……。だがいつまでも考える余裕などなかった。


「! 今の様子だと、アイリさんももう限界かもしれない……。早く、追加したギミックについて教えないと」


 アイリと重病者から少し離れた山から見ていたシンヤだったが、遠くからでもアイリの様子が少しおかしいことに気づいていた。


 鉄屑まみれと長身の組み合わせで発生した重病者対策として念のためにと昨日急遽追加したギミックだったが、今を逃すとおそらくアイリが使うことなく終わってしまう。攻撃できるとしたらあと一発か二発。機を逃してしまう前に伝えなければ。


「急がないと……」


 シンヤは山からアイリの下へ駆け出した。


 シンヤが走り出した頃、重病者の左腕がアイリに向かっていた。端から見れば自分の左ひざを叩くような形で、アイリを腕とひざを使って潰しにかかる。


「! っぶな……!」


 予想よりも近づいていた限界に意識を向けていたため一瞬反応が遅れたが、すぐにその場からわずかに横にずれると、その直後に自分のすぐ横から強い風圧を感じた。


 吹き荒れて来るものとは別の風で服や髪が激しく揺れ、冷や汗を背中に感じながらも少しばかり安堵する。


 ここで畳みかけるしかない。魔力を送って赤く光った大鎌で、裂傷の所に刃を入れる。


「ぃぃいいあああああっっ!!」


 大鎌にも自身にも魔力を更に注ぎ、普段出さないであろう声と共に大鎌を真横に振りぬく。自分でもこんな声が出るんだな、と一瞬場違いな感想を頭の中で巡らせると、重病者の左ひざを大鎌が通り過ぎる。


 その時ある程度距離を詰めたシンヤが、アイリにも聞こえるようにと声を放つ。


「アイリさん! 鎌に、鎌に思いきり魔力を込めてください!」



 それと同時に左ひざを切断されてバランスを崩した重病者は四つん這いのような体勢になった。


「昨日ギミックを追加しました! ()()()()()()()()()()()()()ギミックです!!」


 シンヤもこれまで出したことのなかった大声で言うが、重病者が両腕をついた時の衝撃や轟音でアイリには届かない。


「っし!!」


 これが最初で最後のチャンスだと、アイリが重病者の後ろに跳んで距離を取ると、数メートル後ろの機械の山に跳び乗った。アイリの武器で致命傷を与えるのであれば、狙うのは首の切断。助走のない立ち幅跳びの要領で横に跳び、少しだけ高さをつけて後ろから首を切断する。変身している今であれば問題なくこなせる。


 山に着地した時にも感じる疲労感が、限界はもう間もないことを体で理解する。山から幾つか崩れる機械の残骸が、今の自分を表しているようにすら思えた。


「重病者を切断するイメージをして魔力を大鎌に送ってください!」


 音が止んだ所で再度シンヤが声を上げる。アイリにも聞こえる距離ではあったが、彼女が乗った山から崩れた機械のぶつかり合う音が、その声を聞き入れることを阻んだ。


「フッ!」


 両足で山を蹴り、重病者の下へ跳んだ。横に大きく、上に小さく。角度は問題なかった。


「!!」


 しかしそれと同時に、重病者の体が起き上がり始めてしまう。


(嘘でしょ……!?)


 既に四つん這いの状態で首を斬り落とすための角度で跳んでいる。今さら角度調整はできず、このままだと背中に激突してしまう。


「……ああ、もう! こうなったら……」


 残り少ない魔力を一気に大鎌に注ぐ。大鎌はより一層赤く光り出した。


 もう首でも背中でも関係ない。とにかくこの一撃で斬り倒す。


「……胴体を斬る!!」


 そう決意を言葉にして構えた瞬間、大鎌に注いでいた魔力が刃に集中した。


「え?」


 刃に集中した魔力はそのまま形を変え、大きな刃へと姿を変えた。その大きさは優に重病者の胴体を切断できる大きさだった。


「……!」


 こんな性能は知らない。一体何故だと思ったが、今は考える余裕はない。標的は目の前にいる。むしろ首より太い胴体を斬るならちょうどいい。


「……っせぁああああああああっっ!!」


 山の間を吹く風でも遮れないほどの大きな叫び声と共に、アイリは大鎌を力の限り横に薙いだ。


 重い手ごたえ。肌に当たる風と砂粒。残り少ない魔力。全身に広がる疲労感。


 全てがないまぜになった感覚を覚えながら、大鎌を振りぬいた。


 大鎌を通して感じていた重い感触がプッツリとなくなる。それとほぼ同時に刃の形をした魔力も、角も尾も消えた。


 少しバランスを崩し片膝をついて地面に着地し、自分が今斬った物を見やる。


 体を起こしかけ、上半身だけ礼をするような体勢の重病者。一見して何事もなかったかのように見えたが、アイリが魔力の刃で斬りぬいた所を境に、胴体が鈍く、重くずれていく。


 数秒経つと、地面についていた両腕が力なく、これもゆっくりと肘が曲がっていき、そのままこれまでにない激しい音と風を生んで地面に突っ伏した。切断された所からは一気に黒霧が噴き出していく。やはり周囲に留まらず、周囲に散っていく。


 二人を巻き込むほどの大量の黒霧が数分間絶えず噴き出し、それが薄れて周りの景色が見え始めた頃には重病者の巨体は見る影もなくなり、代わりに先が少し丸くなった無数の棘のついた大きな黒い球体がその場に落ちていた。


 棘付きの球体は鉄屑まみれ、こぶし以上の大きさをもつ球体は長身の魔石の特徴。アイリの顔位の大きさをした棘付きの球体は、紛れもなく二つの要素を持つ重病者の球体だった。


 魔物の魔石以上に魔力を持つ黒霧産物の球体。異常個体から取れる魔力の質は桁違いに多く、重病者のそれは更に輪をかけて多い。


 初めて見る重病者の球体を目にして、改めて重病者を討伐したのだと認識した。


「……フゥゥゥゥ、死ぬところだったわ」


 大きく安堵の息を吐き、生を勝ち取ったことを実感する。大鎌で支えないと座り込んでしまいそうなほどの疲労感。今尚激しく打ち続ける心臓の鼓動。しかしその奥に確かな達成感を感じていた。


 高位使用者単独による重病者の討伐。最高位使用者への大きな足掛かりとなる。付けているタグが変わるのもそう遠くない。


 ノワルスタングス鋼でできた高位使用者を示す黒いタグを見てフフッと小さく笑うアイリの耳に、機械がぶつかり合う音が聞こえた。


「すごいですアイリさん! 重病者を単独で倒すなんて!」


 まるで自分のことのように感激した様子で、シンヤが弾んだ声で言う。


「初めて依頼に一緒した時からアイリさんは強いなと思ってたんですけど、僕が思っている以上に強いんですね!」


 シンヤの声を聞いた瞬間、アイリは今自分が感じていた喜びが一気に冷めていくのを感じた。彼には、言わなければならないことがあった。聞かなければならないことがあった。


「それに、角があったことも驚きましたがあの魔力で角と尾も……髪の毛もすごいですね! なんていうか……その……とても」


 綺麗でしたとシンヤは続けていたが、吹き続ける風によるものか、山が崩れまたもや機械の音が響く。綺麗という言葉はアイリの耳に届いていない。


「まずは疲れたでしょうから、しっかり休んでください。その後でいいので、これからのことをお話できればなと思います。超歪兵器のこともそうですし、自分とアイリさんの契約の話も……」


「……アンタ、知っててあのギミック入れたの?」


 シンヤの弾むような声を遮ったアイリの声と目は、今までシンヤに向けられていたものの中で最も冷たいものだった。

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