重病者
ハンス町を出て北西方面へしばらく進んだ位置に、鉄屑まみれが出たという情報がアイリの端末に届いた。朝の地上交通機関を使っていた人間が少し離れた場所で鉄屑まみれを目にしたらしい。
その場所は多くの機械や部品がいくつも積み上げられ、一時期廃棄所として扱われていた場所だった。生活の中で使われていた物はもちろん、中には戦闘中に壊れてしまったり、吹き飛んでしまった武器や武器の一部もまぎれているという。
他に都合のいい廃棄所ができたからか、黒霧産物の出現もあり、ある時を境に誰も来なくなった場所だ。
過去の例から鉄屑まみれが生まれるのは周囲に機械がある程度集まった場所だと分かっていたため、アイリも確認していた場所ではあったものの、その時は姿を確認できなかった。その場所で生まれたのは間違いないだろうが、おそらく確認した時は別の場所に移動していたのだろう。
アイリは発見者が乗っていたのと同じ方面を行き来する地上交通機関に乗り込み、目的地に近い場所まで向かうことにした。
地上交通機関は居住地間を移動するための物だが、黒霧産物が発生した場合や事前に討伐する旨を伝えておくと目的地付近で停車してくれる。使用者の中には他の移動手段を用いる者もいるが、大体は地上交通機関を使って近くまで行く場合が多い。
流れの使用者であるアイリも自分の足となる物を持っている方が良いかもと考えたことはあるが、今のところ地上交通機関でもそこまで不自由しておらず、また乗り物を持つと燃料や維持費もかかると聞く。現状は今のままで落ち着いている。
だが今回に限っては、その決断をしたことをアイリ自身悔やんでいた。
「なんでアンタも来たの」
窓の外を移動していく雑多な景色を眺めながら、アイリはぶっきらぼうに言い放つ。その隣には、初めて一緒に依頼に向かっていた時と同じ装備をしたシンヤが座っていた。
「あの、心配ですし……それに」
「心配するほど弱いと思ってるわけ? 馬鹿にしないでくれる」
足を組んで椅子の背もたれに頬杖をついて外を眺めながら、話を遮り終わらせる。朝武器を受け取って以来、シンヤとは顔を合わせようとしない。言葉も全てトーンが低く平然としており、嫌悪感を前面に出している。
それでもシンヤは仮契約した技師として、超歪兵器に施したギミックの追加について話さなければと思っていた。
「あの、実はですね、武器に」
「黙っててくれる? 集中したいの」
「あ、すみません。でも大事なこと」
シンヤの言葉が言い終わる前に、アイリが腰に付けた小さなポーチに手を伸ばした。ポーチからは明らかに入らないような大きな黒いヘッドホンが顔を出す。
「ああ、それ【空間圧縮器】なんですね。だから……」
空間圧縮器は容器の大きさ以上の容量を入れられるように、その名の通り容器内の空間を魔石や魔力を利用して圧縮した物になる。技師や空間圧縮器製作専門の業者にしか作れないが、一番容量が少ない物でもそれなりの値段がかかる。
ポーチとヘッドホンで視線を何度も往復させながらアイリの荷物が少なかった理由を納得していたが、その頃には既に彼女は音楽の世界に浸っていた。
話を聞いてもらえそうにないなと、仕方なくシンヤも窓の外を眺めて時間を潰していた。
レールを走る地上交通機関の揺れに身を委ねながら代わり映えのしない景色が続いて暫く経った頃、目的地に着いたと運転手がアナウンスを入れる。
音楽を聴きながらでも聞こえたのか、アイリがヘッドホンを外してポーチに戻す。明け方まで作業をしていたせいかまたも舟をこいでいたシンヤも、アナウンスを聞いてハッと目を覚ます。その頃にはアイリはもう地上交通機関を降りようとしていた。今ではシンヤを気にかけることもしなくなった。
急いで後を追うシンヤをよそに、アイリの目線と足は目撃情報のあった旧廃棄所に向かっていた。今見る限りでは鉄屑まみれの姿は見えない。
「……ここが……旧廃棄所……」
初めて見るシンヤの目には、ここが廃棄所とは言い難かった。
数多くの機械や部品、武器が乱雑に積まれた小さな山が複数もあるその場所は、技師であるシンヤからすれば宝の山に近しい。様々な機械を組み立て部品を繋げ、新たな活用法を見出す。既存の武器に対して適した物を組み合わせ、武器の性能を更に上げる。そんなことを考えるだけで、シンヤの技師としての製作欲求がウズウズと動き出す。
「すごい……こんなにいっぱい……」
だが今はそれどころではない。危険な異常個体が近くにいるかもしれない。何より自分の前を歩く少女が、自分のことを視界に入れるのも許さないだろう。
現にヘッドホンを外してからも、シンヤの声は耳に入れていない。
足の裏に靴底を通して硬いものを踏む感触が多くなってきた頃、奥の方の山で何かが動いたのをアイリが視界に捉える。
「離れて、邪魔だから」
武器を構えると同時に山を見ながらシンヤに告げる。その言葉には以前のようにシンヤを気遣う様子はない。戦いの邪魔になる。本当にそのままの意味で言った一言。
「……はい」
また胸に痛みを感じながらも、シンヤは言われた通り離れる。
十秒程度、山を見つめているとアイリの目が険しくなった。
「いた。鉄屑まみれ」
山から姿を現したのは、一体の黒霧産物。しかしその四肢の至る所に、この廃棄所に落ちていたであろう多くの機械が張り付いている。まさに鉄屑にまみれた姿だった。
大鎌を砲撃時の形態に展開し、すぐさま砲撃の体勢を取り魔弾を放つ。弾は鉄屑まみれの頭に当たり小さな爆発を起こす。それを喰らうと、鉄屑まみれはアイリの方に不気味な動きで近づいてきた。
即座に武器の形態を戻し、大鎌を構えて鉄屑まみれに向かう。僅かに魔力を通して威力を上げ、右肩から袈裟斬りを仕掛ける。
「! かった……!」
異常個体は共通して性能が通常の黒霧産物より上がっているが、鉄屑まみれは防御力が他の異常個体よりも高い。それは機械に覆われた部分だけでなく、むき出しの黒霧の部分も同様だった。
鉄屑まみれとの戦闘自体アイリは初めてだったため、通常個体を倒す時と同じ魔力を通してどれ位通用するのかを試した一撃だったが、想定以上の硬さに驚きを隠せない。
鉄屑まみれは機械をまとった右腕を振り上げると、まだ距離を取っていないアイリに向かって振り下ろす。
バックステップで下がったものの、通常個体よりも機械が張り付いている分リーチが長い。避けきれないと分かると大鎌の柄で攻撃を防ぐ。
「ぐっあ……くっ!」
やはり攻撃力も上がっていたのか、またもアイリの口から声が漏れる。防いだ衝撃で二、三歩下がってしまったが、何とか体勢を整える。
「アイリさん! 大丈夫ですか!?」
「うるさい」
初めて見るアイリが押されている姿にシンヤが声をかけるも、それを一蹴する。
「フッ!」
その場で一回転し、遠心力を利用して大鎌を横に薙ぎ払う。魔力量も初撃より多めに乗せる。
「よしっ!」
鉄屑まみれの右肘と胸の辺りを斬りつけることができた。今入った一撃を基に、アイリは頭の中でどれ位の力と魔力を使えばいいのかを考える。
今度は左腕を振り上げるが、それを察知してアイリもすぐに後ろに下がる。先ほど受けた攻撃からもう鉄屑まみれの攻撃範囲を割り出しており、振り下ろされた左腕は空しく空を切る。
「これ……くらい、かな!」
回転しない代わりに横薙ぎよりも武器に通す魔力量を上げ、隙をついて今度は左肩から斬りつける。思った通り、横薙ぎと同じようなダメージを与えられた。
アイリは魔力の調節は決して上手い方ではない。今行っている攻撃も自分の持っている魔力量に対し「大体これくらいだろう」という感覚で魔力を通して攻撃を加えている。
今の所鉄屑まみれにダメージを与えられているが、並大抵の魔力量しか持ち合わせていない他の使用者であればもう間もなくジリ貧となってしまうことだろう。本来異常個体の討伐は上位使用者が数人いて成せるかどうか、というレベルだった。
高位使用者でもより確実に倒すために二人以上で挑むケースも少なくないが、やはり魔力量との相談になってくるケースが多い。
アイリが単独で異常個体を相手にしていられるのは、元々持っている魔力量が抜きんでて多いことが大きい。無論、ダメージもなく戦闘を続行できているのは彼女自身の戦闘センスによるものなのは言うまでもない。
「もうそろそろかな」
再度距離を取って砲撃を数発撃ち込む。全弾命中し怯んだ隙に、飛び掛かって頭部を斬りつけた。
確かな手ごたえ。油断せずに再度距離を取って鉄屑まみれを見ると、今斬りつけた顔の部分から黒霧が噴き出していた。その様子を見て、アイリは討伐はもうすぐだと確信する。
だが、それに対してシンヤの表情に焦りが生じていた。
「あ、アイリさん! 早く! 早く倒してください!」
シンヤの声を耳に入れてしまいアイリの体がピタリと止まる。そしてここに来て初めて後ろの方にいたシンヤに顔を向けて、また冷たい目で答えた。
「言われなくても分かってる。指図しないでもらえる?」
「違うんです! 早く倒さないとまずいんです!」
要点を得ないシンヤの声に苛立ちを募らせ、アイリの返事に怒りの色が混ざる。
「何が。見れば分かるでしょう。もうすぐ倒せるんだからこれ以上邪魔しないで」
「そうじゃないんです! 黒霧が……黒霧が……霧散してないんです!!」
「……?」
まだ意味が分かっていないアイリが鉄屑まみれの方を向き直す。
「!!」
その様子は意味の分からなかったアイリにも、異常だと理解できた。
黒霧産物は攻撃を受けると、ダメージを負った箇所から黒霧が漏れたり噴き出したりする。そうして一定以上の黒霧を黒霧産物から吐き出させた上でダメージを負わせれば、黒霧産物は霧散して黒い球が残る。
ダメージを負わせた際に噴き出した黒霧はそのまま周囲の黒霧に溶け込み、黒霧産物の体に吸収されることはない。
だが今目の前にいる鉄屑まみれから噴き出している黒霧は周りに溶け込まず、鉄屑まみれの周囲を漂い続けている。それどころか周囲にあった黒霧が、少しずつ鉄屑まみれの周りに集まり始めたように見える。
過去に別の異常個体を他の使用者と討伐した時はこんなことはなかった。通常個体同様、出てきた黒霧は周囲に散っていった。今は明らかにその時と様子が違う。
「アイリさん、早く! 早くしないと」
「うるさい!!」
必死のシンヤの呼びかけすらもアイリはつい声を荒げて遮ってしまう。今の二人の関係性もあるが、アイリ自身想定外の事態に整理が追い付かなかった。
鉄屑まみれ自体は相変わらず不気味な動きをしているが、周囲を漂う黒霧の量は増えていく。下手に手を出すと危険が伴うことを考えると、追撃していいものかと二の足を踏んでしまう。
この状況がどういうものなのかを理解しているのはシンヤだったが、そのシンヤの言葉をアイリは聞き入れない。
二人はただ大量の黒霧をまとい続ける鉄屑まみれを見ているしかできない。
それから間もなくして、鉄屑まみれの動きが止まった。不気味に小刻みに動いていた四肢も頭も、全く同じタイミングでピタリと動かなくなった。
鉄屑まみれが片膝をつくと、より多くの黒霧が鉄屑まみれを覆い隠し、黒霧塊かと思うような朧気な輪郭の黒い球体がそこにできた。
「ああ……生まれる……」
呟くようなシンヤの言葉を合図に、球体を構成していた黒霧は霧散した。
そして、中から片膝をついた鉄屑まみれがいた。ついさっきまでと違うのは、片膝をついた状態でもアイリの身長を超えていたことだった。
「…………」
あまりの出来事にアイリは目を見開き驚きを隠そうともしなかったが、シンヤはまた唇から漏れるように呟いた。
「……重病者」
二人の先行きを示しているのか、空は次第に灰色へと変わっていった。
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