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壊レタ技師ト壊シタ使用者  作者: 塵無
壊レるマで
12/42

亀裂

復職して忙しくしてましたがまた休むことになりました。今度は長いお休みです。

おかげである程度話も考えられたのでまた進めます。

「……ヨシっと」


 アイリが呟くような声と共に黒霧産物(ミスティーク)を横に薙ぐ。今日受けた依頼は黒霧産物三体の討伐で、今ので三体目の討伐が終わった。


「これで今日の分の依頼は終わり、と」


 黒霧産物三体の討伐は、使用者(プレイヤー)の実力を測る依頼の一つと言われている。中位(フォース)使用者がこの依頼を一人でこなせるかどうかで上位(サード)使用者に近しい実力を持っていると判断され、昇格への道が大きく開ける。


 高位(セカンド)使用者であるアイリはとうに通り過ぎた道だが、滞在している使用者が上位までしかいないハンス(タウン)にくる依頼は、必然的に彼女にとっては役不足なものが多くなってしまう。


 加えて一つの居住地(ベース)に留まらない「流れ」の使用者がその居住地にある拠点(ホーム)の依頼をこなしてしまうのは、元々そこに腰を置く使用者達の稼ぎに直接影響を与えるため、流れは依頼をこなす数を調整するというのが暗黙の了解となっている。


 アイリがシンヤと仮契約を結んでから二週間。物足りないレベルの依頼を控えめにこなさざるを得ない状態の彼女の心には、不完全燃焼の燻りが長い時間居座っていた。


「お疲れ様で……す、って、どうしたんですか?」


 依頼の終えたアイリを見て仮契約を結んでいる若い工房の主は心配そうに声をかける。フラストレーションは顔にまで出ていたらしいと、漸く彼女は悟った。


「まあね、色々と。じゃあまた手入れお願いね」


「はい、わかりました!」


 そう濁して愛用の大鎌を工房のカウンターに置くと、シンヤは元気の良い返事をしながら当たり前のようにそれを手に取り奥へと向かった。


 仮契約が成されてから、アイリは依頼をこなすと決まって工房に足を運んでシンヤに使用後のメンテナンスを頼んでいた。


 使用者も自分の武器の手入れは行えるが、それはあくまでも最低限なもので細かさや丁寧さを考えるとやはり本職には敵わない。


 しかし依頼を終える度に製作者(クラフトマン)に依頼するとなると、依頼するものの中では控えめな料金になるメンテナンスといえど積み重なればそれなりの額になる。


 武器の性能をできるだけ良い状態で維持したい、しかし懐は寒くならない方が望ましい。そんな二兎を追い二兎を得られるシステムも含まれているのが契約となる。契約を結んだ使用者の武器は優先的に対応される以外にも、かかる費用が割り引かれるからだ。


 契約は双方合意の下行われる。つまりは互いが「この相手と契約を結びたい」と思うことが前提となる。


 製作者としては欲しい素材を、使用者としては自身の命とも言える武器を、信用できる相手に安い値段で任せられるというのはとても大きかった。それは期間を設けている仮契約であっても変わらない。


 特定の居住地に留まらない「流れ」であるアイリにとっては、自身のランクもあり行きつく先でそうした人間に出会えないといった事態がままある。彼女にとって自分の武器を調整できるだけでなく、細かい部分に気づき使用者が扱いやすいように手を加えてくれるシンヤのような製作者は、間違いなく当たりだった。


「……ハァァァ……」


 カウンターで頬杖をつきながら出てきたアイリのため息を耳にしながら、シンヤは大鎌の調整をしながら聞いた。


「今日も出なかったんですか? 【鉄屑まみれ(マキシア)】は」


「んー? ……んー……」


 シンヤの問いに対して体勢を変えることなく、アイリが気の抜けた肯定を返す。


 アイリがこんな状態になってもいまだにハンス町に留まる理由こそ、鉄屑まみれと呼ばれる黒霧産物の「異常個体」の存在だった。


 黒霧産物は黒霧(ミスト)が人型を形成した物が一般的ではあるが、中には突然変異を遂げた種類も存在する。共通してその強さは黒霧産物三体を単独で倒せる上位使用者が数人いて倒せるか否かというレベルだ。


 鉄屑まみれもその一つで、同じ人型ではあるものの体の所々に機械や鉄屑を纏っており、異常個体でも特に防御力が高い。


 そんな異常個体がハンス町の近くで確認されたという情報を耳にしてやって来たのだが、半月近く経っても遭遇することはなかった。


 異常個体の共通点として活動範囲が従来のタイプよりも広くなっていることもあり、それを加味した上で様々な方面での依頼もこなしつつ探しているが結果は芳しくない。かといって発見情報の更新もないことから、この居住地の周辺にいる可能性が高い。


 動くに動けず、かといって依頼もあまり受けられない。そんな状況にアイリは少なからず不満を抱いていた。


「また喫茶店でも行って来たらどうですか? 気分を落ち着くでしょうし、戻ってきたらすぐ渡せるようにしておきます」


 この町に来た日に目にした喫茶店にアイリは時々行っている。落ち着いた雰囲気の店で時間つぶしにはちょうど良かった。何より出しているフレーバーティーが美味しい。大鎌の調整もいつもしてもらっているので問題ないだろう。


「……じゃあ行ってくるわ。その子よろしくね」


 そう言って振り返った背中にシンヤの返事を受け、アイリは工房を出る。


「今日は何飲もっかな」


 伸びをしながら喫茶店に向かって歩いていくアイリを見送り、シンヤは大鎌のメンテナンスを続け、再び工房内に工具の音が響いた。




 ◇◇◇




「よし、調整終わった。今日も特におかしな所はないな」


 メンテナンスを終え、大鎌を拭きながらシンヤは安堵する。


 武器に何か異常があれば使用者にもアクシデントや怪我を負ってしまうこともある。以前アイリの黒霧産物や魔物の討伐を間近で見たシンヤは、それからはより一層入念にメンテナンスを行っていた。


 使用者は自分たちの代わりに黒霧産物と戦ってくれる存在であり、その存在から命とも言える武器の調整を頼まれるということは、自分たちの技術が使用者の信用や命に関わり、間接的に黒霧産物討伐に携わっていることに繋がる。


 使用者による武器の使用や討伐を自分の目で初めて見てから、シンヤは自分がどういった立場なのかを改めて考え直し、誇りと責任というものを感じて仕事に取り組むようになった。


 何より初めて自分のことを評価し、信用してくれるアイリの期待に応えたい。そうした思いが、彼に今まで以上に技師(マイスター)として仕事への意義を見出させるようになった。


 意識が変われば行動にもそれが反映される。普段から真面目に取り組んでいたシンヤの調整作業は、さらに精密な物になっていた。


「組み立ても終わったし、アイリさんはまだ戻らないだろうからしばらく待ってようかな――」


 そんなことを言うや否や、工房の入り口から明かりが差す。もう戻ってきたのか、それにしては帰りが早いなと思いながら、シンヤは入り口の方に顔を向けた。


「あれ、もう戻ってきたんですか? 早いです……」


 振り返ったシンヤの笑みは、少しの間固まった。


「ヨォー、シンヤ。来てやったぜぇ」


「オメーがあの高位使用者に依頼してばっかりだから全然拠点に来やしねぇからつまんなくてよぉ?」


「こうして来てあげたんだから、有難く思いなさいよねぇ? ホント」


 拠点でシンヤを虐げていた使用者達が数人、工房の入り口に立っていた。シンヤの作成した依頼書を踏みつけて破いた者や、足を引っかけて倒した者、下着を覗こうとしたと嘘を吐いた者が、気持ちの悪い笑みを揃って浮かべていた。


「……な、何の用ですか?」


「んんん? 何ってしばらく来なかったシンヤクンが今どうなってるのか心配で心配で見に来たんですけどぉおおおお? いけませんかねぇえええええ!?」


 シンヤの問いに対して気持ちの悪い笑顔から一変、使用者の一人が険しい顔で声を荒げる。その反応に一瞬ビクリとしたシンヤを見ると、他の連中が畳みかけるように言葉を被せてくる。


「オイオイオイオイ! もしかしてこの前のこと気にしてんのかよぉ~。あんなことされたくらいでいちいち閉じこもってるなんてだらしねぇなぁ。冗談だろ? ジョ・オ・ダ・ン!!」


「それとも本当にスカートの中とか見ようとしたの? うわぁ……気持ち悪いわぁ。本当だから来れないのね! きっとそうだわ! この変態! 少し見た目が良いからって調子乗ってんじゃないわよ!!」


 明らかに嘘だと分かる心配の声に次いで、この前の拠点でのことをネタに言いたい放題の使用者達。単純にシンヤを言葉のサンドバッグにしたいだけだというのはすぐに分かった。


「…………」


 何か言おうにも今までのことを思い出すと思うように口が動かない。彼らに対しシンヤ自身が少なからず恐怖心を抱いているのもあるが、どう伝えれば平穏にことが済むのかを考えると中々最適解を見出すことができない。


 何を伝えても反感を買い事態を悪化させるのは目に見えていた。それ以前にこちらの話を遮り一方的にまくしたてるだろう。


 そして今みたいに何も答えられないでいる状態も良くないことは分かっていた。


「オイ黙ってねぇで何とか言えよシンヤよぉおっ! せっかく来てやったのに何ダンマリ決めてんだよコラァ!!」


 口だけの心配を並べていた使用者は怒鳴りながらカウンターを蹴りつける。壊れることはなかったが靴の跡がくっきりと残る。


「! ……や、やめてください!」


「ウワッ! ビックリしたァッ!! と」


 カウンターを蹴られてその音にまたビクリと体が動いた後に何とか止めるようにシンヤは大き目な声で訴えたが、それに驚いたフリをして別の使用者がカウンター手前に置いてあった椅子も蹴り飛ばす。シンヤがやってきた時からありそのまま使っていた古めの椅子は、吹き飛んで工房の壁に当たると背もたれと足が壊れてしまった。


「ありゃりゃ~。ついビックリして近くにあった椅子蹴っちまったぜ~。急に大きな声出すのが悪いんだぞオイ、あ~あ、もう使い物になんねぇな、ギャハハハハ!」


「お願いですからやめてください! わざわざこんなところにまできて一体何を……」


「アンタたち、シンちゃんに何してんだい?」


 シンヤが使用者達から聞きなれた声の方を向くと、台車で体を支えてエルダが入り口に立っていた。


「あ? んだこのイヌのババァは」


「えぇぇウソでしょ!? いくら嫌われてるからって犬のバアさんに相手してもらってるのぉ? サカりすぎじゃない? 顔がいいからってモテないと見境ないのねぇ」


「オイオイオイオイィ! イヌババァとの獣姦かよ!! 録画しようぜ良いネタになる!」


 自分達の下品な発想と言葉で使用者達はまた汚い笑い声をあげる。その様子を見て、今やってきたばかりの見ていなかったエルダにも、彼らはシンヤにも自分にも害悪な者だというのが分かった。


「……謝ってください」


「…………あぁあ?」


 シンヤの口から低い怒りを乗せた声が聞こえる。使用者はドスの効いた声を出してシンヤを睨むが、シンヤはそれに怯えることも目を逸らすこともしなかった。自分だけでなくエルダも馬鹿にされたことが許せなかったからだ。


 今までカウンター越しに会話をしていたシンヤだが、カウンターから出てくると使用者達に正面を向けて言う。


「エルダさんに謝ってください。それとここからすぐに出て行ってください」


 今までよりも芯のある強い声で使用者達に言い放つ。だがそれに対し彼らから出てきたのは新たな嘲笑だった。


「オイ怒ってるぜ。『シンちゃん』怒ってるぜどうするよぉ! プフゥウウウ!! オレ怖ぇ~!!」


「だから冗談だって冗談! シンヤは本当に冗談が効かねぇなぁ、本当つまんねぇな! ヒャッハッハッハッハッ!!」


「ダメよ笑っちゃ……フフフフフフ、アハハハハハ! ひ、ひ、必死なんだからシンヤもさぁあ? だからわ、わらっ、クフフフ! 笑っちゃダメよぉ!」


「謝ってください!」


 これまでになく大きな声でシンヤが言うと、笑っていた使用者達がピタリと止まり、男の使用者が目だけをしっかりとシンヤを捉える。


 その直後、シンヤが吹っ飛んだ。


「うっ!」


 驚きと腹部への痛みを覚えながら工房の壁に背中からぶつかる。地面に腰から落ちた所で、自分が蹴られたのだと理解した。


「……シンヤオメェよぉぉぉぉ……誰に口きいてんだよぉぉおおテメェェェ!!!!!」


 怒りが収まらないのかシンヤを蹴り飛ばした使用者が駆け出し、勢いをつけてからシンヤの腹部に再度蹴りを入れる。


「!!」


 つま先で蹴られたことでそれはより鋭角的な痛みとなり、シンヤは悶絶した。


「~~~~うぁ……あぁぁぁ……」


 倒れたシンヤに対して今度は顔面を蹴り上げる。顎に当たったことで、シンヤは脳震盪を起こしてそのまま意識を手放してしまった。頭を力なくぐったりと地面に落としたシンヤを見て、使用者はよし! とガッツポーズをした。


「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!! いいの入れたな今! いいね、もう一回行こうか! 今度オレ行くわ」


 そう言って別の使用者が蹴りを入れようと助走をつけ始めた時、エルダが抱き着いて止めた。


「ちょっと! シンちゃんに何するんだい! やめとくれ!!」


 抱き着いたことで使用者の意識はエルダに向かったが、所詮老いた身ではすぐに引き剝がされてしまう。


「チィッ! 何すんだこのイヌババァが!」


 怒りの感情そのままに、使用者はエルダを強引に突き放す。筋肉のあまりない老婆の体は、壁の方にあっさりと突き飛ばされる。


「ぐッ!」


 その直後にエルダが鈍くこもった声を出すと、地面に血が落ち、徐々に広がっていった。先ほど壊れた椅子の上に倒れた拍子で、エルダの腹部に壊れた椅子の足が刺さってしまっていた。


「……あ、やべぇな。一般人に暴力ふるったのバレると拠点がうるせぇんだよな……」


 エルダを突き飛ばした使用者は一拍置いて自分への損害が生じることが分かると、途端に大人しくなった。今はどうやってこの場を切り抜けるかを考えるのに頭を使っている。


「ねぇ、ソイツのせいにしちゃえばいいんじゃない?」


 男達がどうすればいいか考えている中、女の使用者は秒でシンヤに罪を着せることを思いついた。今この場にいるのは自分達だけ。口裏を合わせてしまえばどうにか乗り切れるし、シンヤの言うことを信じる人間は拠点にはいない。


「それもそうだな、よし、さっさと出ようぜ。いつ高位使用者が戻ってくるか分かりゃしねぇ」


 自分達より使用者としてのランクが高いアイリを敵にするのは避けたいが、まだここに帰ってくる様子がない。逃げるなら今の内だろうと、使用者達は何もかもそのままにして工房を去っていった。


 ◇◇◇


「…………う……うぅぅ……」


 手放していた意識を手繰り寄せたシンヤは、まず腹部と顎の痛みに襲われていた。同時に何故その部分が痛むのか原因を思い出し、嫌な気持になる。


 使用者達の声はしていない。うっすらと目を開けるがそこに使用者達の姿はなかった。彼らが出て行ってから十分経つか経たないか程度の時間、シンヤは意識を失っていた。


 ボヤけた視界が明確になりだした頃、エルダの存在を思い出す。エルダさんは何処だろう。まだ痛むお腹を押さえながら、段々とピントを合わせていく。エルダはすぐに見つかった。


「! エルダさん!」


 エルダが倒れていることが分かると体を無理やりに動かす。その度に蹴られた箇所が痛み顔を顰めるが、シンヤの意識はエルダに向いていた。エルダの周りに小さな血の池が作られていることを把握して、再度エルダの名を呼んだ。


 エルダに傷を負わせたのが誰かは考えるまでもない、きっと先ほど来た使用者達だ。


 何故こんなことまで……何故エルダさんにまで危害を加えるんだ……。


 そんなことより今はエルダが心配だ。呼吸を整えて痛みが治まり腹から手を離し、もう一呼吸置く。


 体も動くことを確かめ、エルダに近づこうとしたその時。


「……アンタ、何してんの」


 工房の入り口からアイリの声がした。


 だがその声はシンヤに対して向けられた物の中で最も重かった。


 その冷たさにシンヤは一瞬だけ硬直してから入り口に目を向けると、赤髪の少女は今の言葉と同じような冷たさを放つ目で、シンヤを見つめていた。

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