仮契約
「うん、切れ味は問題なさそう」
「……す、すごい……」
少女は試し切りに軽く動いた程度だったが、実際に黒霧産物が倒される場面を初めて見たシンヤにとってはとても鮮やかに倒したように見えた。
「こんなにあっさり倒せるものなんですか? 黒霧産物って」
「まあ研ぎたての状態であれくらい魔力を通せばね。さてと、あとは魔物が五匹だったから群れでいると思うんだけど……」
あたしはだけど、と加えてからあたりを見回すと、大型犬位の群れが五匹、黒霧の中を餌を探すようにうろついていた。場所はいま二人がいる場所から少し遠い。依頼にあった魔物で間違いなさそうだ。
「じゃあ次は砲撃……と」
再び大鎌に魔力を込めると、今度は刃と柄の接合部が音を立てて変形しドットサイトが出現する。
(ん?)
少女が若干違和感を覚えながらも砲撃の体勢を取る。少女の後ろにいるシンヤは、少女と魔物を交互に見る。
ドットサイト越しに魔物を見つめ一息つくと魔力を砲台に変形させた大鎌に込める。変形して砲口にあたる部分が光りだすと、短く息を吐いて魔力弾を発射した。
発射された魔力弾は魔物の群れに直撃し、激しい音と煙が巻き起こった後、数匹がそのまま動かなくなった。
「グルルル!」
「ウゥゥゥゥゥ……」
辛うじて生きていた二匹が少女の存在に気づき、威嚇の声を上げる。
「うん、しっかり安定してる。流石ね」
「あ、ありがとうございます……」
狙われている中にも少女は改善されていた砲台の安定性を評価していた。逆に評価されていたシンヤはお礼の言葉を言いながらも魔物がいつこちらにくるかと不安になっていた。
「言ったでしょ? 大丈夫って」
二匹の魔物がこちらに駆け寄ってくるのを見てから、今度は意識しながら再度武器に魔力を込め、再び大鎌に変形させる。
(やっぱり……)
違和感の正体に納得すると、大鎌を構えて魔物に向かって走り出す。首元に食らいつくように飛びかかる魔物に対し、少女は一瞬体勢を低くして大鎌を横に薙ぐ。
「ギャウン!?」
一匹胴体から真っ二つになったのを視界の端に捉えたが、もう一匹は大鎌の軌道上に乗せることができず逃してしまう。魔物は地面に着地して勢いを殺すことなく、そのままシンヤに向かって走っていく。
「え、え、えっと……」
シンヤが自衛手段として持ってきていた閃光手榴弾を出そうとした時、魔物の短い断末魔が聞こえた。倒れた魔物の体には穴が開いており、その向こうでは少女が砲撃の体勢を取っていた。
「魔力を抑えて打つとこんな感じよ」
「よ……よかったぁ……」
緊張の糸が切れたのかシンヤはペタリと腰を抜かし、手からピンが外されていない閃光手榴弾が転がる。少女の砲撃が間に合っていなかったら間違いなく重傷を負っていただろう。
「しばらく座ってて。あたしは魔石を取ってくるから」
再度大鎌に変形させてから少女は最初に砲撃を放った場所へと向かう。
シンヤは地面に座ったまま、近くで横たわる魔物を見る。一匹は二つに切断され、もう一匹は体に穴を開けられている。こうした光景は製作者は見る機会がないため当然といえば当然だが、目の当たりにすると鼓動が早く激しくなるのが分かる。
(使用者はみんな……自分たちの代わりにこんな危険なことをしているんだ……。あの人も……。)
ナイフを使って器用に魔物から取り出した魔石を腰の辺りにあるポーチに入れて集めている少女の背中を見つめる。少女にとってはいつものことなので、その動作はとてもスムーズだった。
(僕もがんばらないとな。使用者が存分に使えるような超歪兵器をちゃんと作ったり、修理できるように……)
魔石を取り終えた少女が戻ってきたタイミングで、シンヤが立ち上がり砂埃を払う。ポケットが複数ある作業用のボトムをはたき終えた頃、少女が気になっていたことを問いかける。
「ねえ、この子のことなんだけど」
シンヤはボトムに向けていた目線を少女に、そして少女の大鎌に向ける。
「接合部の方、何かしてくれたの?」
「え? ええ、少し可動部に手を加えさせてもらいましたけど……気づいたんですね」
話の様子から修理以外で、という言葉も含まれていたのを理解し、シンヤは返す。その返答に少女は「やっぱり」と納得の表情をしていた。
「ええ。今までよりも変形するときの稼働時間が少しだけ早かったから、もしかしてと思って」
時間にすればコンマ数秒にも満たない変化ではあったが、少女が使い慣れた自分の得物に違和感を抱くには十分な時間だった。
「……まずかったですか?」
「いいえ、寧ろそういった所まで気を向けてくれるなんて思わなくて。それもあの短時間で修理した上で改良してくれるなんて」
少女は、改めて技術者としてのシンヤに感心していた。依頼を忠実にこなしてくれるだけではなく、一見して分かりにくいような改良も行ってくれる。しかもいずれもレベルが高く作業時間も早い。
だがやはり一つ気がかりなのは、工房を悔やむような顔で出てきた亜人の老婆のことだった。少なくとも目の前の技師は彼女にああいった顔をさせる、そういう人間の可能性は拭えない。
人間とはそういうものだ。笑顔を振りまくその裏でとても黒ずんだ本性を腹に隠している。少女自身、その容姿と高位使用者という立場上決して少なくない数の泥濘のような本質を持つ人間を見てきていた。
情報が少なくまだ彼への評価はできかねる。しかし技師としては本当に優れていることと、何より自分の武器を見られるのはハンス町にはシンヤしかいない。
少女は少し考えると、出てきた結論を口にする。
「キミ、あたしと仮契約しない?」
「え?」
突拍子もない少女の言葉に、シンヤは茫然とした顔で聞き返すほかなかった。
「キミはあたしの武器を優先して見る。その代わりにキミからの依頼をあたしは優先的に受ける。期間限定でお願いしたいから「仮」契約。どう?」
契約とは製作者と使用者間で行われる互いの専属契約のようなものである。
双方合意の上で居住地の職員立ち合いの下で行われるもので、製作者は契約した使用者の武器の製作、修理、改良などを優先的に行い、使用者は製作者自身が作業に必要な素材の調達などを直接依頼として受け同じく優先的にそれを行い、また製作者が居住地間を移動する際も護衛として行動を共にする。
詳細の部分については居住地で受けた依頼も含めてどのように進めるかは交渉や相談の上で行われ、使用者に限っては一人の製作者としか契約ができない。
基本的にはその居住地に腰を据えている使用者が行うが、少女のように「流れ」の場合は各居住地の製作者と期間限定でこうした仮契約を行われることが多い。正式な契約ではないため職員の立ち合いは行われないが全体的に縛りも緩く、所詮は口約束に過ぎないので仮契約をした当事者同士、プラスアルファの利点になる程度の内容に抑えている。
少女としては単純に技術に優れている技師に武器を優先的に見てもらう利点があるし、シンヤ自身も生活や仕事の中で魔石や球体を使うことはあるので、町の使用者に嫌われているのもあり、それを卸してもらえるのは助かる。
「……分かりました。それじゃあ、よろしくお願いします」
「アイリ」
「え?」
「アイリ・グレイス。それがあたしの名前」
「あ、はい! シンヤ・マサキです。よろしくお願いします!」
心からの笑顔で返事をしたシンヤに対し、アイリは極力自然な社交辞令に使うような笑顔を見せた。
技師シンヤ・マサキと、使用者アイリ・グレイスの仮契約がここに結ばれた。
--------------------
励みになりますので、もしよろしければ
ブックマーク、感想、イイね、ポイント(☆)高評価をお願いいたします
--------------------