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壊レタ技師ト壊シタ使用者  作者: 塵無
壊レるマで
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試シ切り

 シンヤへの対応を保留にすることを決めた少女が意識を自分の武器に向けると、接合部の調整をしているのが見えた。研磨機にセットはされたままだが、どうやら刃の研磨は終わったらしい。研磨をしていた音が響いていた工房だが、今は工具で超歪兵器の機構をいじる音だけが聞こえる。


 カウンターに体を預けて自分の武器が修理される様子を見ながら、少しでもシンヤ自身の情報を得ようと声をかけてみることにした。製作者によっては作業中に話しかけられることを嫌う者もいるが、やり取りしている限りではシンヤはその枠に入らないだろうと判断した。


「ここで仕事をするようになって、どれくらい経つの?」


「……そうですねぇ……一年くらいかな、だと思います」


 思った通り話しかけても問題なさそうだ。少女は質問を続ける。


「ずっと一人で?」


「ですね」


「誰も雇わなかったの?」


「町外れの場所にありますし、あまり人の出入りも激しくない町なので、そういった方は来ないですね」


「でも大変じゃない? 居住地ごとに使用者や製作者って横の繋がりがあるけど、ここにいたらそれもままならないでしょ」


「……大丈夫ですよ、この町の製作者の方とはまともに会話したことはありませんから」


「話したことがない?」


「ええ……まあ、初めて来られた方に話すようなことでもないですけど」


「……そう」


 使用者から嫌われ技師達からは嫉妬されている事など、そんな重い話を初めてきた人間の耳に入れるのは申し訳ないという意味で言ったシンヤだが、少女は立ち入られることへの拒絶として捉えた。小さな考えの相違だが、拠点で聞いた内容が少なからず影響していた。


「ここに住んでたわけじゃなくて引っ越してきたって聞いたけど、元々はどこの居住地に住んでたの?」


 工具の音が一瞬止まる。


「…………山の向こうにある所ですね。とても遠いです」


「山の向こうだと【地上交通機関(テレイライド)】を使っても三日はかかる距離よね。どうしてそんなに遠くからここまで?」


 地上交通機関とは最寄りの各居住地間を結ぶ乗り物で、過去に存在していた電車を参考に作られた各居住地間を結んだ強固なレールの上を走る短い車両の乗り物である。


 山の向こうとだけシンヤが口にしたが、ハンス町の位置からは山は北東の方向のものしかなく、地上交通機関はその山を迂回する形で居住地間を通っている。決して小さくない山を迂回するとなるとそれだけでこの町までは数日かかる。そんな距離を当時16歳の少年が移動するなど滅多に聞く話ではない。


「……ちょっと、色々あってですね……」


 言いたくないことなのか口を濁すシンヤだったが、その選択が少女に対し自身への不信感を募らせる要因となってしまった。少女が拠点で聞いていたことは他にもあった。


「もう終わりますよ。あとは刃を組みなおせば……」


 話を切り替えるように終わりをつげ、研磨機にセットしてある刃を取り外す。始まってからは30分も経っていない。予定よりオーバーしていたが、それでも十分早い。


 度重なる機械音が響いた後に静けさが戻ると、シンヤが大鎌を持ってカウンターにやってくる。


「お待たせしました。20分過ぎちゃいましたね、すみません」


 謝罪と悲しげな笑顔を見せると、大鎌を静かにカウンターに置く。


「大丈夫よ、これでも早いくらい」


 そう言いながら修理された自分の武器を手に取り、刃と柄の接合部をまじまじと見つめる。「ふーん」と口にするが表情はまんざらでもない。少なくとも短時間故の雑な仕事はされていなさそうだ。


「練習台もありますけど、試し切りしていきますか?」


 促された手に先に出入口とは別の扉が閉ざされている。どうやらそのスペースを試し切り用のスペースにしているらしく、黒霧産物(ミスティーク)を模した鉄くずで作った人型があるという。外観と内装とで空間に違いがあると感じていたが、それで理解した。


 だがその申し出を少女は断り、ジャケットのポケットを探る。


「試し切りする代わりに……受けてきてるのよね」


 カウンターに出した少女の端末に表示されているのは、一つの依頼だった。内容は町周辺に存在している黒霧産物一体と中型以上の魔物五体の討伐。討伐の達成条件は同数の黒い球体に魔石。高位使用者という階級の少女からすれば決して難しくない内容だが、試し切りにはちょうどいい。


「一緒に来る?」


「え、僕ですか?」


「自分が調整した武器がどんなのか、見てみたくない?」


 少女に促されて拒否しようと思ったシンヤが止まる。確かに自分が修理した武器を実際に使用者が使っている様子を見たことがない。言われもないあからさまな嫌がらせを除けば特にクレームもなかったので使えないということはないだろうが。


 また少女は少女で、少しでもシンヤという人間を見る時間を長引かせるための意味もあった。今の時点ではまだ判断材料が足りない。


「……わかりました、でも僕は技師なので、黒霧産物や魔物はお願いしますね」


「まかせて」


 多少の危険はあるが、最低限の自衛手段も用意はしてある。何より自分の目の前にいる少女は、驕りというわけでもなく自分の実力に自信をもっていた。


(どれくらいの使用者か分からないけど、きっと強いんだろうな)


 少女は既にワンピースの内側に高位使用者のタグをしまっていたため、まだシンヤには少女の等級は分からなかった。




 ◇◇◇◇◇




 各居住地には複数の出入り口が存在し、一般人は簡単な手続きを行い、使用者や技師は自身のタグを見せて出入りする。各出入口はそれなりに硬度のある金属を使用し、魔物や黒霧産物の侵入を許さない。だが一歩居住地を出ると、地形変動や戦争の爪痕を色濃く残した無法地帯が広がる。


 場所によってその度合いは異なり、過去に多くの人々に使用されていたであろう建物や道路の変わり果てた姿がそこかしこに見え、場所によっては逞しい生命力を持つ雑草が人工物を覆いつくし自然の強さと広大さを見せつける。


 その中でも各居住地間を結ぶ最短距離の道を何年もかけて平らにした場所にレールが敷かれ、地上交通機関が走ることで移動が容易になった。歩行や馬、バイクや車といった手段も存在していたが、魔物や黒霧産物の攻撃に耐えられるものではないため、少なくともそれらを使う一般人は今ではほとんどいない。


 人の往来があるからか、それとも人が得ている魔力が何らかの作用をもたらすのか、各居住地内での黒霧はごくわずかで、今現在まで居住地で黒霧産物が発生した件は一度もない。しかし居住地の外は全く異なり、あらゆるところに黒霧がまばらにただよっている。この霧を浴び続けた動物は場合によって魔物へと変わり、一帯が一際濃い状態となってしばらく経つと黒霧塊(セイス)となり、そこから黒霧産物が生まれる。


 そしてその魔物や黒霧産物を、使用者たちは依頼を受けて討伐していく。


「えっと……この辺りみたいね」


 使用者の少女は愛用の大鎌の試し切りにと、事前に受けていた依頼をこなそうと町の外にやってきていた。その横には少女に連れてこられた技師のシンヤがおり、緊張が見える表情を右に左にと動かしている。戦闘能力のない自分が敵に襲われたらひとたまりもない。自衛手段は持ってきているがあくまで最低限だ。やはりどうも心許ない。


「ほ、本当に大丈夫なんですよね。今さらですけど」


「本当に今さらね。大丈夫よ、町から遠い所に来たわけでもないから……あ、いた、黒霧産物」


 シンヤを宥めていた少女が見る先には、やや長身な黒い人影があった。人影と呼ぶにはその実はあまりにはっきりしており、その輪郭は蠢くように靄がかっている。


 黒霧産物。霧から生まれた黒い脅威が一体、ゼンマイの錆びている機械人形のようにぎこちなく動いていた。人型は黒霧産物で最も多く発生するタイプだ。


「周りには他の黒霧産物もいないし黒霧塊もない……他で発生したのがはぐれたのね」


 大鎌を握りなおしたのか、革のグローブからかすかに音がした。


「じゃ、行くから付いて来て」


「え? あ、はい!」


 返事を待たず走り出した少女から離れないようにシンヤが後に続く。離れた所に魔物と出くわしたらたまったものではない。


 走ってくる少女に気づいたのか、黒霧産物は少女の方に向かって動きはそのままに、体の各パーツの動く速さを増した状態で近づいてきた。


 黒霧産物は顔がなく黒霧で形作られているが、体の作りは同じなので肘や膝を曲げて歩く動作は人間のそれだった。だがそれが不器用でぎこちないため、見慣れない人間からすれば不気味の一言に尽きる。


「相変わらず嫌な動き」


 少女が軽口を叩くと、大鎌の柄に赤い幾何学模様の線が浮かび大鎌全体が薄く赤く光る。魔力を通したようだ。


「じゃあ切れ味はどうか……なっ、と」


 少女が軽く跳んで大鎌を振りかぶると、それをそのまま近づいてきていた黒霧産物に向けて振りぬいた。黒霧産物は左肩から右の腰にかけて斬りつけられてそこから真っ二つになると、瞬く間に人型だった物が霧散していく。


 数秒すれば黒霧産物がいた所には、小さな黒い球体のみが残されていた。

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