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科学の都市で神隠し

 異能の研究だけではなく、あらゆる技術研究の最先端をいく東京第二十四特別行政区高天原。


 日本本島から隔離されたここでは独自の発電システムが都市各部に存在する。


 海上にある高天原で行なわれている主要な発電方法は三つ。外縁部や人口密度が極端に低い生産区など人の少ない場所で行なわれる風力発電、メガフロート下部の海流を使った海流発電、電力生産用に建造された人工浮島(フロート)に敷き詰められたメガソーラー等々。


 他にもテストとして設置された発電設備もあったりするが、島の電力の九割以上はこれらで補われていると言われている。


 その主要発電の一つである風力発電であるが、風車の形は? と尋ねれて思い浮かぶのはオランダの四枚から六枚の羽がある巨大な風車塔か、海辺や山頂で見られる三枚羽プロペラの風車であろう。なお後者が外縁部で回っている大型風力タービンのことだ。


 一方、居住地でも羽の無い居住地用風力タービンがそこら中に設置されており、白い姿と常に震えているということで『ニョロニョロ』の愛称で親しまれている。


 居住地用風力タービンは片手で持てる小型の物から三メートルを超える大型サイズまで、ペン先を地面に真っすぐ突き刺さした白いボールペンのような形状をしている。羽の無い風力発電機の原理は簡単に説明すると、風が作り出す渦でシリンダー上部を振動させて発電するという代物である。


 そんな天辺にニョロニョロを生やした学生寮でもあるマンションが立ち並ぶ人口密集地。


 一階二階はコンビニやドラッグストアなどの商業施設が並び、紅坂朱音と別れた白上圭哉は一人二階の高さにある歩道を歩いていた。


 現在の時刻は色々歩き回ったせいで大体五時少し前。


「今夜の晩メシはふわふわ卵の親子丼でも頼みますか――っと」


 どこかのチェーン店で外食にするか。若干割高になるが自動化されたフードデリバリーで楽するか。


 折角生活費が振り込まれたのだ、初日ぐらいは贅沢しても文句は言いまい。圭哉は脳内の誰かに向かって言い訳を述べる。


 今日もあと一時間もすれば管理センターから、腹ペコの学生に届けるフードデリバリーのドローンが一斉に飛び立つはず。


 そのいつもなら結構な頻度で見かける配送ドローンや清掃ロボットをさっきから一台も見かけていない。誤魔化しきれなくなった違和感が圭哉の足を止める。


「……やっぱ、おかしいだろ」


 建物の屋上で風力タービンがニョロニョロ揺れるのをチラリと見る。


 さらに頭上の日差し除けの向こうから感じる夏の太陽、足元のオシャレな模様タイルの歩道から反射する熱――いつもどおりな高天原の夏のはず。


 けれど違う、何かが決定的に違うのだ。


 圭哉は辺りを見回して、気付いた。


「誰も――いない? いや生き物の気配すらしない?」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それどころかさっきまで鳴り響いていたはずのセミの合唱も、店内から漏れ出す音も一切しない。


 まるで世界から人が消えてしまったような静寂。聞こえてくるのは滴り落ちる汗が流れる音と風で揺れる風力タービンの振動音だけ。


 そんな中で、カツッカツッカツッと靴を鳴らして歩く音が背後から近づいてくる。


 圭哉は気が気じゃなかった。青髪が毎年夏になると無理やり聞かせてくる怪談のような都市伝説。それが頭に浮かび、まさかそんなわけ……と彼の肝を冷やす。


 よし、逃げよう。そう彼が走り出そうと震えそうな足を前に出した瞬間――


「あれ、その恰好は……」


 聞いたことがあるような声が彼を止めた。


(そういう怪談じゃねえよな?)


 恐る恐る振り返ってそこにいたのは黒い魔女服ととんがり帽子の――、


「ってノアじゃねえか」


 今朝の魔女ノアだった。


「えっ、ケイヤ? どうしてここにっ」

「何言ってんだ。俺の寮がこの先だったろ?」

「そうですけど、わたしが言いたいのはそういうことじゃ――」

「わかってるって。この不気味な場所の事だろ?」


 知っている人間と出会えたからだろう。内心、大いに喜んでいる圭哉は照れ隠しのジョークをかましてしまう。しかし今の状況でそんなことしてる余裕はないのを思い出し、気まずそうに顔を逸らした。


「そうですよ。ケイヤを巻き込んでしまって申し訳ありません。これは魔術師が作った異空間で、主に人払いや隠ぺいに使われるモノです」


『人払い』


 と、聞いて圭哉はそのようなことが可能な異能者を思い浮かべる。


「脳か意識に干渉して近寄らせないってことか? そんなことができる異能者なんて……・そもそもBE(バイオエナジー)センサーを搭載した警備ロボがそこら中を巡回してるんだぞ? セキュリティの目を盗んでこんな大規模にやらかすなんて可能なのか。そもそも巻き込んだってどういう意味だ」


 最後は自分でも止められずノアをまくし立てる。


 ちょっとした喧嘩は日常茶飯事なちょっとアウトローな面もある白上圭哉であるが、非日常に巻き込まれるのは話が別だ。事情を知っている人間に詰め寄るのは自然の行為であった。


「そのままの意味ですよ。これは異能ではなく――魔術。日本では『神隠し』とも呼ばれる隔離結界です。おそらく()()()()()()()()()()()誘い入れるために、他の魔術師が仕掛けたのでしょう」


 圭哉の中では魔術とは体系の異なる異能の亜種だと考えている。それなら魔術という異能もまた生体エネルギーではないだろうか? とも。


 具体的な範囲は分からないものの、五階建てのマンションを何棟も巻き込んだ異能――ではなく魔術だが。もし異能で同じことができるとしたらクラスA、下手したらSにも匹敵する規模の能力だ。


 これなら自分の精神が操られていて現実の生身はベンチの上で居眠りしている、と言われたほうがまだ納得できる。どちらにしてもそれはそれで熱中症で死ぬ心配が必要になるのだが……。


 科学的に自分の置かれている状況を思考した圭哉は「魔術師――ね」と複雑そうに呟く。


「信じられませんか?」

「いいや、必死になって俺を助けようとしてくれてる女の子を疑う気はないさ」

「……どういたしまして」


 『誰』と『なぜ』戦っているのか。


 それを問いかけてもきっと答えてくれることは無いだろう。関係のない人間を引きずり込むような性格ではないのは、今朝の一件と今の後悔している表情でわかる。


 代わりに聞くべきなのは、状況の打開だった。


「で? 俺らはどうしたらいいんだ」

「西洋魔術、特に英国の魔術は契約刻印(ルーン)が基本です。魔術を支える契約刻印の破壊を試みるか、マナの供給が尽きれば効力を失います。マナが切れるのにどれほどかかるかわかりませんが、あとは――」

「なるほど、そのルーンって奴を見つけてぶっ潰せばいい、と」

「違います! まずひとつに契約刻印は物理的に潰すことが困難です。おそらく契約刻印の刻まれたカードを配置してあると思いますが、魔術的に守られているのでハサミでチョキ――なんてふうにはいきません。ふたつに契約刻印の数は三〇〇〇以上はあるでしょう。全部を消す必要はありませんが、ひとつひとつ探しますか?」


 ノアは結界の破壊は手間も時間も掛かり過ぎると言って、手招きしながら圭哉の来た道を引き返す。

 

 異能を破壊する力。それを持つ自分なら結界を支えるルーンとやらを破壊できるのではないか? 先導するノアについて行くことにした圭哉はそれを一瞬考えるのだが、ルーンの数を聞いてそのアイディアを捨てる。


「別解で頼む」

「もうー、なら最後まで聞いてください。あとは結界の外に出る、です!」


 ノアは圭哉の方に振り返り、上を指さす。そこには太陽と白い綿雲が浮かぶ青い空が広がっている。


「どこにも境界線のようなものが見えない。なのでこの隔離結界は現実世界に異界を重ねて、対象を作った異界に誘い込む魔術と思われます。閉じ込めるのではなく迷わせる。と、なれば異界の外に出てしまえば元の世界に脱出できるはずです!」


 香ばしいポーズも決めて、ノアは言い切った後に「――たぶん」と付け加える。


 できれば最後まで断言してもらいたかった。頼りない案内人に圭哉は冷めた顔でノアの横を通り過ぎていく。


「ちょっとケイヤ? ちょっとくらい褒めてくれてもいいんですよ? わたしってば三時間くらいはこの中でずっと調査してたんですよ!?」

「なんでさっさと逃げなかったんだよ」

「無関係な人が巻き込まれないか。とか、何かトラップが仕掛けられてないかとか色々調査してたんですー」


 通り過ぎていった圭哉の前に飛び出し、ノアは自分の功績を立派な胸を張って自慢する。確かに何も知らずに自分ひとりが迷い込む可能性はあったが、そもそも巻き込まれた原因は彼女にある。


「はいはい、助かった。アリガトさん」

「どういたしまして!」


 元凶の片割れである魔女に皮肉交じりな感謝を伝えるも、それに気付く様子もなく彼女は満面の笑みで答えた。


 と、


「そういうの――うざい」


 もし静寂の中でなければ届かなかったかもしれない。


 そんなぼそりと独り言を漏らすかのような、女の小さな声が二人に届いた。



ちなみにこの風力タービン、スペインで作られてます。

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