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女難はすぐにやってきた

 座学だけだった本日の補習が終わり、現在の時刻は午後の三時頃。


 少し遅い昼メシ――お姉様の慈悲(生活費)は補習中に届けられていた――を適当な大手チェーン店で済ませた圭哉は、学生鞄を片手に街をとぼとぼ歩いていた。その最中に見つけた公園で休憩していこう、と立ち寄ることに。


「天海女史は俺を弾避けにするつもりだよな……、はあ」


 公園の自販機で買った透き通ったサイダーを片手にベンチへ座ろうとした少年。


 木陰とはいえ今の季節は夏。太陽で熱せられた金属ベンチは座るのを躊躇うぐらいには熱い。――が、立ち上がる気力も起きずそのまま腰を降ろした。


「いくら異能開発(実技授業)を受けたとこで、これ以上ランクが上がるとは思えねえんだよ――」


 遅刻した分、補習で一人居残りとなった圭哉は天海に実技の補習も自分が担当することを告げられた。


 同じ具現化系の異能者ということもあるのだが、それ以上にいつのまに代々受け継がれる狂信者(女子生徒)から逃れるため。というのが実際の所だろうと彼は考えていた。まさか男除けならぬ、女除けに使われるとは……。


 明日以降の補習が嫉妬に狂う女子生徒で、針のムシロになることを考えると憂鬱で動く気力も湧かない。


 科学で作られた砂糖。人工甘味料満載なサイダーのペットボトルの蓋を開けると、シューっという炭酸飲料特有の音が外へと飛び出す。


 三〇度を軽く超える猛暑と冷えた炭酸飲料。


 なんとも夏を感じる組み合わせであるが、彼の表情は六月の天気(梅雨)を眺めるようなアンニュイさである。


 なぜ彼がここまで疲れているかといえば、なにもヘイト満載な補習だけではない。それは炎天下の街中をずっと彷徨っていたからだ。


 特に当てもなく、ただなんとなく歩いていればあの魔女と出くわすんじゃないか。らしくもない偶然に頼ってしまっている自分に、圭哉は「占いに踊らされてるな」と力なく笑ってしまう。


 ふと下を向くと蟻が行進しているのが目に入り何となく眺めていたら、


「何冴えない顔してんのよ」


 と、革靴のローファーが規則正しく並ぶ行列に突入してきた。当然の凶行に圭哉が「あっ……」と間抜けな声を出して顔を上げる。


 すると、()()()瞳と目が合った。


 チェック柄のプリーツスカート、久々津と色違いのサマーセーター。誰かと思ってさらに顔を上に向けると、日本人形みたいな女の子がムスっとした顔で腰に手を当てて立っていた。


 二十四時間も経たずの再会、忘れるはずもない。クラスSの異能者、疑似太陽(バーンアウト)だ。


「なんだ、クマ子か」

「くまこっ!? あんたっ、それは忘れなさい」

「ほわっち――このクソ暑い中でテメエの異能なんか使うんじゃねえよ」


 ただでさえ地面の反射熱で熱せられているというのに、炎使いが起こす炎が地面をさらに熱する。公園を通る通行人はその暑さとは真逆の冷たい視線で圭哉を睨みつけて、足早に去っていく。


 はた迷惑な暖房器具、とは口にしないが少年は嫌そうにベンチの端にジリジリ離れていく。


「私には紅坂朱音って名前があるのよ、白上圭哉」


 海上にある高天原のセミがBGM代わりに鳴いている。


 本土から自分で飛んできたのか、メガフロート建造時に土と一緒に運ばれてきたのか不明であるが夏の風物詩は人工の島にも住み着いていた。そのセミが元気よく鳴く木の下で、怒りと羞恥で赤くなった朱音は「ああん?」とドスの利いた声で威圧してくる。


「いやすんません。まじ、熱いんで勘弁してくれません? 周囲の目が痛いんで」


 晩飯に、ゲームに、飲み物と。こいつに会う度、何かダメにされるのか? 


 生き倒れてた胡散臭い占い師に言われた「女難ですね」のひと言が頭の中でリフレインする。


 圭哉は不吉な言葉を振り払って、急速にぬるくなっていくペットボトルの蓋を急いで開ける。


 今、彼の持ってるジュースは炭酸入り飲料。蓋を開けないと気体となった二酸化炭素でペットボトルが破裂する。頭から水を被りたくなる暑さとはいえ、砂糖水を被ってベタベタにはなるのは御免だ。


「私がコントロールを誤るわけないでしょ。ちゃんとまわりに熱が広がらないよう気を使ってるわ」


 炭酸の抜けた温い炭酸飲料に悄然(しょうぜん)とする圭哉に、朱音は「はあ……」と大きなため息を吐く。そして、なぜか少し距離を取って同じベンチに座った。


「で? クマ子はなんで制服なんだ」


 二人がいる場所は学園区の中心部。乙葉女学院のある厳重なセキュリティが敷かれた、まるで城塞のような地区からは少し距離がある。


「だからっ、その呼び方をするな! ちっ、――の提出よ」

「は? なんつった」


 圭哉が顔を横に向けると朱音はそっぽを向いて黒い髪がこちらを見ている。もう一度聞き返すと彼女は半ギレでここにいる理由を話し始める。


「だから始末書の提出よっ。風紀委員権限の私的利用、それと無許可の異能使用で始末書を事務所で書かされてたのよ! 原稿用紙三枚分の反省文をね」


 あたりまえな結果に圭哉は口を押えるが笑いが漏れ出している。特に隠すつもりなんてさらさらなかったが、まさに愉悦という表情が朱音を煽っていた。


 彼女が書かされた始末書。それは考えるまでもなく昨日のアレ(襲撃)だ。


 高天原は本土と違う法と秩序があるとはいえ、あれだけ派手に暴れてお咎め無しなわけがない。


お疲れさん(ざまー)


 素晴らしい笑顔で圭哉は晩飯と娯楽の恨みもこめて、心から苦労(罵倒)ねぎらう(送る)


 その非常に憎らしい笑顔に朱音の額には青筋が立つ。


「今度こそ燃やされたい? (証拠)も残さず燃やす自信があるのだけど?」

「おいおい、風紀委員が率先して風紀を乱すなよ。それでよく風紀委員なんてやってられるな」

「こちとらクラスSなの。ちょっとくらい暴れても、上も見て見ぬふりよ」

「うわー、聞きたくない大人の汚い事情。暴走してる自覚はあるのがさらに悪質。ちょっと乙葉女学院の先生方。おたくの生徒さん、お嬢様教育に失敗してますよー」

「あんたこそ何言ってんの? お嬢様なんて言われたって一皮むけば、誰も彼も中学生って本質は変わらないし、お嬢様学校なんてお上品な花園は存在しない。お嬢様に下らない夢見てんじゃないわよ」

「いやいや、久々津先輩はお嬢様然としてただろ。まあいいか。――で、俺に用があんじゃねえか?」


 圭哉と朱音は別に仲の良い友人でもなければ、雑談をするような付き合いがあるわけでもないのだ。むしろ通行人や警備ドローンが徘徊する衆人環視の中でなければ、こうして落ち着いた状態で話もできなかったはず。


「昨日のあれ――剣のオリジナルはどこ?」


 刑事ドラマの刑事(デカ)が如く、鋭い眼光で朱音は問いかける。


「ああ? オリジナル? そんなもん知らねえよ。あれは最初っから創れたモンだ、オリジナルって言われてもな」


 誤魔化すつもりもなく青空を見上げて圭哉は答える。心の中ではあの白い金属の棒を「疫病神だ」と罵りながら、だ。


 なぜ、自分はあの刀を具現化できるのか。


 それは圭哉自身にだってわからない。グリモワールと契約を交わし、最初に呼び出したのがあの白い刀だっただけである。オリジナルといわれてもさっぱりなのだ。


「やっぱり、あんたはおかしい。ライブラリーの情報を改ざんした?」

「ただの学生にそんなことできるわけねえだろ。電脳書庫のセキュリティは米国カのハッカーでも侵入できないって噂の場所だろ」

「そっち系の異能者が交代で警備してるなんて聞いたことがあるわね」


 朱音はスカートのポケットから小さな円柱の機械を取り出し、その中に収納されている紙状の透過ディスプレイをカシャッ! と引き伸ばす。


 高天原第三高等学校一年 白上圭哉


 強化系能力 レベル2(構造強度・並)

 変化系能力 レベル1(微弱な変換)

 具現化系能力レベル2(単体・完全具現化)

 支配化系能力レベル1(微弱な支配)

『刃の所持者(RealizeBlade)』――異能総合評価D


 それは夏休み前……かは不明だが、に行なわれた能力測定の結果。簡単に手に入るはずがない異能者の情報だった。おそらくは風紀委員権限を使ったのだろう。


 渋い顔で自分の成績表を一瞥した圭哉を朱音は気に留めず、それどころから若干の舐め腐った態度で話を続ける。


「具現化系の異能は多くのデータが必要になる。質量、形状、材質、質感、温度――より現実(リアル)に近づけるモノ。あらゆる知識(データ)を用意しないとバイオエナジーを媒体にした具現化はできない。それらを頭の中だけで補えるほど、あんたの練度は高い? いいえ、ありえない。必ず実物に触れてるはずなのよ。それも具現化できるほどの時間で」


 知識や経験も無しに料理はアレンジはできない、それと同じだ。


 ただの剣とはほど遠い――異能すら破壊できる異質な剣を、頭の中だけで作り上げられる能力を圭哉が有しているはずがない。と証拠付きで朱音はきっぱりと断言する。


「だから知らねえんだよ。俺にはそんな記憶、欠片もない」

「やっぱり尋問じゃなくて拷問の方が楽だったかも」


 虚偽か真実か。秤は五分(フィフティー)五分(フィフティー)に、いや知っていて欲しいという願望もあって疑いへ傾いている。


「中学生のガキンチョが拷問なんて口にするなよ。そもそも、どうしてあの剣にそこまで拘る? 俺とクマ子に面識なんてないだろ」

「あんたはまだ信用できないから話すつもりは無いわ」


 ツンとした態度に圭哉は「あっそ」と簡素に返す。


 少女への警戒は最初よりも緩まっていた。今さら襲い掛かってくることもないだろう、と。


 彼女の目的は自分ではなく、剣の方にある。そもそも異能を破壊する力が剣にあると考えている節があるのだ。()()()()()()()()()()()()()()確信している。


 となると、オリジナルの剣を手に入れるのが目的か。あるいは――。


「なら話は終いだ。こちとら何かと忙しい苦学生なんだよ」


 ベンチから立ち上がり、空になったペットボトルをゴミ箱に捨てる。そのまま立ち去ろうとする圭哉に朱音はベンチに座ったまま、


「そう――連絡先を送るから。何か思い出したら連絡して」


 と、堂々悪事を白状する。個人情報(パーソナルデータ)を勝手に調べ上げたのだ、連絡先を入手するのも容易だろう。


「はいはい、じゃあな」


 始末書の意味とはなんぞや。そう喉にまで出かかった文句の代わりに、圭哉は適当な挨拶で公園を出て行った。

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