科学は占いを信じない
評価とブクマだ―、燃料投下されたら更新せねば。
ってことで二話目どーん。目指せジャンル別日間ランキング。
空腹で倒れた謎の女の子を自分のベッドに寝かして、圭哉は最後の命綱であったカップラーメンに湯を注ぐ。
楽しみにしていた『期間限定高天原地鶏の鳥ガラ醤油ラーメン』。まさか名前も知らない人間の為にお湯を注ぐことになるとは……。見えない涙を流す圭哉である。
カップラーメンが完成するまでの地獄のような三分間、学校へと連絡を入れることにした。ただ今の時刻は八時四〇分、今から走れば間に合うかもだが知らない人間を部屋に放置するわけにもいかない。
それに教室は空調の利いたオアシスと言っても、それまでくっそ暑い野外を全力疾走で汗をかくのは誰だってごめんだ。
「起きたら家を出るんで、――はい?」
だがしかし、どこの世界に黒ローブととんがり帽子の女に助けを求められたので遅れます。などとぬかして、はいそうですか――と信じてもらえるのか。担任には「夏の暑さで頭がやられたか? とっとと登校してこい」と、至極真っ当な常識で返された。
「いやいや本当ですって。学生寮前の歩道で清掃ロボに包囲されてたんですって!」
内心自分でも「ですよねー」なんて担任からの言葉の端々から感じる棘と猜疑心に同意してしまうのだが、少しでも遅刻の罰を減刑してもらいたい一心で説得を試みている。
「――――――、」
すると、英語らしき言語で寝ぼけた様子の可愛らしい少女の声が聞こえてくる。
携帯端末を耳に当てたまま圭哉が自分のベッドを確認すると、ちょうど行き倒れの女の子が起き上がろうとするとこだった。
「ああ、起きたか?――『すんません、生き倒れが起きたみたいなんで』」」
粉末スープも入っていないカップラーメンの匂いと少年の必死な話し声。その両方で目を覚ました少女は空腹を激しく刺激する匂いに鼻をひくひく動かす。
「飯、食うか?」
圭哉の言葉に、西洋人形のように美しい少女は黙って頭をコクコク激しく上下させた。
圭哉と少女は向かい合って座り、二人の間には熱々の白い湯気と食欲にダイレクトアタックしてくる鳥ガラ醤油の匂いが漂う。
ここで改めて、圭哉は少女の容姿をきちんと把握することになった。さきほどまでは相手が寝ていたということでまじまじと観察することは阻まれ、よく見ていなかったのだ。
というわけで少女の容姿であるが――顔はモデルのように整っており、天然の金髪は肩にかかる程度。瞳は純日本人ではまずありえない碧眼で、その輝きは傷ひとつない宝石のようだ。
服装は前述したとおり魔女っぽい黒のとんがり帽と前開きのローブ、中は白いリボンタイシャツと膝にかかるかどうかぐらいの赤いスカートである。
総じてずっと見ていたくなる美少女であろう。ただし今は疲労のせいで眼の隈や肌の状態も……といったところで、その美しさが少しくすんでいた。
「この度は――ズル、大変――ズルズル、――ご迷惑を」
「食べるか喋るか、どっちかにしてくれないか?」
「ズルズル」
「……はあ」
外国人は麺類を啜るのが難しいと聞いたことがあるが、この魔女っ娘はそうではないらしい。一心不乱にラーメンを飲み込む姿はいっそ清々しく感じる。
「で、もういいか?」
「はい! ご馳走様でした。このような料理は始めて食べたのですが、とても美味しいのですね。――っと失礼しました。わたしはイギリス魔術結社『黄金の黎明』所属、シメイの……いえ、今はフリーの魔術師ノア・サウセイルと申します」
カップラーメンも知らない世間知らずな少女、ノアはシメイという言葉の後に苦々しい表情を浮かべる。いつもの癖で名乗ってしまい、失敗したという顔である。
圭哉もそれに気付いていたが特に気にせず、テキトーな態度で自己紹介に応える。
「あー、魔術結社ね。はいはい、そりゃどうも。白上圭哉だ」
魔術結社所属なんて胡散臭いにもほどがある。そんな圭哉の信じるつもりもない態度に、ノアと名乗った少女は逆に「魔術結社をご存じでない??」と煽りはじめる。
「日本にだって陰陽院という魔術結社があるじゃないですか。他にもインドのブードゥー会やロシアのバーバ・ヤーガなんかも有名どころでしょう?」
「俺はあんたみたいな怪しいオカルトオタクじゃねえんだよ」
「オカルトオタク……?」そのひと言にノアはカタカタ震え始めた。
その異様な姿に圭哉は「あ、あの……、ノアさん?」と声をかけるも、彼女はさらにケタケタと奇妙な笑い声まで上げ始める。
「異能も魔術も同じようなモノでしょうが! なんですか、異能アプリって。こちとら魔術刻印紙、簡易魔術具、高級魔術具、エトセトラ! 色々用意してようやく魔術が使えるっていうのに。『スマホ一つで異能が使えまーす』ってなめてんのかあああ! ――ぜえぜえ」
「――あ、はい。なんかすみません」
魔女っ娘の魂から発した叫びに思わず謝ってしまう。
外国人でも知ってる異能アプリ、正式名称は異能契約アプリ「グリモワール」。
約六〇年前、日本限定でどこからか出現しスマホへ勝手にインストールされ始めた。それは異能契約の名の通り、契約することによって魔法や超能力みたいな不可思議の力を発現させるアプリである。突然現れた異能というオカルト的な爆弾は、当然ながら世界に多大な影響を与えることになる。
テロや暴力事件、海外勢力のグリモワール強奪事件等々。数々のトラブルを経て、当時東京の南海上で教育機関と研究施設として建造中だった、メガフロート都市「東京第24特別行政区高天原」、別名「異能都市」と呼ばれる一〇〇万以上の人間を余裕で支えるキャパシティの巨大人工島に押し込めることによって、異能事件は鎮静化された。
圭哉もまた異能者として、ここ学園区に移住という名の収監をされている。
一口に異能とは言っても全てが使える力……のわけもなく、彼が手にしたのは「刀剣類を具現化する異能」。歩く銃刀法違反ではあるものの、とんでもない異能が数ある中で剣一本だけを生み出す力ははっきり言ってしょぼい。さすがは最低ランクである。
高天原の異能開発では日夜、力を伸ばす実験と訓練が行なわれている。
残念ながら圭哉の初期ランクは低ければ伸びしろもなかったらしい。それゆえにランクDなのだ。
(全部の異能が役に立つ便利な力とでも思ってんのか! こちとらクラスDの落ちこぼれだっつーの、現代社会で剣を具現化できる能力なんてどこで役立つんだよ。いつでも新品の包丁が使えますって? だからなんだよ、俺に主夫か料理人にでもなれってか!? ――まあ、白上さんは大人だから? こんなガキの世迷い事軽く流してやんさ)
と、湧き出る反論を負け惜しみで塗り替えて堪える。そもそも彼は包丁を具現化するのだってかなりの集中力を必要とする。昨日具現化していた刀だけはなぜか例外的に具現化する労力が小さいため、咄嗟に具現化できるのだが……
「で――そのイギリスの魔女さんがわざわざ日本に何用で?」
「それは……簡単に言えば人探しです。とある異能者を探しに日本まで……」
「ふーん。まっ、俺には関係ないから詳しくは聞かないが、無茶して倒れてたら世話ないぞ?」
「はい、……おっしゃる通りで」
なぜそこまで必死に探していたのかはわからないが、圭哉はそれどころではない。これ以上助けも必要ないだろうし、彼には彼のやるべき事がある。
「あれ、ケイヤ?」
「学校だ、学校」
鞄を手に取る圭哉はノアがどうするつもりなのか様子を伺うと、彼女も近くに置かれていたとんがり帽子を頭に乗せるところだった。
「そうでしたか。ではわたしもこれで失礼します。この度は命を救っていただき本当に感謝の気持ちしかありません。このお礼はいつかかなら、ず……いえ、おそらく?」
自信なさげに恩返しを誓う少女だが圭哉は特に何も期待していない。むしろ大人しく母国に帰ってくれないかなー、とおかえりになってもらいたい気持ちでいっぱいだ。
「曖昧かよ。出ていくのはいいが当てはあるのか?」
頼りない魔女に問いかけると「うぐっ、いやまあ――ないですけど」とこれまた頼りない答えが返ってくる。
「こっちも手を貸す時間はないけど、また力尽きる前に来いよ」
道に迷った子供みたいな顔をされて放っておくこともできない。圭哉は仕方なく手を差し伸べることにした。
だがしかし、ノアはその手を掴むことをしなかった。彼女は困ったふうに、
「ふふっ、魔術師じゃ考えられないほどお人好しですね。――ですが、これ以上深入りしてはいけません」
何かを受け入れて悟ったような目が圭哉を優しく見つめる。
ノアは魔女っぽいローブの内ポケットからカードの束を取り出し、絵柄も見ずに一枚のカードを圭哉にだけ見せる。
『甲冑を着た骸骨が白馬に跨り、荒れ果てた街を進んでいく「ⅢⅩ」のローマ数字が入ったカード』。タロットカードという奴だ。占いに興味のない少年でも占い師がよく使うポピュラーな占い道具であることはわかる。
「わたしの行きつく先は『これ』です。キミも目を付けられますよ?」
――ノアの目を正面から見れなかった。
彼女の目を見ていると地の底にまで引きずり込まれる、そんな気がしたからだ。
さらにカードからも妙な圧を感じた。夏の暑さではない渇きがじわじわと喉に広がる。まるで見つかってはならないモノに見つかってしまったような、見知った圧をそのカードから感じる。
そんな緊張している圭哉に気付かず、ノアは見た目相応な少女らしい表情に戻り、
「そうでした――お礼にこれがありました。わたしは魔術師の中でも占術を専門にしているんです。魔術でケイヤのことを視てあげましょう」
と、自信満々な顔で手を叩く。
(センジュツ? せんじゅつ……、戦術? 仙術? ――いや占術か)
聞き慣れない単語を理解するのに一拍の時間がかかった。
「いやいや、だぁから! 俺は急いでるんだって」
「時間は大丈夫です。内容は限られてしまいますが、カードを三枚引くだけですので」
未来視、過去視、予言、予知。異能にも未来や過去に関わるモノもあると聞いたことがある。
例えば強化系の異能に脳内演算と呼ばれる異能がある。脳を生体エネルギーで強化することによって、本来量子コンピューターで行なうようなシミュレーションを脳内でも代行できるらしい。
もっとも予測可能な未来に対して、脳の消耗が大きすぎて普通に使うには役に立たないと評判の異能だ。
それに量子コンピューターという、誰でも使える装置があるのも役に立たないと言われる要因の一つであった。
というわけで圭哉も「占いなんて下らない」と一蹴することはしない。――しないのだが彼にとって――否、異能都市の住民にとって未来を知るとは予測であり、即ち演算装置で行なわれる計算の結果だ。
「――人間が労力もかけずにやる占いなんて信用できねえよ」
例え――ノアが予知系の異能者だったとして、こんな簡単に未来がわかるはずがない。
本能が訴えてくる「あれがただのカードではない」という警告を、科学的な理性が打ち消そうとする。
「魔術師の占術を口先の占い師なんかと一緒にしないでください!」
都市外からやってきたノアとは価値観が違い過ぎる結果、すれ違いが発生している。
科学的あるいは未来的過ぎる高天原の常識を解説するのは面倒……時間がかかる。ならカードを引いてさっさと満足してもらったほうがいいのではないか。
「はいはい、これでいいんだろ」
そう思って圭哉は口調とは正反対な慎重な手つきで引いたカードをノアに渡した。さきほどの圧を思い出して、若干及び腰になっているのである。
二人の男女と天使。雷と燃え上がる塔。ランタンを持つ老人。
それを見た彼女は意味深な笑みを向けた。
「ほほー、これはこれは『女難』ですね。女性関連で事件に巻き込まれるようですから、思慮深く物事を見極めることが――」
白上圭哉、パッとしない十五歳は再確認する。
怪しい占い師の予知する災難と義姉の口約束はどっちも信用できない、と。