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神殺し

 一度火のついた物を消すのは容易ではない。それが物理的になのか、精神的になのかは置いておき。


 闘志という火のついた圭哉はスクルドの言うとおり策はほぼ無い状態である。あえて言うなら神破振りを体に直接当てれば「Strength」を剥がすことができないか……その程度の考えであった。


「あとちょっと――」


 ノアの体に触れようと刀を伸ばした圭哉の手を、


「はっ」


 スクルドは器用に柄だけを掴んで勢いを利用して空へ、ぽいっと放り投げた。さながら合気道を思わせる美しいまでの体術。さらには事前に準備していた火球のおまけつきである。


 スクルドの近接戦闘は格闘術とカードの魔術を組み合わせた、CCQC(複合近接戦闘術)とでも言うべきスタイルだろうか。マレウスやセリスのような一般的な魔術師とは違い。体を動かしながらでも複数の魔術を構築できる、並列思考もお手の物だからこその連携である。


 一方放り投げられた――宙で自由の利かない圭哉はなんとかルールブレイカーを盾にして、追撃を防ぎつつ地面に着地する。


「この状況で手を抜きますか」


 どこか呆れを含んだ表情でスクルドは言い放つ。


 ここまでの攻撃は全てノアの体を傷つけたくない、という意思が明け透けだった。その理由は口にするまでもなく、この状況で拘り続けるのは無謀の一言でしかない。


「俺は助けたくて戦ってんだよ、傷つけるつもりは無い」

「減らず口を」


 無関心そうなスクルドの眼に圭哉はギリギリと歯を噛む。


 傷つけずに事を為す。それが不可能なことは最初からわかっていた。


 白上圭哉にはセリスやマレウスの魔術のような拘束する術がない。だからといって躊躇もなく、救いたいと叫びながら刃物で切り付けるサイコパスなわけがない。


 ならどうする。


 その迷いで生じた圭哉の隙をスクルドは最初からわかっていたように突く。


「計算通りです」


 そもそもスクルドの言葉自体が口撃だった。


 ルールブレイカーが未来を演算する上で邪魔になると言っても、たかが高校生の少年……惑わすのに全てを把握するまでもない。


 コイン(土くれ)カップ(水弾)ソード(風雷)ワンド(火球)


 気付いた時には手遅れだった。


 未使用の小アルカナを大判振る舞いした完全包囲網。首の後ろがひりひりするほどの殺意が辺りに充満している。


(派手な体術と会話で注意を引いて、裏では魔術をばら撒く――えぐいな。俺ひとりじゃ奴の裏をかくのは難しい……だがその前に、これをどうする? ここで足止めされても、また魔術具が充填されるだけでジリ貧だ。なら――前に進む!)


 圭哉は前面の魔術を破壊して進むことを選ぶ。左右の攻撃は前に走って避け、背後からの攻撃は……耐えればいい。


「ならその計算を超えるまでだっ」


 覚悟を決めた圭哉は動き出す。全方位から迫りくる魔術の中、ノアの下へたどり着こうと言うのだ。





 この時、スクルドの想定では――圭哉は重傷を負うはずだった。


 彼が前進を選ぶのは最初からわかっている。ならどこからの攻撃を当てるのが効果的か。


 それは背後。背中から撃ち抜いて足が止まったところに追撃を叩き込む――その手はずになっていた。


(背後の魔術が当たらない……ただの偶然? それにしては見えているように避けている)


 進路に立ちふさがる魔術をその手に持つ武器で薙ぎ払いながら、後ろに目があるように圭哉は背後の魔術を()()()()()


 しかし包囲から抜けるまであと数歩という所で……、スクルドが直接動かした一発の火球が彼に着弾する。


「うぐっ――」


 薄っぺらい化学繊維のシャツが簡単に燃え尽き、素肌まで焼け爛れさせる。


 悲鳴すら出せないほどの激痛。


 追い打ちとばかりに、潮を含んだ海風が容赦なく撫でては圭哉の意識を奪おうとする。


 だが止まらない。少年の足は止まらなかった。


 一歩、一歩、歩みを進める圭哉の眼はまだ死んでいない。


「……」


 だからこそスクルドも最後の切り札を用意していた。


 甲冑を着た骸骨が白馬に跨り、荒れ果てた街を進んでいく「ⅩⅢ」のカード』を。


 忘れもしない――圭哉が最初に見た不吉なタロットカード。


「『ⅩⅢ.Death(死神)』」


 カードから現れたのは絵がそのまま飛び出してきたかのような骸骨騎士の死神。手には大鎌を持ち死刑囚の首をいざ刈らん、と振りかざしていた。


 避けなければ死ぬ。


 死の概念が付与されたそれは触れただけで死ぬ。そういう魔術なのだ。


 しかし圭哉は死を前にして歩みを止めず小さく呟く。


「ノア、知らなかったか? あの時、お前が俺に見せたカードは死神は死神でも正位置(ⅩⅢ)じゃなくて――逆位置(ⅢⅩ)の死神だったんだ」


 死神の鎌は振り下ろされた、


「逆位置の『死神』の意味……たしか『起死回生』だったか?」


 ――ように見えた。


「今さらそんなブラフに騙されると思うな」


 陽炎のように揺らぐ死神の中から現れたのは傷だらけのまま歩く少年の姿。


 しかし、「それすら読んでいた」という表情のスクルドは死神の後ろから本命の攻撃を放っていた。


「言ったはず――()()()()、だと」


 眼前に迫る土塊の槍、それを見て圭哉はにやりと口角を上げて笑う。


「ああ、俺とマレウスの二人だけならテメエの計算通りだったかもな」

「……なに?」


 ノアの足元からにゅっと『影が』伸びた。


 ヒーローは遅れてやってくる。圭哉はまさに痛快だ、と興奮で目を限界まで開いて言い放つ。


「お前を救いたいって戦ってきたのは俺とマレウスだけじゃねえ! もう一人いんだよ!」


 影は圭哉を貫こうとする土塊だけでなく、ノアの体をも縛り上げて動きを止めた。


 縄のように動く影、それは頭上の照明でできた彼の影――と重なった三人目の影から伸びていた。


 圭哉の背後にはいつの間にかノアと同じ背丈の人影があった。それは影の魔女、セリス・レイクだった。


「影の魔女! そうか、さっき魔術を避けたのは――」

「そっ、影の中から指示を出していた、ノアを解放する前にこの男に死なれても困るから。本当は確実におまえを捕まえれるタイミングまで存在を隠すつもりだったけど……。ルールブレイカーと白上圭哉を意識し過ぎて、影の中は無警戒だったみたいね」


 セリスは圭哉が埠頭に来た段階で、彼に見つからないよう闇に紛れて影の中に潜り込んでいた。マレウスには失敗した時に備えて「船で待ってろ」と言われていたが、彼女が素直に言うことを聞く玉なわけがなかった。


 マレウスはきっとセリスを危険に晒したくない、もしもの時は後を託したい。だから関わらないでいて欲しかったのだろう。


 だが彼女が最後にして最大のチャンスを前に、黙って見ているはずがなかった。


 それも当然だ、なぜなら彼女は……。


(ノアが忘れた物は、――初恋も、――楽しかった思い出も、――泣いた思い出も、――魔導書と契約し理由もっ! 全部わたしが憶えてる。あんた(クソ親父)だけに任せて堪るか。わたしはこの時っ、この瞬間がやって来るのをずっと待ち続けてきた!)


 二人は生まれた時から一緒に育った。ずっと、ずっとそれが続くと思っていた、それが当たり前だと。しかし魔導書のせいで、それは歪なモノへと変貌してしまった。


 片方は姉としてずっと思い続け、片方は妹のことを忘れ続けた。

 

 何度も関係が忘却(リセット)される度、胸に穴が開いたような虚無感に襲われた。そしてこれは自分の罰なんだと、罪の意識に苛まれてきた。

 

 いつしかセリスは姉妹であることを止めた。


 そもそも魔導書と契約した切っ掛けは妹の一言、


「わたしたちも魔術を覚えてお父さんの力になりたい」


 そう最初はただの善意だった。


 湖の家に時々やってくる父の上司である魔術師に彼の仕事(してきたこと)を教えられ、自分達の為に危険な任務をこなす父を助けたい、と(エマ)と同じ道を辿ることを願った。願ってしまった。


 その結果が、セリスの魔王級魔術の魔導書(スクルド)との契約。


 自分が願ってしまったから、自分が魔術を覚えようと提案してしまったから。


 ここで動かなかったら、また大切なお姉ちゃんを守れない。だから、だから――父の言いつけを()()破って、セリス・レイクは戦場に立った。




「奴のルールブレイカーが届く前に――」

「させない!」


 身動きの取れないスクルドは最後の足掻きとして、動かせる全てのタロットを圭哉に向けて展開する。


 それに対して、セリスも『影の従者』を解放する。


 圭哉を苦しめた騎士(ナイト)砲台(ビショップ)が彼を守るために無数の魔術を打ち落とし、影の防壁(ルーク)が彼の背中を守る。


 進路を立ち塞ぐ魔術は歩兵(ポーン)がその身を犠牲にして散っていく。


 これはセリスの持てる力の全てを引き出した総力戦だ。


 これでも足りならセリスはこの身(キング)を盾にしてでも……。満身創痍でゆっくりとしか歩けない圭哉を守る覚悟でいた。


 だがその前に――少年は少女の前にたどり着いた。


 あとは意地でも離さなかった神破振りをノアの左胸にある契約の証に突き刺せば全て解決するはず……。


「助かった――マレウス、セリス」


 周囲の爆音が遠くに聞こえる。


 もう背中の痛みも感じることはなくなっていた。絶えず神破振りから送られてくる情報に頭痛だけは止まないが、今はもうそれすらどうだっていい。


 混沌とした戦場に対して、白上圭哉の中に満ちる感情はそれとは逆。これで少女を救えるんだという晴れやかな気分、それに少々の――これから人を刺さないといけないという良心の痛みだけだった。


「ここからは俺の役目だ。覚悟しろよ、運命の女神を名乗る外道。俺の異能(ルールブレイカー)はお前にまで届くぞ?」

「忌々しい、神殺しの力が――」

「そりゃお互い様……だ」


 そして、ぐさりっと少女の柔肌を貫く感触の後、雪の上を赤い血が滴り落ちる。この最悪な手応えは一生忘れられないだろう。

 

 だが魔導書と少女の繋がりは確かに断ったと感じ取れた。


「……あとは任せた、セリス」


 限界まで力を使い果たした圭哉はそこで力尽きた。手を放した刀は消え去り、ノアと一緒に血だまりが広がっていく埠頭の硬いコンクリートの上で意識を失うのだった。


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