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思い浮かべるは在るべき姿

 圭哉がいる可動式ミニフロートはメインフロートが円形で、外周部分に長方形の埠頭がいくつもくっ付いた歯車状の形をしている。


 その歯車の突起部分のひとつが、


『大型資材搬入口六番埠頭』


 今回は特に使う予定もなかったため魔術師が隠れ家に使うのに丁度いい空白地帯となっていたわけだ。


 埠頭の大きさは大型トラックが何台も余裕で行き来できる幅があり長さは五〇〇メートル以上、さらに等間隔にコンテナの積み降ろしに使うクレーンが並んでいる。今回の行事ではここまで大きな搬入物がなかったため使われず、照明どころか人の気配もなかった。


 ただしそれは六番埠頭の外からは――という注略が付く。

 


 真っ暗な海と(から)のコンテナが群れを為す埠頭、そこに何故かポツンと不自然な明かりが灯されている。それは埠頭に設置された照明装置の明かりではない。


 まるで人魂にも見える光の下に一人の男が半透明の何かを椅子にして、今時珍しい紙媒体の本を開いていた。


「来ましたか」


 そう呟くのと同時に、


 パッ! と照明が点灯する音と目も眩む光が男を襲う。


 潜伏中の男からしたらこのような目立つ状況になれば焦りのひとつもあっていいはずだが、そんな気配はない。なぜならここら一帯は戦闘が起こってもいい様、既に対策済みだからである。


「こうして直接会うのは二度目。子供というのはどうしてこうも成長が早いのですかね」

「どういうつもりだ、……マレウス」

「君を待っていました、ただそれだけです」


 開いていた本を懐に仕舞い立ち上がった男――マレウスが手で払うような動作を見せると、椅子にしていた半透明の何かが海へ向かってパシャン! と飛び込む。


「シメイの魔女はこの先の船にいますよ」


 少年が問う前にマレウスは答える。


 とは言ってもコンテナが視界を塞いでいて直接船を確認することはできないのだが。それでも手を伸ばせば届く場所にいるかもしれない、その事実が圭哉の焦燥を僅かに緩和した。


「通すつもりは?」

「私が認めれば構いません」

「ちっ、力尽くってことか。テメエの目的は何なんだよ! 俺を殺すことか!」


 マレウスは白スーツの上着を脱ぎ捨て動きやすい恰好になる。それは自分を倒してこの先に進め、という意思表示他ならない。


(わざわざ脱出もせず待ってたのは、危険な力(ルールブレイカー)を持つ俺を消すためか? ここに来た時点で、奴がノアと交わした約束は無効になるから……)


 と、考えていた圭哉だがマレウスの答えを聞いて根本的に勘違いしていたことを知る。


「そんなもの最初から決まっています。全ては娘()のためです」


(娘達? やっぱりノアとセリスは……)


 ギョッとして動きを止める圭哉にマレウスは構わず殺気を迸らせ戦闘態勢に入る。視界に入れずとも呑まれそうになる気迫は騎士団最強の一人と称えられた円卓の騎士そのものだった。


「我が魔術名は『湖の精霊(レディオブザレイク)』、『黄金の黎明』所属、シメイの魔女を守護する魔術師です」


 ――それは男の魔術(殺し)名、圭哉に対する宣戦布告であった。


「さあ、君の出した解答(覚悟)の答え合わせです。補習も追試もありません。足りなければ――その命、捨てることになると思いなさい」


 マレウスは右手で青いシャツの上から左肩に触れる。


 戦いとは無関係に思える動作。それはセリスの舌を出して魔術を発動させるのと同じ意味が……。


 それを理解するのと同時に、不気味で真っ黒な海面が大きく揺れた。


 目の前で起こる明らかな異常を前にして、少年は自身の体を動かせなかった。


(うごけっ……、動けっ、動け!)


 圭哉はマレウスの放つ威圧で震える体に動くよう全力で命じる。


 それでもジワジワとしか動かない体。これがセリスとは桁の違う本物の殺気に当てられた少年に出せる全力の動きであった。


「動かねばただ呑まれて海の藻屑になりますよ。君の覚悟とはその程度なのですか?」


 マレウスが背にする海面から一〇メートルはあろう水柱が立つ。


 空高く舞い上がったそれはただの海水なんかではなく無貌の怪物――海水で作られた蛟が海面から頭を出して圭哉を見下ろす。


 マレウスはただ一言「喰らえ」、と圭哉を指差す。


 それはエサを前にお預けを言いつけた犬に良しの合図を出すかのように。象すら丸呑みできそうなデカさの蛟が周囲のコンテナを弾き飛ばしながら陸へ上がってきた。


「っ……、んなわけねーよ」」


 怪物のターゲットにされた圭哉も黙って食われるつもりはない。


 大津波が迫ってくるのに似た脅威を前に、圭哉は無手で居合の構えを取り目を閉じる。彼が頭の中で思い起こすのは朱音に教えられた感覚――そして、先代の持っていた神破振りの本当の姿。


異能回路(スキルコネクタ)――開放」


 脳にある異能演算領域を外へと広げる。


 本来なら脳と機械を生体エネルギーで繋ぐ技術であるが、圭哉は仮契約という細い回路を辿って遠隔にあるルールブレイカーから情報を引き出そうとした。


 ぶっつけ本番の挑戦だ。けれど心のどこにも失敗を恐れる不安はなかった。


 カチッ。


 体の内側から何かが嵌まる音がした。


 その直後にそれは起こった。


(ぐっ、頭が割れるっ)


 ――それは情報の流入だ。


 圭哉がやったのは遠隔操作でダムの水門を開くのに等しい。


 ダムの放出を知らせるサイレンに似た幻聴が響き、脳がぐわんぐわんと揺れる。さらに眼の奥で激痛が走り回る。だが具現化に邪魔なそいつらを圭哉は歯を食いしばって耐えた。


 ルールブレイカーが行方不明なのは逆に運が良かった。もし手元にある状態で接続していたら……、内包する術式で圭哉の脳が破壊されていたかもしれない。


 ――本気になりなさい。


 圭哉がなりたいと願った少女の赤い瞳がまぶたの裏に浮かぶ。


(もっとだ……もっと想像を膨らませろっ、理想のひと振りにたどり着くまで! ただ斬るだけじゃない。あれの真価はもっと概念的な所にあるはずだ。俺の異能を自由に解釈しろ、もっと広げろ!)


 今までただ何も考えず具現化するだけだった。その先を想像してこなかった自らの異能であるべき姿を思い描く。神破振りとの細い繋がりに頼って怠けていた刀モドキではない、本物の(想い)を。


 目前へと迫った危機を前に圭哉の腰に現れた『一対』の牙。それは圭哉にとって役に立たないはず(コンプレックス)だった力、それが今形作られる。


 契断刀 神破振り


 少年の精神と同じように姿すら曖昧だった裸の牙は今その様相を大きく変える。ノコギリのようなギザギザの刃紋と白い刀身はそのままに、鍔と柄が追加され抜き身の刃を収める鞘も共に具現化された。


 パッと見ても完成したと思われる一対の刀と鞘に圭哉は、


(本物には遠く及ばねえっ、この程度じゃ……。もっと自由に術式を組み替えられたら、こいつはもっと強く――だが、今はこれでいい。これであいつと戦える)

 

 と、少なからず不満を感じながらも神破振りを強く握り直す。


 なまじ本物を見た記憶が戻ったせいで満足ができないのだ。圭哉の思い浮かべる神破振りはもっと力強いオーラを感じられた。これを傲慢と取るか、向上心と取るかは微妙な所かもしれない。


 だがしかし、目の前の海蛇を斬るには十分だ。


白錬(ビャクレン)


 圭哉は体を低くし柄に手をかけた居合の構えから刀を抜く。


 大質量とはいえ蛟は海水の塊に過ぎない。外しようのない大きな頭を捉え、液体を斬るのと変わらない感触で蛟を切り裂く。


 蛟の怪物は海水の体に取り込み窒息させる、あるいはその巨体で轢き殺すつもりだったのだろう。だが少年の体に触れることもなく頭から袈裟切りにされて圭哉を避けて左右に引き裂かれた。


 ドゴンッ!

 

 殺しきれなかった海水の勢いが背後のコンテナを穿つ金属の不快な音が響き、呼吸を止めていた圭哉の息を吐き出すのを合図に巨体の残り部分も巨獣が倒れるような地響きを轟かせ地面にばら撒かれる。


(なんだこの力は?)


 神破振りを振るった圭哉自身が自分の動きに驚く。その手に持つ刀はぼんやりと白い光に覆われ、まるで刃の無い神破振りの刃として存在しているようだ。


 少年の放った斬撃は剣豪のように海を切り裂いた。神破振りに神秘を打ち消す力があっても、物理的に存在する海水そのものをどうこうすることはできないはずだ。


 しかし結果は御覧のとおりである。


 そもそも圭哉は剣道どころか、何かしらのスポーツも学校の授業や遊び以外で経験皆無の少年ということを忘れてはいけない。もちろん剣を作り出すという異能にもかかわらず、もやしっ子なのもどうなんだ。ということでジョギングと筋トレ、それに素振りは毎日欠かさない程度に運動してきた。


 ただそれだけにもかかわらずこれほどの居合、原因は具現化したアレしか考えられない。


(神破振りとの回路を通して刀の使い方も流入してきた……、のか? 想定外だったが、儲けもんだ。苦痛に耐えた甲斐がある。それにそれを考える時間なんてない――)


 辺りが蛟の残骸である水たまりだらけなおかげで、その音は事前に察知できた。


 それは革靴が水を跳ねる音、そんな音をかき鳴らして圭哉に向かってくる人間なんてこの場に一人しかいない。


「小手先調べの魔術を防いだだけで合格点は上げられませんよ」


 死角から近づいてきたくせに、奇襲するでもなく一声かけてから攻撃に移る。足音もきっと意図的にだったのだ。


 なぜそんなわかりやすく近づいてきたのか?


 そんなもの決まっている。


(手を抜いてやがるのか!)


 その瞬間、圭哉のギアは一気に全開まで入る。所詮学生だとか、全力を出すまでもないだとか、見下されたからではない。ノアを救いたいという気持ちを上から試されているかのように感じたからだった。


「ああ、そうかい。ならあんたを倒せば満点だよな」


 恐れはもうない。目の前にいるのは畏怖すべき魔術師ではない、乗り越える壁だ。


「――当然です」


 今、神秘殺しと最強の騎士がぶつかる。



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