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異能者の本気

 義姉から送られた資料の中にあった画像データ。父と母、そしてその友人だったらしい人達の日常の一枚。その中に一〇歳ほどの男の子が居た。


 それが圭哉の枷を外す鍵だった。


 今まで固く結ばれて(ダマ)になっていた紐が勝手に解けたように、記憶は戻った。


 なぜ今まで忘れていたのだろうか?


 そう思ってしまうほど、幼少の思い出がはっきり蘇った。ただし一部を除いて、だが……どうにも二人が死んだ日の前後だけは今も思い出すことができなかった。


 しかし蘇った記憶からわかるのは圭哉の両親はあるモノを代々引き継いで守護していた、ということだ。それこそ世界の抑止力――魔術界における戦略兵器、神破振りである。

 

 神破振りは非合法な連中に奪われていた。

 紅坂朱音が圭哉の不完全な神破振りに固執し、何者かを探している。


 たったこれだけの状況証拠だが、圭哉は久々津から確信を得る前から炎使いの少女の目的がなにかしらの復讐であることを察していた。


 そしてそれは正しく。朱音が圭哉の刀に固執していたのは、それが彼女の両親を殺した凶器だったから。


 もし神破振りが何者かに奪われなかったら、紅坂朱音の親は殺されなかったかもしれない。自分が報酬にした情報――復讐相手の手掛かりをこのまま渡してもよいのか。


 本人の意思とは無関係にトラブルが勝手に増えては、重荷となって少年の背中に容赦なくのしかかってくる。





 2164/07/29 19:13


 調査に戻る先輩とは別に、圭哉も手掛かりを見つけるため魔術師達を見た人間がいないか行きかう通行人に手当たり次第聞き込みを行なった。


 だが、金髪の白スーツを見た男も、コスプレみたいな恰好した女も見た人間は誰一人としていなかった。


 もう高天原にはいないんじゃないか。


 心の奥に押し込んでいた弱音が、空が暗くなって点灯し始めた街灯に照らされ姿を見せてくる。


 時間も時間で尋ねる通行人も少なくなった。圭哉は朱音からの連絡で一度合流することにして、さっきの久々津と出会った場所に戻って来た。


「はい、たこ焼き。どうせ食事の事なんて考えてなかったでしょ? ――それとごめん、何も手掛かりは見つからなかった」


 圭哉がベンチに座って二人を待っているとどこかの屋台で買ってきた、たこ焼きを三人分持って朱音達が現れた。


「ええ、さすがはその手のプロですわ。一体全体どこに脱出用の船を隠しているのかしらね」


 久々津の持つ風紀委員用の登録船舶一覧は全てチェック済みを表す×印が書き込まれており、調べられる場所は調べ尽くしたことを意味していた。


「おう、サンキュッ」


 心の奥で燻ぶるわだかまりを今はどこかに追いやって、圭哉は屋台の包みを受け取る。


 言われてみれば丁度飯の時間である。それに気付いた腹の虫が思い出したようにひと鳴きする。


 一度空腹を認識してしまうと、容器の隙間から漂ってくるソースと鰹節の匂いの暴力には耐えられない。圭哉と同じベンチの端に座り既に爪楊枝をたこ焼きに突き刺した朱音に倣って、圭哉も躊躇いなく自分の分を放り込んだ。


 想像以上に出来立てだった、たこ焼きを。


「ほっほわ! ま、だっ……あづがっだ」

「――っと、ばっ、あっちいじゃん!」


 さすがの疑似太陽でも、不意打ちの熱をコントロールなんてできない。


 二人並んで口の中を蹂躙され、少しでも冷まそうと天に向かって舌を出しヒーヒー言っている。


 そんな二人の迂闊さに久々津は呆れながら、


「何やってるのかしら、このおバカさんたち。これでも飲んで冷やしなさい、――舌も頭も」


 と、隣の自販機で買ったお茶を差し出す。


「ありがとうございます、先輩」

「どうもっす――ふう、助かった」


 同じ轍を踏まないために圭哉がたこ焼きを割っていると、その隣で朱音が冷ますそぶりも見せず再びたこ焼きを口に放り込む。


「は?」


 一瞬、何やってんだ? と、思って見てたらそれに気付いた朱音は口をもぐもぐ動かしながらにやりと笑う。


「私が炎使いだってこと忘れた? 熱ぐらいどうにでもできるわよ」


 と、さきほど一緒に無様を晒していたその口で返す。のんきに冷めるのを待つ圭哉を若干見下すかのような視線付きでだ。


「ガキかよ……、って中坊(ガキ)だったか」

「ああん? あんたのたこ焼き、茹でタコみたいに真っ赤にしてやろうか?」


 たこ焼きに手を伸ばす朱音と、


「おい、食いもんを粗末にすんじゃねえよっ。だから――そういうところがガキだってんだろ」


 それを死守する圭哉が子供染みた攻防戦を繰り広げていると、


 パンッ。


 手を叩く音がした。


「はーい、いつまでも遊んでないで先に話を済ませましょうか」


 久々津が緩んだ空気を締め直す。それに朱音も「それもそうですね」とあっさり引いてしまう。


 それで理解できた。


 追い詰められた圭哉を彼女は慮って励まそうとしているのだと。


(運よくイベントの影響でここらの海は人目が多い。そうなると奴らが狙ってるのは寝静まった深夜の脱出。それまでに見つけられれば間に合う。紅坂の件は後で考えればいい)


 圭哉はたこ焼きを膝の上に置くと、両手で頬を叩いて気合を入れ直す。


「オッケーっす。あいつらの手掛かりがひとつも見つからないことですが、もしかしたら奴らはまた人払いの類を使ってる、のかも」

「人払い? それらしい細工はなかったし物理的な手段じゃないとしたら――通行人の思考を誘導して近づけないようにしてるってこと? 一瞬ならいざ知らず半日近く、そんな非効率な(疲れる)ことやってんの?」

「俺が数日前に遭遇した魔術の中にそんなモノがあったからな」

「は? 魔術?」


 胡散臭い。


 言葉にしないがそんな顔をしている。科学の都市で暮らす異能者なら当然の反応である。圭哉だって初めてノアに聞かされた時は、きっとこんな顔をしていたのだろう。


「そこは突っ込まないでくれ、俺もそこまで詳しくない。とにかくそういう技術があると思えば十分だ」

「ふーん」

「異能なんて不可思議な力が存在するんだから、魔術が実在してもおかしな話じゃないでしょ? それよりも……人払い、でしたわね。なるほど、それなら調べようはあるかしら。わたくし達が調べた場所を色分けして塗られていない場所があれば――」

「そこに潜伏してる可能性が高い。先輩は食べてていいですよ。後はこっちでやっとくんで」

 

 朱音は久々津にたこ焼きを渡すと、代わりに彼女の持ってたタブレット端末を受け取る。そして自分の携帯端末も取り出して二つの端末を操作しだす。


(問題は思考誘導の人払いじゃなかった場合だが、その可能性は低いか……)


 圭哉が実際に使われたのは迷い込む隔離結界――神隠しと、他者から認識されにくくする認識阻害の二種類。


 だが、きっと奴らが使うとしたら後者の手段だ。


 そう圭哉が考える根拠は、ノアに認識阻害の魔術具を渡されたときに軽く話をしていたからだ。


 ノア曰く、


 神隠しのようなタイプは別空間を作る必要があり簡単には作れない。逆に認識阻害は対象を無意識に避けるよう作用させるだけで、お手軽な方法らしい。


「学園区関係者のエリアは除外――部外者を優先して、他のメガフロートから来た船も一応候補に入れるとして……」


 丁度良く冷めたたこ焼きを改めて美味しく頂きながら待つこと数分。


 端末に記録されたGPSの位置情報を重ね合わせた結果が出た。


「ビンゴ! 無意識に避けてた痕跡があったわ。場所は――六番埠頭、大型資材用搬入口ね」


 携帯端末から映し出された立体地図。その何色かに分けて塗られたフロート外縁部の一部に空白地帯が浮かび上がる。


「そこにノアがっ……。飯、ご馳走さん」


 圭哉は立ち上がりで空の容器を近くのゴミ箱に放り込む。


 友人と約束した待ち合わせ場所に向かう。そんな軽いノリで後片付けをしているが、それは緊張を誤魔化すためにわざとそう振る舞っているようにも思える。



 ここが運命の分岐点だ。


 もし世界の抑止力とやらを振るえば――、クラスD異能者という一般人としての平穏は崩れ去るかもしれない。


(まあ、起きるとしたら世界大戦なんて大事じゃなくて、裏で起こる小規模な小競り合いだろ? なら最後まで足掻いて足掻いて足掻き続けてやる。どうせ後悔するなら少女を救って後悔したほうがマシだ)


 楽観的かもしれない。あるいは事態が大きすぎて想像することすら困難なのかもしれない。それでも――と圭哉は覚悟を決める。


 そこに紅坂朱音が問いかける。


「本当に私の力は必要ないの?」


 これが最終確認だ。


 疑似太陽の力があれば、勝率はぐんと高くなる。障害となる魔術師もどうとでもできる。


 だがこれだけで全てが終わるわけじゃない。もしノアを救えたとしても、今回の一件は今後も尾を引くに決まってる。


 英国の魔術結社と全面戦争になるか、神破振りを巡って争奪戦が始まるか。


 どっちにせよ、白上圭哉はそんな地獄に年下の女の子を巻き込むような男じゃない。たとえ、その女の子が最強という看板を背負っていても……だ。


 それに――、


「これはさ……」


 圭哉は力強く握った自分の右手を見ながら答える。


「俺がやらなきゃいけないことなんだ。なんたってあいつは最弱の異能者()に助けを求めたんだ。だからもし俺から報酬を払えなくなったら、悪いけど義姉を頼ってくれ。おまえなら連絡先は調べられる? じゃあな」


 それだけ最後に告げて戦場に向かおうとする圭哉をくぐもった声が止める。


「――じゃないわよ」


 振り返って見たのは俯く紅坂朱音だった。


「ああ?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ。だからあんたはクラスD(最弱)なんだっつーの。『もし俺から報酬を払えなくなったら』? そんなんで異能が使えると思ってんの? そんなんでテメエの守りたいモノが守れるのかってんのよ!」


 顔を上げて圭哉の前に歩いてくる彼女の姿に変化が起こる。


 初めて会ったあの日と同じ……髪が逆立ちその一部は赤く、赤茶の目は赤く強い意思を宿す。それだけでなく圭哉の肌をチリチリと焼くような圧がのしかかる。


「あんたは絶対勝ちたいと思う戦いで負けた時のことを考えるわけ? 負けて悔しいって感じないの? なら最初から私が何とかしたほうが良いっつーの、さっさと異能者なんて辞めて負け犬にでもなっとけ!」


 さっきの励まそうとした軽いじゃれ合いではない。朱音ははっきりとした怒気を表に出して圭哉の胸ぐらを掴む。


「私は悔しくて悔しくてしかたなかった。『もしあの時に力があれば』って、後悔がずっと続いてる。だから私は死ぬ気で異能を磨いてんの! もう何者にも大事なモノを奪わせない……、もう誰にも負けないって覚悟決めて生きてんのよ!」


 そこで大火を体現したかのような朱音の激情がスンッと治まった。徐々に治まっていくなんてものじゃない、暗転が入って場面が切り替わるように――最初からそんなモノなかったかのように消え去ったのだ。


「――本気でやりなさい、白上圭哉」


 目の前にまで引き寄せられた深紅の目が少年を射貫く。


 その落差と眼差しに圭哉はただただ息を呑む。


 異能とは力が強大になるのに比例して、その制御も難しくなる。


 疑似太陽の異能は言ってしまえば原子炉だ。数多の炎使いの中でも群を抜いて制御が困難で、それも一度臨界間近にまで燃え上がったというのに――紅坂朱音はそんなこと意に介さず完璧な制御をしてみせた。


「ひとつアドバイスしてあげる。人は怒ったら強く拳を握りっちゃうし腹も立つ、悲しいと胸が締め付けられて、嬉しいと顔が緩む」


 胸ぐらをつかんでいた手を放した朱音は、背中を向けて天を仰いで両手を大きく広げる。


「――良い? 感情が生み出す生命力(バイタルエナジー)は脳でも腹でもない、全身が生み出すモノなの。自分の本音から逃げるな。下らない建前とか、見栄えとか、どうだっていい……。あいつに勝ちたい! 自分に負けてたまるか! って心の底から思え! 行動しろ! その意思の強さこそ異能者の原動力よ。クラスD(最弱)なんて言い訳にすんな」


 手加減していたとはいえ、私の疑似太陽(バーンアウト)を切り裂いて見せたんでしょ? なら、そんな男がみっともない所を見せるな。


 クラスS(最強)の眼はそう言っていた。


「……」


 白上圭哉は静かに目を閉じる。全身全霊で自分の思いをひとつひとつ確かめていくために。


 脳が少女との思い出を語りかける。

 胸が少女の背負わされた境遇に締め付けられる。

 臓物が中途半端な自分に熱く煮えくり返っている。

 右手が武器を取れと疼いている。


 全身が訴えかけてくるそれら全部をひっくるめて、少年は力として取り込む。


 圭哉の前髪に白いラインが一本。それは圭哉の位階が上がったことを意味していた。


「紅坂――礼はクレープでいいんだよな」

「ええ、それでいいわ」


 朱音が振り返ることはない。次に彼の顔を見るのは約束の場所でだ、と決めたからだ。


「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」


 別人のような顔になった少年と遠のいていく足音。朱音も満足気に自分の先輩の元へ戻っていく。








 久々津操香の知る紅坂朱音は悲劇の女の子(ヒロイン)だった。


 出会った当時、目の前で両親を殺されたショックで言葉一つ発することのなかった無表情な――いや感情という物を喪失した人の形をしただけの人形。


 久々津が少女の声を聞いたのは半年後、まともに話したのはさらに一年先のことである。


 それさえ狂ったように異能開発を行なう復讐鬼となっていた時期だ。その頃は今のように異能をコントロールしておらず、実際久々津も被害を受けた一人であった――それも最多被害者といってもいいほどの。


 紆余曲折を経て妹のように可愛がることとなった後輩の成長に、久々津の胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。


 しかしそんな感動はおくびにも出さず、戻ってきた後輩を優しい眼差しで迎える。


「いいの?」

「はい、あいつならもう大丈夫です。だから寮に帰りましょう、先輩」

「そこまで信用するなんて、妬けちゃうなー」


 きっと朱音は彼に自分の後悔を重ねていたのだろう。だからこそここまで親身になって手を貸したのだ。


 久々津自身も思った以上に協力している自分に驚いていた。


 それはまるで物語の主人公(ヒーロー)みたいに、誰かを救おうと足掻く姿が眩しく思えたからかもしれない。


「別に信用なんかじゃ……。あいつはきっと私と似てるんです。自分の中の信念を捻じ曲げて生きていけるほど器用じゃない。けどそんな人間だからこそ、ふとした切っ掛けで異能者として大きく化ける。例えば、『本気』ってのがどういうものか理解したり、だとか」

「確かに、あの男の子も頭で考えるより先に体が動くタイプっぽいよね」

「……先輩、それって私が脳筋って言いたいんですか?」

「あら? 自覚なかったの?」

「先輩!!」


 結局、どれだけ言葉を重ねても行動には勝てない。本心とは口から出る言葉ではなく、体から発する想いなのだ。


(この子を泣かしたら地獄まで追いかけて、今度こそしーくん(シロクマ人形)の技を決めてあげる。――だから、ちゃんと帰ってきて頂戴ね? 朱音ちゃんのボーイフレンド君)


 ぬいぐるみと一緒に走り出した久々津は朱音に追いかけられながら、心の中でそっと圭哉へエールを送った。


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