人探しには権力を
自転車でサイクリングするスポーツウェアの大学生。
受験に備えて予備校の夏期講習に向かう男子高生。
夏を全力で謳歌しに行く女子中学生。
それぞれの目的地のある人々が行きかう駅近くの繁華街で、天海のビルから飛び出した白上圭哉も自分の向かう場所へと走っていた。
彼がまず目指した物は移動手段――『真空列車』だ。
六〇年前の人工浮島の土台設計段階、つまり最初の構想からいずれ実用するつもりで用意されていた仕込みだったのだが……。
現代のメガフロート地下内部には真空に近い状態のチューブが張り巡らされ、中は摩擦や空気抵抗がほぼゼロとなっている。そこを客室車両や貨物車両が走っているわけだ。
世界がようやくリニアの普及に一息ついた頃、すでに高天原では次世代技術『真空列車』が日常で使われていた。このように列車一つとっても世界と隔絶した技術を誇るのが高天原の技術水準である。
しかしどれだけ乗り物が進化したとしても。今現在、人の足で走っている白上圭哉には何も関係ない話だ。
「ぜえぜえ――、くそほどあつい。混んでるからって地下避けるんじゃなかった」
追手である魔術師の目から逃れる為、ここ数日インドアに徹していたせいで体が鈍ってる気がする。
これなら部屋の中でも軽く体を動かしておけばよかった――、そう圭哉はもつれそうになる足に力を入れ直して忌々しく太陽を睨む。
さて、そんな彼のポケットで端末が鳴る。
「はいよ、いきなり悪かったな。――それでもう見つけたのか?」
通話に出た少年は最初に謝罪をした。彼女にはいきなり連絡した上、面倒事を頼んでしまったからである。
「全くよ、でもキャンプカーは見つけたから。事務所で待機中に連絡してくるなんて運がいいわね、あんたは。こっちは監視カメラの映像を部外者に漏らすなんて、バレたらまた始末書かもだってのに。これで使えない情報だったら――今度こそ丸焼きにするわよ」
端末から聞こえてくる話し相手の声は紅坂朱音、天海美鈴を圭哉たちの元に向かわせた張本人だった。
「サンキュー。約束通り、ちゃんと情報は渡す」
どうやら彼女はルールブレイカーについてほとんど知らないらしい。
おかげで義姉から送られてきたデータと引き換えに、学園区の監視カメラでマレウスたちの追跡を頼めたのであった。
「それにしても神秘殺しのルールブレイカー、神破振り……そして強奪、だったわね。どう考えてもすぐに済む話でもなさそうだし、時間が出来たらメッセージを、ってそれより私が手を貸そうか? 自称『クラスD』さん」
異能都市最強の一人、これほど頼りになる援軍もいないだろう。
しかし、圭哉は即答で断る。
「クマ子が手を出すのはマズイんだって。クラスSが出てきたら最悪、戦争になる。それに――」
これだけ影響力がある人間が積極的に関われば、自分の手に負えない事態に陥るかもしれない。
それを恐れた圭哉。彼が懸念する事態を朱音も否定できなかった。彼女も圭哉が探してる人間がどこぞの面倒臭い国の組織に関わるものであることは容易に想像できていたからだ。
「それに?」
「いやなんでもない」
「そう? ……あと紅坂って呼びなさいよ。何度も言わせんな」
とりあえず『直接介入するのは諦めた風を装い』。ここで放置するとずっと不名誉な渾名で呼ばれ続ける気がして、朱音はムスっとした訂正するよう抗議する。
「はいはい紅坂な。そんなことより奴がどこに向かったか教えてくれ」
「はあー、西湾岸よ。ブリッジフロートとは真逆の方角を走行していたわ」
「陸路も空路も使う気配は無い……か、なら海から脱出するつもり気か」
高天原から出るには、人工浮島を繋ぐ人工浮島を通って日本本土へ向かう陸路、生産区にある空港から海外に直接飛ぶ空路、船舶を使った海路の三つが存在する。
この内、陸路も空路も一度は必ず生産区を通る必要があり、どこぞのブリッジフロートと呼ばれる区間連絡橋を渡らなくてはならない。
まさかヘリなんて目立つ乗り物を使う訳がないだろうし、西の湾岸に居るということは船を使って外に出るつもりなのだ。
「おまけで、キャンプカーが最後に停まってたポイントを地図データと一緒に送るから、あとは自分で探して。さすがにそろそろバレそうだから」
「本当に助かった! 追加でなんか奢るよ」
「そう……、ならクレープがいい。先輩から美味しいって勧められたクレープ屋さん知ってるの。だから、ちゃんと生きて帰ってきてよ――情報源」
僅かに棘が抜けたような朱音の態度。神破振りは十年前に奪われていると聞いて軟化させたのだから、彼女が探しているのはそういうことなのだろう。
圭哉は朱音の打算ありきな激励に「応!」と答えて通話を切り、片道しか保証されていない湾岸行きの列車を探し始めた。




